後藤家の日常

四つ目

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春の素直な答え

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本当に敵わない。彼女の言葉を聞いて思った一番の感情はそれだった。
彼女の想いの強さに、自分はどれだけ応えられるんだろうか。
今までの彼女のあれだけの気持ちに、どこまで応えられていたんだろうか。

答えなんて出ない。出るはずもない。
今日ここにきて、初めて彼女の想いの強さを理解できたんだから。
ここまで彼女が俺を想っているなんて、想像もしていなかったのだから。

彼女は俺の全てを受け入れて、その上で好きだと言っていたんだ。
俺が怯えている様な内容も、すべて含んだうえで好きだと告白して来たんだ。

なのに俺は、最初の一歩を踏み出した彼女にすら応えていなかった。
彼女が見せてくれた、教えてくれた範囲の事しかやらなかった。
情けないと思うと同時に、こんな自分でもきっと彼女は良いと言ってくれるのだろうと思える。

そう、彼女の告白を聞いた今は、そう思えてしまう。
彼女の言葉はそれだけ俺に強く響いた。
いまの彼女は言いたい事、伝えたい事をすべて伝えきって、静かに待っている。

俺は彼女の気持ちがとても嬉しいと思っている。
嬉しくてしょうがなくて、俺も同じ気持ちだと返したいと思っている。
けど、その言葉が、出ない。

理由は解ってる。彼女の想いが強すぎて、自分の考えの浅さが情けなくて、俺なんかが彼女に相応しいのかなんて思ってしまっているからだ。
俺の全てを受け入れるとまで言ってくれた彼女に、そんな風に思ってしまっているからだ。
くっそ情けねえな。何が男の部分だよ。女々しいにも程があんだろうが。

俺が押し黙っている間も、彼女は微動だにしない。静かに俺を待っている。
それが余計に早く何か言わなければと思わせるのだけど、結局言葉にならない。

でも、そんな彼女を見て思い出した事があった。
初めて彼女と会った時の事を、少し思い出していた。
あの時も、とても静かな表情で俺を助けに来たなと。

淡々と暴漢どもを叩き伏せ、何事も無かったかのように俺に手を指し伸ばした彼女。
俺はそんな彼女を格好いいと思ったんだっけ。
それと同時に、女の子なんだから怪我したらどうする、何て思って怒った気がする。
折角綺麗な顔してるのに、傷なんかついたらどうするんだって。

それが、彼女と会った最初のきっかけだった。

それからよく話す様になって、綺麗でかっこいい彼女が時々見せる笑顔が可愛くて、気が付いたら良く彼女の事を考えるようになった。
自分の中で、彼女の事を考える割合が多くなっていった。
そしてそれがいつの間にか女性に対する好意だって自覚して、好きになっていたんだっけ。

ああ、違うよな。そうだよな。女性だから好きになったんじゃない。
俺は彼女だから、明ちゃんだから好きになったんだっけ。
彼女と一緒だ。俺は明ちゃんが好きなんだ。明ちゃんだから好きになったんだ。

「好きだ、明ちゃん。明ちゃんだから良い。明ちゃんじゃないと嫌だ。明ちゃんとなら、学生の間に子供が出来たって、責任を取る」

その事を思い出すと、今まで何も言えなかったのが嘘のように言葉が口から出た。

一応俺は金を稼ぐ術を持っている。親父に頭を下げて、本気で仕事をする。
既にそこそこ稼いでいるし、彼女一人養うぐらいは余裕で出来る。
明ちゃんに負けず劣らず少し手順を飛ばした話をしていると思うけど、これで正解だと思う。

結局俺達は、自分達の欲望を見せて嫌われるのが怖かったんだ。
お互いに許容しているのに、お互い怖がっていたんだ。

「明ちゃんが好きだ。女性だからじゃない。明ちゃんだから好きになったんだ。だから、改めて、ちゃんと付き合って欲しい」
「――――はい!」

俺の言葉に、彼女はほんの少しの驚きの後、心底嬉しそうに返事を返した。
さっき堪えていた悲しい涙では無く、嬉しい涙を流しながら。
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