後藤家の日常

四つ目

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旅館到着

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「ねえ、明ちゃん、あれってもしかして迎えかな」
「そんな感じがしますね」

人気のない駅を春さんと降りて、のんびり歩いて外に出る。
すると駐車場、というかただの空き地のような所に車が止まっているのが目に入った。
運転席では運転手らしき女性が携帯をいじっている。

車体には予約した旅館の名前が書かれているから、おそらく迎えだとは思う。
バスタイプの車で、中は結構広そうだ。

「行ってみましょうか」
「そうだね」

私達が車に近づいて行くと向こうも私達に気が付いたらしく、女性は車から降りてきた。
そしてぺこりと綺麗に頭を下げてから口を開く。

「失礼いたします。ご予約の後藤様、草野様でしょうか」

やっぱり迎えだった様だ。
迎えがあるとは聞いていなかったのだけど、元々有ったサービスだったのかもしれない。
旅館の場所は調べてバスも調べていたのが無駄になったけど、これはこれで楽だから良いか。

「はい、そうです」
「このような遠い所まで遥々おいで下さいまして、ありがとうござます。旅館までお送りいたしますので、どうぞお乗りください」

彼女はそう言って、後部座席の扉を開ける。
私達は促されるにしたがって素直に車にのり、シートベルトをつける。
その姿を確認してから女性は扉を閉めて、運転席に座った。

「では、出発致します。途中までは舗装されているのですが、旅館近くになると土道になります。大変揺れますので、申し訳ありませんがご了承お願いします」

おそらく普段から言いなれているのであろうお願いを言うと、彼女は車を発進させる。
送迎を任されているだけあって、山道の運転にも関わらず彼女の運転の乗り心地は悪くない。
後部座席の窓には遮光シートとカーテンが在るので、私にとってはとても良い。

前方からの日光に対処しなければいけないので、私は鞄から帽子を取り出して深めに被る。
これで何もしないよりはましなはずだ。

「明ちゃん、大丈夫?」
「ええ、顔には大目に塗ってますし、帽子もありますから」

普段も電車に乗ったり、バスに乗ったりしないわけではない。
そう言った事の為の対策は最初からしてから来ている。
自分の限界や、完全なセーフラインも心得ているから問題ない。

そのまま車で揺られる事暫くすると、彼女がいってた通り揺れる土道に入った。
その辺りで前方に大きな旅館が目に入った。
あれが今日止まる所か。思っていたより大きい。
そしてゆっくりと旅館まで進み、正面玄関で車は止まった。

「お待たせいたしました。到着いたしました」

彼女はそう言って運転席から降りると、後部座席の扉を開いた。
私達は素直に降りて、旅館を見上げる。
やっぱり、思ってたより大きい。それに結構立派だ。

山奥の旅館って事で、もっと古めかしい物を想像していた。
けど実際に来てみると、旅館というかこれはホテルだ。
しかし、こんな山奥で営業が成り立つんだろうか。

「どうぞ、お客様。ご案内します。お荷物はお持ちしましょうか?」
「いいえ、自分で持ちます」
「俺も、結構です」

運転手の彼女は旅館入り口に手を向け、私達の移動を促す。
とりあえずそのまま従って、旅館に入る。
すると結構な人数の従業員に「いらしゃいませ!」と大きな声で出迎えられた。
たぶん、チケットのせいだろうなぁ、この待遇。

「当館責任者の藤野と申します。後藤様、草野様、ようこそいらっしゃいました。申し訳ありませんがチケットの確認をさせて頂いてもよろしいでしょうか」
「あ、はい、どうぞ」

どうやら責任者らしいおじさんが頭を下げて頼んできたので、チケットを鞄から出して渡す。
するとおじさんは恭しく受け取って、ゆっくりと確認するとまた頭を下げた。
そしてチケットを私に返してきた。あれ、受け取らなくて良いのだろうか。

「当館にお越し下さったことを、心から感謝いたします。では、お部屋にご案内いたします」

そして責任者さん直々に部屋に案内され、あてがわれた部屋は最上階だった。
まずとにかく部屋が広い。そして部屋にはお風呂というか、露天がある。
部屋の窓の外が露天風呂だ。それとは別にバルコニーもあるし、何だ此処。

ベットはキングサイズ、なのかな。ものすごく大きいベッドだ。
テレビモニタは電気屋さんでしか見れないような巨大モニターで、各種デッキもそろっている。
大きい冷蔵庫と電子レンジもあるし、キッチンも付いている。
お酒が最初から用意されているのは何故なんだろうか。

「では、わたくしは下がりますので、何かございましたらすぐにお呼びください」

責任者さんはそう言うと、部屋から出ていった。
私と春さんはあまりの部屋の凄さに、暫く呆けて動けなかった。
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