後藤家の日常

四つ目

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つけた話の真相

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「姐さん、あの兄さんマジ半端ないっすね」
「・・・あなた、まさか」

ある日バイト先に、顔を腫らした後が残る顔でいつもの男性がやって来た。
普段なら最初は無視するのだけど、無視できない言葉と顔に思わず反応してしまった。

「春さんに喧嘩を吹っ掛けたんですか、あなた」
「いやー、ぜんっぜん相手にならなかったすね。マジで半端ねぇっすわあの人」

つまり春さんがこの間言っていた『話をつけた』とはそういう事か。
私が原因とは言え、春さんは受験前に何をやっていたのか。
もしそんな事をしているのが見つかったらどうなるか。ああもう。

「あ、ちょ、姐さん、ちょっと、目が怖いんすけど」
「当然でしょう」

そもそもこの男が私に付きまとって、春さんに目を付けたのが原因だ。
大本をたどれば、この男が店に迷惑をかけていた事が一番のきかっけだろう。
・・・万が一春さんに不利益があったら、どうしてやろうかな、こいつ。

「あの、姐さん、マジで寒気がするんですけど、なんで睨まれてるんすかね」
「そこで何故と問う貴方だから睨まれています」

流石に春さんのあの体格を見て、喧嘩を本当に吹っ掛けるとは思わなかった。
以前春さんが乱闘していた時の相手は、あの人の事を知った上での集団だ。
けどこの男は違う。あの彼を見て、あのかわいい春さんを見て手を出した。
私に関わりある相手だというだけで。

「ちょっと、甘く相手し過ぎましたか」
「あ、後藤さん、店内で暴れるのは止めてね?」

私の言葉に不穏な気配を感じたのか、店長が焦りながら頼んできた。
勿論店内で暴れたりはしない。その代わり彼はとある人物の所へ連れて行くとしようか。
ただそれだけで、おそらく彼は二度と此処へ顔を出せなくなる。

彼が過去、自分が頼って、結果自分が殴られる事になった人の所へ。
指定暴力団。やくざ。極道。呼び方は色々あるが、そういう所の人だ。

おそらく碌な目には合わないのは間違いない。
少し可哀そうだと思って、今後暴れないなら等と言ったのが間違いだった。
そもそもそういった所に自ら頼る時点で、本来同情の余地はない。

「ま、待って下さい、兄さんとは本当に話ついてるんで! も、もう二度と兄さんには近寄りませんし、姐さんにはここでしか会いに来ませんから!」

私の本気度合いを理解したのか、慌てて弁明を始める男。
ただその内容は私にとって、多少は心を落ち着けるに足る物だった。
彼の言った言葉を咀嚼し、話を付けた、と春さんが言ったのだという事を思い出す。
そういえば春さんが態々そう言ったのだから、もう大丈夫なのか。

「そうですか」
「は、はい」

私が少し落ち着いたのを見て、男性はほっとした様子を見せる。
何を勘違いしているのだろうか。先程よりは少し気が落ち着いただけで怒りは消えていない。
だから、釘を刺しておくとしよう

「流石に今回の事は容赦するに値しませんが、貴方の馬鹿さ加減を甘く見ていた私の落ち度でしょう。ですから『次は無い』と思っていて下さい」
「は、はいっす・・・!」

私の威圧を込めた低い声に、彼は震えながら頷いた。
これだけやってもきっとまた店に来るのだろうなと思うと、本当に面倒な人だと思う。

「いやー、ほんと君がいると色々楽だわー」
「店長、また50円上げて下さいね」
「え、ちょ」
「上げて下さいね?」
「・・・はい」

他人事の様に店長が口を出してきたので、そちらにも飛び火させておく。
そもそもこの人は自分が手に負えない連中を全部私に回している。
明かに時給外の仕事をしていたのを、今までは雇ってくれている感謝もあって黙っていた。
けど今回の様に完全な実害が起きた以上、そういう気楽な構え方はちょっと許せない。

「店長、また情報源が店長で私に迷惑が掛かったら交渉しますからね」
「マジですか」
「ここを辞めると私も困りますが、どうしても居たいわけじゃないんですよ?」
「あーい・・・」

私の力だけの話では無いのだけど、私から連なる人脈のおかげで店長は少しだけ得をしている。
もし私がきちんとした理由以外でここを辞めれば、そのツケは店長に向く。
普段はあまりそう言った所に頼りたくはないけど、今回は私以外に被害が行った。
少し位脅しをかけても許されるだろう。

はぁ、春さんにも謝罪と注意両方しないと。
このせいで大学は入れなかったらどうするつもりなのか。
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