角持ち奴隷少女の使用人。

四つ目

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110、出来る事。

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「すー・・・はー・・・」

女は自室で一人、少し俯き気味な体勢で深い呼吸を繰り返していた。
目は開いているが、どこかを見ている様でどこも見ていない。
意識は完全に内側だけに向いており、自分の調子を確かめる様に呼吸を繰り返す。

「ふぅー・・・」

そして深く深く息を吐き切ってから顔を上げ、軽く息を吸って体に力を籠めた。
すると女の額に角が形成されて行き、女は出来た角を確かめる様に触る。

「・・・少しずつ、戻ってきているな」

女は角を触りながら呟き、それは何処か不安な物を孕んでいた。
今はまだ耐えられる。だがどこまで耐えられるかと。
前回の暴走は長年の蓄積のせいだと解ってはいる。
それでも自分は、気を抜けばすぐに同じ状態になるのだと解っているからだ。

「あの娘には、これが見えていたんだろうな」

女は自分の両手を、その両手に纏う物を見ながら呟く。
角を出した時だけ見えるどす黒い物。自分の体を覆う不可思議な力。
自分自身から発しているにもかかわらず、怖気を感じる気持ち悪い何か。
こんな物を少女が見れば、それは怖がるのも致し方ないだろうと思っている様だ。

「不思議なのは、あの娘から見えていた物は、私とどこか違った事か」

前々から疑問には思っていた。
少女の角は確かに自分と同じ類の物の筈だ。
角の形もそうだが、前回の事で同種の存在だという事は間違いない。
だが少女の力は自分よりも余りに強大で、だが纏う力に気持ち悪さが無かった。

見た感じは自分と然程変わらない、黒く異質で禍々しさを放っていたはずだ。
だが感覚的には、あの力に恐れは有っても嫌悪は無い。
むしろあれは少女自身の欠片の様にすら見え、抱きしめたいと感じる物が有る。

それに角をずっと出っ放しの状態な事もそうだ。
勿論女も角を出しっぱなしにしていた方が体は安定する。
だがそうすると、段々と意識の方がおかしくなっていく。
少女にはそんな兆候は一切見られない。むしろ角を出していない女の方が危うい程だ。

「ふっ、人の事よりも自分の事が先だな」

こうやって角を出している今も、頭の中に嫌な物が巡っている。
胸の奥が重い。ムカムカして来る。血肉が足りない。大事な者が足りない。
殺したい。殺して、殺して、殺して、その血肉をこの身に。

「性質の悪い呪いだ」

はぁと、溜め息を吐きながら角を消す女。
それと同時にどす黒い物は女の周囲から消え、先程のおかしな思考も消え去った。
ただし何の影響も無い訳ではない様で、女の表情は何処か優れない。

「そういえばあの時、私はこんな事を考えていなかったな」

少女と殴り合っていた時、女の思考には先程のような物は途中から消えていた。
有ったのはもっと目の前の少女とこの時間を続けたいという、まるで無邪気に遊んでいるかのような感覚。
そして少女からはそれに応える様な、自分の我が儘を包みこんでくれる様な物を感じていた。

「もしかすると過去の事件にも、何か私達の知らない事情が有るのかもしれんな」

少女の起こした殺人事件。あれはてっきり角の暴走からの物だと思っていた。
そして少女は常に角を出し続ける事で体を維持し、角の作用には慣れが在るのかと。
だが先の殴り合いの事を考えると、どうにも何か違和感を感じる女。

少女は間違いなく自分を殺せる瞬間が有ったのに、それをせずに収めたのだ。
本人の意識がしっかりとあるのではなく、どう見ても完全に角の力に任せた状態で。

「・・・考えても、解らんか。まさかまた同じ事をやらせる訳にはいかんしな」

女はとりあえず自分の状態を把握した事で満足し、部屋を出て男の自室に向かう。
そしてノック無しに扉を開き、何事かと驚く男を無視して男のベッドに寝転んだ。
男は困惑しながら女に目を向け、持っていた本を置いて声をかける。

「あのー、一体何のつもりなんですかね」
「少々自分の状態確認をしたら疲れてしまいましたので、仮眠をとらせて頂きます」
「何で俺の部屋でなんだよ」
「起きた時動けないと、助けを呼ぶのが面倒ですので」
「俺はナースコールか何かか」
「あらそんな。ボタンを押さなくても良いのでナースコールよりは便利ですよ」
「あのなぁ・・・」

男はそこだけかよと思いつつ、女が何をして来たのかを察して放置する事に決めた様だ。
暫くの間、部屋には女の寝息と男の本を捲る音だけが存在していた。
だがそこにノックの音が響き、男が扉を開くと少女がぽてぽてと入って来る。
その手にはコーヒーとお菓子が有り、どうやら男の為に用意した様子だった。

「ありがとな」

礼を言いながら頭を撫でる男に、少女はにへらっと溶けた笑顔を見せる。
これ以上ない幸せそうな顔であったが、ふと女がベッドに寝ている事に気がついた。
そして少女は慌てた様にパタパタと女に近づき、女の周囲を手でバタバタと払い始める。

「・・・えっと、なに、してんだ?」

男は不思議そうに訊ねるが、聞こえていない様子で払い続ける少女。
そして暫くすると手を止め、ムフーっと息を吐いて満足そうに笑顔を見せた。
褒めて褒めてという感じに見え、男の戸惑いは増すばかりだ。

「え、うん?」

男は良く解らず、とりあえず頭を撫でる。何も解っていないがとりあえず撫でただけ。
だが少女はやり切った笑顔で応え、ぺこりと頭を下げてパタパタと部屋を去って行った。
その顔はとても満足気で嬉しそうだったので、男は余計に良く解らない。

「え、まじで何だったの?」

男は本気で理解できず、取り敢えずコーヒーを啜るのだった。






その後暫くして女が起き上がり、その時に男が偶々部屋を離れていた事で、結局この事は少女以外誰も解らずじまいとなる。

「・・・おかしいな、体がやけに軽い。もう少し回復に時間がかかると思ったんだが」

起きた女は普段通りの体の感覚に疑問を持つが、その理由は寝ていたので解らない。
そしてその言葉を男が聞いていないので、男も説明をする機会が無い。
ただ少女だけが、女の為に出来る事を見つけ、満足げにしているだけだった。
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