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210、幸せな夢。
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最近の少女は、時々幸せな夢を見る。
それは記憶に無い暖かい場所。
それは記憶に無い誰かの優しい顔と声。
少女はとても幸せだった。とても心地良かった。
その暖かさと優しさが有れば何も要らなかった。
幸せだった。本当に幸せだった。
それ以外の気持ちが浮かばない程に心地良い夢。
幸せ過ぎて目を覚ましたくなるぐらい、涙が流れる程に幸せな世界。
「――――――」
「――――――」
優しい顔で、優しい声で、誰かの名を呼ぶ声がする。
聞き取れないけど、解らないけど、でも名前を読んでいる気がする。
愛してくれる人が、愛を込めて呼んでくれていると。
だけど少女はそれに応える事が出来ない。
懸命に手を伸ばしても決して手は届かない。
二人の愛に応えようと口を開いても声は出ない。
幸せなのに、とても幸せなのに、幸せなはずなのに、悲しくて堪らない。
この幸せを享受する事が、享受出来る事がこんなにも嬉しいはずなのに。
解っている。少女には解っているから悲しいんだ。
これは夢だ。幸せな夢だ。もう届かない心の奥底に有る夢なんだと。
記憶の片隅にほんの少し残った、自分の幸せな過去。
赤く染まる記憶よりも、もっと前の幸せな記憶。
だから、少女はこの先を見たくない。この先には地獄が待っている。
こんな幸せな世界とはかけ離れた、余りにも凄惨な記憶が。
全てが、赤く、染まる、瞬間が―――――。
『今日は寝坊助だな。朝だぞ。起きろ』
聞き慣れた声に意識が浮上し、少女はガバッと勢い良く起き上がる。
そして大きく見開いた眼で、声をかけてきた人物に目を向ける。
そこには何時も通り起こしに来た女が居り、少女の反応に驚いた顔を見せていた。
「どうした、そんなに勢いよく起き上が――――」
少女は女の顔を見て、何故かとても抱きつきたくなった。
理由は解らない。だけどどうしても、手を伸ばしたかった。
この手は伸ばせると、触れられると、抱き締め返す事が出来ると。
あの時は違う。今なら自分はこの手を伸ばせるのだと。
それがどんな時か思い出せないままに、少女は女に縋りつく。
何故そんな事を思うのかすら解らないままに。
「・・・何だ、嫌な夢でも見たか?」
様子がいつもと違う事に女はすぐに気が付き、優しく頭を撫でながら問いかける。
少女はその暖かな手に、ボロボロと涙を零し始めた。
何時もよりもぎゅっと、好意を示す物ではなく、縋る様に抱きつく少女。
「・・・存分に泣け。気が済むまでな。それまでずっとこうしておいてやる」
優しく、何処までも優しさを感じる声音で少女に語り掛け、少女を抱き締める女。
少女はその間ずっと、何故泣いているのかも解らず、ひたすらに泣いて女に縋り続けていた。
「覚えていないのか?」
暫くして泣き止んだ少女は、女の問いにテレテレと恥ずかしそうにしながらコクリと頷く。
少女は落ち着くときょとんとした顔を見せて首を傾げ、女もつられて首を傾げていた。
どうかしたのかと聞くと、少女は自分が何故泣いていたのかが解らないのだという。
ただ何故かとても悲しかった事だけを覚えており、女の顔を見たらそれが溢れてしまった。
結果良く解らないままに女に抱きつき、そのまま思い切り泣いていたのだ。
何故か寂しくて。何故か悲しくて。そして、女の存在が嬉しくて。
「・・・まあ夢なんてそんな物か。もう大丈夫なら、それで構わん」
何時もの様子に戻った少女に安堵しながら、女はきゅっと少女を抱きしめる。
少女はその暖かさにまた少し胸に何かが浮かんだ気がしたが、すぐに霧散して消えた。
だけどその代わりとても暖かい気持ちになり、にへっと笑顔になると女にスリスリと猫の様にすりつく少女。
もう少女の中には、何の夢を見たのかどころか、その夢に対する気持ちも朧気だった。
ただそれでもどこか、ほんの少しだけ心の何処かに、不安を感じている。
夢の内容は全く思い出せないけど、思い出さなければいけない様な気がして。
思い出せないのが良い事なのか悪い事なのか、それすらも本当は解らずに。
「さて、そろそろ朝食にするとしよう」
女はそう言うと、そのまま少女を抱えて食堂向かう。
もう既に複眼が朝食を作ってくれている頃合いの時間になっていた様だ。
何時もの様に手を引くでも前を歩くでもなく、優しく抱きかかえての移動。
その事に少女はいつも以上に幼げな様子で、女に抱きついてされるがままだった。
それはまるで、自分に足りない何かを、埋める様に。
それは記憶に無い暖かい場所。
それは記憶に無い誰かの優しい顔と声。
少女はとても幸せだった。とても心地良かった。
その暖かさと優しさが有れば何も要らなかった。
幸せだった。本当に幸せだった。
それ以外の気持ちが浮かばない程に心地良い夢。
幸せ過ぎて目を覚ましたくなるぐらい、涙が流れる程に幸せな世界。
「――――――」
「――――――」
優しい顔で、優しい声で、誰かの名を呼ぶ声がする。
聞き取れないけど、解らないけど、でも名前を読んでいる気がする。
愛してくれる人が、愛を込めて呼んでくれていると。
だけど少女はそれに応える事が出来ない。
懸命に手を伸ばしても決して手は届かない。
二人の愛に応えようと口を開いても声は出ない。
幸せなのに、とても幸せなのに、幸せなはずなのに、悲しくて堪らない。
この幸せを享受する事が、享受出来る事がこんなにも嬉しいはずなのに。
解っている。少女には解っているから悲しいんだ。
これは夢だ。幸せな夢だ。もう届かない心の奥底に有る夢なんだと。
記憶の片隅にほんの少し残った、自分の幸せな過去。
赤く染まる記憶よりも、もっと前の幸せな記憶。
だから、少女はこの先を見たくない。この先には地獄が待っている。
こんな幸せな世界とはかけ離れた、余りにも凄惨な記憶が。
全てが、赤く、染まる、瞬間が―――――。
『今日は寝坊助だな。朝だぞ。起きろ』
聞き慣れた声に意識が浮上し、少女はガバッと勢い良く起き上がる。
そして大きく見開いた眼で、声をかけてきた人物に目を向ける。
そこには何時も通り起こしに来た女が居り、少女の反応に驚いた顔を見せていた。
「どうした、そんなに勢いよく起き上が――――」
少女は女の顔を見て、何故かとても抱きつきたくなった。
理由は解らない。だけどどうしても、手を伸ばしたかった。
この手は伸ばせると、触れられると、抱き締め返す事が出来ると。
あの時は違う。今なら自分はこの手を伸ばせるのだと。
それがどんな時か思い出せないままに、少女は女に縋りつく。
何故そんな事を思うのかすら解らないままに。
「・・・何だ、嫌な夢でも見たか?」
様子がいつもと違う事に女はすぐに気が付き、優しく頭を撫でながら問いかける。
少女はその暖かな手に、ボロボロと涙を零し始めた。
何時もよりもぎゅっと、好意を示す物ではなく、縋る様に抱きつく少女。
「・・・存分に泣け。気が済むまでな。それまでずっとこうしておいてやる」
優しく、何処までも優しさを感じる声音で少女に語り掛け、少女を抱き締める女。
少女はその間ずっと、何故泣いているのかも解らず、ひたすらに泣いて女に縋り続けていた。
「覚えていないのか?」
暫くして泣き止んだ少女は、女の問いにテレテレと恥ずかしそうにしながらコクリと頷く。
少女は落ち着くときょとんとした顔を見せて首を傾げ、女もつられて首を傾げていた。
どうかしたのかと聞くと、少女は自分が何故泣いていたのかが解らないのだという。
ただ何故かとても悲しかった事だけを覚えており、女の顔を見たらそれが溢れてしまった。
結果良く解らないままに女に抱きつき、そのまま思い切り泣いていたのだ。
何故か寂しくて。何故か悲しくて。そして、女の存在が嬉しくて。
「・・・まあ夢なんてそんな物か。もう大丈夫なら、それで構わん」
何時もの様子に戻った少女に安堵しながら、女はきゅっと少女を抱きしめる。
少女はその暖かさにまた少し胸に何かが浮かんだ気がしたが、すぐに霧散して消えた。
だけどその代わりとても暖かい気持ちになり、にへっと笑顔になると女にスリスリと猫の様にすりつく少女。
もう少女の中には、何の夢を見たのかどころか、その夢に対する気持ちも朧気だった。
ただそれでもどこか、ほんの少しだけ心の何処かに、不安を感じている。
夢の内容は全く思い出せないけど、思い出さなければいけない様な気がして。
思い出せないのが良い事なのか悪い事なのか、それすらも本当は解らずに。
「さて、そろそろ朝食にするとしよう」
女はそう言うと、そのまま少女を抱えて食堂向かう。
もう既に複眼が朝食を作ってくれている頃合いの時間になっていた様だ。
何時もの様に手を引くでも前を歩くでもなく、優しく抱きかかえての移動。
その事に少女はいつも以上に幼げな様子で、女に抱きついてされるがままだった。
それはまるで、自分に足りない何かを、埋める様に。
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