上 下
10 / 31

第八話

しおりを挟む
 ーー夕暮れの赤い陽光が、部屋の中に差し込む。結局、丸一日学園を休んでしまった。

(・・・・・・午前の授業なんか無断で欠席してしまった。今まで完璧に優等生を演じてきたのに)

 あの悪夢から目覚めた時点で、すでに正午を回っていたのだ。

 昼休みなのになかなか図書室に現れないサミールを案じたギルバートは、わざわざ二年の教室まで行ってサミールの欠席を確認したという。

『ーー先輩は真面目だから、欠席するなんて余程の何かがあったんだと思って・・・・・・寮に来てみて正解だったよ』

 ギルバートはそう言うと、落ち着きを取り戻したサミールをベッドに寝かせ、医者に診てもらわないならせめて安静にしていて欲しいと念押ししてきた。

『先輩が体調を崩したことは俺から先生に報告しておくよ。・・・・・・食欲はある? 何か食べれそうなものがあったら、食堂で作ってもらってくるから』

 甲斐甲斐しく世話を焼いてくるギルバートに、弱っていたサミールはつい甘えてしまった。

 普段のように、寡黙で人に構われるのを好まない一匹狼のような振る舞いをしてみせることができなくて。

(ギルバートには、すごく迷惑をかけてしまった)

 地味で物静かで、図書室にこもってばかりの日陰者を演じてきたのに。

 学園内でも貴族界でも皆から注目を集める、そんな存在のギルバートから直々に探されて。

 欠席を連絡するために教務室へ使い走りまでさせてしまったのだ。

(噂になるだろうな・・・・・・わざわざ二年の教室まで聞きに行ったって言ってたし。なんて言って聞いたんだ。 「サミール先輩は今日来てないんですか?」って? あぁっ・・・・・・明日行ったら私、クラス中から注目されてしまうかも・・・・・・‼︎)

 考えるだけで頭が痛い。

 皆が憧れる公爵令息のギルバート様が、わざわざ子爵家の根暗陰キャ男なんかのために欠席の連絡を伝えに来たのだ。

 対応した教員たちもきっとひどく驚いたことだろう。

(頼むリリィ、もう引き返せる気がしない・・・・・・ギルバート以外を選んでくれないか)

 天井をぼーっと見つめながら、そんなことを祈ったその時だった。

 ーーコンコン、と部屋のドアが軽くノックされた。

「・・・・・・先輩、入るよ」



ーーーーー



 ーーギルバートは持ってきたトレーをベッドサイドのミニテーブルに置くと、サミールを優しく抱き起こした。

 見ると、トレーの上には温かそうに湯気が立ち昇るリゾットがあって。

「どう、これなら食べれそう? トマトと玉ねぎが沢山入っているから、体調が悪い時に丁度いいと思うよ」

「ありがとうございます、これなら食べれそうです」

 サミールが微笑んで頷くと、ギルバートも優しい表情で笑んでみせてくれる。

「・・・・・・顔色だいぶ良くなったね。安心したよ」

 そう言うとギルバートは、トレーから木製のスプーンをそっと取り上げた。

 自分に渡すつもりかと思ってサミールが手を伸ばすも、何故か彼はそのままリゾットを一口分、スプーンですくって。

「・・・・・・先輩、口開けて?」

 甘く優しい声音で囁き、こちらの口元に向けてスプーンを差し出してくるギルバートに、サミールは呆気に取られてきょとんとした顔をしてしまった。

「ふぇっ・・・・・・?」

(ーーえ、な、何? 手ずから食べさせてくれるってこと⁉︎)

 ・・・・・・ゲーム本編では、好感度Max状態で看病イベントを発生させると、確かに攻略キャラがご飯を食べさせてくれたり寝かしつけてくれたりするのだが。

(私はリリィじゃないし、男なんだけど⁉︎)

 動揺に固まってしまったところをギルバートの綺麗な青の目でじっと見つめられて、羞恥に頬が赤く染まる。

 病がちだった前世ですら、人から“あーん”で食べさせてもらったことなんてないのだ。

(じ、自分で食べれるって断る? いやでも、ギルバートはきっと弱ってる私を気遣って介護してくれてるのに・・・・・・)

 目を泳がせて惑うサミール。しかし、いつまでもそうしているわけにはいかなくて。

(・・・・・・ええい、覚悟を決めろ‼︎)

 思い切って腹を括ると、目の前のスプーンをぱくり、と咥えた。

 途端、トマトの甘味と酸味、生姜と玉ねぎの風味が口の中に広がる。

 スープを吸った米粒は柔らかで口当たりが良く、食欲がなくても食べやすい。

 ーーしかし、やはり人が持っているスプーンからというのは食べづらく。

「・・・・・・ん、ふっ・・・・・・」

 つい吐息を漏らせば、ギルバートのスプーンを持つ手がかすかに震えた。

(・・・・・・やっぱこれ、恥ずかしいな。食べてるところを至近距離で見られてるなんて)

 こちらを見つめてくるギルバートと目があって、その恥ずかしさがより高まり、つい目を逸らしてしまう。

「あ、あとは、自分の手で食べれますので・・・・・・」

「・・・・・・その方が良さそうだね、先輩」

 頰を染めて俯くサミール。二人の間に流れるこそばゆいような気まずさが、しかし嫌いではなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【題名変更】並行世界に転生した俺は、もう一度恋をする―クールな元恋人似、ヤンデレな異母弟、一途な幼馴染みの誰かと―

知世
BL
こちらの作品は『俺とお前、信者たち』のifで、短編(会話文が多めの小話)になります。 前作(前世)が未読でも大丈夫な内容を目指すつもりです。 先に『俺』を読んで頂けると、キャラクターの過去やタイプが分かるので、より面白いと思いますが…。 宜しければ『俺』もお願い致します。 あらすじ 二十八歳の奏(かなで)は、八歳年上の彼方(かなた)と、同性婚をする当日、自分に思いを寄せる、異母弟の楓(かえで)に刺し殺されてしまう。 「本当は、彼方と付き合うのも許せなかったけど、我慢していたんだ。…流石に結婚は駄目だよ、兄さん」 「…兄さんは僕のものだ。彼方になんか、渡さない。―ああ、大丈夫だよ。安心して、兄さん。僕もすぐに後を追うから…。ずっと、一緒だよ。ずっと…ずっとね…」 気が付いたら、亡くなったはずの母親が「奏っ!ああ、良かった…!もう大丈夫よ」と涙ぐみながら微笑みかけてくる。 …どうやら、俺は三歳の幼児に転生したみたいだ。 でも、この世界はおかしい。並行世界だけど、異世界…それも、獣人の世界らしい。 …何だここ、天国か? 誰か獣化してくれないかな。ちょっとでいいから、触らしてほしい。 …こほん。 とりあえず。 人生をやり直して、二度と同じ失敗はしない! …彼方には会いたいから、何とかしよう。それと、楓には絶対会わないようにしないと。 ―奏の二度目の人生が、今、始まる。 R18は保険です(直接的な描写はありませんが、性行為を匂わす表現・設定はあります) 暴力的・残酷な表現があります。 奴隷制度がある異世界なので、差別的な表現・言動があります。 ハッピーエンドで、エンディングは四種類用意する予定です(ニ種類増えました) それと、『俺』のifなので、前作(前世)が分かるように、『俺』の公開期間を延長します。 『転生俺』が終わったら、どちらも非公開にするので、日程はまたお知らせします。 拙い文章ですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。 宜しくお願い致します。

[完結]病弱を言い訳に使う妹

みちこ
恋愛
病弱を言い訳にしてワガママ放題な妹にもう我慢出来ません 今日こそはざまぁしてみせます

妹に婚約者を結婚間近に奪われ(寝取られ)ました。でも奪ってくれたおかげで私はいま幸せです。

千紫万紅
恋愛
「マリアベル、君とは結婚出来なくなった。君に悪いとは思うが私は本当に愛するリリアンと……君の妹と結婚する」 それは結婚式間近の出来事。 婚約者オズワルドにマリアベルは突然そう言い放たれた。 そんなオズワルドの隣には妹リリアンの姿。 そして妹は勝ち誇ったように、絶望する姉の姿を見て笑っていたのだった。 カクヨム様でも公開を始めました。

「君とは結婚しない」と言った白騎士様が、なぜか聖女ではなく私に求婚してくる件

百門一新
恋愛
シルフィア・マルゼル伯爵令嬢は、転生者だ。どのルートでも聖人のような婚約者、騎士隊長クラウス・エンゼルロイズ伯爵令息に振られる、という残念すぎる『振られ役のモブ』。その日、聖女様たちと戻ってきた婚約者は、やはりシルフィアに「君とは結婚しない」と意思表明した。こうなることはわかっていたが、やるせない気持ちでそれを受け入れてモブ後の人生を生きるべく、婚活を考えるシルフィア。だが、パーティー会場で居合わせたクラウスに、「そんなこと言う資格はないでしょう? 私達は結婚しない、あなたと私は婚約を解消する予定なのだから」と改めて伝えてあげたら、なぜか白騎士様が固まった。 そうしたら手も握ったことがない、自分には興味がない年上の婚約者だった騎士隊長のクラウスが、急に溺愛するようになってきて!? ※ムーン様でも掲載

男主人公の御都合彼女をやらなかった結果

お好み焼き
恋愛
伯爵令嬢のドロテア・ジューンは不意に前世と、そのとき読んだ小説を思い出した。ここは前世で読んだあの青春ファンタジーものの小説の世界に酷似していると。そしてドロテアである自分が男主人公ネイサンの幼馴染み兼ご都合彼女的な存在で、常日頃から身と心を捧げて尽くしても、結局は「お前は幼馴染みだろ!」とかわされ最後は女主人公ティアラと結ばれ自分はこっぴどく捨てられる存在なのを、思い出した。 こうしちゃいれんと、ドロテアは入学式真っ只中で逃げ出し、親を味方につけ、優良物件と婚約などをして原作回避にいそしむのだった(性描写は結婚後)

好きな人に振り向いてもらえないのはつらいこと。

しゃーりん
恋愛
学園の卒業パーティーで傷害事件が起こった。 切り付けたのは令嬢。切り付けられたのも令嬢。だが狙われたのは本当は男だった。 狙われた男エドモンドは自分を庇った令嬢リゼルと傷の責任を取って結婚することになる。 エドモンドは愛する婚約者シモーヌと別れることになり、妻になったリゼルに冷たかった。 リゼルは義母や使用人にも嫌われ、しかも浮気したと誤解されて離婚されてしまう。 離婚したエドモンドのところに元婚約者シモーヌがやってきて……というお話です。 

どう頑張っても死亡ルートしかない悪役令嬢に転生したので、一切頑張らないことにしました

小倉みち
恋愛
 7歳の誕生日、突然雷に打たれ、そのショックで前世を思い出した公爵令嬢のレティシア。  前世では夥しいほどの仕事に追われる社畜だった彼女。  唯一の楽しみだった乙女ゲームの新作を発売日当日に買いに行こうとしたその日、交通事故で命を落としたこと。  そして――。  この世界が、その乙女ゲームの設定とそっくりそのままであり、自分自身が悪役令嬢であるレティシアに転生してしまったことを。  この悪役令嬢、自分に関心のない家族を振り向かせるために、死に物狂いで努力し、第一王子の婚約者という地位を勝ち取った。  しかしその第一王子の心がぽっと出の主人公に奪われ、嫉妬に狂い主人公に毒を盛る。  それがバレてしまい、最終的に死刑に処される役となっている。  しかも、第一王子ではなくどの攻略対象ルートでも、必ず主人公を虐め、処刑されてしまう噛ませ犬的キャラクター。  レティシアは考えた。  どれだけ努力をしても、どれだけ頑張っても、最終的に自分は死んでしまう。  ――ということは。  これから先どんな努力もせず、ただの馬鹿な一般令嬢として生きれば、一切攻略対象と関わらなければ、そもそもその土俵に乗ることさえしなければ。  私はこの恐ろしい世界で、生き残ることが出来るのではないだろうか。

公爵令嬢に転生したので両親の決めた相手と結婚して幸せになります!

永倉伊織
恋愛
ヘンリー・フォルティエス公爵の二女として生まれたフィオナ(14歳)は、両親が決めた相手 ルーファウス・ブルーム公爵と結婚する事になった。 だがしかし フィオナには『昭和・平成・令和』の3つの時代を生きた日本人だった前世の記憶があった。 貴族の両親に逆らっても良い事が無いと悟ったフィオナは、前世の記憶を駆使してルーファウスとの幸せな結婚生活を模索する。

処理中です...