【完結】婚約破棄されましたが、慕ってくれる部下と共に妖を討伐する毎日です!

夏灯みかん

文字の大きさ
33 / 64
【2】婚約披露宴と余波

32.「こちらこそよろしくお願いします」

しおりを挟む
 それなら、彰吾の実の両親はどうしたのだろう。
 綾子の心に即座に浮かんだ疑問に答えるように砂羽は話を続けた。

「あの子の母親は、私の末娘で、菊門きくもん家の妾でした」

「菊門家……」

 菊門家は通常の火風水木の家紋属性の枠を超えた、最強の力を持つ【超越家紋ちょうえつかもん】を発現する家系として知られていた。代々国の重要な役職を担う名門中の名門の華族だ。【超越家紋】の発現者を一族で維持するため、男女問わず複数の妾を迎えていることでも知られている。

 砂羽は「ええ」と頷いて話を続けた。

「たくさんいるお妾さんの一人、ということで嫁がせるのは不安だったのですが。当主の正蔵しょうぞうさんにお会いしたら、娘は、――あの子の母親の、美和みわは、他に奥様がいてもお嫁に行きたい、と。ですが、生まれた彰吾は、母親の家紋である我が家――鈴原の【疾風】は継いだのですが、【超越家紋】は発現しなかったのです」

「それで養子に……?」

「いいえ」と砂羽は首を振った。

「【超越家紋】を発現しなくても、通常は菊門家の子として養育されるのですが……あの子の母親は……、美和は、正妻の奥様と【超越家紋】を継いで生まれたそのお子さんを、嫉妬心から、家紋の力で傷つけてしまったのです」

 苦しそうな表情でうつむいた。

「嫁いだ旦那様――当主の正蔵さんに惚れ込んでしまっていたのでしょうね。彰吾が【超越家紋】を継いでいないと知った旦那様は、美和のことも、彰吾のことも訪ねることがなくなってしまったそうなので、美和も辛い思いをしたのだと思います。――だからと言って、人を傷つけて良い理由にはなりませんが」

「その、正妻の方とお子さんは……」

「命に別状はなかったのですが、怪我を負ってしまって――本来なら、警察沙汰になってもおかしくはなかったのですが、揉め事を公にしたくなかった両家の間で、美和と彰吾は菊門家から出て遠方へ行く、ということで合意しました。彰吾はまだ一つにもなっていなかったので覚えていないと思いますが」

 家紋の力を使って人を傷つけることは重罪に当たる。
 家紋の力を持たない者よりも強力な力を持ってるからこそ、妖に対抗できる者として家紋を持つ家柄は華族として重要な地位を持ってきた。
 その力を悪用することは、その地位の面目を汚すことになるととらえられているため、家紋の力を使った傷害や殺人は罪が重くなる。
 そのため家紋の力を使って人を傷つけてしまった場合は、公にせずに内内うちうちに処理することも多い。
 
「それで……彰吾さんのお母さま――美和さんは?」

 母親と一緒に家を出て、実家に戻ったということではないのだろうか。
 姿の見えない彼女はどこに?

「――彰吾は、顔がね、正蔵さんによく似ているんです。特に、目元が」

 砂羽は言葉を濁した。

「それで、美和は……彰吾の『顔を見たくない』と。一人で家を出て行くから、彰吾は私たちが育ててくれ、と言って聞かなかったのです。自分がお腹を痛めて生んだ子だというのに」

 綾子は言葉を失ってしまった。
 赤子のうちに母親に『顔を見たくない』と言われて、去られるのはどんな気持ちなのだろう。

「――そう言われたことを、彰吾さんは知ってるんですか……?」

「私たちは言ったことはないのですが……口さがない人たちが噂しているのを聞いてしまったようです」

 「そうですか……」と綾子は呟いた。
 彰吾の様子から、彼がそんな事情をかかえているとは露ともわからなかった。
 彼の元を去った母親は、今どこで何をしているのだろう。

「美和さんは今……」

「美和は遠方で再婚し、彰吾は私たちが養子として引き取りました。美和は、今の嫁ぎ先で、家族を持って暮らしています。彰吾にも父親の違う弟と妹が1人ずつ……。彰吾に負い目があるのでしょうね。家を出て以来、手紙を出しても返事もなくて。私もずっと会っていないのよ」

 砂羽は悲し気に視線を落とした。

「……」

 今、彼女は幸せなのだろうか。
 それは良いことなのかもしれないが……。

(彰吾くんの気持ちは……どうなるのかしら)

 うつむいてしまった綾子の肩に砂羽は手を置いた。

「あの子は、あの2年前の中央公園での事件まで、何をするにも無気力だったんです」

「無気力?」

 綾子の印象では彰吾は何をするにも溌剌としていて、『無気力』という言葉は不似合いだった。

「勉強も運動も友達付き合いもソツなくこなす子だったのですが、何にも本気を出さないというか……、とりあえずで、その場をやり過ごしているというか、そんな感じだったんです。高校で進路を選ぶ時にも……将来何をしたいかと聞いても『官僚になったら良いと先生に言われたから』とだけ言って、帝大に進んで。自分から『何かをしたい』と言ったことがなかったんです」

 砂羽は学生服姿の彰吾の写真を見つめて、それから綾子を見た。

「それが、中央公園の事件の後は、人が変わったように熱心に『防衛隊』に入ると言い出して――最初は敵わなかった主人を圧倒するほどの家紋の力を身につけて戻ってきたときは、驚きました。――私も主人も、彰吾がそこまでやりきることなど、できないと思っていましたから」

「綾子さん」と目を見て、呼びかける。

「あなたがあの子の原動力だったんです。寮に入ってしまって顔を合わせるのはたまにでしたが、防衛隊に入ってからのあの子の表情は、家にいた時とは全然違って、いつも楽しそうでした。『憧れの人の近くで、家紋の力で街を守る仕事ができて嬉しい』と事あるごとに言っていましたよ」

「『憧れの人』ですか……」

 綾子は「自分はそんな」と言いかけて口を閉じた。
 そういうことを自分に対して言うのはやめようと決めたことを思い出した。

(――素直に相手の言葉を受け取ろう)

 そう思いなおし『憧れの人』という言葉を真正面から受け止めると、とても恥ずかしい気持ちになってきて、両手で顔を押さえた。砂羽は「ふふふ」と微笑む。
 
 そんな砂羽を見て、綾子はほっと安心した。

(良かった……彰吾くんには、きちんと大事に思ってくれている人が近くにいたんだわ)

「――私こそ、彰吾くんの言葉に救われたんです」

『隊長の姿を見て、こういう風になりたいって思ったんです』
『――綾子さんのせいじゃ、ないですよ』
『あなたは悪くない』

 彰吾のかけてくれた言葉を一つずつ思い出しながら、綾子は呟いた。
 自分のことを丸ごと肯定してくれた言葉のおかげで、長く下を向いて俯いていた顔を前に向けられた気がする。

 砂羽は綾子を見つめると、微笑んだ。

「綾子さん、彰吾のことをよろしくお願いしますね」

「こちらこそよろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げて、それから食卓へと戻った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

悪役女王アウラの休日 ~処刑した女王が名君だったかもなんて、もう遅い~

オレンジ方解石
ファンタジー
 恋人に裏切られ、嘘の噂を立てられ、契約も打ち切られた二十七歳の派遣社員、雨井桜子。  世界に絶望した彼女は、むかし読んだ少女漫画『聖なる乙女の祈りの伝説』の悪役女王アウラと魂が入れ替わる。  アウラは二年後に処刑されるキャラ。  桜子は処刑を回避して、今度こそ幸せになろうと奮闘するが、その時は迫りーーーー

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

【完結】悪役令嬢はご病弱!溺愛されても断罪後は引き篭もりますわよ?

鏑木 うりこ
恋愛
アリシアは6歳でどハマりした乙女ゲームの悪役令嬢になったことに気がついた。 楽しみながらゆるっと断罪、ゆるっと領地で引き篭もりを目標に邁進するも一家揃って病弱設定だった。  皆、寝込んでるから入学式も来れなかったんだー納得!  ゲームの裏設定に一々納得しながら進んで行くも攻略対象者が仲間になりたそうにこちらを見ている……。  聖女はあちらでしてよ!皆様!

前世の祖母に強い憧れを持ったまま生まれ変わったら、家族と婚約者に嫌われましたが、思いがけない面々から物凄く好かれているようです

珠宮さくら
ファンタジー
前世の祖母にように花に囲まれた生活を送りたかったが、その時は母にお金にもならないことはするなと言われながら成長したことで、母の言う通りにお金になる仕事に就くために大学で勉強していたが、彼女の側には常に花があった。 老後は、祖母のように暮らせたらと思っていたが、そんな日常が一変する。別の世界に子爵家の長女フィオレンティーナ・アルタヴィッラとして生まれ変わっても、前世の祖母のようになりたいという強い憧れがあったせいか、前世のことを忘れることなく転生した。前世をよく覚えている分、新しい人生を悔いなく過ごそうとする思いが、フィオレンティーナには強かった。 そのせいで、貴族らしくないことばかりをして、家族や婚約者に物凄く嫌われてしまうが、思わぬ方面には物凄く好かれていたようだ。

冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

処理中です...