【完結】婚約破棄されましたが、慕ってくれる部下と共に妖を討伐する毎日です!

夏灯みかん

文字の大きさ
40 / 64
【3】九十九(つくも)

39. (――あの娘は、惜しいことをしたな)

しおりを挟む
 しばらくして、華は目を開けると起き上がった。
 体中が火照るように熱を帯びている。
 顔を押さえると、きょろきょろとあたりを見回した。

(――夢?)

 彰吾と会話をして、逃げるようにこの敷地外れに来たところまでは覚えているが、その後の記憶が抜けている。ただ悲しさや怒りの感情はすっかり消えていて、何故か気持ちが高揚するような感じがした。

(……?)

 華は立ち上がると、歩き出した。頭の中がふつふつと熱くなって、「何でもできる」という全能感のようなものを感じた。

(私、私、何でもできる! 私は間違っていない!)

 小躍りするような足取りで、歩き出した。

(お姉さまに、見せてやるんだから! 私が正しいって! 私のことを軽んじたやつらを見返してやるわ!)
 
 華は立ち止まると、一転して表情を険しくした。

「まずは、修介さんね」

 そして、ぎりっと唇を噛んだ。たらりと口の端に鮮血が滴った。

 ***

 ――そんな華を、先ほどの白髪の男は背後から見つめていた。
 男の姿は風景に溶け込み、人間には見ることができない。
 彼は妖だった。名前は、九十九つくも。綾子の両親の仇である、通称「白髪鬼はくはつき」とも呼ばれる妖だった。

 九十九は満足そうに頷く。
 危険を冒して天敵である防衛隊の詰め所に来てみた甲斐があった。
 
(――思わぬ拾い物があった)

 最近何人かの人間の娘を鬼にしてみたが、どの娘も自我を失ってただの低俗な妖になってしまった。

 妖にとって脅威となる家紋の力を持つ人間は、普通の人間よりも妖力に対する適合性が高い。そもそも、人間が家紋と呼ぶ力の根源は妖力と同じものだからだ。つまり、家紋の力を持つ人間というのは、妖に近い人間と言える。

 ――だから、家紋を持つ娘であれば、より強い妖になれる可能性がある。
 強い妖というのは、すなわち、自我を維持できる高等な妖ということだ。

(――あの娘は、惜しいことをしたな)

 九十九は自分の身体を眺めた。
 まだ人に干渉することができる実体の身体を作り出すのに多大な疲労感を感じる。
 これは過去に受けた致命傷による後遺症だ。

 人間の時間で言えば、10年前。
 九十九の身体は一度、消滅寸前まで痛めつけられた。
 妖の身体を構成する妖力を全て消し去るほどの炎の家紋の力によって。
 それは、綾子の父親の家紋【ほむら】の力だった。

 九十九はその時鬼にしようとしていた娘を思い出した。

(あの娘の名前は、『綾子』と言ったか)

 人間の名前を覚えることはほとんどないが、その時の娘の名は覚えていた。

(あの娘の父と母――家族の『愛』は)

「美しかったな」

 九十九は思わず恍惚の表情で言葉を漏らした。
 あの時の娘の両親が彼女の名前を悲痛に呼ぶ声。娘の無事を願う、親の『愛』が込められたその声は、背筋がぞくぞくするほど美しいものだった。

(再び動けるようになるまで、長い時間がかかってしまったものだ)

 九十九は嘆息した。
 大きな傷を負ったものの、九十九はなんとか逃げおおせた。
 ただ、身体を構成するための妖力の大部分を失ってしまったため、再び目的を達するための活動を開始するまで時間がかかってしまった。

(あのような家族の愛を受けたあの娘は、きっと私の良い妻になってくれたかもしれないのに)

 もう一度、九十九は「惜しいことをした」とぼやいた。

(今ではもう人の子の親になっている年頃だろう。人間というのは、すぐに変化してしまう生き物だからな)

 九十九の目的、それは、人の娘を妖とし、妻とすることだった。
 そして、家族を作り『愛』を得ること。
 それが最終的な目的、目標であり夢だった。
 
 九十九は、気づいた時にはこの世に存在していた。
 そして気づいた時には、妖の本能に従い人の恐怖を喰らって生きていた。

 妖が苦しみ泣き叫ぶ人間を喰らうのはその肉が美味いからではない。
 「叫び声」が美味いのだ。正確には叫び声と共に生じる――人の言葉で言うならば「恐怖」の感情が妖にとっての食事だった。それが悲痛であればあるほど、喰らった時に「満足感」を感じた。

 だから、この世に生まれ出でてからというもの、九十九は本能に従い、他の妖のように人を狩っては喰らった。

 時には、人に取り憑き、鬼に変えることもあった。鬼にした人間は、親である妖の意のままに動かせる。

 妖の本来の姿は無形で、何かに取り憑くことでしか実体を現わせない。自分の手足となる鬼を増やし、より多くの人間を喰うことが生存本能に従った行動だった。

 相手を鬼にするために取り憑くと、その人間の「精神」――記憶や感情が流れ込み、妖は知識と力を得る。九十九も幾人かの人を喰らったのち、人の言葉や文字を理解するようになった。

 多くの妖は言葉や文字を使えるようになると、より狡猾に人を狩るようになる。権力者を鬼に変え、裏社会とつながり不遇な人間を金で集めるような妖もいる。

 しかし九十九は、知識が増えるたび、捕食対象である「人間」に対して「食糧」としてだけではない複雑な感情を持つようになった。

(能力的に妖より劣る人間が、どうしてこんなに増えて発展しているのだろうか)

 純粋な疑問だった。
 九十九から見ればたいていの人間は妖が少し妖力を使えばすぐに死んでしまう、弱い餌だった。しかし彼らは妖よりずっと数が多く、活気に満ちて暮らしている。下等な存在に負けたような、そんな気持ちになっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています

鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。 けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。 指示を出さない。 判断を奪わない。 必要以上に関わらない。 「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。 それなのに―― いつの間にか屋敷は落ち着き、 使用人たちは迷わなくなり、 人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。 誰かに依存しない。 誰かを支配しない。 それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。 必要とされなくてもいい。 役に立たなくてもいい。 それでも、ここにいていい。 これは、 「何もしない」ことで壊れなかった関係と、 「奪わない」ことで続いていった日常を描く、 静かでやさしい結婚生活の物語。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

無自覚人たらしマシュマロ令嬢、王宮で崇拝される ――見た目はぽっちゃり、中身は只者じゃない !

恋せよ恋
ファンタジー
 富豪にして美食家、オラニエ侯爵家の長女ステファニー。  もっちり体型から「マシュマロ令嬢」と陰口を叩かれる彼女だが、  本人は今日もご機嫌に美味しいものを食べている。  ――ただし、この令嬢、人のオーラが色で見える。  その力をひけらかすこともなく、ただ「気になるから」と忠告した結果、  不正商会が摘発され、運気が上がり、気づけば周囲には信奉者が増えていく。  十五歳で王妃に乞われ、王宮へ『なんでも顧問』として迎えられたステファニー。  美食を愛し、人を疑わず、誰にでも礼を尽くすその姿勢は、  いつの間にか貴族たちの心を掴み、王子たちまで惹きつけていく。  これは、  見た目はぽっちゃり、されど中身は只者ではないマシュマロ令嬢が、  無自覚のまま王宮を掌握していく、もっちり系・人たらし王宮譚。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 エール📣いいね❤️励みになります!

処理中です...