勇者(俺)いらなくね?

弱力粉

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第三章(下)

逃げよう!

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前回のあらすじ、スズが起きたよ。


スズが嗅いだ麻薬にどういった効果があるのかは分からない。様子を見る限り、気分が高まって、考え無しに暴力を振るうようになるのか?


「あはははっ!行きますね!」


一歩踏み込んだスズは派手に音を立て、地面を蹴る。同時にリリーは距離を離すように後ろに跳躍するが... 

次の瞬間、大木を背にしたリリーのすぐ目の前には、前のめりになったスズがすでに到着していた。

ス、スズが速すぎる... 


「げっ!?」


再び爆発するような音が響いたと思うと... リリーの耳を掠める位置に拳が放たれたようで、リリーの髪の束を割き、幹にめきめきとめり込んでいる。


「うん、やはり素晴らしい。予備動作が全く見えないのにあの拳の威力。思わず見とれてしまうね」

「関心してる場合じゃないですよ!?」

「その通りだ」


そう言ったかと思うとズボンのポケットから何かを取り出し... スズに向かって投げる。

あれは... また試験管か?中になにか薬が入っているのか。

スズはそれに気付いたようで、こちらを振り向き、首を傾け笑顔を浮かべたかと思うと、人差し指をこちらに向ける。

すると飛んでいく試験管はその人差し指に当たり... わずかに軌道を逸らし、スズの横をすり抜けるだけだ。


「おいおい割らないのか。いつもと違って用心しているな」

「ほ、他にはなにか無いんですか?」

「まあ落ち着くんだ。ひとまずリリーは大丈夫だから」


見るとスズのそばからリリーはすでに消えていた。どうやらスズが拳を放った大木の枝にぶら下がっているようで、俺と目が合う。

するとリリーは俺を指差し、そして次にすぐそばの茂みを差す。

お、俺は逃げろってことか?


「うーん、相変わらずスズの拳は強いね」


うげ... スズが殴ったところから木が折れて、倒れ始めている... 

枝にぶら下がったままのリリーは、俺を睨みながら幹の部分を蹴ったかと思うと、そのままそばの茂みの中に飛び込む。

そんなリリーにも、倒れた大木にも目をくれないスズは、カズ王子を見据えたままゆっくりとこちらに歩いて来る。


「お兄様ぁ、お兄様ぁ!久方ぶりに遊んでくださるのですか!」


目が... 目が怖い... 何か黒いものがうごめいているような瞳が、しっかり俺たちを捉えている...


「勇者君、ここは僕に任せ、リリーと一緒に先に行くんだ。そしてタイランとメイと合流しろ」

「え... 」


カズ王子は腰はゆっくりと上げると、まるでボクシング選手のように負傷した両腕を構える。


「暴走した妹を足止めするのは、兄としての務めだからね」

「ほら、いきますよ」


いつの間にか俺の後ろまで回ってきたリリーに腕を引っ張られ、俺は連れていかれる。

カズ王子... 死亡フラグに負けないでくれ... 



**********


兄妹は相対しており、二人の距離は段々と縮まっている。

片や両腕から力を抜き、優雅な歩みで兄との距離を詰める少女。片やうっすらと冷や汗をかき、深い傷を負った両腕を構え、妹を真っ直ぐ見据える男。

真反対の感情を浮かべる二人は、これから衝突しようとしていた。


「お兄様と一対一で勝負をするのなんて、何年ぶりでしょう」

「六年ぶりだね。まだ十一だった君が、三つも年上の僕を、その拳で軽々とねじ伏せた時のことを僕はよく覚えているよ」


じりじりと距離が詰められている間も、両者ともに互いの目から目を離さない。


「普通の兄なら自身のことを情けなく思うところ、僕は感服し、あの日から君から目が離せなくなってしまったんだよスズ。君の強さ、美しさ、探求心… 君を構成する全ての要素が、僕を魅了してしまった」


強張った表情とは裏腹に、男が放つ声は良く響き、生き生きとしていた。


「こうして対峙すると、自分の歩んできた道は間違っていたんじゃないかと思わされてしまうね。君の積み上げてきたものは僕をこんなにも震え上がらせるというのに、僕の身につけたものは、いわばリリーのそれの劣化版さ。それはもしかしたら、リリーに能力が備わっていなかったとしても、リリーには敵わないのかもしれない」


両者の距離は後数メートルといったところだ。お互いの表情も構えも変わらず、ただ距離だけが詰められていた。


「スズはこんな兄を情けなく思うだろう。それでも、兄として、自分の不始末から起こった君の暴走を、止めたいと思っているよ」


もう互いの間合いの範疇一歩手前といった距離だ。そんな距離で、少女は歩みを止める。


「お兄様」


そして包み込むような優しい笑顔を浮かべ、お祈りをするように両手指を互い違いに顔の前で交差させ、首を傾ける。


「お兄様の素敵な物語、お聞かせくださりありがとうございます。その物語の行く末を、見せてはいただけませんか?」


男もまた、そんな妹の姿に落ち着いた笑顔を返す。

瞬間、少女が一歩踏み込んだかと思うと、白い布が舞う。

それは、少女の纏っている袖の部分で、それが舞ったということは、事が終わったことを意味していた。

バゴーンッ!

男の体は二メートル程横に吹っ飛ばされ、頬を赤く腫れ上がらせ、意識を失う。


**********

森の中。俺とリリーは、元来た所を並走していた。

目的はタイランとメイの場所だ。リリーとタイランが協力して、スズの無力化が出来ることを願うしかない。


「悪いですがあなたを背負っていく体力はありません。全速力で走ってください」

「言われなくても自分の足で走るよ!」


とは言ったが腹がやべえ... さっきカズ王子に思い切り蹴られたから呼吸がしづらいし... 


「なあ、カズ王子を置いてきたが、あれで大丈夫なのか?」

「駄目です」


駄目なのか... 


「確実にワンパンで終わります」

「し、死にはしないよな」

「それは大丈夫でしょう。スズは気絶している人間に追い打ちをかけるようなことはしませんから」


ワンパンで気絶させられるのか... この前タイランが殴られて気絶したときみたいになるのかな...


「こういう所にスズの優しさが出ているんです」

「どういうことだ?」

「スズが得物を使うと、確実に相手は死にます。拳や足を使うから、辛うじて致命傷一歩手前で済むんですよ」


なるほど... とてつもなく素早い一撃で相手を無力化するのがスズの戦闘スタイルだと。


「この拳や足も、予備動作を極限まで削り、それでいて最大の衝撃を与えるものなんです。その拳は普通は見えませんし、威力も凄まじいものです」

「確かに見えなかったな... それでもリリーの能力でタイミングや位置は分かるんだろ?一昨日のパーティーでも何発かスズの拳を受けていたし」

「あれは... 」


なぜかリリーが気まずそうに顔を逸らす。

なんかやましい事がありそうな... 言いにくそうな感じで... 


「あれ... ていうかリリーの能力を使えばスズを無力化出来るんじゃないか?ほら、あの背中をトンってやるやつとか... 」

「パーティーでスズの拳を受けたのは... 勘です。長い事スズが練習しているところを見てきましたから、次にどういう攻撃が、どのタイミングで、どの位置に来るか、とかはなんとなくで分かるんです。」

「え、でもそれって能力なんじゃ... 」

「能力は使っていません。能力を持つ前から出来ていましたから」


はあ... なんでスズに対して能力を使わないんだ?


「なんで能力を使わないのか?って顔をしていますね」

「し、していますか?」

「能力を使わなくても分かります」


顔に出ていたのか。


「良いですよ、ここで教えるのがかっこいいんでしょうから」


なぜかキリっとした顔でこちらを見てくるリリー。

スズの物語への執着心が強すぎてかすんでいるが、リリーもかっこよさに囚われている人種だったな... 


「まああまり多く語ることは無いんですけどね。簡単に言うとスズに禁じられているから、です」


... もしかして物語関係ですか?


「スズは物語のキャラクターでありながら、物語を観ている立場にあるらしいんです」


やっぱり... 


「で、そんなスズの感情を読んでしまうと、私がスズの望むような物語へ不自然に進めてしまうんじゃないかと考えているわけです」

「こ、こんな状態になっても駄目なのか?」

「もちろんスズが禁じているということもあるんですが、ああ見えてスズの感情は移り変わりが激しいですからね。スズに対してニ度能力を使った事がありますが、ニ度目はめちゃくちゃ疲れました」


バゴーンッ!

打撃音が森に響く。


「お、おい... あの音は大丈夫な音か?」

「... 駄目な音ですね。カズのやつ、負傷しているとはいえ意外と持ちませんでしたね」


ドン!カサカサカサ... ドン!カサカサカサ... 

次いで木が倒れる音だ。スズのパンチの衝撃か?


「へっぽこ!」

「ぐえ!?」


瞬間、隣を走っていたリリーにタックルされ... 床に勢いよく尻もちをつくはめになる。必然的にリリーが俺にまたがる形になり... 


「お、おい何を... 」
 

ビュンッ... 

突然の行動に理解が追いつかないが... 何か巨大な物が、リリーの背後すれすれを通ったことで理解する。

それは、木一本まるごとだった。


「... 相当暴れまわっていますね」

「えっ... 」


次の瞬間、リリーの目前、俺の真上を、再び木一本まるごとが通る。

葉が数枚、俺の頬を撫で、枝の先が俺の目の前を横ぎる。


「ひっ... ひ、ひぃっひいぃぃっ... ひっひっひっひぃぃぃぃ... 」


腰が抜けた。

そしてリリーが木の出所に目を向けるとハッと何かに気付いたようで... 


「タイランンッ!メイイィィィッ!そっちはどんな状況ですかあぁぁぁっっ!!??」


俺の腕を引いて駆けだす。

な、何を見たんだ?


「振り返る時間なんてありません!」


ひっ... 遠くの方から白い何かが物凄い勢いで迫ってきている... 
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