勇者(俺)いらなくね?

弱力粉

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第四章(下)

四天王戦ーその2

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前回のあらすじ、スズが四天王と戦い始める。


夕陽が沈んでいく頃。市場や大通りは、帰路につく人々や食堂に向かう人々で賑わっていた。そんな町の中、人通りの無い開けた場所にて、二人は戦いを繰り広げようとしていた。


「ええ、ええ!とても楽しい戦いを始めましょう!」


杖持ちの少女は夕陽を背にし、自分の頭の部分の影に向かって走り出す男の姿を注意深く見ている。左足以外の箇所から力を抜いたその姿勢は、次の行動に備えたものだ。

男の表情は怒りに満ちたもので、自身より背の高い少女の顔を思い切り睨みながら走っている。


「能力がどの程度のものか、もう少し見せてください」


男の足はもう後一歩の所で少女の影を踏もうとしている... が、少女はピクリとも動かない。

そして、男の足と少女の影が重なる瞬間... 白い布がひらりと舞う。


「グッ... !はあっ... 」

「身体能力は一般人未満。足も遅く、おそらく力も弱いようですね... ですがこの魔物の反射神経、いえ、勘?どちらでも良いですが、それは凄まじいようですね。私の突きを二度もふせぐなんて... 」


目にも留まらぬ速さの突きは、男の顔に向けられたものだったが... いち早く男の十字に組まれた腕が、直撃をふせぐ。

それでも威力は殺せず、男はたっぷり数メートルほど後方に吹き飛ぶ。

男は寝そべったまま顔を少女に見せると、頬を緩ませ、にやりと笑い... 


「俺は必要以上に動かない。注意深く観察し、いざという時だけ体を動かしてやっている。んーー、やっぱりお前、動きの癖が強いみたいだな。間合いに入れば反射的にその素早い突きを繰り出してくる... 傍から注意深く見ていればなんてことない。少し単調とも言える」


そして男は立ち上がり、少女に指を向け... それを少女の影の先まで下げる。


「そんなお前の反射神経なら、もう知っているはずだ。俺とお前の影が一瞬交わったことに!」

「はい、知っています」


すると途端、少女は井戸の縁に力無く腰掛ける。


「あら、これは?」

「ほんの少しだけ、お前を操ることが出来る」


自分の足が、自身の意思に反して動く様に、少女は微笑みを浮かべる。

少女の目線は自然と自身の足に落ち... 自身の影、男の気味の悪い笑み、向かいの建物の壁、屋根、自身が止まる宿へと向き... 

気が付くと、少女は赤い空を見ていた。

視界の周りは石で囲まれていて、まるで少女は石の中から、石に開けられた穴を通して空を見上げている感覚に陥る。

まるで夢でも見ているかのような、スクリーンに投影された映像を見ているかのような心地の良い感覚に包まれ、それが思考さえも遮る。

ありのまま起こっていることに、ただ身を任せるだけの少女だったが... 少女は自身の間合いに入ってくるものには敏感だった。

背後に何かを感じる。

振り向きざまに拳を振るおうとするも、背後のその何かの正体を理解すると、自身の両足両腕を四方に思い切り伸ばし、突っ張らせる。


「水面。これは... 井戸の中?」


少女が背後に感じたものは、井戸の中に張られた水だった。


「ふふ、ほんの一瞬影が交わっただけでも、一秒程体を... いえ、思考までをも操ることが出来るようですね。自身の魂を影に薄く混ぜ、そのエネルギーを使うような感覚でしょうか?どうりであの後店員さんからは何も感じなかったわけです。エネルギーであるあの魔物の魂を使いきったのですから」


少女が思案を終わらせると、赤い空の方向、井戸の縁の方を見据え、微笑む。


「どうしたものでしょうか。恐らく四天王さんは常に影を交わらせようとしてくるでしょう。ということは、私は今、壁にあいた小さな穴の前で猫が張っているせいで出るに出られないネズミと同じ状況にいます。四天王さんは必ず、影が交わる位置で待機しているはずですよね...... ふふっ、ふふふふふ... 」


そして自分の体を不安定ながらに支えているはずの四肢の内、右手を壁から放し、口元に当てると、愉快げに笑い始める。



**********


中央に井戸がある、人通りのない開けた場所にて。寝そべったままの男の顔から笑みが急に消えたと思うと、即座に険しいものに変わる。

男の両腕は、顔の前で力無く交差させた状態で、激しく震え出す。


「いい、いだいぃぃ... 腕があ... 腰があああ... 」

「んーー、痛いだあ?あいつを井戸の中に突き落としたんだ、もっと嬉しそうにしろよ」

「くそ... 姉さんを返せよお... 」

「ほら、あいつを倒さないとお前の姉さんは帰って来ないぞ?」


その言葉に、表情をころころ変える男は力無く立ち上がり、井戸の方に向かって歩き出す。


「気を付けろよ、井戸を覗き込むのはまずい。もう一度、今度はもっと長い間影を交わらせて確実にあいつを殺すんだ。夕陽と井戸の間、井戸の口に丁度お前の頭の部分の影が来るような位置で迎え撃て」


男は夕陽の方に歩き、ちょうど井戸の口を影が覆うような位置に立つと、懐から筆を取り出し構える。

かすかに聞こえて来るはずの、市場や大通りのにぎやかな音は、男の耳には届かない。ただ井戸の口の方を見据え、中から聞こえて来るはずの少女の動く際の音を聞き取ろうと集中していた。

そんな状態で、少女が落ちてから実に一分ほどが経つ。気を張り巡らせていた男からすると、途方も無く長い時間に感じられたであろう。


「上がってこないな」

「んー落ち着け。奴の身体能力なら上がってくるのは容易いはずだ。かならず上がってくる。ここで待っていれば確実に奴の影を操る事が出来る。気を張ることは無いさ」


更に数十秒ほど男は井戸の口を見張るが... 男の目にも、耳にも、一切の変化を感じ取ることが出来ない。


「僕の影は今、井戸の口の所にかかっているだろ。お前はその影から井戸の中を見る事は出来ないのか?」

「俺の能力は万能じゃねえ。影が交われば感じることが出来るが、それ以外の情報はお前の五感を覗いて理解しているんだ」

「な、なあ... 中で何が起こっているか、近づいて見たほうが良くないか?」

「駄目だ馬鹿野郎。奴が何を企んでいるのかは分からない」


男が背伸びをして井戸をのぞこうとするも、当然深くまでは見えない。

しびれを切らしたように男が一歩踏み出そうと、足を浮かせるも... なぜか足は前に進まない。浮かせた状態で静止してしまう。


「待て、動くなと言っている。何か聞こえないか?ん?」


かすかに聞こえるのは、石を撫でるような小さな音。些細なものだったが、男の鼓動を速めるには十分すぎる音だった

ドゴンッ... !
 
何が起きているのかを男が理解するのに、わずかな時間を要した。気が付けば、無数の細かな何かが空中で静止したり、自身の耳をかすめたりする。

それは石でできた井戸の、縁の破片だった。


「ぐっ... 」

「ふふふふふふ!そうですよね、そちらの方向にいますよね」


見ると井戸の一部は粉々に破壊され、破片は男の方へと向かっていく。

状況を理解した男は、自身の影に重なっているはずの破片に臆してしまい、反射的に両腕で顔を覆い、目を瞑ってしまう。

ほとんどの破片は男の影の中で静止していたがほんの一握りほどの数の破片は動きを止めていなかった。

そんな中、一際大きな、男の顔を軽々と覆うほどの破片が回転しながら男の顔を目掛けて飛んでいく。

その破片が顔面にぶつかる瞬間、男の顔の力は緩み...


「とことん俺に対しての信用が無え野郎だ。だが間に合ったな」


男が目を開くと、その一際大きな破片は静止する。


「んー... 井戸を拳で破壊するとは、なんて奴だ。だがこの体は動いちゃいねえ。奴はまだ井戸からは出てこれねえはず」

「僕がお前を信用しろっ、て... 無理に決まってるだろ... 」


男の頬は強張ったものに戻り、空中で静止させている破片は全て地面に落ちる。大きな傷を負っていない事に安堵し頬が緩みかけるも... 井戸の方を確認すると急に冷や汗が吹き出す。

半壊した井戸のそばにはすでに少女が立っていた。


「ふふ、ふふふふふ... 」


その少女は少しだけ顔を俯かせ、男の目を見つめ、口元に手を当て上品に笑っている。


「おい、井戸から出てきたということは影が交わっただろ!あいつを... 」

「あなたの頭と、井戸の口の間に破片が静止しましたよね。つまり井戸を覆っていたのはあなたの影ではありません。先ほどがあなたが止めた、井戸の破片の影です」

「なっ!?」


言い終わると同時に少女は重心を低くし、顔を引きつらせた男に向かって一直線に跳躍する。

次の瞬間、男は少女がすぐそば、手を伸ばせば触れられそうな距離まで来たことだけを理解した。

それに伴い、自身の腕は自身の意思に従わずとも上げられ... 突きを受けようと顔を覆わんとする。

二回も体験した状況に対し、男は歯を食いしばって衝撃に備えようとするが、何かがおかしい。自身の体が勝手に動いているからか、なぜか鮮明に目の前で起こっている事を確認し、理解し、そして何かがおかしいと分かる。

少女の突きが、一呼吸か二呼吸程遅いような、そんな気がした。

結果として、持ち上げられた両腕は勢いあまって顔の前を通りすぎてしまい... 男の目前に突きが迫る。


「ぐっ... !」

「顔面に命中しました。四天王さんが私の突きを単調と言いましたが、それならタイミングを少しずらしてあげれば良いだけの話です。ご安心ください、体は後で治しますから。ふふふふふふ... それにしても、楽しい戦いで... 」


男は後方に大きく飛ばされ、ぴくりとも動かなくなってしまう。

だが... 


「んー... 突きのタイミングをずらしたから当たっただと?それは違うね馬鹿が、俺は顔面を守ろうとして腕を上げたんじゃねえ!わざとだ、わざと当たってやったんだよ!」


仰向けに寝転がった男は、ピンと反らすほどに伸ばした指と、不気味な笑みを少女に向ける。


「まんまと俺が上げた両腕の間に拳を通しやがって!一瞬だけ、今度はさっきよりもほんの少しだけ長く!俺の拳とお前の拳の影が交わったぜ!」


少女の顔からはキラキラとした笑みが消え... ゆらりと腕が上がる。

そしてその持ち上げられた腕は、自身の胸部を貫く。

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