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揺らぎ②
しおりを挟むその分、今みたいに近くで視線が合うことが増え、その瞳の奥に揺らめく優しい色に捕われる。
視線を外したくても外せず、私は何度か瞬きを繰り返した。
塑像のように整った顔にそこにいるだけで伝わってくる高貴さ。艶やかな黒髪が波打つだけで、匂い立つような色気とともに存在感が濃くなっていく。
美貌もさることながらどうしても惹きつけられるものがディートハンス様にはあって、知れば知るほど近くにいればいるほどつい見てしまう。
そのうえ、ディートハンス様は『魔力』の相性はおまけとばかりに、私の頑張りや歩み寄ったことを嬉しいのだと伝えてくれた。
『そばにいるだけで幸せだ』とも言われ、それらが偽りのない本音だということはこれまでの態度でわかる。
そんなことまで告げられて、関係や私自身を大事だと伝える眼差しとともに甘やかな笑顔を浮かべられて、行動までこんなに甘いなんてむずむずが止まらない。
表情を表に出さず人との距離をあけ孤高さが際立っていた時も、こんなに甘い今も、まっすぐなディートハンス様らしいというか誰よりも強くて優しく魅力ある人だ思う。
過分な待遇を受けているというか、贅沢すぎるのではと思えるディートハンス様の言葉や笑顔を前に、幸せと戸惑いが混在してしまう。
そして、私の戸惑いを気づいているのか気づいていないのか、決めたら我が道で今も歩みを止めるつもりもなく、むしろ慣れた手順で洗濯物を配置していく。
「あの、下ろしてほしいのですが」
「なぜ?」
「なぜって」
運んでいる荷物ごと抱えられて運ばれるのはどう考えてもおかしい。
しかも、配っているのはディートハンス様で私は持っているだけ。
ディートハンス様の意思も大事にしたいけれど、さすがにこれは過保護ではないかと声をかけると、ディートハンス様は不思議そうに首を傾げた。
――えっ? 本当にこの体勢に疑問を感じてない?
私が絶句していると、ディートハンス様はふむと考えるようにじっと私を見つめとても真面目な顔になった。
「ミザリアは荷物を持っていたい。私はミザリアと一緒にいたいし怪我をしないかも心配だ。ならこうするのが一番だ」
「そんなに簡単に怪我しません」
私はすぐさま否定した。
ディートハンス様のこの表情からして本気でそう思っていそうだったので尚更だ。
それにここに来て怪我をすることはほとんどなくなった。
ちょっとぶつけてしまうくらいのことはあるけれど、数分後には痛みを忘れるようなものばかりでそれも怪我とはいえないものばかり。
伯爵家にいたときは些細なことで打たれ蹴られ物を投げつけられ、怪我は日常茶飯事だった。
騎士団寮に来て十分な食事と睡眠のおかげで健康的になったし、意図して転ばされるわけでもないので、今後怪我をしたとしても擦りむいたりするくらいでしれている。
だけど、さすがにそれを言うのは憚られ眉を寄せると、ディートハンス様は困ったように眉間にしわを寄せた。
「私が心配なだけだ」
「心配……」
どう言えばいいのだろうか。
心配してくれる気持ちは嬉しいけれど、やっぱり過保護な気がする。
かといって家政婦だけれどこの寮ではディートハンス様の心を少しでも安らげるようにするためのものでもあるので、家政婦業が優先というわけでもない。
どこまで彼の意向を尊重すべきか、魔力の件を考えると自分の立ち位置がいまいちわからない。
生まれた時から魔力が多すぎたせいで、人の温もりを知らなかったディートハンス様が自ら触れるということはどれだけ勇気がいったことだろう。
過去を知り、魔力過多症の弊害を知り、触れて問題ないということが、何も考えずに触れられる存在がディートハンス様にとってどれだけ貴重で嬉しいことなのかを知った。
「ディートハンス様……」
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