魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる

橋本彩里(Ayari)

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◇解放 sideディートハンス①

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 ディートハンスはその知らせを受け、奥歯を噛みしめた。
 己の魔力で苦しめられていた時みたいに、いやそれ以上に荒れ狂う感情に支配され、今この瞬間息をすることさえつらい。

 あまりの怒りと己への失望で頭が真っ白になったが、思考に耽ることも許されず次から次へと襲ってくる魔物に剣をふるった。
 全員を下がらせ炎を放つと同時に、奥へと逃げないように囲い込むように切りつけていく。

 轟々と燃える魔物と血飛沫を上げて命尽きる魔物の咆哮が耳をつんざくほどけたたましいが、ディートハンスにはただ耳障りな音がするだけだった。
 一時も早く。それだけで剣を振り魔法を放つ。

 常に冷静沈着で感情を見せないディートハンスがさらに氷のように無表情で事を当たる気迫につられ、騎士団全体の討伐の速度が増す。
 通常なら一日がかりのところを半日で成し遂げると、ディートハンスと第一騎士団は道中にも湧き出る魔物を倒しながら急いで王都に帰還した。

 空には翼を持つ魔物が十数体。
 こちらの防御と攻撃のため下りられずにおり、最初の頃より魔物が制御できていない場面が見受けられ、空を飛ぶ魔物は帰還したディートハンスたちによってあっという間に倒された。

 王国騎士団の実力は折り紙付き。
 特に第一、第二は優秀な者が集まる先鋭部隊だ。そんな彼らが帰ってきてそうやすやすと王都を荒らされることを許すはずもない。

 そもそも奇襲を許してしまったが、王国一の騎士団を所有している王が王都をそうやすやすと侵攻させるわけがなかった。
 最初の被害以降、すぐさま対処し多少の建物損壊はあるものの大きな被害は出していない。

 そういうわけでディートハンスが戻ってきた王都は最強であり、その彼が帰還したからには王都侵攻など夢のまた夢。
 しかも各地で起こった反乱は鎮められ、公爵は意気揚々と宣戦布告をしたはいいがじりじりと後退し雲隠れした。

 そして今、ディートハンスは王の御前にひざまづいていた。

「このたびの活躍は目を見張るものがあった。おかげで王都に大きな被害もなく、各地での反乱も収束に向かっている。ご苦労であったな」
「はい。こちらが不利な冬に仕掛けてくると予想していましたから」

 想像を超える魔物の動きに手こずったが、公爵の動きから予想していたことだ。
 あちらが準備している期間、こちらだって準備はしてきた。

 呪いや魔石を埋め込まれた魔物のことなど不測の事態はあったが、公爵の動きを把握し、仲間を割り出し、いつでも対処できるよう動いてきたのだから最小限の被害で済んだ。
 魔物の実験が行われていた場所はシミオン率いる第五騎士団によって制圧しているころだ。

 証拠を掴み逃がすことなく大々的に公爵を罰するために機会をじりじり待ち、被害を最小限にするべく動いてきたが多くの命が奪われてしまったことには変わりない。
 そして、国の混乱に乗じ手薄を狙われミザリアを奪われた。

 ディートハンスは再燃しそうになる苛立ちと焦燥を抑え込み、やるべきことをしてしまおうと王を見上げた。
 ディートハンスとよく似たアンバーの瞳がすぅっと細まる。

「さて、急ぎ面会を要した理由を聞こう」
「此度の首謀者であるランドマーク公爵と魔物を凶暴化し調教するための魔石を供給していたブレイクリー伯爵を迅速に捕らえたい所存です。つきましては、姓を公に名乗ることを許していただきたい」
「それは――。一度名乗ると逃れられないぞ」

 それでいいのかと、静かな眼差しがディートハンスを問う。

「はい」

 ディートハンスもまた静かに頷き見返した。
 静謐な夜明けのひとときのように、ずっと暗闇と溶け込み静かに波打っていた海がようやく太陽の光を受けることを許し恐ろしいほど輝く。
 王はその瞳を前にそっと視線を閉じ、ぐっと見開いた。

「そうか。確固とした地位をそれぞれ得た今なら心配することもあるまい。好きなようにするがいい」
「ありがとうございます」

 本当はずっとこのままでもいいかと思っていた。
 名乗ることで、得るものよりも邪魔になることのほうが多いと思っていたから。
 ディートハンスは手を一度開き、ぐっと握りしめた。

 苦しくて周囲が悲しむとわかっていて、魔物にやられて死んでしまえたらと思うことは何度かあった。
 自分のせいで傷つくのが嫌で見ていられなくて、逃げてしまいたくて。
 いつまで続くかわからない苦しみから逃れたくて。
 それを見て悲しむ周囲に耐えきれなくて。
 その生まれに報いることの出来ない自分が情けなくて。

 だけど、守る力を手に入れた。
 今はこの手に守りたいものがたくさんある。
 何より、今すぐにでも取り戻したいものがあった。

 十一年前、苦しみとやるせなさしかなかったディートハンスを救い、愛おしい存在となったミザリアをこの手に。
 そのためには最大限使えるものは使う。

「禁忌を破り己の私欲のためだけに王国に被害をもたらした者を許してはならない。直ちに捕まえここに引きずり出せ」
「はっ。必ず」

 ディートハンスは頭を下げると、ペリースを翻しその場を後にした。


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