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────1・可視交線────

18再会③

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「翠!」
「……」
「翠、翠だ」
「…………」
「翠、会えて嬉しい」

 翠が会いに来てくれた。
 それだけで、蒼依の気持ちは舞い上がる。

 興奮で今にも抱きつきそうな勢いで喜ぶ蒼依とは反対に、翠は眉根を寄せて固まる。
 ぐっと軽く拳に力を入れたが、表情かおを注視していた蒼衣は気づかなかった。

 だけど、伏せられ合わない視線に、蒼依はその場でぴたりと静止した。
 こんな反応は予期していなかったとばかりの戸惑いが、蒼依の態度を拒絶しているようで、弾んだ気持ちが一気に萎む。

「ごめん……、」
「……なんで、そんなに嬉しそうに」

 唇を噛むようにして小さな小さな声が翠の口から発せられたが、蒼依は聞き取れず首を傾げる。

「翠?」
「少し、落ち着いてください」
「うん。ごめん」

 ぐっとあからさまに眉間に皺を刻み、静止するよう手を前に出して制された。蒼依が表情を硬くし再度謝ると、ふいっと視線を逸らされる。


 ──ああー、やっぱり翠は……。


 自分がそばにいるのは嫌なのかなと考えると、蒼依はしょぼんと項垂れた。
 翠から訪ねて来てくれたこと、前みたいに笑顔を見せてもらったことで調子に乗ってしまったことを深く反省する。

 こうして会いに来てくれたのも、優しい彼の心遣い。
 中等部の生徒会長を担うくらい責任感の強い彼は、現在良好な関係ではない幼馴染であっても放っておけないのだ。
 だらだらと時間が経って気まずくなる前に、互いの立ち位置を確認しておこうとでも思ったのかもしれない。

「迷惑、だったよね?」
「………………そういうわけでは」

 自分から逃げておいて、積極的に動くつもりもなかったのに、いざ会うと単純に喜びに支配される自分の能天気さに猛省する。
 しっかりフォローをしてくれる一つ下の幼馴染に気を遣わせてしまって、自分の成長のなさを痛感した。

 普段のポジティブさも翠の前では影を潜め、思考は暗い方へと進み出す。
 目に見えて蒼依の表情は憂いを帯び出し、それと同時に部屋の空気が澱んでいく。

「なんでそこでそんなに落ち込むんですか」
「だって」

 このまま消えてなくなるのではないかと思えるくらいの蒼依の落ち込みようを見た翠は、あからさまに今度は、「はぁぁぁぁ~」と溜め息を吐き出した。
 聞き分けのないとばかりに呆れた気配を隠そうともしない相手に、蒼依は情けなく眉尻を下げる。

 おずおずと様子をうかがうと、また溜め息をつかれた。
 見下ろされるその双眸はいい加減にしてくれとばかりで、気落ちした蒼依は目尻まで下がる。


 ……翠さん、その溜め息は地味にひどい。地味にぐさぐさくる。


 落ち込みながらも、どこか期待する。
 フル回転でこれからどうすべきかを考えながら、どうしても再会に喜び跳ねようとする心は正直だ。
 どうしても会いに来てくれた事実を、悪いようには考えきれない。

 自分勝手だと十分承知だけど、再び言葉を交わしたならやはりまた仲良くしたい。
 出来ることなら、翠の気持ちを知って歩み寄っていけれたらと思う。

「……………」
「……………」

 視線が絡まっているのに感情が絡まないまま、二人の間に気まずい沈黙が流れる。
 互いに一歩足を踏み出したら手を取り合える距離が、今の二人の関係を表す。

 翠の気持ちが、以前とどう変わっているのか見極めがつかない。
 完全に見放されているわけではなさそうだけど、それもどうなるかわからない。

 何から、どうしたらとか、蒼依にもどう説明したらいいのかわからない。
 わからないけれど、この機会を無駄にしたくはなかった。

「えっと、ごめん」

 何を、とは言えなかった。
 ただ、謝りたくて歩み寄りたくて、少しのきっかけにでもなればとぽつりと出た言葉。

 そんなずるい自分が情けなくなって下を向いた蒼依を見た翠が、聞こえるか聞こえないかの掠れた声を上げた。

「なら、どうしてあの時に会ってくれなかったんですか……」
「──っ!?」

 絞りだしたような声は最後まで聞き取れなくて、ばっと顔を上げて翠を見る。
 部屋に来た時の感情を映さないものとは違い、翠は射抜くような鋭い双眸で蒼依の目をしっかり見つめてきた。
 そして、ふっと息を吐き出すと小さく首を振った。

「いえ、何でもありません」
「……翠、」
「どうかしてました。忘れて下さい」

 いかにも悔しそうに言葉を吐き出したが、蒼依の顔を見ると諦めたように息を吐き出すと、さっきまでのもどかしい感情などなかったかのように無表情に戻る。

「でも……」

 口を開きかけたらすぐさま大きく首を振られ、明らかな拒絶の態度に、蒼依はそれ以上訊ねることはできずにまじまじと翠を見た。


 ──どうしてって、どういう意味?


 後半は聞き取れなかったけど、絞り出されたそれは翠の気持ちだったはずだ。
 蒼依はすっと二重の瞼を下げ、相手の胸の内を知りたいとばかりに彼の胸元辺りをけむるように見つめた。


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