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────1・可視交線────

24幼馴染と先輩③

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 先ほどから、翠が妙に静かに自分たちを見ており、桐生が蒼依を構うたびに小さく眉を寄せる。気に入らないことがあると、ほんの少し眉が寄るところは変わらないようだ。
 知っていた反応を目ざとく見つけ、ちょっとにやっとしそうになり慌てて口元を引き締める。

 それは小さな変化で気づかない者も多いが、ブランクがあるとはいえ、長年近くにいた幼馴染である蒼依には、翠が快く思っていないことが伝わった。
 幼馴染が先輩におもちゃにされているのが面白くないのか、もっと違う理由なのか。
 その反応は、親しい者を取られる独占欲のようなものを感じないでもない。

 そう思うそばから、避けるほど嫌われていないようだとわかってすぐそう考えるのは、自惚れにもほどがあると否定する。
 人の機微には聡い蒼依だが、自分のことが絡むと途端に鈍くなる。
 己の感情が邪魔をすると、純粋にモノを見れない。翠とは二年も音信不通であったため、余計に判断が鈍る。

 ちらっと翠を見ると、何に対して不機嫌なのかわずかにまだ眉が寄っている。

「ふぅーん」

 さらに体重をかけ意味深な声を上げた桐生が、抱き寄せていた手を曲げるとそのまま器用に蒼依の髪を掻き混ぜた。

「わっ」
「いいねぇ」

 何がいいのか、楽しそうな声音は、完全におもちゃ認定している。
 そんなのはごめんだと、桐生の腕を軽く叩いてどいて欲しいとさっきより強めに訴えた。
 
「ちょ、桐生先輩!! さっきから重いです」
「細いな。ちゃんと食ってる?」
「細いのは体質です。こう見えて結構食べる方なんで」
「ふーん。今から昼?」
「そうです。だから、お腹空いて力入らないんでどいて下さい!!」

 体格差は如何ともしがたい。
 ここぞとばかりに訴えてみるが、桐生は聞こえていないとばかりに右から左に話を流し勝手に同行を決めた。

「なら、俺らも一緒にな」
「先輩!!」

 そこで翠が鋭く通る声を上げるが、桐生はひらひらと手を振った。
 
「ほら、たまには先輩後輩の交流って必要だしな。同じ寮生としても仲良くしていこうぜ。な、西園寺」
「そうだね。私も君と仲良くしてみたいな」

 宝石のようなグリーンの双眸が、まっすぐに蒼依へと向けられる。
 縁取られるまつげも髪と一緒で金なのだと認識できるくらい西園寺が近づき、「そろそろ潰れてしまいそうだよ」と桐生の手をどかした。

「おう。確かに細っこいから潰れそうだな。悪い」

 余計な一言が付いていたが 重さと訳の分からぬものからようやく解放されほっとする。
 できればもう少し早めに間に入って欲しかったと西園寺を見上げると、先輩はにこっと笑顔を浮かべる。

「桐生がごめんね」

 ずっと自分たちのやり取りを静観していた西園寺であるが、謝る姿もスマートだ。
 すらりとした立ち姿の貴公子は、その長い指を伸ばし桐生に乱された髪を直し最後に蒼依の髪を耳にかけた。そうすることが自然だとばかりの動作は気品が満ち、一瞬何をされたのかわからなくなる。

 それは男が男の髪を横に流しただけなのだが、その仕草はあまりに優雅すぎた。妙にどぎまぎとした気持ちと、やたらと洗練された美貌の主に触れられた事実だけが残る。


 ──ううぅー、なんかむずむずするっ。


 翠の時もだけど、なんで男に耳をかけられるだけでドキッとするのだろうか。
 この空気というか、空間? 学園全体に流れる雰囲気が蒼依をおかしくするようだ。

 眼鏡の奥で戸惑いながら先輩を見ると、形の良い薄い唇が開き通りの良い甘い声が優しく蒼依の耳に降りてくる。

「桐生と同じ2年の西園寺さいおんじ玲雅れいがだよ。これからよろしくね」
「結城蒼依です。よろしくお願いします」
「ん。体育館では視線が合ったよね?」


 ──ああぁ~。やっぱりあれは自分と目が合ってたんだ?


 あと、初対面の先輩に仲良くしてみたいと言われたことが、ちょっと気になっている。
 仲良くしようだったら常套句なので気にしなかったが、してみたいは相手の気持ちが入っているようで意識してしまう。

 しかも、学園で有名人っぽい人だ。
 有名とか有名じゃないとかに仲良くするかどうかは関係ないが、この学園ではその辺りは無視できない問題だと思うと尻込みしてしまう。

 理知的なエメラルドの瞳がじっと探るように蒼依を見つめ、始業式の時と同様に視線が逸らされない。

「えっと、合ってました?」
「うん。合ってたよね」
「合ってたんですね」
「ええー。笑ってくれたの可愛かったからこっちも合図したのに」

 視線が合っただけでなく、ふと友人を思い微笑んでしまったことに微笑み返されたことも思い出されて、なんだか簡単に頷くのは気が引けたのだが、あっさりとそこに触れられて観念する。

「壇上からは、その他大勢だと思ってたので気のせいかと思ってました」
「気のせいじゃないよ」
「…………その、瞳の色が綺麗だなって見ていたというか」

 たくさんの視線の中で、視線も会うことはあるだろうがなぜ自分だったのか。この場合はその他大勢の中で埋もれていたかった。
 だが、今更なので言い訳のようなことを口に乗せ、蒼依は誤魔化すように笑みを浮かべた。

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