黄金に輝く月は花の蜜にまどろむ

すいかちゃん

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第一話

月を求める花

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豪華な着物が飾られた部屋で、椿はまるで人形のように微動だにしなかった。細面の輪郭に、美しく整った目鼻立ち。細くしなやかな手足は、まるで女性のようだった。
「こんな美しく育つなんて。やはり、私の目に狂いはなかった」
恰幅がいい中年女性が、椿を蔑むように見下ろす。その横には、同じような体型の男がいて椿の全身を舐め回すように見ている。まるで、着物の奥まで見られているような錯覚に椿は嫌悪感を覚えた。
「外国人が喜びそうな面だね」
女性の名前は平沼亜耶子。この呉服屋の女主で、椿にとっては義母にあたる。孤児だった椿を、実子として受け入れてくれたのだ。だが、椿は子供として愛された訳ではない。彼女は最初から、ある目的のために椿を引き取ったのだ。
「ちょっとだけなら、触ってもいいよね?」
息子の亜也彦が、いやらしい手付きで椿の着物を左右に割ろうとする。亜耶子は、ピシャリとその手を叩き亜也彦に詰め寄った。
「お止めっ。いいかい?椿には指一本触れるんじゃないよ。バレたら、商談がおじゃんだ」
「わ、わかったよ。ねぇ、せめて舐めるだけでも・・・」
「このバカ息子っ」
亜耶子は、尚も椿に触ろうとする亜也彦の襟首を掴むと部屋から出ていった。パタンと音がした瞬間。椿の頬を透明な雫がポロポロと溢れた。
「・・・っ」
まるで、張り詰めていた糸が切れたような気持ちだった。
10歳で引き取られた椿は、この部屋から一歩も出た事がない。出たくても、扉には頑丈な鍵がかけられている。窓も高い位置にあり、簡単に手さえ届かない。このまま、外国に売られるのだ。自由など、永遠に手に入らない。椿は、絶望に心を凍らせた。
ふと、窓から月が見えた。黄金の三日月が優しく椿を照らしてくれる。
「涼雅・・・」
絶望と屈辱の中でも生きてこれたのは、会いたい人がいるからだ。その人物は、眩しいばかりの美しい金髪をしていた。そして、海のように青い瞳はいつも優しかった。
椿は涙を拭うと、折れそうな心をなんとか奮い立たせた。

物心ついた時。椿に親はいなかった。ある寒い冬の朝。孤児院の前に捨てられていたのだ。美しい友禅の着物に包まられ、紙には『椿』と一文字あっただけ。年齢さえはっきりはわかっていなかったが、おそらく2歳にはなっていた。小柄で女の子のような椿は、他の子供達からはかっこうのイジメの対象となった。
「椿。お前、本当に男か?」
「確かめてやる」
「や・・・っ」
数人の男の子に追われ無我夢中で走った椿だが、途中の岩に躓き転んでしまった。絶体絶命のピンチを迎えたその時、
「やめろ!」
誰かが男の子達を追い払ってくれた。そして、恐怖に泣きじゃくる椿を優しく慰めてくれた。
「オレは涼雅。よろしくな」
それが、涼雅との出会いだった。いつも黒頭巾を被った少年で、他の子供達から一目置かれている。涼雅は、小柄でひ弱な椿をいつも守ってくれた。そのおかげで、椿は安心して暮らせたのだ。
ある日。椿は、涼雅の秘密を知った。黒頭巾を脱いだ涼雅は、金色の髪をしていたのだ。瞳も、間近で見れば美しい青色をしている。
「オレが、なぜここにいるかわかったろ?」
涼雅が、いたずらっぽく笑う。
涼雅の父親は異国人だった。芸者だった母親は、異国の男に恋をして涼雅を生んだ。だが、周囲から混血児と呼ばれ母子共に迫害されるようになったのだ。元々心が弱かった涼雅の母親は、3歳の涼雅を残して忽然と姿を消した。
「奇麗な、色」
椿は、涼雅の髪に触れると無意識にそう口にした。まるで月のように美しく、優しい光だった。椿の言葉に、涼雅は少しだけ驚いた顔をしたがすぐに嬉しそうに笑ってくれた。
「そんな風に言ってくれた奴、お前が初めてだ」
その声が、微かに泣いているように聞こえたのはきっと気のせいではないだろう。
椿は、涼雅にはいつも笑って欲しいと思った。なぜそんな風に思ったのか、幼い椿にはまだわからなかったが、それは恋という気持ちだった。
孤児院にいる間、椿は涼雅の側を片時も離れなかった。涼雅への気持ちが恋だと自覚した椿だが、それを伝える勇気はなかった。伝えたら、涼雅の優しい瞳が一気に冷たくなるようで怖かった。側にいられれば、それで良かった。好きになってくれなくても、特別な関係になれなくても満足だった。
だが、椿は涼雅と離れ離れになる事になった。呉服屋を営む平沼亜耶子が現れたからだ。椿を見るなり、すぐに養子縁組を勧めた。
「嫌だっ。行きたくないっ」
孤児院を出る朝。
椿は、泣きながら涼雅にしがみついた。涼雅が困ったように椿をあやす。
「ここにいるより、ずっとマシだ。兄さんもできるらしいじゃないか。奇麗な着物を着て、美味しい物が食べれる」
「嫌だっ。だって、涼雅がいない・・・っ」
「椿・・・」
椿にとって、奇麗な着物や美味しい料理はなんの意味もない。どんな豪華な生活をしたって、そこには涼雅がいないのだ。
涼雅が泣きそうな顔で抱き締めてくれる。
「オレだって、椿といたい。大人になったら、きっと迎えに行く。約束するよ」
そう言って、涼雅が口づけをしてくれた。
椿は、そのぬくもりだけを支えに耐えてきた。いつか、涼雅に会えると信じて・・・。
だが、それはもう無理のようだ。椿は、涙で濡れた瞳で三日月を見つめ続けた。

「でさ、その椿ってのがべらぼうに奇麗なんだよ」
狭い居酒屋の中で、亜也彦が上機嫌で喋っている。目の前には、空の銚子が数本転がっていた。
「へぇ。胸もでかいのか?」
亜也彦の向かいに座った男が聞く。
「胸?椿は男だよ」
亜也彦の言葉に、男は軽く驚いて見せた。
「あんた、男が趣味なのか」
亜也彦がニヘラッと笑う。そして、周囲に聞かれないように声を潜めた。
「椿は別だ。初めて会った時から、あいつに夢中なんだ。顔は女よりも綺麗だし、手も足も細くて白い」
亜也彦が銚子に指を突っ込む。
「きっと、アソコもこれぐらい狭いんだろうなぁ。早く入れてぇ」
「まだ、抱いてないのか?」
男が聞けば、亜也彦がムスッとした顔をする。
「母親に止められてるんだ。椿を高額で買いたいって客が現れてさ。手を付けたら怒られる」
「大丈夫さ。女と違って、バレねぇよ」
男が亜也彦の耳に、誘惑の言葉を吹き込む。亜也彦は、垂れた目を更に下げた。
「だよなぁ。あんたとは気が合いそうだ」
「オレも、その椿って男に会ってみたいな。なぁ、3人で楽しまねーか?」
男の言葉に、亜也彦の喉がゴクリと鳴る。
「さ、3人で?」
「そ。3人で」
亜也彦は、想像だけで興奮したらしく下卑た笑みを浮かべた。
「その椿って奴のところに案内してくれよ」
黒い頭巾を目深に被った男が、ニヤリと唇を上げた。













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