学園一のスパダリが義兄兼恋人になりました

すいかちゃん

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第一話

憧れのあの人が義兄?

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「母さん。本当にここ?」
そびえる門を見上げ、ユウト・スチュワートが憮然とした表情で聞く。丸みを帯びた輪郭に、パッチリとした紅茶色の瞳。声を出さなければ、多分男の子には見えないだろう。秋の冷たい風に、ハニーブラウンの髪がサラサラと揺れた。その横では、ユウトによく似た顔の母親・エマが地図とにらめっこしていた。
「間違いないわ。マティさんから、ここに来てくれって言われたの」
差し出された地図を見ると、確かにここだ。だが、着いたところには何もないのだ。あるのは巨大な門だけ。
「ドッキリじゃない?」
ユウトがポンッと手のひらを叩く。
「なんのために?」
「母さんにプロポーズする気なんだよ」
ニヤニヤしながらユウトが言えば、エマがポッと顔を赤くする。
「ま、まさか。そんなわけないわ」
35歳にしてシングルマザーという道を選んだエマは、ずっと一人でユウトを育ててきた。恋を諦めたエマが出会ったのが、マティ・トードーという男性だ。小さな船会社で働いている、素朴で優しい男だ。港で仕事をしていたエマとは度々顔を合わせ、気がついたら意気投合。その後、交際に発展するのにはたいした時間はかからなかったらしい。今日は、そのマティから食事に誘われている。
「離婚歴と3人のお子さんがいるって聞いた時は、さすがに驚いたけど…」
それでも、マティの優しさと誠実な人柄に触れてエマは久しぶりの恋をした。これまで子育てしか考えてなかった彼女にとって、マティは女性である事を思い出させてくれた特別な人物なのだ。
「俺、マティさんなら大賛成だよ。父さんになってほしい」
ユウトも、明るく物知りなマティの事は慕っている。人生に大切なアドバイスをくれたり、相談や悩みも聞いてくれた。彼なら父親と呼んでも良いと思えた。
「取りあえず行ってみよう。きっとレストランの門だよ」
「そ、そうね」
ユウトの言葉に、エマは意を決したように頷いた。重そうな門を開け、2人は長いレンガの階段を上がった。そこには、ホテルのような外観の建物が…。
「隠れ家的レストラン?」
看板も何もない。だが、最近はこうしたレストランも流行っていると聞いた事がある。
「すみませーん」
重厚そうなドアをユウトが叩けば、中からスラリとした青年が出てきた。かなりの美形で、深緑の燕尾服がとてもよく似合っている。
「エマ様とユウト様ですね。お待ちしておりました」
エマとユウトは青年の後に続き、ワインレッドカラーのカーペットが敷かれた廊下を歩いた。左右の壁には教科書でしか見た事がないような名画が飾られ、百合の花を模したランプが足元を照らしてくれる。
「旦那様。お二人をお連れしました」
「わかった」
室内から聞こえた声に、先程の青年がドアを左右に開く。そこには真紅の薔薇の花束を抱えたマティが立っていた。
「マティさん?」
エマとユウトは戸惑った。普段のマティは、無精髭にスポーツウェア。足元はいつもサンダルといった風情で、正直言ってダサいおじさんという印象だった。ところが、今日はその印象がガラリと違う。無精髭はなく、タキシード姿とかなりダンディな出で立ちだ。何が起きたのか、エマにもユウトにもわからなかった。
「エマ、ユウト君。驚かせてしまい、申し訳ない」
2人の戸惑った様子に、マティが苦笑を浮かべる。
「これ以上、君達を騙す事はできない」
「騙す?それ、どういう…」
「ここは、私の家なんだ」
マティの言葉にユウトが吹き出す。
「またまたぁ。それじゃあまるで、マティさんが大金持ちみたいじゃないか」
「みたいではなく、そうなんだ」
マティの深刻な顔に、ユウトはそれ以上の軽口が叩けなくなった。マティが冗談を言っているのではない事は、その雰囲気から伝わってくる。
「…私は、自分の正体を知られるのが怖かった」
躊躇いがちに、マティが自身の結婚歴について語った。
「2人の妻は、私ではなく私の資産が目当てだった。私を愛せば、贅沢三昧ができると…」
真実の愛を求めるマティとしては、そんな生活に耐えられなかった。二番目の妻と離婚した後は、女性不信から恋愛や結婚を嫌悪するようになっていた。
「だが、やはりパートナーが欲しかった」
そこでマティは、名前や身分を隠して生活する事を決めた。財産目的ではない女性を探すために…。そんな時にたまたま見かけたのが、港で汗水流して働くエマだった。化粧もおしゃれもせず、明るい笑顔で働くエマがマティには眩しく見えて仕方なかった。シングルマザーとしての苦労は微塵も感じさせず、いつもポジティブで生き生きしていた。
「たった一人でユウト君を育てる君に、気がついたら私は心を奪われていたんだ。君と永遠を共にしたい。私と結婚してほしい」
マティは片膝をつき、薔薇の花束をエマに差し出した。エマは涙を堪えながら、その花束を受け取った。
「私やユウトを騙していた事にはちょっと腹が立ったけど、嬉しいわ。私も、あなたとずっと一緒にいたいって思っていたから」
エマの言葉にマティは嬉しそうに微笑んだ。きつく抱き合う2人を照れ臭そうに見ながら、ユウトはある事に気がついた。
「マティさんの本当の名前って?」
ユウトの質問に、マティがほんの少しだけ躊躇いがちに口を開く。
「マティーラ・リーディアというんだ」
その名前に、エマとユウトは瞬時に固まる。
「わ、わわわ私っ、無理よっ」
先程まで嬉しそうだったエマは後ずさり、ユウトもコクコクと頷く。リーディア家といえば、名門中の名門といわれる一族だ。貴族や国王からの信頼も厚く、その発言力は計り知れない。庶民のエマとユウトが怖じ気づくのは無理からぬ話である。
「結婚なんてできないわっ」
「そんな。エマ~ッ」
逃げ出すエマをマティーラが慌てて追いかけている間、ユウトはある事実に思い当たった。
(リーディア?リーディア家って事は、まさか…)
ある人物の名前が浮かび、ユウトはエマとは違った意味で青ざめた。あまりの展開に思考が追い付かない。
その人物は容姿の美しさはもちろんの事、成績優秀で人望も厚い。女子達からは❬学園一のスパダリ❭なんて呼ばれている。ユウトにとって憧れの存在であるその人物が、もしマティーラの息子だとしたら…。

「息子達を紹介するよ」
一時間後。やっと落ち着いたエマとユウトは、マティーラの案内で隣室へと向かった(隣室といっても歩いて十分はかかる)。エマはすっかり開き直り、マティーラとの結婚を前向きに考える事を決めた。が、ユウトとしては落ち着かない。まだ現実とは思えないのだ。廊下を歩くだけなのに緊張してしまい、うっかりすると右手と右足が同時に出てしまう。
「みんな。エマとユウト君だ」
案内されたリビング(テニスコートほど広い)には、マティーラの3人の息子達が寛いでいた。
「右のソファに座っているのが長男のスタッド。その膝の上にいるのが、三男のアンディだ」
マティーラに名前を呼ばれ、黒髪の青年がニッコリと笑う。その膝の上では、ニコニコしている少年が小さく手を振っている。想像していたより気さくな彼らに、ユウトの肩から少しだけ力が抜けた。
「左側のソファにいるのが、次男のセージュだ。ユウト君と同じ学園に通っているんだよ」
ユウトの心臓が大きく高鳴った。そこには、憧れて止まないセージュ・リーディアがいたのだ。長い足を組み座っているだけなのに、まるでファッション誌の1ページみたいだ。
(本当に本当のセージュさんだ)
セージュ・リーディア。ユウトが通う私立セレストア学園で、彼を知らない者はいないだろう。185センチという長身に、細身のライン。腰まで伸ばしたゴールドブラウンの髪は、触れなくてもその肌触りがわかる。同じくゴールドブラウンの瞳は、宝石よりも美しいと言われている。成績も優秀で、入試試験の際に満点をとったのはセージュだけだそうだ。だが、ユウトがセージュに惹かれるのはそれだけではない。
(…半年前だったかな)
ユウトは、セージュに心を奪われた日を思い出した。
私立セレストア学園は、試験にさえ合格すれば誰でも入園できる。免除システムというものがあり、上位50名は学費がかからない。ユウトもその1人だ。だが、その事で難癖つけられる事も多々あった。たまたま図書館に本を借りに行ったユウトは、いかにも金持ちそうな2人の上級生に見つかり通路へと強引に連れ出されてしまったのだ。

『お前みたいな平民がウロウロすんな。目障りなんだよっ』

『貴重な書物に手垢なんかつけるなっ』

襟首を掴まれ身動きできなくなったユウトは、キッと彼らを睨み付けた。

『俺は試験に合格したんだっ。お前らに、文句を言われる筋合いはない』


それは、正論中の正論だった。だが、上級生達にとってその言葉はプライドを傷つけるようなものだった。

『お前。生意気な目をしてるな』

『お前なんかが、この学園の制服を着るなっ』

一人がユウトの制服を脱がそうと引っ張る。

『や…っ』

悔しくて情けなくて、ユウトの目尻に涙が溜まった。絶体絶命のピンチというその時、たまたま通りかかったセージュが助けてくれたのだ。

『家柄や資産で相手を見下すのは、自らの無能を証明しているようなものだ』

ユウトを背中に庇い、上級生達を眼差しと言葉で黙らせてくれた。振り向いたセージュの、その琥珀のように美しいゴールドブラウンの瞳にユウトは見惚れた。

『君は、君らしくしていればいい』

表情は乏しかったが、その眼差しはとても優しくて眩しかった。それからというもの、ユウトはセージュに憧れの想いを抱くようになった。単に容姿がいいというだけではない。セージュの毅然とした言動が、ユウトにとっては希望のように思えたのだ。いつしかその気持ちは恋心のようになり、学園内でセージュを見かける度にドキドキした。
その憧れのセージュが義兄になるなんて、ユウトは舞い上がりそうなぐらい嬉しかった。だが、ユウトをチラッと見たセージュの瞳はどこか冷めていた。
「あ、あのっ。俺、2年なんです。セセージュさんと兄弟になれるなんて…」
ユウトが嬉しさを伝えようとすると、セージュはそのまま自室に戻ってしまった。あからさまなその態度に、ユウトの心が凍る。
「あいつは気まぐれなところがある。気にしなくていい」
ユウトの表情が暗くなった事に気がつき、スタッドが慰めるように肩を叩いてくれた。その後。マティーラの友人達も遊びにきて、夕食は小さなパーティーとなった。エマとユウトはリーディア家の一員として暖かく迎えられ、穏やかな時間が過ぎていった。
「あの、セージュさん」
なんとか近づきたくて、ユウトは勇気を出してセージュに話しかけた。なんとか、あの時に庇ってくれた事への礼だけは伝えたかったのだ。だが、セージュの吐いた大きな溜め息にユウトは萎縮してしまう。
「まさか、こんな展開になるとはな」
セージュはユウトを鋭い眼差しで見つめると、なにかを決意したようにユウトへと向き直った。
「…お前とは、兄弟という関係になりたくなかった」
「え?」
「私を兄とは呼ばないでくれ」
セージュはそれだけ言うと、ユウトの横をスッと通り過ぎて行った。
残されたユウトは、青ざめた表情のまま立ち尽くす事しかできなかった。なぜかはわからないが、ユウトはセージュに嫌われていたのだ。
マティーラとエマを祝福するクラッカーが鳴り響くなか、ユウトは込み上げてくる涙を懸命に堪えた。

「セージュ。さっきの態度はなんだ」
自室へ戻ろうとしていたセージュは、追いかけてきたスタッドを振り向いた。その表情は何事もなかったかのようだ。
「なんだとは?」
「とぼけるな。エマさんとユウト君に失礼だろ」
数日前に、父親から結婚したい相手がいるという事は聞いていた。兄弟で話し合った結果。どんな相手でも反対しないという意見で一致した。女性不信を越え、人間不信に陥っていたマティーラ。その凍りついた心を溶かしてくれた女性なのだから、悪い人なわけはないと…。
「2人とも良い人達じゃないか」
スタッドの言葉に、セージュも小さく頷いた。
「わかっている。別に反対じゃない」
「だったら…」
「兄さんには関係ない事だ」
セージュは抑揚のない声でそう伝えると、クルッと踵を返した。元々、外見も性格も正反対な2人である。意見が合わないのは珍しい事ではない。スタッドはまだ何か言いたげにしていたが、セージュの態度に諦めたようだ。
(私の気も知らないで…)
浮かんでくるのは、先程のユウトの態度だ。はにかんだように微笑み、嬉しそうに瞳を輝かせていた。ユウトは、セージュと義兄弟になった事を喜んでくれている。
「…っ」
セージュは切なげに眉を寄せると、そのまま自室へと戻った。



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