恋と魔術と皇帝様と

有乃 雪都

文字の大きさ
2 / 2

決断

しおりを挟む



 豪華な料理がこれでもかと並べられた長いテーブル。着飾った貴族たちが各々の席に座っている。王座に一番近い上座には王妹のティリエラが、そこから順に、爵位の高い者から低いものになるように座っている。
 簡単に言えば、王に近い者から順に、この国の権力者だということだ。

 私はこうした貴族での集まりが好きではない。こんな会のために、いったいどれほどの税金が使われているのかと思うと、胸が苦しい。王女ではあっても、普段から街に出歩いて当たり前のように国民と接している自分からすると、このような夕食会は好ましく思わない。夜会だってそうだ。
 この夕食会に使われている税金の他の使い道を考えながら、黙々と食事を口に運ぶ。

 今日は月に一度の有力貴族の夕食会だ。基本的に当主のだけでなく、その奥方も一緒に参加することのできるようになっている。

 貴族同士の付き合いもあるのだろう、誰が誰とどんな会話をしているかでその貴族の関係性も見えたりするので、あまり馬鹿には出来ない夕食会である。
……税金が使われていなければ、とそこばかり考えてしまうのは仕方がない。

 食事会の終盤に近くなったころ、にこやかに会話に参加していた国王が、すっと静かに右手を挙げた。その動作に、一瞬にして会場は静まり返った。

「突然だが、皆に報告したいことがある」

 そんな国王の発言に、ゴブレットを持ち上げた手がピタリと止まる。

「皆が知っての通り、我が国は昨年まで隣国ギガイシア帝国と戦をしていた。今は停戦関係にあるが、両国の間に不穏な雰囲気があるのは否めない。我が国は、国土のほとんどを砂漠に囲まれた土地だ。唯一ともいえる国交路はギガイシア帝国と接している。このままでは商人たちも安心して商売ができない。ギガイシア帝国側も、我が国の魔法知識を学ぶ上でも、考えは同じだろう」

 国王の話を聞いていた貴族たちは、
「何を当たり前のことを国王陛下はおっしゃっていらっしゃるのだ?」
という顔をしている。

 そんな皆の様子に気づいていて、あえて知らない顔をする国王は話をつづけた。

「そこで、我が国は隣国ギガイシア帝国と和親条約の締結を求めた」

 その言葉にあたりが少しざわつき始める。

「我が国が示した条件は二つ。一つ目は、我が国ローザニア王国とギガイシア帝国は、永久に戦をせず、親交国とする旨の和親条約を結ぶこと。二つ目は、ローザニアとギガイシアとの国交路の安全面などの補償に加え、ギガイシアでの自由な商業の補償だ」

 国王の突然の告知に誰もが驚きを隠せない。

 そんな中、三公とよばれるこの国の貴族の有力者の一人であり、前王の時代から王家に仕えている重鎮であるキンゼル公が手を挙げた。国王が頷いたのを見て発言する。

「して、ギガイシア帝国側は何と?そのような条件をタダでは受けてくれますまい?」

 その言葉に、国王は静かにうなずいた。

「帝国側も概ねのことに関しては誠意を尽くしてくださるようではある。
だが、あちらからも条件の提示はあった。我が国が条件を提示し、その条件を呑んでもらったのだから、当然といえば当然だ」

 皆は、その条件とは何なのかを促すように、国王に視線を向ける。
 そんな中、国王は一言。

「ティリエラ。」

 私の名前を呼んだ。
 当然のごとく皆の視線が私に集まる。
 私は、何の事だか分からず、しばし、ぽかんとする。当たり前だが、口を開けて呆気に取られたような、そんな間抜けな顔はしていない。表面上は、落ち着いて先を促す王妹に見えている……はずだ。

 それに満足したのか、陛下は視線を皆に向けて言った。

「我が国に提示された条件はたった一つ。我が国の第一王女であり我が妹であるティリエラ・イグニシアスとギガイシア帝国皇帝キリアス・オブライト殿下との結婚だ。」

 王の言葉に、一気に周りが騒めき立つ。
 和親の証としての結婚なのだから、簡単な話、政略結婚だ。
 突然のことで、私は困惑した。…当然顔には出さなかったが。

 陛下は視線を私に合わせると、

「引き受けてくれるか、レスティリアよ」

 突然のことに、私は内心ものすごく焦っていた。まさか、こんな私に結婚の話がくるなんて。私は一生この国で生き、この国を守り、そしてこの国を出ることもなく死ぬのだと思っていた。

 しかし、今ここに、ないと思っていた話がある。この国から出る機会があるのかもしれない。そう思うと、この国以外を見てみたいという好奇心がどんどん大きくなり、抑えきれなくなるまでになるのを感じた。
 そして、皆の視線を感じながら、私は堂々と陛下に応えた。

「慎んでお受けいたします、陛下」







 この時の私は知らなかった。この先にある、私の新しい未来を。
 恋をするという感情を…。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

私たちの離婚幸福論

桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

嘘はあなたから教わりました

菜花
ファンタジー
公爵令嬢オリガは王太子ネストルの婚約者だった。だがノンナという令嬢が現れてから全てが変わった。平気で嘘をつかれ、約束を破られ、オリガは恋心を失った。カクヨム様でも公開中。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

番を辞めますさようなら

京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら… 愛されなかった番。後悔ざまぁ。すれ違いエンド。ゆるゆる設定。 ※沢山のお気に入り&いいねをありがとうございます。感謝感謝♡

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

処理中です...