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第21話 どうして彼は閉じこもっているのか

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 エリーヌは廊下を歩いていた。
 その手には食事のプレートがあり、それは”彼”のものだった。
 白い壁の少し柔らかい部分を押すと、その壁は扉へと変化して地下室への入口に変貌する。
 彼女は慣れた手つきでその扉をくぐると、少しばかりだけある階段に足を踏み入れた。

「お邪魔します」
「どうぞ」

 階段の先にある扉をノックして入ると、その”彼”はいた。
 いつもの書斎の椅子ではなく、古い簡易的な丸椅子に腰かけた彼は、テーブルに置かれた植物をじっと見つめている。
 左手に鉛筆を持ってもう一方の手にはデッサン用紙が抱えられていた。

「今日は何の植物ですか?」
「ユリ科の植物だけど、うちの庭で自生しているやつだからか、どうにも野性的です」
「ふふ、裏庭はよく植物が育ちますしね」
「ええ、僕の知ってるユリよりも背が高いです」

 花瓶に入れられたユリは地面に置くとエリーヌの腰あたりまで来てしまうほどの大きさ。
 やはり土壌が良いのか裏庭で植物を植えるとよく育つらしく、ロザリアをはじめメイドや執事たちは夏場を中心にかなり手入れに苦労すると聞いていた。
 エリーヌは食事を静かにソファの前のテーブルに置くと、ルイスに近づいていく。

「あ、食事ですか」
「はい、デッサンの後になさいますか?」
「いえ、今食べます。食事は出来立てが美味しいですから」

 そう言って鉛筆を置くと、部屋の隅にある洗面台で手を洗う。
 布で丁寧に水分を拭きとったあとに、テーブルのほうへとやってきた。

「お姉様もよかったら、僕のデザートをいかがですか?」

 ルイスがそう言いながらソファに腰かけると、対面に座った彼女は隠し持っていたマドレーヌを手にして肩をすくめて笑う。

「ふふ、そのつもりで自分の分を持ってきちゃいました」
「意外と用意周到なのですね、お姉様は」
「はい、ルイスさんとお話がしたくて」
「兄が聞いたら嫉妬しそうですね」
「アンリ様はそんな器の小さな方ではないですよ」

 自信満々に答えながらマドレーヌを一口かじる彼女を見て、ルイスは心の中で呟いた。

(そう思っているのはお姉様だけですよ)

 決してけなしているわけではないが、家族故の毒舌ぶりをいかんなく発揮しながら彼もまたパンを口にする。
 二人分のオレンジジュースの入った瓶を傾けて、グラスに移していく。

「お姉様、今日の飲み物は……あ、この香りはオレンジでしょうか」
「はい! 実はジュリア村長が町で今年は豊作だったからと分けてくださって」

 ルイスは一口ジュースを飲むと、味わうように目を閉じて、そして笑顔を向けた。

「美味しいですね、やはり」
「ここの果物や野菜は本当に美味しくて、私も好きです」
「僕もです。そういえば兄さんはここに来てから野菜が食べられるようになりましたね」
「アンリ様はお野菜嫌いだったのですか?」
「はい、それはもうパンしか食べない偏食で……」
「そんなに!」

 パンだけしか食べない子供だとさぞかし両親や使用人は苦労したのだろう。
 実際にエマニュエル家の料理長は彼になんとかいろんなものを食べてほしいと細かく刻んだり、ジュース状にしたり、デザートにしてみたり、と工夫をした。
 その甲斐あって少しずつ食べられるようになったのだが。


 しばらく二人で食事を楽しんだ後、エリーヌは彼の様子を伺いながら話題をふってみた。

「あの、ルイスさん」
「なんでしょうか」
「その、やっぱりここにずっといらっしゃるのは、目が原因ですか?」

 すると彼はフォークを置いて少し考え込むと、重苦しい表情ではなく笑顔で語り始めた。

「半分正解で、半分違います。目が原因で生活が一部不自由に感じる部分もあるから、というのももちろんです。でも」
「でも……?」
「臆病になってしまったんです。僕が。どうしても怖くなった。ここにいる間にどんどん外が怖くなって……外の世界に受け入れてもらえないんじゃないかって」
「……」
「それに、兄さんの目に自分が映る。そしたら罪悪感を感じてしまうんじゃないかって。兄さんを苦しめるんじゃないかって怖くて」
「ルイスさん……」

 彼は俯きがちにそう語ると、今度少しばかり顔を歪ませて唇を噛んだ。
 エリーヌはその言葉を聞き、彼に訴える。

「アンリ様は確かに苦しむかもしれません」
「……」
「でも、それよりもルイスさんが自由になれていないことに心を痛めているように私には思えました」

 エリーヌの脳内である日の言葉がよみがえる。


『あの子には自由になってほしいんだ。もっと、もっと彼は外の世界で……』


 アンリの言葉を伝えたエリーヌに、ルイスは目を見開いた。

「兄さんが、僕にそんなことを……」
「はい、二人とも同じなんです。アンリ様もルイスさんもお互いのことを大事に思ってて、自由になってほしいと思ってます」

 エリーヌはルイスの赤い瞳を見つめて、微笑んだ。

(そう、ちょっと言葉が足りないだけ。思いあいすぎてうまくかみ合ってないだけ。それだけ)

 エリーヌは持っていたマドレーヌをルイスに差し出す。

「食べますか? ルイスさんも」

 エリーヌの言葉に、ルイスは少し救われた気がした──
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