常夜命燈抄

真澄鏡月

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第壱章 【京都日常編】

第一話 ~ある日の放課後~

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【帝都第六中学校】

 チャイムが鳴った。今日の授業が全て終わった事を告げるチャイムだ。

 皆が帰宅の準備を進める中、私は机に突っ伏していた。仮眠というより眠気に抗っているという表現の方が近しいだろう。基本的に授業中は持ち前の根性で眠気に抗い続けるが、大抵この終業後に大きな眠気の波が来て机に突っ伏す。これが私の平日ルーティンになりつつある。

「ねぇねぇ香織ちゃん」

 誰かが私の頭頂部を指先でつついてくる。まぁ、声色でなんとなく想像はつくのだが……。

 ちょっと、休ませてさせてと心に思いながらも呼びかける声に対し、嫌そうな唸り声で返答する。

「ねぇねぇ……ねぇねぇねぇねぇねぇ!」

 呼びかける声の大きさと共に指で私の頭頂部をつつく強さも時間に比例して増していくではないか。

(お願いだから……私疲れてるから休ませて)

「指でつついても起きないか。これならどうだ」

 通学かばんを漁っている音がする。声の主はどこか聞き馴染みのある音色を口ずさみながら取り出そうとしている物品の名前を呟いた。

「テッテレー、広辞苑。さっき図書館で借りてきたんだ」

(!?)

 咄嗟に身体を跳ね起こした私の鼻先を広辞苑が掠めた。一瞬遅れて机と広辞苑が激しく衝突した鈍い音が私の鼓膜を揺らす。

「あ、香織ちゃん起きた」

「殺す気かぁぁ!お前ぇ!!」

 私の叫びが教室にこだました。まぁ最近では一応日常風景になりつつもあった為、同級生も驚き一瞥こそはするが、特別気に留める様子もなく自分達の行動に戻って行く。

「よし!今日も香織ちゃんは元気いっぱいだ」

「起こすにしても広辞苑を振り下ろす奴がどこにいるんだよ!!」

 しばらくの静寂の後、自らの言動を思い返した私はハッとした。

(あ、いたわ。今、私の目の前に……)

「大丈夫?当たらなかった?」

 そう言って頭を撫でてくるのは広辞苑を私の頭に叩きつけようとした友人の阿久津優里奈あくつゆりな。小学生の頃からの付き合いではあるが、稀に恐怖を感じる事がある。先程、起こす為とはいえ私の頭部を広辞苑で殴打しようとしたのがいい例だ。

「どこか遊びに行かない?」

「ごめんね。私は行けないよ。家族のお墓参りもあるし……」

 この流れで遊びに誘ってくる神経に驚きつつも、私は彼女の誘いをやんわりと断った。

「やっぱり、あの夏祭りの出来事を気にしてるの?香織せいじゃないのに」

 私は小さく首を振る。

「お母さんは私のせいで……」


 
 『紅月ノ天災』

 それは今から5年前、紀伊国を襲った大災厄。過去類を見ない同地点かつ、たった数時間という超短期間で立て続けに発生したこの大災厄は、数多の死傷者を出し、紀伊国が放棄される物理的な原因となった。

 私はあの夏祭りの日。爆心地からは離れてはいたものの、紅月ノ天災に巻き込まれた。幸か不幸か私がいた地点が結界の外郭近くであったこと。そして同伴していた母が私を庇ってくれたことで私は奇跡的に生還を果たしたのだが、爆心地近くに住んでいた私の家族は後日、遺体となって再会した。たった一人、今でも行方不明の妹を除いては。

 紅月ノ天災からの数少ない生還者という事で、私の身柄は丁重に扱われ、隣国の退穢庁管轄の施設にて取り調べとカウンセリングを受けた。

 取り調べ室にて、私はあの日の出来事の殆どを話した。大型の動物程もあるケガレに追い回されたこと。途中で母親とはぐれたこと。そして遠くの木の上に立っていた超常的な白装束の存在。でもたった一つ、母親の死の瞬間に見た事だけは話せなかった。理由は単純だった。母親を日本刀で斬り殺したのは、怪異でも何でもない。を着た隊員だったからだ。

 そして、私の眼前に座り優しい口調で質問をしてくる艶のある黒い三つ編みを肩にかけた女性も同じを着た隊員だった。話せば殺されると幼心……いや生物的な本能で感じた。だから口を噤んだのだ。

 母の首を斬り飛ばして殺した隊員の事は今も鮮明に覚えている。血のように紅い満月を背に、軍帽を目深にかぶり見えない目元。頬を伝う血の涙。母の返り血に染まったボロボロの白い軍服。そして艶のある純白の長い髪。

「絶対にあの軍人を見つけ出して母の仇をとってやるんだ!」

 私は掌を強く握り締めた。

「香織、大丈夫?手を握りすぎだよ。ほら、血が滲んでる」

「あ……」

 指摘されて気づいたが確かに少し痛みがあり、握りこんだ時に爪が掌にくい込んだのだろう。優里奈の指摘通り掌には血が滲み赤く染まっている。

「こんな事もあろうかと!用意してるんだ」

 優里奈は自慢げにそう言うとポケットから絆創膏を取り出した。

「香織ちゃんはよく無茶するから。私にはこれくらいしか出来ないけど絆創膏貼ってあげるね」

 優里奈は私の右掌を上向きにして、右手の甲をそっと支えるとペタっと絆創膏を貼った。

 そして、次の瞬間パチンッと絆創膏の貼られた右掌を叩いたのだ。

「痛!なにするの」

「はい、OK!ちゃんと絆創膏ついたね。それに邪念も消えた。じゃ、一緒に帰ろっか」

「え?遊びに行くんじゃなかったの?」

「それがね、もう皆帰っちゃったんだよね。今教室にいるのは私と香織ちゃんだけ」

 ふと時計を見たら終業のチャイムから既に四十分も経過していた。

「あっ、早く帰らないと!」

「ちょっと、香織ちゃん!荷物忘れてる!」

 何も持たず走り出した私の後を、優里奈が二人分の荷物を持って駆ける。いつもの光景なのだ。
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