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第一章 胎動編
【暗】捌ノ詩 ~五箇伝緊急会議~ [前]
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[総本部]
廊下を歩く大小二つの影。それは霧恵とおそらくその護衛の少女。
「霧恵様、私で良かったのでしょうか?」
そう発言したのは現在霧恵の護衛を務める少女、柊 津海季。彼女は最悪の厄災「死國事変」を生き残り、現最強と謳われる柊楓の三人娘。その長女であり、齢二十二にして同時期の柊楓をも上回る才能に恵まれた才女。
「何がです?」
霧恵は津海季を見上げ少し首を傾げる。
「今から始まるのは一触即発の会議、その護衛が私みたいな新参者で……」
「大丈夫ですよ。私が貴方を選んだのです自信を待って下さい。」
「はい」
暗部という組織のトップに君臨する十の家系━━
秦宮・柊・黒縄・伏見・辻宮・宮古・鼓吹・星郷・花神・天瀬
彼らは暗家十聖と呼ばれ、有事の際にそれぞれの現当主が一堂に会し、暗部総司令官の神、霧恵を交え話し合いを行っていたが21年前の死國事変にてその内、宮古・鼓吹・星郷・花神・天瀬の五つの家系が断絶、たまは復興困難な痛手を負った。
それにより残りの家系は五箇伝と呼び名を改め会議には現当主と各々必ず一人の護衛、総本部の敷地内には現当主並びにそれぞれ最強の手札が不在を狙う悪霊、怪異による襲撃という不測の事態を鑑みて次期当主とその護衛各々1人以上が総本部に滞在する。
二人は表札に会議室と書かれた扉の前の立ち、霧恵は取っ手に手をかける。ギィィと音を立てながら開かれた扉の向こうには十人の人物が居た。そのうち五人は小綺麗な椅子に座し、円卓を囲んでいる。そして護衛と思われる男女が椅子に座す男女の背後にそれぞれ一人ずつ立っている。その光景を見た津海季は本能的に察知する。
「やっぱり聞いていた通り、ここは化け物の巣窟だ」
と。
「よくお集まり頂けました五箇伝の皆様。」
霧恵は一つ空いた椅子にゆっくり腰掛け、津海季はその後ろに立つ。霧恵の左前に座す女性の護衛が津海季を見て軽く手を振り微笑む。三姉妹で最も楽観的な妹だ。おそらくこの場の異様な空気感を察知できていないのだろう。
「さて……各々の守護地域の報告から……」
「今は緊急時だ、そんな前置きはいらん」
霧恵の話を遮るように霧恵の右前に座す男性が口を開く。
黒縄家……五箇伝の一翼……暗部に存在する派閥の中でも強硬派に位置し、日ノ本の広大な守護地域の内、北海道と東北の守護を担い、隠世に繋がる霊穴の監視並びに管理を行う実働部隊を有する組織である。
そしてこの男、黒縄 辰岐は21年前の死國事変にて前当主が殉職し、一人息子である辰岐が当主となるも、たった21年の期間で暗部の司令権限の一部を掌握するに至った傑物。そして彼の背後に立つ筋骨隆々の女性は黒縄家の有する実働部隊の隊長であり、辰岐の嫁である黒縄 紅緒。
「文献には残らず口伝でのみで伝わる伝説……その中に登場する禍神ではないかと俺は睨んでいるが……千年前に京の都を陥落させたと謳われる伝説の禍神……そんな奴が本当に実在するのか?」
黒縄辰岐の発言に会議室に暫くの静寂が包み、その場のただ一人を除き全員の視線が霧恵に向けられる。
霧恵は時間にして2分程頭を抱え重い口を開くが、霧恵の正面に座る女性が下を向きながらガンッと両足を円卓に乗せ霧恵の発言を遮る。
ゆっくり上げたその顔には、左額から左頬にかけて大きな二本の爪痕が刻まれ、左目は固く閉ざされている。女性は黒縄の方を見てニヤリと口角を上げる。
彼女は秦宮家の当主であり、日ノ本三大激戦区のうち京都と大阪の二箇所が存在するの支部を統括し、決死隊を含め数多の部隊を有する、暗部では総本部に次ぐ勢力と権限を持つ彼女の名は秦宮 朱里。
死國事変の英雄である秦宮杏子(現、篠原杏子)の妹にして穏健派に位置する現秦宮家当主であると同時に、左目を失いながらも死國事変から生還を果たした生ける伝説の一人でもある。
そして朱里を護衛するのは黒い軍服に先端が青みがかった長い黒髪に、青龍を模した角の髪飾りをした女性型の戦闘式式ノ神、蒼妃である。
「黒縄、アンタの読みは当たってるぜ。黒縄、八敷、伏見の連中はあの死國事変を生で見てないから知らんやろうが、あの時死國事変を目の当たりにした霧恵様やウチ、柊は薄々察しが着いてるやないか?」
朱里の右隣の髪を後ろで結った女性が僅かに頷き、脇差を抜き放ち朱里の首元にそっと当てる。
「朱里、机から足を下ろしなさい厳粛な場ですよ。」
「柊……わかったよ……」
朱里は冷や汗を流しながら円卓から足を下ろす。
朱里に刃を突きつけた女性の名は柊 楓、日ノ本三大激戦区の一つである東京とその近辺の関東地方を守護する柊家の現当主であり、秦宮家と同じく穏健派に位置し、死國事変の時には討伐隊の作戦参謀兼副攻撃手を務めた神様や怪異を除く人間の隊員の中で現役最強の暗部隊員である。
現に霧恵の護衛を務める柊 津海季を含めた柊三姉妹の母親でもあり、彼女の護衛は三姉妹の次女である柊 津華紗。
「おそらく、21年前に発生した死國事変のトリガー……いや死國事変を引き起こした黒幕、その本体と考えられますね。」
それを聞いた朱里がバンッと円卓を叩き立ち上がる。
「は?幾ら柊の姉様かて、その冗談は許さんよ?杏子姉が命がけで討祓したあの化物が偽物やと?」
「偽物とは言ってないが恐らく、この厄災のハブ、その分霊でしょう。朱里、早まる気持ちは分かりますが今は落ち着きなさい。」
朱里はしたうちをしながら着席する。それを確認してから柊は霧恵に視線を向ける。
「霧恵様、貴方はこの霊力に覚えがあるはずです。何か知っていることがあればお答えください。」
暫くの沈黙の後、霧恵は口を開く。
「彼女の呼び名は梔子、真名は私も知らない、かつて存在した全ての戦神に戦術や神術、陣地という概念を教え、育んだと謳われる始まりの戦神であると同時に愛宕村にて、幼い私と華寅を育てた存在です……」
その場にいた霧恵を除く全員が目を見開き、再び静寂が包む。
「なら……相手は我々が想定よりも……遥か格上ということですか……」
霧恵の右隣の若い男性が呟く。彼は九州地方及び沖縄を守護する伏見家の現当主であり、名を伏見 蓮という。当主の中では最も若く、在位期間も数ヶ月と短いが当主として推薦されたのは、21年前に学生ながら先代当主と共に死國事変の後方支援を担当し、人里への被害を最小限に留めた実績からである。そして彼の護衛は二振りの太刀を背負った中学生くらいの少女、名を伏見 杏、伏見蓮の娘で次期当主である姉の後を追うまだ甘えたい年頃の少女。その実力は折り紙付きで特に結界術に秀でており、結界術だけなら柊三姉妹に匹敵する才女である。
「私から提案があります……」
そう言ったのは単眼鏡を掛けた小柄な老婆。八敷 君代、中国・四国地方を守護する八敷家現当主であり、この場にいる霧恵を除くと最高齢の齢九十を超えてなお現役の隊員である。そしてその護衛は筋肉質な男性の姿をした要石の憑藻神である灰燼。
「大婆が提案やて!?」
目を見開く朱里を横目に八敷 君代は内容を話し始める。
「総本部地下大監獄最下層に幽閉中の封域神ヨツラを解放し、奴らにぶつけましょう。」
その場にいた全員が息を飲む。
「寝言は寝て言えよ……大婆……アレを解き放つだと……」
黒縄が机をダンっと叩き立ち上がる。
全員が黒縄を方を向き会議室に静寂が包む。その反応は至極当然だった。だからこそ霧恵の御前であっても誰も何も言わない。
封域神ヨツラ……千年前、禍夜廻に対抗するために道摩法師が作り上げた四体の強力無比な人工神、その四番目に作られた怪物であり、他三体とは違い完全に闘争に特化させ、それ以外を極限まで削ぎ落とし、敵味方を識別する知性すら持たない殺戮兵器である。
[総本部地下大監獄最下層]
カツン……カツン……
大監獄を何者かが歩く足音が響く。その者はライトを持たずに暗闇を進む。そしてある鉄格子の前でしゃがみ中を覗く
「哀れだねぇ……ヨツラ……」
鉄格子の奥、数多の鎖に繋がれた小麦色の長髪を靡かせた少女がゆっくり顔を上げる。青みがかった瞳が淡い光を放ち鉄格子を挟んだ訪問者を見つめる。
「こ…………と…………」
[総本部 中庭]
「え!ドロー4!?上がれると思ったのに!」
中庭から悲鳴とも捉える事も出来る叫び声がこだまする。
中庭にはホワイトボードと大きめのテーブル、そしてテーブルを囲むようにプラスチック椅子が四脚置かれている。それぞれの椅子には小中学生程の少年少女が座り、手の内でカードを広げワイワイ座り盛り上がっているのだ。
その光景を少し離れた木陰にて緑色のリボンがついた黒いセーラーブレザーを纏い、長い白髪を三つ編みに結った女子高生が微笑みながら本を片手に眺めている。彼女の傍らに置かれたスクールバッグの持ち手には白兎のキーホルダーと辻宮家の家紋が掘られた木札がぶら下がっている。
先程叫んだ少女が重ねられたカードを上から四枚引き手札に加える。その胸には秦宮の家紋が刺繍されている
当主達が一触即発の会議をしている頃、次期当主達は打ち解けUNOをしていたのだ。
バチッ……
「ん?」
木陰にて本を読む少女は何かの気配を感知し、読んでいた本をパタンッと閉じて上空を見る。次の瞬間、おそらく気配の正体であろう黒い影が少年少女の遥か上空を通過し、少し離れた位置に落下する。その数十秒後にUNOをやっていた四人もその気配を感知したのだろうUNOをする手が止まるとほぼ同時に総本部の警報が鳴り響く。しかしその音は次期当主並びにその護衛の聞き慣れない不協和音の混ざる警報音だった。
「総本部既存の暗部隊員並びに戦神に告ぐ!1345総本部上空並びに会議室内に侵入者アリ!繰り返す!1345総本部上空並びに会議室内に侵入者アリ!侵入者の霊力から脅威度を逆算!会議室に現れた個体をカテゴリーVII、総本部周囲に出現した複数個体はカテゴリーVに認定する。」
コツン……コツン……
先程影が降り立った場所から人影が近づいてくる。それは白いスーツを着た白髪の男性の姿をしており両眼は赤い光を放っている。
「アハ……ヒャハハハ……」
不気味な笑い声を放つが両の眼だけは次期当主の方を向いている。ふと体勢を低くして急加速し、次期当主達に接近しながら手印を結ぶ。辻宮家の次期当主を除く次期当主達とその護衛も応戦せんと携帯する武器を取り出す。双方の距離はどんどん縮まり、先頭を走る秦宮家の少女が刃を悪霊の首に届かせようと居合の構えから抜刀する
「捉えた!!」
しかし首を捉える寸前にふと悪霊が消える。いや地面に沈んだという表現が正しいのだろう。
「お嬢!右!」
護衛の声に反応し秦宮家の少女が右を向く、その数秒の隙をつき悪霊は蹴りを繰り出し、蹴りは少女の左頬を捉えそのまま数メートル蹴り飛ばす。少女は二転三転地面を転がるが、すぐさまムクっと起き上がりペッと少量の血を地面に吐く。おそらく口の中を切ったのだろう。秦宮家の少女は驚いていた。今の一撃をモロに受けてこの程度で済んだことに……そして同時に疑問に思うがその答えは目の前にあった。
悪霊の片足が切り離され地面に転がり、断面から黒い液体が流れている。その光景を見たほぼ全員が目を見開く。それは悪霊も然り。
悪霊は何が起こったのか理解していた。蹴りを繰り出し、少女の頬を捉える寸前、何者かに足を切り落とされ、見えない何かが間に挟まる事でそれが緩衝材となり衝撃を最小限に抑えられたのだ。
悪霊の顔から笑みが消え、1人の人物を凝視する。その人物は一歩、また一歩と地を踏みしめながら悪霊に近づいてゆく。
悪霊は本能的に理解していたのだ。刹那の一瞬でこちらの足を切り落とすだけでなく、結界を挟み込み、衝撃を緩和させることで小娘を助けた別格に強い隊員……。それが今こちらに向かって来ているのだ。
「皆様はそこで止まっていてください。」
その言葉は近くの味方全員の動きを束縛する。それは言霊や呪言、禍言の類ではない。ただその女子高生が行った「言葉を発する」という事象でしかないく、逆らい難い絶対的な知性体としての本能だった。女子高生は内ポケットから扇と襖の引手の様な形をした呪具を取り出し、悪霊に向けてゆっくり歩みを進める。
「もう貴方はこの世界に……霊片一つ残しませんよ」
その声色は冷たく、細胞の一つ一つにまで染み込んでくる闇を孕み、軽傷とはいえ仲間を目の前で、しかも少女の顔面を蹴ると言う行為に対する底すらない憤りがその顔に現れていた。そして彼女は手に持つ学生鞄を地面に置くように捨てる。すると投げられた学生鞄からシュルシュルと黒い布が伸び、生き物のように彼女に巻き付き形成されたのは彼女の戦闘服。
そして黒い布に続き鞄からは27枚の白い札と緑の札が大量に溢れ出る。
二種類の札は宙に浮き白い札は彼女を守るように周囲を回転し、対して緑の札はひとつに集まり鎌の形を形成する。
「ここからは、私のお勤めとさせて頂きます。」
その女子高生の名は名を八敷 粉雪という。
八敷家現当主、八敷君代の曾孫にあたる女子高生であり、若くして隠世の深淵にて遭難し生還するだけでなく、その出来事により発現した万象式’’開,,域術と万象式’’閉,,域術の正反対に位置する術式を双方、神髄の域まで至った千年生まれてこなかった傑物の一人である。
その実力は当主代理として当主及びその護衛、暗部の中でも精鋭と称される隊員しか参加出来ないカテゴリーⅤ以上の任務にも参加し、暗部の最強の一角である霧恵や華寅、秦宮朱里、柊楓と肩を並べ、それぞれから絶対的な信頼を得る正真正銘の
廊下を歩く大小二つの影。それは霧恵とおそらくその護衛の少女。
「霧恵様、私で良かったのでしょうか?」
そう発言したのは現在霧恵の護衛を務める少女、柊 津海季。彼女は最悪の厄災「死國事変」を生き残り、現最強と謳われる柊楓の三人娘。その長女であり、齢二十二にして同時期の柊楓をも上回る才能に恵まれた才女。
「何がです?」
霧恵は津海季を見上げ少し首を傾げる。
「今から始まるのは一触即発の会議、その護衛が私みたいな新参者で……」
「大丈夫ですよ。私が貴方を選んだのです自信を待って下さい。」
「はい」
暗部という組織のトップに君臨する十の家系━━
秦宮・柊・黒縄・伏見・辻宮・宮古・鼓吹・星郷・花神・天瀬
彼らは暗家十聖と呼ばれ、有事の際にそれぞれの現当主が一堂に会し、暗部総司令官の神、霧恵を交え話し合いを行っていたが21年前の死國事変にてその内、宮古・鼓吹・星郷・花神・天瀬の五つの家系が断絶、たまは復興困難な痛手を負った。
それにより残りの家系は五箇伝と呼び名を改め会議には現当主と各々必ず一人の護衛、総本部の敷地内には現当主並びにそれぞれ最強の手札が不在を狙う悪霊、怪異による襲撃という不測の事態を鑑みて次期当主とその護衛各々1人以上が総本部に滞在する。
二人は表札に会議室と書かれた扉の前の立ち、霧恵は取っ手に手をかける。ギィィと音を立てながら開かれた扉の向こうには十人の人物が居た。そのうち五人は小綺麗な椅子に座し、円卓を囲んでいる。そして護衛と思われる男女が椅子に座す男女の背後にそれぞれ一人ずつ立っている。その光景を見た津海季は本能的に察知する。
「やっぱり聞いていた通り、ここは化け物の巣窟だ」
と。
「よくお集まり頂けました五箇伝の皆様。」
霧恵は一つ空いた椅子にゆっくり腰掛け、津海季はその後ろに立つ。霧恵の左前に座す女性の護衛が津海季を見て軽く手を振り微笑む。三姉妹で最も楽観的な妹だ。おそらくこの場の異様な空気感を察知できていないのだろう。
「さて……各々の守護地域の報告から……」
「今は緊急時だ、そんな前置きはいらん」
霧恵の話を遮るように霧恵の右前に座す男性が口を開く。
黒縄家……五箇伝の一翼……暗部に存在する派閥の中でも強硬派に位置し、日ノ本の広大な守護地域の内、北海道と東北の守護を担い、隠世に繋がる霊穴の監視並びに管理を行う実働部隊を有する組織である。
そしてこの男、黒縄 辰岐は21年前の死國事変にて前当主が殉職し、一人息子である辰岐が当主となるも、たった21年の期間で暗部の司令権限の一部を掌握するに至った傑物。そして彼の背後に立つ筋骨隆々の女性は黒縄家の有する実働部隊の隊長であり、辰岐の嫁である黒縄 紅緒。
「文献には残らず口伝でのみで伝わる伝説……その中に登場する禍神ではないかと俺は睨んでいるが……千年前に京の都を陥落させたと謳われる伝説の禍神……そんな奴が本当に実在するのか?」
黒縄辰岐の発言に会議室に暫くの静寂が包み、その場のただ一人を除き全員の視線が霧恵に向けられる。
霧恵は時間にして2分程頭を抱え重い口を開くが、霧恵の正面に座る女性が下を向きながらガンッと両足を円卓に乗せ霧恵の発言を遮る。
ゆっくり上げたその顔には、左額から左頬にかけて大きな二本の爪痕が刻まれ、左目は固く閉ざされている。女性は黒縄の方を見てニヤリと口角を上げる。
彼女は秦宮家の当主であり、日ノ本三大激戦区のうち京都と大阪の二箇所が存在するの支部を統括し、決死隊を含め数多の部隊を有する、暗部では総本部に次ぐ勢力と権限を持つ彼女の名は秦宮 朱里。
死國事変の英雄である秦宮杏子(現、篠原杏子)の妹にして穏健派に位置する現秦宮家当主であると同時に、左目を失いながらも死國事変から生還を果たした生ける伝説の一人でもある。
そして朱里を護衛するのは黒い軍服に先端が青みがかった長い黒髪に、青龍を模した角の髪飾りをした女性型の戦闘式式ノ神、蒼妃である。
「黒縄、アンタの読みは当たってるぜ。黒縄、八敷、伏見の連中はあの死國事変を生で見てないから知らんやろうが、あの時死國事変を目の当たりにした霧恵様やウチ、柊は薄々察しが着いてるやないか?」
朱里の右隣の髪を後ろで結った女性が僅かに頷き、脇差を抜き放ち朱里の首元にそっと当てる。
「朱里、机から足を下ろしなさい厳粛な場ですよ。」
「柊……わかったよ……」
朱里は冷や汗を流しながら円卓から足を下ろす。
朱里に刃を突きつけた女性の名は柊 楓、日ノ本三大激戦区の一つである東京とその近辺の関東地方を守護する柊家の現当主であり、秦宮家と同じく穏健派に位置し、死國事変の時には討伐隊の作戦参謀兼副攻撃手を務めた神様や怪異を除く人間の隊員の中で現役最強の暗部隊員である。
現に霧恵の護衛を務める柊 津海季を含めた柊三姉妹の母親でもあり、彼女の護衛は三姉妹の次女である柊 津華紗。
「おそらく、21年前に発生した死國事変のトリガー……いや死國事変を引き起こした黒幕、その本体と考えられますね。」
それを聞いた朱里がバンッと円卓を叩き立ち上がる。
「は?幾ら柊の姉様かて、その冗談は許さんよ?杏子姉が命がけで討祓したあの化物が偽物やと?」
「偽物とは言ってないが恐らく、この厄災のハブ、その分霊でしょう。朱里、早まる気持ちは分かりますが今は落ち着きなさい。」
朱里はしたうちをしながら着席する。それを確認してから柊は霧恵に視線を向ける。
「霧恵様、貴方はこの霊力に覚えがあるはずです。何か知っていることがあればお答えください。」
暫くの沈黙の後、霧恵は口を開く。
「彼女の呼び名は梔子、真名は私も知らない、かつて存在した全ての戦神に戦術や神術、陣地という概念を教え、育んだと謳われる始まりの戦神であると同時に愛宕村にて、幼い私と華寅を育てた存在です……」
その場にいた霧恵を除く全員が目を見開き、再び静寂が包む。
「なら……相手は我々が想定よりも……遥か格上ということですか……」
霧恵の右隣の若い男性が呟く。彼は九州地方及び沖縄を守護する伏見家の現当主であり、名を伏見 蓮という。当主の中では最も若く、在位期間も数ヶ月と短いが当主として推薦されたのは、21年前に学生ながら先代当主と共に死國事変の後方支援を担当し、人里への被害を最小限に留めた実績からである。そして彼の護衛は二振りの太刀を背負った中学生くらいの少女、名を伏見 杏、伏見蓮の娘で次期当主である姉の後を追うまだ甘えたい年頃の少女。その実力は折り紙付きで特に結界術に秀でており、結界術だけなら柊三姉妹に匹敵する才女である。
「私から提案があります……」
そう言ったのは単眼鏡を掛けた小柄な老婆。八敷 君代、中国・四国地方を守護する八敷家現当主であり、この場にいる霧恵を除くと最高齢の齢九十を超えてなお現役の隊員である。そしてその護衛は筋肉質な男性の姿をした要石の憑藻神である灰燼。
「大婆が提案やて!?」
目を見開く朱里を横目に八敷 君代は内容を話し始める。
「総本部地下大監獄最下層に幽閉中の封域神ヨツラを解放し、奴らにぶつけましょう。」
その場にいた全員が息を飲む。
「寝言は寝て言えよ……大婆……アレを解き放つだと……」
黒縄が机をダンっと叩き立ち上がる。
全員が黒縄を方を向き会議室に静寂が包む。その反応は至極当然だった。だからこそ霧恵の御前であっても誰も何も言わない。
封域神ヨツラ……千年前、禍夜廻に対抗するために道摩法師が作り上げた四体の強力無比な人工神、その四番目に作られた怪物であり、他三体とは違い完全に闘争に特化させ、それ以外を極限まで削ぎ落とし、敵味方を識別する知性すら持たない殺戮兵器である。
[総本部地下大監獄最下層]
カツン……カツン……
大監獄を何者かが歩く足音が響く。その者はライトを持たずに暗闇を進む。そしてある鉄格子の前でしゃがみ中を覗く
「哀れだねぇ……ヨツラ……」
鉄格子の奥、数多の鎖に繋がれた小麦色の長髪を靡かせた少女がゆっくり顔を上げる。青みがかった瞳が淡い光を放ち鉄格子を挟んだ訪問者を見つめる。
「こ…………と…………」
[総本部 中庭]
「え!ドロー4!?上がれると思ったのに!」
中庭から悲鳴とも捉える事も出来る叫び声がこだまする。
中庭にはホワイトボードと大きめのテーブル、そしてテーブルを囲むようにプラスチック椅子が四脚置かれている。それぞれの椅子には小中学生程の少年少女が座り、手の内でカードを広げワイワイ座り盛り上がっているのだ。
その光景を少し離れた木陰にて緑色のリボンがついた黒いセーラーブレザーを纏い、長い白髪を三つ編みに結った女子高生が微笑みながら本を片手に眺めている。彼女の傍らに置かれたスクールバッグの持ち手には白兎のキーホルダーと辻宮家の家紋が掘られた木札がぶら下がっている。
先程叫んだ少女が重ねられたカードを上から四枚引き手札に加える。その胸には秦宮の家紋が刺繍されている
当主達が一触即発の会議をしている頃、次期当主達は打ち解けUNOをしていたのだ。
バチッ……
「ん?」
木陰にて本を読む少女は何かの気配を感知し、読んでいた本をパタンッと閉じて上空を見る。次の瞬間、おそらく気配の正体であろう黒い影が少年少女の遥か上空を通過し、少し離れた位置に落下する。その数十秒後にUNOをやっていた四人もその気配を感知したのだろうUNOをする手が止まるとほぼ同時に総本部の警報が鳴り響く。しかしその音は次期当主並びにその護衛の聞き慣れない不協和音の混ざる警報音だった。
「総本部既存の暗部隊員並びに戦神に告ぐ!1345総本部上空並びに会議室内に侵入者アリ!繰り返す!1345総本部上空並びに会議室内に侵入者アリ!侵入者の霊力から脅威度を逆算!会議室に現れた個体をカテゴリーVII、総本部周囲に出現した複数個体はカテゴリーVに認定する。」
コツン……コツン……
先程影が降り立った場所から人影が近づいてくる。それは白いスーツを着た白髪の男性の姿をしており両眼は赤い光を放っている。
「アハ……ヒャハハハ……」
不気味な笑い声を放つが両の眼だけは次期当主の方を向いている。ふと体勢を低くして急加速し、次期当主達に接近しながら手印を結ぶ。辻宮家の次期当主を除く次期当主達とその護衛も応戦せんと携帯する武器を取り出す。双方の距離はどんどん縮まり、先頭を走る秦宮家の少女が刃を悪霊の首に届かせようと居合の構えから抜刀する
「捉えた!!」
しかし首を捉える寸前にふと悪霊が消える。いや地面に沈んだという表現が正しいのだろう。
「お嬢!右!」
護衛の声に反応し秦宮家の少女が右を向く、その数秒の隙をつき悪霊は蹴りを繰り出し、蹴りは少女の左頬を捉えそのまま数メートル蹴り飛ばす。少女は二転三転地面を転がるが、すぐさまムクっと起き上がりペッと少量の血を地面に吐く。おそらく口の中を切ったのだろう。秦宮家の少女は驚いていた。今の一撃をモロに受けてこの程度で済んだことに……そして同時に疑問に思うがその答えは目の前にあった。
悪霊の片足が切り離され地面に転がり、断面から黒い液体が流れている。その光景を見たほぼ全員が目を見開く。それは悪霊も然り。
悪霊は何が起こったのか理解していた。蹴りを繰り出し、少女の頬を捉える寸前、何者かに足を切り落とされ、見えない何かが間に挟まる事でそれが緩衝材となり衝撃を最小限に抑えられたのだ。
悪霊の顔から笑みが消え、1人の人物を凝視する。その人物は一歩、また一歩と地を踏みしめながら悪霊に近づいてゆく。
悪霊は本能的に理解していたのだ。刹那の一瞬でこちらの足を切り落とすだけでなく、結界を挟み込み、衝撃を緩和させることで小娘を助けた別格に強い隊員……。それが今こちらに向かって来ているのだ。
「皆様はそこで止まっていてください。」
その言葉は近くの味方全員の動きを束縛する。それは言霊や呪言、禍言の類ではない。ただその女子高生が行った「言葉を発する」という事象でしかないく、逆らい難い絶対的な知性体としての本能だった。女子高生は内ポケットから扇と襖の引手の様な形をした呪具を取り出し、悪霊に向けてゆっくり歩みを進める。
「もう貴方はこの世界に……霊片一つ残しませんよ」
その声色は冷たく、細胞の一つ一つにまで染み込んでくる闇を孕み、軽傷とはいえ仲間を目の前で、しかも少女の顔面を蹴ると言う行為に対する底すらない憤りがその顔に現れていた。そして彼女は手に持つ学生鞄を地面に置くように捨てる。すると投げられた学生鞄からシュルシュルと黒い布が伸び、生き物のように彼女に巻き付き形成されたのは彼女の戦闘服。
そして黒い布に続き鞄からは27枚の白い札と緑の札が大量に溢れ出る。
二種類の札は宙に浮き白い札は彼女を守るように周囲を回転し、対して緑の札はひとつに集まり鎌の形を形成する。
「ここからは、私のお勤めとさせて頂きます。」
その女子高生の名は名を八敷 粉雪という。
八敷家現当主、八敷君代の曾孫にあたる女子高生であり、若くして隠世の深淵にて遭難し生還するだけでなく、その出来事により発現した万象式’’開,,域術と万象式’’閉,,域術の正反対に位置する術式を双方、神髄の域まで至った千年生まれてこなかった傑物の一人である。
その実力は当主代理として当主及びその護衛、暗部の中でも精鋭と称される隊員しか参加出来ないカテゴリーⅤ以上の任務にも参加し、暗部の最強の一角である霧恵や華寅、秦宮朱里、柊楓と肩を並べ、それぞれから絶対的な信頼を得る正真正銘の
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