千年夜行

真澄鏡月

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第一章 胎動編

【暗】 拾ノ詩 ~地下大監獄~

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 [総本部 高層]

 少し時間は巻戻り、太陰神が結界を踏み砕く直前……

 霧恵は建物を先程まで居た建物から七重塔へ跳躍していた。

 極力気配を消し、何度も脳内で目の前の司令塔であろう人影を倒すイメージを繰り返していた。突然上空から霧恵の探知範囲に侵入する高霊力体、下を見ると隊員達が見上げている。それを見て自ずと視線を上に向けた霧恵は絶句する。

 巨大な大鴉がこちらに向かって急降下してきている。普段の霧恵ならばいち早く気付けた。しかし探知されない怪異の出現、そして襲撃者達の立ち周りの良さ。その二点が霧恵に探知結界の凝縮と形状を自身中心に半径数十キロメートルにも及ぶ広範囲円形から数百メートルの自身を中心とした横楕円形状に変えた。

 しかしそれは悪手だった。

 亜音速にて突撃してくる大鴉の接近を感知出来ず、回避不能な距離まで接近を許してしまったのだ。

「しまっ……!!」

 霧恵は思考を巡らせていた。

 こんな化物の攻撃時の余波ですら人間や並の怪異はひとたまりもない。少しでも衝撃を緩め全滅だけは防がなければと。

 ほぼ無駄に等しいが霧恵は覚悟を決め、空中で防御の構えを取り目を瞑る。しかし

「…………え?」

 手応えがなかった。目を開いた霧恵は驚愕する。結界がヒビ割れ破壊されながらも次々と補充補強され大鴉の攻撃を受け止めているのだ。

「あれを受け止めた……!?」

 霧恵は笑顔を浮かべ近くの屋根に着地し、七重塔に向かって再び跳躍する。

「子供達が頑張っているんです。子供達が完全に潰れる前に私があの人影を倒さなければ。誰もここから出れず総倒れです」

 霧恵は七重塔の屋根に着地しそのまま勢いを殺さずに刀を人影の首に向かって一閃、それに気付いた人影は後方に飛び退き回避の姿勢を取るが、霧恵が放つ一閃の方が早く刃が人影の首を捉える。

 程なくして人影の首が身体からスーとズレ、うなじの皮1枚を残し斬首に成功する。少し遅れて首の断面から黒い液体が噴水の如く吹き出し、人影は声にならない声を上げる。

「が……ぁ……」

「クッ……あと一歩完全に首を落とせなかった……逃がすか!!」

 霧恵は完全に首を落とすため、追撃せんと距離を詰めた瞬間視界の端に何かを捉えた。黒い何かが……よくよく見るとそれは黒い子猫だった。

 「な~ご……」

 霧恵の耳に子猫の鳴き声が届くと同時に直接脳に流れ込んでくる言葉の意味を理解し血の気が引く。

「兇禍陣地  影池沈錯」

 霧恵はその陣地に見覚えがあった。数十年前の暗部の隊員だった男の陣地。

 ズプッ……

 過去を思い出す其の一瞬の隙は霧恵の足を影に沈めるには十分だった。まるで底無し沼のように霧恵の足はズブズブと沈んでいく。

 咄嗟に辺りを見渡す霧恵だったが、いつの間にか辺りは影覆われており、足場どころか掴めそうなものすらない。

 「ヒッ!!」

 突然の事で霧恵は可愛らしい悲鳴をあげる。

 霧恵の両太腿や両腕に握られた感触が襲ったのだ。目を落とすと影から数多の手が霧恵の太腿や両腕、服を掴んでおり、グイグイと凄い力で影の中に引き摺り込もうとする。

 霧恵は必死に抵抗しようとするも両手足はガッシリと捕まれており、動かせない。

 霧恵は覚悟を決め右手で掌印を結ぶ

「一か八かだ……!陣地!白龍霧氷はくりゅうむひょう

 やらなければ影の中に引き摺り込まれるのは必至。

 霧恵の身体を白い霧が包み、氷で出来た2匹の龍が宙を舞う。

 本来は両手掌印にて発動する白龍霧氷を片手のみで発動。効果は50%にも満たない。しかしそれが後に霧恵の命を救う。

「いけぇぇぇ!!」

 霧恵の合図と共に2頭の氷龍が、口腔内に冷気を蓄えながら黒猫に向かって突進する。そしてガパッと開かれた氷龍の口からレーザーに等しい霊力と神力が混ざった強力な凍てつく波動を黒猫に向けて放つ。

 黒猫は再び鳴き声をあげ前足を揃えて地面をトンッと叩くと同時に黒猫の目の前に黒い布を被った人影が現れる。人影はスっと手を前にかざす。

 霧恵は目を見張る。その人影の手は球体関節だった。フードから覗く顔も人形のソレだった。しかし霧恵が真に目を見張ったのはそんな事ではなかった。球体関節人形のかざした両手には一枚の御札が貼られていた。

 それは遥か千年以上も昔、魑魅魍魎ちみもうりょう跳梁跋扈ちょうりょうばっこする霊術や呪術等の全盛期、動乱の世を生きた伝説の暗部隊員が自身の陣地を術式として組み込み残した形成符であり、作られた殆どが当時最悪の大厄災と共に紛失し、暗部総本部最下層にて厳重に保管される五枚のみがこの世に残る「術返しの陣地形成符」その効果は言葉そのまま、術を倍の効力にして術者に逆流させる禁符。

「しまっ……!」

 一瞬にして霧恵の身体は凍てつき、ヒビ割れ、そして末端から砕けてゆく。

 霧恵は崩れてゆく肉体をよそに空を見ていた。最期の光景、しかし霧恵の霞んだ目に飛び込んできたのは空を覆い尽くすほど巨大な大鴉、その紅に光る瞳だった。

「あ……あぁ……......う……ぁ……」

程なくして霧恵の身体は完全に砕け、綿氷の山を形成する。

 ふと霧恵だった綿氷の横に立つ黒髪の少年。少年は綿氷の中に手を入れて中を探る。程なくして綿氷から抜いた手には拳大の淡い水色の宝珠が握られている。

「お前らに協力するのは癪だが……」

 少年はポケットに霧恵の宝珠を入れ、影の中に沈む。

「今回は借り一つにしてやるよ。それに霧恵、もしお前が両手掌印で陣地使ってりゃ俺もお前もタダじゃすまなかっただろうな......」

 少年は完全に影の中に沈み込み波紋が広がる。




 太陰神の一撃より数刻後……


 暗い人工物の底の底、今にも崩れそうな瓦礫の隙間にて粉雪は目を覚ました。

 粉雪の視界にはオレンジ色の光に照らされ今にも崩れそうな天井が薄らと見える。

 「あれ……ここは……ッ……!!」

 左手を鋭い痛みが襲い、恐る恐る視線を向けると左腕は瓦礫に埋まっている。

「嘘……でしょ……」

 左腕を瓦礫から引き抜こうと力を入れる。左腕は完全に潰れていたり、挟まっていたりする訳ではないようで粉雪の力でも抜けそうだ。しかし、引き抜こうと力を入れると天井の瓦礫からガラガラと拳大の瓦礫が降ってくる。間違いなく瓦礫が奇跡的なバランスにて積み上がり存在する空間。

 一度ひとたび粉雪が瓦礫から腕を抜こうものなら天井ごと崩れるだろう。しかし不幸中の幸いなのだろう。左腕は手首が瓦礫に引っかかっているだけのようで身体を起こす事は出来た。

 粉雪は座ったまま改めて辺りを見渡す。数多の瓦礫とギリギリ手の届かない位置にオレンジ色の光を放つランタンが一つ、そして十メートル先に奥へ続く通路。通路の先には闇が広がっている。


 粉雪は横になり、両足でランタンを挟み近くに手繰り寄せる。そしてランタンを右手に持ち、深呼吸の後に意を決して左手を瓦礫から引き抜く。ブチブチという感覚が左手を襲うが意に介さず通路に向かって走る。案の定後方では天井が崩れ、大小様々な瓦礫が雨のように降る。

「ヤバッ!」

 しかし粉雪の走る速度より、天井の崩落速度の方が速い。

「うわぁぁぁぁぁ!!」

 崩落する瓦礫に呑まれる寸前、ギリギリで通路に滑り込み事なきを得る。

「ぜぇ……ぜぇ……ひー……死ぬかと思った……」

 左手で額を拭うとヌメっとした感覚と激痛が襲う。恐る恐る視線を落とすと左の手首から先の皮が剥がれポタポタと絶えず赤い雫が滴り、手の甲の腱までもが見えている。

 粉雪はポケット等を探るも常に包帯や応急手当をする物品を持ち歩いてはいない。

「包帯は……ないか……仕方ない」

 粉雪は自分の髪を結んでいた黒い布を包帯代わりに患部に巻く。

「これでよし。」

 ランタンで辺りを照らしてみる。

「B14-D4……?」

 粉雪は疑問に思う。

 粉雪が総本部に勤めて数年、地下に危険な悪霊や怪異、呪物を収容する施設があることは知っていた。しかしその施設、いや大監獄は地下12階までのはずだ。

「まだ下……いや大監獄の廃墟かな?」

 カツン……

 その音に対して反射で臨戦態勢に入る。敵である可能性、生き残りの味方の可能性2つの可能性が頭をよぎる。

 奥の暗闇から強風が吹き抜ける。粉雪は咄嗟に頭部と顔を庇う。飛び道具が飛んでくる可能性も考えられたからだ。しかし何も起こらなかった。安堵しかけた粉雪は気付く。背後に何者かがいると。

 粉雪は振り返ろうとするが脰に超烈な衝撃を受けてその場に倒れ込む。

「遅いな小娘」
 
 それを横目に粉雪を気絶させた存在、それは数刻前、七重塔にて霧恵を破った少年型の悪霊。

 少年は粉雪を肩に担ぎ、通路の奥へと進んでゆく。

「これで大方、奴らに反抗する駒は揃ったな」

 少年は内側から溢れ出る悦びを抑えきれず笑顔を浮かべる。



 その頃特務部隊は紀伊第二支部に居た。

「直線距離271km、風向き良好だよママ!」

「ふむ……手薄な総本部を奇襲するとは身の程を知れ!ここからあの鴉を撃ち落としてやる!!」

「チャージ開始します暫くお待ちください。」とアナウンスが流れる。

 サジタリアス天知 弓華は対禍神線形超䨩滅式超長距離投射装置[神喰ミノ奉葬 かみはみのほうそう]の引き金に指を掛ける。
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