千年夜行

真澄鏡月

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第一章 胎動編

【暗】 拾肆ノ詩 ~大逆ノ花嫁御寮~

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【地上 総本部中央広場】

 数分前、前髪の一部が白い黒髪をポニーテールに結った女性が立ち止まり空を眺めている。その周囲には顔の無い悪霊や愛宕製の案山子、太陰神の氏子であろう他とは服装の違う者、有象無象の魑魅魍魎が乱雑に積まれている。

「先程の光はケラウノスと神喰ミノ奉葬 かみはみのほうそうから放たれた光線……それに飛び立った霧恵様……上空で何が……ん?」

 突然地面から10m程の高さに亀裂がはしり、中から二つの人影が落ちてくる。よくよく見るとそれは時雨と五月雨である。

「はァ!?どっから出てくるのよ!!しかもボロボロ!!」

 女性は驚きつつも受け止めようと走り始めた。

「クッ……間に合わない!出て来て!狐綾こりんちゃん!!」

 女性は小さな狐のキーホルダーをミリタリーポーチからちぎり、落下地点と思われる場所に向かって投げる。キーホルダーは二転三転、空中で回転し地面に落ちる。その瞬間キーホルダーが落ちた場所に全長15mはあろうか白狐が召喚され、二人はその白狐の上に落ちた。

 ズブッ……

「痛ったァァァ!!」

 白狐から放たれた叫びがこだまする。時雨の体に刺さっていたキャノピーの破片が白狐にも刺さったのだ。

「妾はクッションか!!しかも背に何か刺さったぞ!!なんだ?雪奈、妾に恨みでもあるのか!!」

 笑顔を浮かべながら掌をヒラヒラと振り否定する女性。彼女の名は八敷 雪奈という。養子を表向きの理由として八敷家に迎えられた彼女は生後数ヶ月の八敷 粉雪と出会い、溺愛し、八敷 粉雪も時々鬱陶しがりながらも甘えたい時は雪奈に甘える血は繋がっていないものの、本当の姉妹のような関係を築いている。元暗部隊員であった彼女だが訳あって暗部を脱退、咲森姉妹達と同様、暗部とは別の組織に加入している。

 ふと再び空を見た雪奈は驚愕の表情を浮かべ狐綾に向かって叫ぶ。

「狐綾ちゃん!走って!上から降ってくる!!」

 雪奈は狐綾に向かって走りそのまま跳躍し、駆けてくる狐綾の前足の毛にしがみつき軽やかにその背に跨る。雪奈が見た物、それは操縦する人物を失い落下してくる先程まで咲森姉妹が乗っていた戦闘機である。

 程なくして先程まで雪奈達が居た場所に無人の戦闘機が墜落し、爆ぜた。

「熱ィィィィ!」

 爆風が雪奈達を襲いかかり、駆ける狐綾の尻尾が焦げる、それに驚いた狐綾が飛び跳ねた事で時雨と五月雨が宙を舞う。

「あ!」

 雪奈は時雨の襟を右手で、そして五月雨の左手を左手で掴み落下の難を逃れる。

「危なかった~よっと」

 雪奈は狐綾か飛び降りて辺りを見回す。

「雪奈、妾もう戻ってもいいか……?」

 狐綾が雪奈の背中を鼻先でつつく。

「あ、もう大丈夫よ。狐綾ちゃんゆっくり休んでね」

 そう言いポケットから取り出したスペア狐キーホルダーに狐綾が触れ、中に吸い込まれる。雪奈は狐綾が入ったキーホルダーを小道具を入れたミリタリーポーチに付け、二人を小脇に抱える。小柄な五月雨と普通よりやや小柄な時雨を担ぐのは雪奈にとって造作もないことである。

「さて……」

 一歩踏み出し、眼前に広がる青黒いオーラを感じ取り、歩みを止める。冷たく……暗く……ねっとりと……魂に絡み付く恐怖を感じずにはいられず本能的に身構えてしまうようなオーラ。雪奈はその青黒いオーラが何なのか知っていた。殺人鬼が発する殺気とは違う、もっと邪悪かつ狂気的な気配。しかし同時に現世を生きる上で感じる事も少なくない気配でもある。それは幼い子供によく見られる[残虐性を帯びた純粋無垢な好奇心興味]である。

 雪奈は二人を少し離れた瓦礫の影に隠し、気配を感じた場所近くの瓦礫に身を隠す。瓦礫の影から感知能力用いて気配の発生源を探ってみる。意外にも発生源はすぐに見つかった。少し離れた位置にそびえ立つ巨大な建造物。

 雪奈は懐から双眼鏡を取り出し、倍率を調整しながらその建造物を調べる。

「瓦礫で作られた塔か……」

 暗くて良くは見えないがその塔は瓦礫で作られているようだ。

 瓦礫同士の隙間からは血が流れ出しており、要所要所には瓦礫の隙間から突き出した人間の手足や肉片が見られ事から鑑みるに人間を瓦礫の間に挟み込んで殺す事によって、ある種の接着剤と殺戮の一石二鳥の効果を狙った物だと容易に考えられた。

「人の血肉を接着剤の代用か……悪鬼羅刹の所業ですね……」

 雪奈は視線を瓦礫で作られた塔の上部に移す。瓦礫で作られた塔の頂上には白い人影があり、雪奈は双眼鏡の倍率を上げる。

「この気配アイツか……」

 白い髪を地面まで伸ばした幼い少女が立っている。太陰神の近衛隊の中で最も幼い容姿をした小夜さやである。

「ん?もう一人いる?」

 下から見上げる視点の雪奈には良く見えないが 白髪の少女小夜の前方に何者かがいるようだ。 
 その何者かはゆっくりと立ち上がり頭を覆う白い物が見える。

「綿帽子……白無垢か……?」

 白無垢に身を包んでいる。雪奈は一目見て直感した。アレは人身御供ひとみごくう、神様に嫁入りした女性であると。

 ふと、いつの間にか瓦礫で作られた塔の頂上より白無垢を着た者が姿を消している。その事実に気付いた雪奈の後頭部にヒタッと冷たいものが触れる。

「これは……何者かの素足?ヤバ━━」

 そう直感するが早いか雪奈の後頭部に走る衝撃、視界いっぱいに広がる地面、顔全体に広がる激痛。それは白無垢が雪奈の背後、いや頭上から雪奈の頭部を地面ごと踏み砕き、クレーターを形成したことを意味する。

「咄嗟に霊力を纏い、肉体被害ダメージを最小限に抑えたね……最低限基礎の基礎は出来るのだね。もし出来ていなかったら首が折れるだけではない。頭部と胴体が生き別れ、頭部がスイカを割った様になっていただろうね」

 白無垢に身を包んだ存在は雪奈の後頭部をもう一度右足で踏む。ドゴンッという音と共に地面にできたクレーターが更に深く巨大になり、それに伴って地面と白無垢の足に板挟みにされた雪奈の頭部周辺の地面には血の水溜まりが形成される。数秒手足がピクッピクッと痙攣するが、程なく雪奈は右拳を一度握り白無垢の右足を殴る。

 まるで鉄を殴ったような手応え、雪奈の手は痺れ、血が滲む。それでも雪奈は体を起こそうと両手で身体を持ち上げる、

「この足を退けろ……お前は……何者だ……」

 白無垢は少し驚きの表情を浮かべた後、ニヤッと邪悪な笑みを浮かべると雪奈の頭を掴むとゆっくりと持ち上げ、顔を覗き込む。

白無垢の顔は左側は普通の人の形をしているが、右半分は肌が闇のように黒く、その中を数多の黄色い光が蠢いており、額には90度傾いた目、右頬を走る三本の黄色い半月状の刺青、よくよく見るとそれは刺青ではなく口。正真正銘の異形である、

「気を失っていない?いやそもそも人間では無いのか?たいしたものだね。おのの気力に免じて名乗るとしようか……ね!」

「んぐっ……」

 雪奈の腹部に白無垢の蹴りが深々と入り、体内からグシャと嫌な音が響く。一瞬意識が薄れると同時に雪奈は数メートル後方に吹っ飛ばされ、瓦礫に激突する。瓦礫の破片が雪奈の背中に複数刺さるが、腹部へのダメージが大きいようで腹部を押さえながら悶える。喉の奥から鉄の味が込み上げ口から溢れ、それを見て絶句する。赤い吐瀉物である。内臓が破裂したようだ。手足に力が入らない。目も掠れてきている。

 一瞬ふっと視界が暗転、意識が飛びかけているのだろう。それに先程から自身を包む空気が変わった。ちょうど視界が暗転したくらいから……。敵の技?

 状況を分析する雪奈の脳内に直接響く白無垢の声。

「朕は陽炎カゲロウ、禍夜廻第伍格の禍神だね。おの達には千年前、誠にお世話になったものだよ」

 陽炎と名乗った存在は右手で口元を隠しながらクスクスと嘲笑しつつ、ゆっくりと確実に接近してくる。

「主様含めて朕ら五柱を阿鼻よりさらに過酷な隠界の果てへと投獄する所業、極惡大罪である」

 そして真横まで来るとうずくまっている雪奈の頭を踏みつけた。ミシミシと体内から聞こえる嫌な音と地面に生じる亀裂。

「だが今宵は宣戦布告の意味を込めた侵攻であり、強い者は殺すなとの命を受けているのだよ。朕はこの命を大変遺憾いかんに思っているのだよ……ん?」

 先程、陽炎神と小夜が居たモニュメントがガラガラと音を立てて倒壊する。雪奈は頭部を陽炎に踏まれながら少しずつ視線をそちらに向ける。

「なんだあれ……」

 雪奈は眼前の光景に呆気にとられる。

 雪奈から少し離れた場所、地面に広がる数多の瓦礫が宙に浮かび、それらが寄り集まって、槍や刀など過去に雪奈が見た歴史書の挿絵に載る様々な武器が形成されている。その大きさも人間が扱う様な大きさのモノから数十メートルを超える巨大なモノまで様々である。

 数多の瓦礫や瓦礫から作られた武器が浮遊する中、それらを足場に二つの青白い光と一つの青黒い光が飛び回っており、双方が絶え間なく衝突し周辺に衝撃波を放っている。

「ふむ……それがしが運んでいた者は亡骸では無かったのだね?」

「……」

「喋れないか……まあ仕方ないね。先程の朕の蹴りで内臓はぐちゃぐちゃだろう」

 陽炎は雪奈の後頭部から足を退け、雪奈の髪の毛を背後から掴み、持ち上げる。眼前の戦闘を見ろとでも言うのだろうか、雪奈の顔をそちらへ向ける。

「小夜とやり合う幼い大鎌使いと日本刀使いの二人衆は某の仲間かね?」

「……!?」

 陽炎が口走った特徴から考えるに咲森姉妹である。今陽炎が言った「小夜」という名前、それが瓦礫で作られた塔の頂上にいた長い白髪をした子供の呼び名であり、咲森姉妹と戦っている存在であるようだ。致命傷にほど近い重症の私が有効打を打つ事はおそらく無理だろう。

「小夜を相手に下手に踏み込まない良き立ち回りをしているのだね。洞察力、判断力共にたいしたものだ。某の仲間だろう?しかし手数てかずと速度が足りないね、アレでは小夜の首に刃を通すのは何年経っても無理だ。いずれ体力尽きて小夜の攻撃を捌けなくなるだろうね」

 陽炎はニタァと不気味な笑顔を浮かべ雪奈の顔を覗き込む。

「ところで某、あるのだろう?今この状況を打開しうる切り札がね」

 陽炎の発言は図星だ。しかし雪奈は内心迷っていた。この展開を打破出来る切り札カードは確かにある。しかしこれは……あまりにも……」

 でもやらなければ全員コイツらに殺されるだけだ。全員殺されるくらいなら犠牲は私一人で……。

 雪奈は覚悟を決め、茅ノ輪のキーホルダーをちぎり、軽く前方へと投げる。

「小さい茅ノ輪?何をする気だ?」

 疑問を投げかける陽炎を知ってか知らずか雪奈は涙を流す。

「粉雪ちゃん……お母ちゃん……お父ちゃん……本当にごめんなさい。時雨ちゃん、五月雨ちゃん、壱華ちゃん、弐葉ちゃん、私を支えてくれた皆……司令官様……ごめんな言いつけ守れなくて──」
 
 小さな茅ノ輪が地面に接触するまでの短い時間、何度も何度も心の中で謝罪する。茅ノ輪のキーホルダーは地面に接触し付属された鈴がリンッと鳴った瞬間、茅を束ねる縄が解け、バラバラになった茅それぞれが地面にうねうねと蠢きながら潜っていく。パンッと柏手を打ち掌印を結ぶ。



【京都第一支部  最下層  霊地脈神淵神域

 蓮の咲く巨大な霊泉の上に木で組まれた簡易的な橋がかかり、その橋に沿ってポツンポツンと灯篭が並び周囲を照らす薄暗い空間。
 暗闇の奥、ゆっくりと瞼を開く存在。瞼の下からはやや桃色がかった白い瞳が覗く。

「私の分霊に続き貴方も逝くのですね……雪奈……せめて敵将に一矢報いて其れを誇りとし……安らかに眠れる事を私は祈ります」

「どうなさりました?」

 武器を携え近くに立つ隊員が問う。

「いいえ何も……」

 暗闇の奥の存在は瞼は閉じる。



【総本部中央区】

「安寧の世の為、我が忠す氏神へとこの魂魄を捧げん。されど等価交換の原則に従い時限定められし相応の神成を対価として所望する。纏變化まといへんげ…… 豊月西方御霊皇大神とよつきせいほうごりょうこうたいじん

「!?」

 本能的に感じた悪寒、陽炎は雪奈の頭部から手を離し後方に跳躍、大きく距離を取りつつ、臨戦態勢に入る。

 一方雪奈は陽炎の手から離れ、地面に横たわる。その周囲の地面からはススキアシチガヤ青茅カリヤス等、数多のイネ科植物が生える。それらは急速な生育範囲拡大と成長をしてゆく。
 程なくイネ科植物は半径百メートル程の草原を形成する。同時にイネ科植物達は身の丈一メートル程まで成長し、まるで雪奈を護るかの如く陽炎から雪奈の姿を覆い隠したのだ。

 ピキッ……メキメキ……

 草原の中からの奇怪な音と刻一刻と跳ね上がり続ける霊力から鑑みるに、いたぶられていた小娘が保有する数多の手段の中で最適であるが苦肉の一手を投じようとしているのだと容易に想像目来た。

 陽炎は笑みを零し變化が終わるまで形成された草原を見つめる。

 雪奈は賭けていた。

 變化中、陽炎が自分自身を標的とした攻撃を行うか否かという二択の賭け……。

 実際、陽炎が雪奈の變化が完了するまで待つ道理はなく、變化自体致命的な隙を晒してしまう。必然的に始末するなら絶好のチャンスと言えるのだ。しかし、陽炎は攻撃を行わずただ變化の完了を静かに待った。その本意は陽炎本人にしか分からない。

 ズンッ……

 地面を突き上げる衝撃が地面を揺らす。

「どうやら變化へんげは終わったようだね」

 イネ科植物の草原を中心に地面に亀裂が走り、草原中央部の地面がどんどん盛り上がる。次の瞬間、地面から飛び出してきた物……それは巨大なたけのこである。地面に顔を出したとはいえ、筍の成長は止まらない。天高く伸び、次第に竹皮が剥がれ落ち、節間に人一人入れそうなほど巨大で立派な竹となる。

 コン……コン……バシュッ!!

 陽炎の正面の高さ、竹の節間の内部から二度程叩かれ斜めに両断される。斬撃は竹を両断して尚、鎌鼬かまいたちとなり、地面に切れ込みを入れながら陽炎に向かって飛来する。

 陽炎は笑みを崩さず軽々と躱し、斜めに両断され断面が少しずつズレ始めている巨大な竹に急接近、右足に青紫の霊力を纏いながら跳躍する。

真打しんうち 禍夜廻陣まがやかいじん 篝伝ノ捌拾伍 森海焉崩滅モルミエンド・ルイナ
 
 高速な掌印の後、回し蹴りを繰り出す。

「威力2%の森海焉崩滅だよ、挨拶には不足なしと思うが……ね!!」

 陽炎の蹴りにより巨竹が接触部を中心にグニャっと弧を描く形で空間をねじ曲げるだけでは無い。遅れて空間の湾曲は容易に周囲一帯の時空間すらねじ曲げ、同時に歪んだ時空間が元に戻ろうとする反動は程なく円形の衝撃波となる。その衝撃波の直径は周囲二キロメートルにも及び、瓦礫を吹き飛ばすと同時に巨竹を蹴り飛ばす追い風となる事で巨竹の威力と速度を数段階はね上げる。

 一方衝撃波により吹き飛ばされた瓦礫はつぶてとなりて豪雨の如く広範囲に降り注ぎ、太陰神もどき夜禅星天崩滅ステラルイナを生き延びた者達の命を掠め取る。

 場面は移り、陽炎に蹴られ宙を舞う巨竹が向かう先は、咲森時雨と咲森五月雨、そして小夜が激闘を繰り広げる宙に浮く瓦礫の塔。
 いち早く竹の接近に気付いた時雨は五月雨の腕を掴むと近くの足場に着地、五月雨をお姫様抱っこに持ち替え跳躍、スレスレで竹を回避する。
 一方、小夜はワンテンポ反応が遅れ巨大な竹が直撃する。

「グッ……ゲハッ……」

 硬いものが砕ける音と共に小夜は目や鼻、そして口から黒い液体を吹き出し、竹と共に吹っ飛ばされていく。

「なんだったの?今の……」

「姉さん上!!」

 呆気に取られていた時雨の意識を五月雨が引き戻す。そして頭上を見た時雨の目に飛び込んで来た景色。

 右足を高く上げた白装束の花嫁、陽炎の姿である。その表情は嘲笑うかの如くニッコリ邪悪な笑みを浮かべ、視線は2人を捉え、獲物として認識していることは明白である。既に陽炎は胸の前にて掌印を結んでいる。

 ブウォン……

 振り上げられた陽炎の右足は青紫の霊力に包まれ、霊力の周囲の景色がグニャと歪む。おそらくあまりにも強力な威力を誇るのだろう。必然的に空間すらも歪んでいるのだ。

真打しんうち 禍夜廻陣まがやかいじん 篝伝ノ漆拾壱 森海焉墜蹴モルミエンド・フォール
 


 陽炎は周囲の空間ごと足を振り下ろす。



 その夜、世界中の星空はグニャっと歪んだ。

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