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怨念がおんねん(ニ)
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昼過ぎ、おれは見知らぬ部屋のなかに居た。
おれは肘掛の無い大きなロングソファーに寝かされていたようだ。
上半身を起こすと、灰色のタオルケットが身体からずり落ちる。
室内には結構な書籍があちこちに積まれていて、壁掛け本棚の上からローテーブルまで至る所に小さな塔が建てられている。
重たい頭のまま眼玉だけを動かす。
すると、窓の外に干された紺色の作業着がはためいているのが見えた。
馬鹿デカいサイズに見覚えがある。
そっか。ここは大嶽の家なのか。
ほっとしたのもつかの間で、すぐに強烈な吐き気がやってきた。
「肝臓まで雑魚かよ」
部屋に入っていた大嶽に礼を言う暇もなく、おれは便所の場所を聞き……あとは説明もしたくない。
昨日飲み食いした分を全て下水に流し、便所で蹲っていると大嶽がおれを罵りながら背中をさすってくれた。
背中一面を覆えそうなほど、大嶽の右手は広く分厚い。
「人間には……二日酔い、というものがあって……」
「何で二日も残るんだよ」
そんなのおれが聞きたい。
出すものを出して便所から引きずり出されたおれに更なる苦役が課される。
頭にはずきんずきんとした鈍い痛みが走り、口の中が渇いていく。
胃はむかむかしたままで、全身がどっとした疲労感に包まれている。
本当に呪われているようだ。
おれの身体は再びロングソファーの上へ横たえられた。
呆れ顔の大嶽がしゃがみ込んでおれの顔を覗く。
「寝てりゃあ治んのか」
「うん」
「飯は食った方がいいのか」
「多分……しじみとか」
「薬とか売ってんのか」
「キヨマツ行けばある……」
いま気づいたけど、おれは何の準備をしていなかった。
呑む前に飲むドリンクでも鞄に入れておけば、胃の粘膜くらいは守れたかもしれない。
「なんか、いい感じの買ってきてほしい」
おれは床に転がっていた鞄を指さす。
中に財布が入ってるはずだ。昨日のおれが失くしていなければ。
鞄を手繰り寄せて中身を確認している大嶽に申し訳ない気持ちで付け足す。
「おつりで、アイスとか買っていいから」
「俺を何だと思ってんだ」
そんな怖い顔しなくていいじゃないか。
……元々か。
❖
この俺を使いっぱしりにしやがって。
俺はあいつの財布を握りしめたまま外に出た。
目の前の通りを抜けると片側三車線が走る大きな道路に出る。
歩道沿いにはマンションと店が入り乱れて建てられていて、田村の言うキヨマツというよく見かける薬局もある。
行く途中にスーパーもあるから、飯と薬は容易に手にすることが出来る。
それにしても一体何なんだ、飲みすぎとか二日酔いってやつは。意味がわからん。
俺は携帯で“ニンゲン” “二日酔い” “薬”とか“食べた方が良いもの”とかを検索する。
すぐにずらずらと情報が表示されて、便利だが鬱陶しい。
結局何だ、豆腐としじみを口の中に突っ込んでやればいいのか。
すぐに薬局に着いた俺は、店内に入る。
薬と書かれた棚は鬼達には無縁の場所だ。
馬鹿みたいな種類の箱がひな壇のように何段も飾られている。どれがいいのかすら、俺には分からない。
俺はすぐ近くで品出ししていたニンゲンの店員を捕まえて聞くことにした。
鬼が市販薬のコーナーに居るのが珍しいのか、戸惑いを隠せていない。
「俺のツレが二日酔いってやつになった。どれを買ったらいいのか、さっぱりわからん」
いいか。俺じゃないからな。お前らとは強度が違うんだ。
俺は眼力で念押しする。
「あー……。ちなみに、どういう症状が」
「吐いたり頭が痛てぇって言ってたな」
「そうですか」
店員は棚を眺めたかと思うと、すぐに一箱取って俺に見せてきた。
「アルコール頭痛ですとこちらが一番売れてますね。胃もたれですと、こっちのほうの……」
色々見繕い始めた店員に軽く礼を言い、俺は店員が勧める薬を適当に数箱掴んで会計に向かった。
❖
「ありがとう、ホントに」
食事の前に! と書かれた粉末状の薬を何とか水で流し込む。
薬と遅い昼食を買ってきてくれた大嶽は胡散臭そうにカップアイスを食べながらおれを見下ろしていた。
買ったんだ。一番高い奴を。ちゃっかりしている。
「あとは味噌汁でも飲んで寝てろ」
「うん」
大嶽はやたらオルニチンを強調したパッケージのインスタント味噌汁も用意してくれた。
珍しく優しい。
明日は雪どころか、この世が終わるかもしれない。
「染みるー」
椀に口をつけ、しじみの味噌汁を啜っていると、大嶽は不思議そうにおれの顔を眺めている。
「つくづく変な生き物だな、お前ら」
そんな。
師走に大量発生するんだぞ、この変な生き物は。
おれがまたソファーに背中を預けると、頭の付近に空いたスペースに大嶽が腰を下ろした。
どすん、と音がするくらい肉厚の尻が座面を凹ませる。
「びっくりした」
「俺の家だ。俺がどこに座ろうと俺の勝手だろ」
「確かに」
大嶽は水色の長い布きれのようなものを持っていた。
仰向けになりながらそれを眺めていると、大嶽は突然それをおれの額に貼り付けてくる。
ぺちん、といい音が鳴った。
「いて」
「言うほど痛くねぇだろ」
きっと力加減はしてくれたんだろう。元が強すぎるだけで、おれの額を叩こうなんて思ってもないはずだ。
ぷるぷるとしたジェルシートが火照った額に貼りつき、熱を吸い上げてくれる。
「気持ちいい」
「良かったな」
「休みでよかった」
「そうだな」
「今日泊っていい?」
「好きにしろ」
大嶽はその辺の本を手に取って、ぱらぱらと頁をめくっている。
「過去一優しいな」
「相棒の管理が出来てないと減点されんだよ。馬鹿みてぇな理由で体調崩すな」
「ごめん。もしおれが出勤できないときは、別のやつと組めるようにしておくから」
「あ? まっぴらごめんだ」
ぱたん、と勢いよく本が閉じられる。
「なんで」
おれの問に大嶽は意地の悪い笑みを浮かべる。
「お前が一番、俺の言う通りに動くからだよ」
大嶽の指が俺の髪の隙間から地肌を掴み、がしがしと荒っぽく撫でてくる。
おれも一端の男だ。くっそ舐められていることに屈辱を感じなければいけない。
それなのに、ちょっと参っているときにこういう事をされると、屈しそうになる。
「何にやけてんだ気色悪い」
「くっ、おれは負けない……」
「馬鹿なこと言ってねぇで早く寝ろ」
おれの瞼に二枚目のシートが貼り付けられたので、すぐさまそれを剥しにかかった。
おわり
────────────────────
・弱っているニンゲンを介抱する
おれは肘掛の無い大きなロングソファーに寝かされていたようだ。
上半身を起こすと、灰色のタオルケットが身体からずり落ちる。
室内には結構な書籍があちこちに積まれていて、壁掛け本棚の上からローテーブルまで至る所に小さな塔が建てられている。
重たい頭のまま眼玉だけを動かす。
すると、窓の外に干された紺色の作業着がはためいているのが見えた。
馬鹿デカいサイズに見覚えがある。
そっか。ここは大嶽の家なのか。
ほっとしたのもつかの間で、すぐに強烈な吐き気がやってきた。
「肝臓まで雑魚かよ」
部屋に入っていた大嶽に礼を言う暇もなく、おれは便所の場所を聞き……あとは説明もしたくない。
昨日飲み食いした分を全て下水に流し、便所で蹲っていると大嶽がおれを罵りながら背中をさすってくれた。
背中一面を覆えそうなほど、大嶽の右手は広く分厚い。
「人間には……二日酔い、というものがあって……」
「何で二日も残るんだよ」
そんなのおれが聞きたい。
出すものを出して便所から引きずり出されたおれに更なる苦役が課される。
頭にはずきんずきんとした鈍い痛みが走り、口の中が渇いていく。
胃はむかむかしたままで、全身がどっとした疲労感に包まれている。
本当に呪われているようだ。
おれの身体は再びロングソファーの上へ横たえられた。
呆れ顔の大嶽がしゃがみ込んでおれの顔を覗く。
「寝てりゃあ治んのか」
「うん」
「飯は食った方がいいのか」
「多分……しじみとか」
「薬とか売ってんのか」
「キヨマツ行けばある……」
いま気づいたけど、おれは何の準備をしていなかった。
呑む前に飲むドリンクでも鞄に入れておけば、胃の粘膜くらいは守れたかもしれない。
「なんか、いい感じの買ってきてほしい」
おれは床に転がっていた鞄を指さす。
中に財布が入ってるはずだ。昨日のおれが失くしていなければ。
鞄を手繰り寄せて中身を確認している大嶽に申し訳ない気持ちで付け足す。
「おつりで、アイスとか買っていいから」
「俺を何だと思ってんだ」
そんな怖い顔しなくていいじゃないか。
……元々か。
❖
この俺を使いっぱしりにしやがって。
俺はあいつの財布を握りしめたまま外に出た。
目の前の通りを抜けると片側三車線が走る大きな道路に出る。
歩道沿いにはマンションと店が入り乱れて建てられていて、田村の言うキヨマツというよく見かける薬局もある。
行く途中にスーパーもあるから、飯と薬は容易に手にすることが出来る。
それにしても一体何なんだ、飲みすぎとか二日酔いってやつは。意味がわからん。
俺は携帯で“ニンゲン” “二日酔い” “薬”とか“食べた方が良いもの”とかを検索する。
すぐにずらずらと情報が表示されて、便利だが鬱陶しい。
結局何だ、豆腐としじみを口の中に突っ込んでやればいいのか。
すぐに薬局に着いた俺は、店内に入る。
薬と書かれた棚は鬼達には無縁の場所だ。
馬鹿みたいな種類の箱がひな壇のように何段も飾られている。どれがいいのかすら、俺には分からない。
俺はすぐ近くで品出ししていたニンゲンの店員を捕まえて聞くことにした。
鬼が市販薬のコーナーに居るのが珍しいのか、戸惑いを隠せていない。
「俺のツレが二日酔いってやつになった。どれを買ったらいいのか、さっぱりわからん」
いいか。俺じゃないからな。お前らとは強度が違うんだ。
俺は眼力で念押しする。
「あー……。ちなみに、どういう症状が」
「吐いたり頭が痛てぇって言ってたな」
「そうですか」
店員は棚を眺めたかと思うと、すぐに一箱取って俺に見せてきた。
「アルコール頭痛ですとこちらが一番売れてますね。胃もたれですと、こっちのほうの……」
色々見繕い始めた店員に軽く礼を言い、俺は店員が勧める薬を適当に数箱掴んで会計に向かった。
❖
「ありがとう、ホントに」
食事の前に! と書かれた粉末状の薬を何とか水で流し込む。
薬と遅い昼食を買ってきてくれた大嶽は胡散臭そうにカップアイスを食べながらおれを見下ろしていた。
買ったんだ。一番高い奴を。ちゃっかりしている。
「あとは味噌汁でも飲んで寝てろ」
「うん」
大嶽はやたらオルニチンを強調したパッケージのインスタント味噌汁も用意してくれた。
珍しく優しい。
明日は雪どころか、この世が終わるかもしれない。
「染みるー」
椀に口をつけ、しじみの味噌汁を啜っていると、大嶽は不思議そうにおれの顔を眺めている。
「つくづく変な生き物だな、お前ら」
そんな。
師走に大量発生するんだぞ、この変な生き物は。
おれがまたソファーに背中を預けると、頭の付近に空いたスペースに大嶽が腰を下ろした。
どすん、と音がするくらい肉厚の尻が座面を凹ませる。
「びっくりした」
「俺の家だ。俺がどこに座ろうと俺の勝手だろ」
「確かに」
大嶽は水色の長い布きれのようなものを持っていた。
仰向けになりながらそれを眺めていると、大嶽は突然それをおれの額に貼り付けてくる。
ぺちん、といい音が鳴った。
「いて」
「言うほど痛くねぇだろ」
きっと力加減はしてくれたんだろう。元が強すぎるだけで、おれの額を叩こうなんて思ってもないはずだ。
ぷるぷるとしたジェルシートが火照った額に貼りつき、熱を吸い上げてくれる。
「気持ちいい」
「良かったな」
「休みでよかった」
「そうだな」
「今日泊っていい?」
「好きにしろ」
大嶽はその辺の本を手に取って、ぱらぱらと頁をめくっている。
「過去一優しいな」
「相棒の管理が出来てないと減点されんだよ。馬鹿みてぇな理由で体調崩すな」
「ごめん。もしおれが出勤できないときは、別のやつと組めるようにしておくから」
「あ? まっぴらごめんだ」
ぱたん、と勢いよく本が閉じられる。
「なんで」
おれの問に大嶽は意地の悪い笑みを浮かべる。
「お前が一番、俺の言う通りに動くからだよ」
大嶽の指が俺の髪の隙間から地肌を掴み、がしがしと荒っぽく撫でてくる。
おれも一端の男だ。くっそ舐められていることに屈辱を感じなければいけない。
それなのに、ちょっと参っているときにこういう事をされると、屈しそうになる。
「何にやけてんだ気色悪い」
「くっ、おれは負けない……」
「馬鹿なこと言ってねぇで早く寝ろ」
おれの瞼に二枚目のシートが貼り付けられたので、すぐさまそれを剥しにかかった。
おわり
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・弱っているニンゲンを介抱する
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