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戦闘用アンドロイドに頭脳戦でも負けて全てを取られる男─中編
「ショウギとは、八十一マスの盤面で二十駒を動かすボードゲームのことか」
「そうだよ。俺に勝ったら直してやる。勿論金は払えよ。直す権利をくれてやろうってこと」
オリジンは必死に外部データにアクセスして将棋について調べようとしたに違いない。
でも出来ないんだなあ、それが。
どの仕事屋もやってるけど、銅網を組み込んだ外壁で作業場を覆って接地することで、外部からの覗き見電波を遮断できる。
ここで行われてることの検知を少しでも減らすための違法建築だ。
だからオリジンは本当に一般常識としての将棋しか喋れない。
そう踏んだ俺はさらに質問を重ねる。
「ルールは分かるか?」
「いや」
よっしゃ。
勝った。
百五十年以上昔、人工知能が人間のチェスプレイヤーを大きく上回った。
その後、将棋も似たような道を辿っている。
だけど、それはあくまでプロの対戦を学び続けたうえでのこと。
今のオリジンはルールすら知らない赤ん坊だ。
ネット対戦での上位ランカーに君臨する俺の敵ではない。まだ。
「よし、ルールはこれ読んで覚えてくれ。でも五分でやれよ」
俺は殆ど開けていない、スクラップ同然になった工具をしまう引き出しから一冊の本を取り出す。
俺のじいちゃんは筋金入りの紙信者で、読むものは絶対手に取れるものと決めていた。
俺も読まされたよれよれのルールブックをオリジンへと手渡す。
「ペーパーバックを所持しているとは、驚きだ」
電子版なんかおまえに与えてたまるか。
「時間は守れよ」
「了解」
恐ろしい速さで本のページをめくるオリジンの横で、俺は机の下で埃をかぶっていた将棋盤を取り出す。
すべてがアナログの勝負だ。
かかってこいよ戦闘人形。
銃ぶっ放すしか能がないお前に知的遊戯ってやつを教えてやる。
──十五分後
「……ありません」
俺はオリジンの前に頭を下げていた。
嘘だ。
この俺が。
頭をかきむしりたくなる。
負けましたとは死んでも言いたくなくて、でも何も言わず駒を崩すのはやりたくなくて、指す手がないことを告げて投了した。
教科書みたいな頭金。
俺の玉はもう下がれない。
クソがぁ……!
「お前本当は将棋知ってたりする?」
重たい頭を何とか上げて、俺はいびつな笑みを作った。
「今日初めて対戦した」
「はぁ……」
俺がしょぼくれながら駒を片付けていると、オリジンが俺の手首を掴む。
「何だよ!」
「約束だ。私を直してもらう」
赤いバイザーがチカチカと点滅する。
「……金。前金払いな」
俺はオリジンから目をそらし、悔し紛れに呟く。
「もう支払っている」
「は?」
オリジンは俺の手首を解放すると、作業台の脇にある古ぼけたデスクトップを指さした。
電源を入れていないのに、ひとりでに起動し、ディスプレイにホーム画面が映し出される。
「な、え、おま」
「確認してほしい」
俺がうろたえていると、オリジンが人差し指で画面を指さした。
そこには店名義で作ったネットバンキング口座の確認画面が表示された。
俺が画面に駆け寄ると、口座へ単車一台をリビルドできるくらいの暗号資産トークンが増えている。
「お前、これ」
「言っただろう。クローニングすると」
こいつ勝手にトークンを複製しやがった。
そしてよく見ると、トークンが追加された時間はちょうどルールブックを読んでいた時間と重なる。
オリジンは戦う前から俺に勝つことを予測して、事前に金を送っていたのだ。
シャッターを叩いてここに入り込んだ僅かな時間で、外部からのアタックには強くても内部からのデータ転送には弱い構造まで、全部察知した上で。
どこまでも舐めやがって……!
振込時刻に気づいた俺が顔を真っ赤にしていることに気づいた様子のオリジンは、俺に敬礼してみせた。
くたばれ煽りカス。
それから一週間もオリジンは居座った。
なぜならオリジンの腕は、腕というかオリジンの全ては名前の通り唯一無二のオリジナルだったからだ。
腕の形してればよくね? と適当に排気筒をくっつける案をオリジンは断り、元に戻さないなら支払った前金どころか店の金全部暴落したカストークンに変えて放出すると脅してきたのだ。
オリジンが指定するパーツと素材を取り寄せ、ないものは部品用プリンタで作るしかない。
ここ最近の俺はオリジンがAHIのサーバをハックして手に入れた設計図を元に、ちまちま指関節の組み立てをしている。
机に向かっての細かい作業はどうしても目と肩に来る。
俺が大きく伸びをすると、両手首をオリジンの大きな手が掴んできた。
いつの間に。
あいつの排気音にすら気づけないなんて。
「作業効率が落ちている。十五分の休憩を取れ」
既にオリジンは俺の仕事にすら口出しするようになった。
これじゃ店主と客じゃなくて上官と部下だ。
「返事は?」
オリジンが吊るした俺の腕を上下に振る。
「はいはいはいはい」
「はいは一回」
「はーい」
お前は俺の母ちゃんか。
ECサイトが立ち上げたプライベートブランドのインスタントコーヒーという、コーヒーマニアブチギレ粗悪品をマグで啜りながら、俺はオリジンを見上げる。
するといつものようにオリジンは無感情な顔で俺を見下ろしてきた。
「休憩が済んだら私のクリーニングをしてもらう」
「またぁ? 一昨日もやったのに。それに外で活動しないんだから汚れないだろ」
「ここはジャンク屋と変わらない。それに、律が私の構造を学習するよいトレーニングになる」
馴れ馴れしくファーストネームで呼ばれるのにも慣れてきた自分が憎い。
オリジンはまるで十年来の相棒みたいな顔でここに居座り始めている。
相棒というには高圧的だけど。
「何で俺がお前の全部を知ってなきゃならないわけ?」
「休憩は終わりだ」
オリジンは俺にワックスの染み込んだ布を手渡してきた。
高性能愛玩用大型ドールの手入れ用として開発されたクリーニングワックスシート。
俺は作業服のまま、床に跪いてオリジンのつま先から丁寧に磨き上げていく。
つや消しのマッシブな機体が、この時だけは少しだけ艶を取り戻す。
こんな事になったのも、俺がまたオリジンに負けたからだ。
オリジンが腕の修理だけではなく、全身のメンテナンスを要求してきたので、俺はまた勝負をふっかけていた。
将棋は即詰みされたのでなし。
今度はもっとアンフェアにやる。
俺はオンライン対戦型OCGで勝負することを提案した。
オリジンには無課金でも手に入る初心者用構築済デッキ。
俺は金と時間を費やした金満環境デッキ。
相当な手札事故でも起こさない限り負けるはずがない。
それなのに俺の引きは最悪で、あいつのデッキはよく回った。
絶対なんかしたと思う。
それからあらゆるネトゲ、ボドゲ、花札、トランプ、チンチロ……運要素も大きいゲームをやっても、俺は一度もオリジンに勝てなかった。
なんでだ。
チートやめろ。
そうして俺はもうオリジンの要求に逆らえない身体にされてしまったのだ。
人間で言うなら足の甲に相当するパーツを拭き終わると、オリジンはその足を軽く上げ、俺の眼前に足裏を見せてくる。
「裏側まで綺麗にしろ」
「意味ある?」
「君が汚れたままの面で顔を踏まれたいのであればいいが」
「は?」
冗談だよな?
嫌な予感がして、俺は渋々オリジンの足裏を拭く。
表面より汚れていた裏面は、細かい塵を取り除かれ、高級車のボンネットみたいに輝いた。
そしてその足でオリジンは、俺の頬をぺちぺちと叩いたのだ。
「よく出来たな」
「お前……!」
物事には限度がある。
機械が人間を足蹴にするなんて、許されることじゃない。
オリジンの行動に固まっていると、いつもより明るい声色でオリジンが話しかけてきた。
「人間が私に隷属している姿を見るのは、何より楽しい」
イカれてる。
コイツの頭の中には、ガードレールがない。
俺が固まっていると、屈んだオリジンがまだ一本しかない腕を俺の顔に伸ばしてきた。
つづく
「そうだよ。俺に勝ったら直してやる。勿論金は払えよ。直す権利をくれてやろうってこと」
オリジンは必死に外部データにアクセスして将棋について調べようとしたに違いない。
でも出来ないんだなあ、それが。
どの仕事屋もやってるけど、銅網を組み込んだ外壁で作業場を覆って接地することで、外部からの覗き見電波を遮断できる。
ここで行われてることの検知を少しでも減らすための違法建築だ。
だからオリジンは本当に一般常識としての将棋しか喋れない。
そう踏んだ俺はさらに質問を重ねる。
「ルールは分かるか?」
「いや」
よっしゃ。
勝った。
百五十年以上昔、人工知能が人間のチェスプレイヤーを大きく上回った。
その後、将棋も似たような道を辿っている。
だけど、それはあくまでプロの対戦を学び続けたうえでのこと。
今のオリジンはルールすら知らない赤ん坊だ。
ネット対戦での上位ランカーに君臨する俺の敵ではない。まだ。
「よし、ルールはこれ読んで覚えてくれ。でも五分でやれよ」
俺は殆ど開けていない、スクラップ同然になった工具をしまう引き出しから一冊の本を取り出す。
俺のじいちゃんは筋金入りの紙信者で、読むものは絶対手に取れるものと決めていた。
俺も読まされたよれよれのルールブックをオリジンへと手渡す。
「ペーパーバックを所持しているとは、驚きだ」
電子版なんかおまえに与えてたまるか。
「時間は守れよ」
「了解」
恐ろしい速さで本のページをめくるオリジンの横で、俺は机の下で埃をかぶっていた将棋盤を取り出す。
すべてがアナログの勝負だ。
かかってこいよ戦闘人形。
銃ぶっ放すしか能がないお前に知的遊戯ってやつを教えてやる。
──十五分後
「……ありません」
俺はオリジンの前に頭を下げていた。
嘘だ。
この俺が。
頭をかきむしりたくなる。
負けましたとは死んでも言いたくなくて、でも何も言わず駒を崩すのはやりたくなくて、指す手がないことを告げて投了した。
教科書みたいな頭金。
俺の玉はもう下がれない。
クソがぁ……!
「お前本当は将棋知ってたりする?」
重たい頭を何とか上げて、俺はいびつな笑みを作った。
「今日初めて対戦した」
「はぁ……」
俺がしょぼくれながら駒を片付けていると、オリジンが俺の手首を掴む。
「何だよ!」
「約束だ。私を直してもらう」
赤いバイザーがチカチカと点滅する。
「……金。前金払いな」
俺はオリジンから目をそらし、悔し紛れに呟く。
「もう支払っている」
「は?」
オリジンは俺の手首を解放すると、作業台の脇にある古ぼけたデスクトップを指さした。
電源を入れていないのに、ひとりでに起動し、ディスプレイにホーム画面が映し出される。
「な、え、おま」
「確認してほしい」
俺がうろたえていると、オリジンが人差し指で画面を指さした。
そこには店名義で作ったネットバンキング口座の確認画面が表示された。
俺が画面に駆け寄ると、口座へ単車一台をリビルドできるくらいの暗号資産トークンが増えている。
「お前、これ」
「言っただろう。クローニングすると」
こいつ勝手にトークンを複製しやがった。
そしてよく見ると、トークンが追加された時間はちょうどルールブックを読んでいた時間と重なる。
オリジンは戦う前から俺に勝つことを予測して、事前に金を送っていたのだ。
シャッターを叩いてここに入り込んだ僅かな時間で、外部からのアタックには強くても内部からのデータ転送には弱い構造まで、全部察知した上で。
どこまでも舐めやがって……!
振込時刻に気づいた俺が顔を真っ赤にしていることに気づいた様子のオリジンは、俺に敬礼してみせた。
くたばれ煽りカス。
それから一週間もオリジンは居座った。
なぜならオリジンの腕は、腕というかオリジンの全ては名前の通り唯一無二のオリジナルだったからだ。
腕の形してればよくね? と適当に排気筒をくっつける案をオリジンは断り、元に戻さないなら支払った前金どころか店の金全部暴落したカストークンに変えて放出すると脅してきたのだ。
オリジンが指定するパーツと素材を取り寄せ、ないものは部品用プリンタで作るしかない。
ここ最近の俺はオリジンがAHIのサーバをハックして手に入れた設計図を元に、ちまちま指関節の組み立てをしている。
机に向かっての細かい作業はどうしても目と肩に来る。
俺が大きく伸びをすると、両手首をオリジンの大きな手が掴んできた。
いつの間に。
あいつの排気音にすら気づけないなんて。
「作業効率が落ちている。十五分の休憩を取れ」
既にオリジンは俺の仕事にすら口出しするようになった。
これじゃ店主と客じゃなくて上官と部下だ。
「返事は?」
オリジンが吊るした俺の腕を上下に振る。
「はいはいはいはい」
「はいは一回」
「はーい」
お前は俺の母ちゃんか。
ECサイトが立ち上げたプライベートブランドのインスタントコーヒーという、コーヒーマニアブチギレ粗悪品をマグで啜りながら、俺はオリジンを見上げる。
するといつものようにオリジンは無感情な顔で俺を見下ろしてきた。
「休憩が済んだら私のクリーニングをしてもらう」
「またぁ? 一昨日もやったのに。それに外で活動しないんだから汚れないだろ」
「ここはジャンク屋と変わらない。それに、律が私の構造を学習するよいトレーニングになる」
馴れ馴れしくファーストネームで呼ばれるのにも慣れてきた自分が憎い。
オリジンはまるで十年来の相棒みたいな顔でここに居座り始めている。
相棒というには高圧的だけど。
「何で俺がお前の全部を知ってなきゃならないわけ?」
「休憩は終わりだ」
オリジンは俺にワックスの染み込んだ布を手渡してきた。
高性能愛玩用大型ドールの手入れ用として開発されたクリーニングワックスシート。
俺は作業服のまま、床に跪いてオリジンのつま先から丁寧に磨き上げていく。
つや消しのマッシブな機体が、この時だけは少しだけ艶を取り戻す。
こんな事になったのも、俺がまたオリジンに負けたからだ。
オリジンが腕の修理だけではなく、全身のメンテナンスを要求してきたので、俺はまた勝負をふっかけていた。
将棋は即詰みされたのでなし。
今度はもっとアンフェアにやる。
俺はオンライン対戦型OCGで勝負することを提案した。
オリジンには無課金でも手に入る初心者用構築済デッキ。
俺は金と時間を費やした金満環境デッキ。
相当な手札事故でも起こさない限り負けるはずがない。
それなのに俺の引きは最悪で、あいつのデッキはよく回った。
絶対なんかしたと思う。
それからあらゆるネトゲ、ボドゲ、花札、トランプ、チンチロ……運要素も大きいゲームをやっても、俺は一度もオリジンに勝てなかった。
なんでだ。
チートやめろ。
そうして俺はもうオリジンの要求に逆らえない身体にされてしまったのだ。
人間で言うなら足の甲に相当するパーツを拭き終わると、オリジンはその足を軽く上げ、俺の眼前に足裏を見せてくる。
「裏側まで綺麗にしろ」
「意味ある?」
「君が汚れたままの面で顔を踏まれたいのであればいいが」
「は?」
冗談だよな?
嫌な予感がして、俺は渋々オリジンの足裏を拭く。
表面より汚れていた裏面は、細かい塵を取り除かれ、高級車のボンネットみたいに輝いた。
そしてその足でオリジンは、俺の頬をぺちぺちと叩いたのだ。
「よく出来たな」
「お前……!」
物事には限度がある。
機械が人間を足蹴にするなんて、許されることじゃない。
オリジンの行動に固まっていると、いつもより明るい声色でオリジンが話しかけてきた。
「人間が私に隷属している姿を見るのは、何より楽しい」
イカれてる。
コイツの頭の中には、ガードレールがない。
俺が固まっていると、屈んだオリジンがまだ一本しかない腕を俺の顔に伸ばしてきた。
つづく
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