たぶん人間にやさしい人外×人間

青野イワシ

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雄牛獣人護衛(5)

 立ち直った僕と雄牛がしばらく木々の隙間を突っ切っていると、急に開けた場所に出た。
 僕らは柔らかな芝生に名も知らぬ小さな花が咲いた泉の畔に辿り着いた。
「あれが化物の家か?」
「いえ、あれは狩猟小屋です。渡り鳥を射るためにやってくる人間が寝泊りするんですよ」
 泉の直ぐそばに立てられた小屋を指差した雄牛へ、僕はヒトが建てた建造物のことを解説してあげた。
 苔と蔦に覆われた小屋は、手入れが行き届いているようには見えない。
 今は冬鳥が来るにはまだ早いこともあるし、あの小屋は無人だろう。
「ちょうどいい、あそこを使わせてもらいましょう」

 先ほどと同様、雄牛の怪力によって錠を壊した僕らは、遠慮なく小屋の中へと侵入した。
 中は空気こそ湿っぽく淀んでいるが、意外なほど整っており、きちんと手入れされた縄や木桶などが四隅に積まれている。
 定期的に誰かが使っているのだろうか。
「なあ、パリパリになっちまった。オレ泳いでくる」
 雄牛は僕に血糊のついた腕を見せると、そそくさと腰布に巻き付けていた革紐を外しにかかった。
 それなりに艶やかだった漆黒の毛並みは、乾いた謎の血によってごわつき固まっている。
 臭いも相まって相当に不快だろう。
 僕は一応主救出のために働いた健気な下僕に褒美を与えてやることにした。
「こんなこともあろうかと、僕は常に用意をしているのです」
「オマエもその臭せえローブ水に浸けたほうがいいぞ」
「僕の話聞いてますか? コレを貸してあげようというのに」
 僕はずっしりと重たくなったローブを脱ぎ、腰の革袋から大切に大切に使って来たものを取り出した。
「何だその石っころ。またナントカの欠片か?」
「まあまだこれは一部の上流階級にしか流通していませんからね。君が知らないのも無理はない。これは石鹸と言うのですよ。せっけん」
「へえ。それで何が出来んだ?」
 雄牛は僕の掌にあるオリーブ色の塊をまじまじと見つめている。
 四隅の角が取れたそれは、一見すると藻に覆われた河原の小石にも見えるだろう。
 だがこれにはどんな魔術にも負けない効能があった。
「汚れが落ちます」
「……そんだけか?」
「それだけとは何ですか! 汗だの垢だの血だのをいっぺんに消し去る魔術なんて無いんですよ!」
「それもそうだな。そのちっちぇので何ができんのか楽しみだなあ、早く使い方教えてくれよ」
 雄牛は腰布もサンダルも全て取り払った素体そのままで、僕の前に立ちふさがってきた。
 勿論全部丸出しである。
 彼の陰茎は毛並みと同じく黒い皮膚で覆われており、拳のようにごつごつとした珊瑚色の先端が生殖器としての生々しさを醸し出していた。
 そして何より、馬並というか、牛並というか、とにかく太く長いものが大きな睾丸と一緒にだらりとぶら下がっていたのだ。
 もはや凶器である。
 極悪なブツに一瞬呆気にとられたが、雄牛にそれを悟られたくはなかった。
「な、何で全部脱いでるんですか!?」
「服着たまま泳ぐ馬鹿いるかよ。オマエも脱げ」
「あっ引っ張らないでください! やめなさい! 破ける!」
 僕は全裸の怪物ともみ合いになったが、御覧の通り勝ち目がなく、結局僕まで全裸で水浴びをする羽目になってしまった。

 ✡

 誰も来ませんように誰も来ませんように誰も来ませんように。
 木桶に水を張り、雄牛はその中へ僕と彼の衣服を適当に放り込んでしまった。
 そして僕の腕を引いて勢いよく泉の中へ飛び込んだ。
 僕の叫び声と水音が静かな森にこだまする。
「オマエ、館にいたときの方が静かだったな」
「水に入るときはまず準備運動をッ」
「こん中ヌルくてよかったな」
 ……だめだ、全く話を聞いてくれない。
 水草の生えた柔らかな感触が足裏を擽る。
 この泉はそこまで深くなさそうだ。
 水底に足が付くことに安堵していると、雄牛が僕の肩をゆすぶって石鹸石鹼とせがんできた。
「わかりましたよ。ほら、腕出してください」
「ほい」
 一体何の血なのだろうか。
 雄牛の腕についた血は彼の毛を固めて水を弾いている。
 僕は手に持っていた石鹸を泡だて、差し出された彼の右腕にこすり付けてあげた。
 しばらくは固まった毛並に変化が見られなかったが、石鹸を足して洗っていくうちに白い泡が立ち始める。
「おおー」
「君は毛むくじゃらですから、よく泡立ちますね」
 ごしごしと無遠慮に腕を擦ってやったが、雄牛にはそのくらいでちょうどイイらしい。彼は満足そうに息を漏らしている。
「あとは自分でやってください」
「こうか?」
 彼は右腕についた泡を移動させ、反対の腕や首筋、胸板などを掌で擦っていく。
 そうしていくと黒い毛並みはたちまち泡だらけになり、もはや新種のミノタウロスが完成していた。
「楽しいな、これ」
 泡の塊を手に目を輝かせる雄牛は微笑ましかったが、そろそろ寒い。水浴びはもういいだろう。
「よかったですね。ちゃんと水で落としてから上がってきてくださいよ」
 僕が彼に背を向け、岸辺の水草を掴んだその時だった。
「オマエも洗ってやる」
「うわっ!?」
 泡だらけの両腕が僕の腹回りに巻き付いた。
 逞しい腕で後ろに引き寄せられ、どしんと僕の頭が彼の胸板にぶつかる。
「何するんですか!」
「だって、オマエはまだ洗ってねえし」
「僕はいいんですよ、君みたいに直接被ってませんから」
「でも臭いがなあ、染みてるしなあ」
「えっ……僕、に、臭いますか……」
「ちょっとな」
 ローブに染みた血の臭いもそうだが、二時間駆けずり回って少々汗もかいている。
 やはり臭いと言われるのは気になるため、僕は抵抗する気力を失っていった。
「だからこうやって洗ってやるぞ。せっけんで」
「だ、大丈夫ですからっ」
 僕がろくに動かなくなったことをいいことに、雄牛は泡だらけの身体をこすりつけてきた。
 豊かな体毛に覆われた巨体に抱きすくめられ、身動きが取れない。
 肉厚の上半身が背中にぶつかると、むっちりとした胸板の感触と体温で妙な気恥ずかしさを覚えてしまう。
 泡だらけの大きな手が遠慮なく僕の胸元や無防備な腹筋を撫でると、こそばゆさで身体を捩りたくなる。
「自分で洗えますから、その」
「でもオマエ、アタマにしか毛ねえし。あ、こっちはちょっと生えてんな」
「そんなとこ触らないでください!」
 雄牛は腕を伸ばして僕の陰毛を擦ってくる。
「ニンゲンはここでせっけん泡立てんのか?」
「そんなわけないでしょう!」
 もういい加減離せと言おうとしたその瞬間、僕の臀部にぐいっと何かが押し付けられる。
 少し硬く、熱を帯びた太いものが尻の谷間に挟まっているのだ。
 それはまだ勃ちかけだったが、確実に例の凶器である。
「な、な、なにを……」
「オマエ柔らけえし、その、オレ」
 僕の腹に回された腕に力が籠る。
「ちょっと待ってください僕は経験──」
 僕が震える声で雄牛に待ったをかけようとした、その時だった。
 ガサガサと派手な音を立て、目の前の茂みが揺れる。
「あのー、これ以上泉を汚さないでくれるかな」
 いつの間に現れたのだろうか。
 木々の間から、噂の化け物が声をかけてきた。

 ✡

「棲み処を荒らすような真似をして申し訳ない。ちなみに僕はここで破廉恥な真似をしようとは一切思っていません。契約召喚魔獣が御覧の通りケダモノなのでそれに巻き込まれたと言いますかとにかく」
「あーあ、萎えちまったなあ。しぼんじまった」
「やめなさい!」
 泉の主らしき男の前で、僕はチュニック一枚、雄牛はすっぽんぽんのまま弁解をすることになったのだが、あろうことか雄牛はすっかりやる気をなくした肉棒を持ってぶるんぶるんと揺さぶり、水滴を落としていた。
「こっちも恋人同士のいちゃつきに割って入るつもりなかったんだけど、石鹼とか血とか、精液とか入れられるのはちょっと……」
「心配ねえよ、中に」
「もう喋らないでください。焼きますよ」
「うい」
 僕が杖で雄牛の顎を遠慮なく突き上げると、彼はようやく黙った。
「失礼した。その、僕らは身体の汚れを落としたかっただけなのです。この石鹸も由緒正しき王国認定天然素材で毒ではなくですね」
「へえ」
「お。ヘビも知らないのか、せっけん」
 雄牛が気安く忠告者へと声をかける。
 僕らの目の前に現れた者はヒトではなく、目深にローブを被った半人半蛇の大男だった。
 森に溶け込みそうな色合いの布切れと鱗を持った化け物で、褐色の肌をした男は口元しか明らかにしておらず、相貌の全容を知ることはできない。
「石鹸くらい知っているよ。というか、何故迷宮の雄牛が外にいるんだい? それも、ニンゲンといっしょに」
 そうして僕らは服を乾かしがてら、泉の主にこれまでのいきさつを話すことになった。

 小屋の中に移動し、僕は蛇人へ仲間が呪われたこと、解呪のために魂の欠片が必要なこと、護衛としてこの雄牛獣人を呼び出したこと、死霊の館で血を浴びせられたのでここに来たことをかいつまんで話した。
「魂の欠片を集めるだなんて、結構な呪いなんだね」
「ああ、なんでも触ったモンが錆び屑になんだと」
 なるだけエーリクに迷惑がかからないよう、呪いの詳細は伏せているつもりだったが、考えなしの雄牛が口を滑らせてしまい、僕の配慮は飛沫となって消え失せる。
「結構厄介でしてね、恐らく僕以外の人間に治せるとも思えず、パーティが解散した後もこうして駆けずり回っているわけです」
 雄牛と僕の言葉に、蛇人は一瞬だけ口を固く引き結んだ。
 そして表情は見えないが、彼は物凄く申し訳なさそうな声色でこう切り出してきた。
「その、君の仲間……もう僕が治したよ」



 僕は一体何をやっているんだろう。
 自分が恥ずかしい。
 森の蛇人、ザメニスの話によると、エーリクは冒険者街の治療師からザメニスの居所を告げられ、あの泉を訪れたそうだ。
 そして無事呪いを解いてもらい、今は新しい仲間と共にダンジョンに挑んでいるという。
『嘘だと思うなら、冒険者ギルドを訪ねてごらんよ。エーリクは今、新人君の先生してるんだ』
 にわかには信じられないと食い下がった僕へ、蛇人は気の毒そうにしながらもそう言い放ったのだ。
 裏付けのない情報を信じるような間抜けではない僕は、勿論ギルドへと戻ってエーリクとその仲間達について問い合わせてみた。
 そして蛇人の言葉に嘘がないことを、しっかりと証明されてしまったのだった。

「なあー、元気出せよ」
 冒険者街の隅にあるうらぶれた酒場の荒れ果てたテラスで、僕は木製ジョッキ片手に放心していた。
 訳アリのならず者冒険者がたむろするここでは、雄牛の存在もあまり気にされない。
 彼が居なければ足を踏み入れないところだが、今の僕には一番合っているだろう。
「結局僕は何もできませんでした。仲間のためにと独り張り切って、情けない……」
 安い麦酒のような何かの苦みが喉に刺さる。
 お世辞にも美味いとは言えないが、今はこれが無いと何も喋れそうにない。
「じゃあさ、そのエーリクってやつと会って、またパーティ組めばいいだろ?」
「彼はもう新しい仲間と再出発を果たしています。力及ばず解散した元仲間がのこのこ顔を出すなど……恥の上塗りです……」
「泣くなって、なあ」
「泣いてなどいません! この酒が不味すぎて染みるだけです」
「弱ったなあ。よーしよし」
 いつかと同じように、小動物を抱え上げるような優しい手つきで雄牛が僕の頭を撫でてくる。
 いけない、また目頭が熱くなってしまった。
「落ち込むなって。オマエにも新しいナカマがいるだろ?」
「誰の事ですか。どさくさに紛れて交尾しようとしたケダモノなんて知りませんよ僕は」
「強情だなあ。でもよう、あのヘビが来なかったらお互いイイ感じに」
「なってません!」
 大声を出す僕に、酒瓶を抱えて床に蹲る冒険者崩れ達が顔を上げたが、数秒後にはどうでもよさげに泥人形へと戻っていく。
「悪かったよ。でもオマエとオレ、色々いいと思うんだけどなあ」
「戦闘面ではそうですね」
「そうだよなあ。オレ帰り方わかんねえし、外おもしれえし、もっとオマエと組んでたいんだけど、ダメか?」
 巨漢が背を丸めて懇願する様は何だか滑稽で可愛げがある。
 混ぜ物がされた酒のせいか、僕の頭からは正常な判断能力が失われていたらしい。
「……僕に許可なく破廉恥なことをしなければいいですよ」
「わかった。ヤりたくなったら先に言う。オマエもムラムラしたら言えよ、チンポ貸してやるから」
 僕は生まれて初めて素手で生き物の首を絞めたが、魔物には全然効いていないようで、雄牛はずっと笑っていた。
 こうして僕は頭はともかく身体は頑丈な護衛を手に入れたのだった。

 おわり
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