一つ目巨人鍛冶屋と人間武器屋の日常

青野イワシ

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第一章

魔王城に最も近い村

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 まだ大地の上に生物が少なかった時のこと。
 天上に住まう精霊のひとりが、うっかり叡智の実を獣がうろつく森へ落としてしまったという。
 それを喰らい知恵をつけた獣は、のちに魔獣と呼ばれた。
 その中でも一層悪辣なる者は悪魔と称され、ヒトと天精霊一族の敵となる。
 長い年月のなかで、悪魔達は幾度も地上を荒らしてきた。
 悪魔の長である魔王は、幾度も代替わりをしながら、天までを征服しようと画策することを止めない。
 そのたくらみを精霊は自らを模した人間を地上に繁殖させ、押しとどめるよう計ってきた。
 代が下るごとに天精霊とかけ離れていく脆く愚かな人間の中にも、まだまだ傑物はいる。
 その稀人は旅の果てに、仲間の力を借りて魔王を討伐した。
 真に勇気ある者だけが振るえる精霊剣を携えた彼を、人々は勇者と称え褒めそやすだろう。
 次代の魔王が現れるまでは。


 
「凄いな。刃が光ってるみたいだ」
「ええ。その剣からは、とてつもない魔力を感じます」
 こじんまりとした武器屋の店内で、鎧を身に纏った剣士風の若い男が、鞘から抜いた一振りの剣をまじまじと見つめている。
 鏡のような刀身には、彼の精悍な顔つきがはっきりと映っている。
 星明りを宿したような刃には、仄かに光が宿っていた。
 その剣をローブを纏った丸眼鏡の若い女が、古代遺跡から発掘された宝でも見るかのように、感じ入りながら眺めている。
「いやぁ、お客さんお目が高い! ヨソではまず売ってませんよ。それはウチだけが扱ってる特別な魔剣なんです」
 カウンターを挟んだ向こうから三十過ぎの、武器屋の主人にしてはやや若い男が、揉み手をしながら二人に話しかけた。
 武器屋の男は、煉瓦色の短い髪に色素の薄い肌をした、そばかす顔の凡庸な面構えをしている。
 ゆったりとした白シャツに、群青色のベストとこげ茶のズボンを身に着けたその姿は、どの町でも見かけるありきたりなものだ。
 背丈はそれなりにあるようで、棚から品物を取り出す際に見える腕はしっかりと筋肉がついていて逞しい。
 少し太目の眉に横長のたれ目が、朴訥で柔和な印象をもたらしていた。
「こっちもすげぇぞ。握ってるだけで力が湧いてくるみてぇだ」
 店の奥で大槌の柄を握って重さを確かめていた髭面の中年男が、興奮気味に剣士風の男へ声をかけた。
「さすが、旅慣れていらっしゃる方は違いますね! そちらも使い手の腕力を大いに引き上げてくれる優れものです。お客様がお使いになれば、魔獣の頭なんか一撃で粉々でしょう」
 武器屋は朗らかな口調で髭男を持ち上げる。
 幾度も戦場を潜り抜けてきた男は、この手のおべっかには慣れている。
 それでもその言葉が本当のように思えてくる程、腕に力が漲っていくのを感じていた。
「そちらのお嬢さんは、おお、どうやら魔法を極められているようですね」
「いえ、そんな」
「隠さなくても私にはわかります。……これは表には置かないんですがね、貴女なら使いこなせるでしょう」
 武器屋は笑顔を張り付けたまま、カウンター奥に設置されていた棚の施錠を解く。
 そこから布に包まれた長い獲物を取り出し、勿体ぶった様子でカウンターの上に置いた。
 武器屋が薄黄色の布地を取り払うと、見事なルーンが彫られた銀色の杖が姿を現す。
 杖の先端には薄紫色の水晶がはめ込まれ、いつまでも眺めていたくなるくらいの輝きを放っていた。
「これは……」
 女魔導士は杖の放つ魔力と美しさに、思わず息を呑む。
「素晴らしいでしょう。どんな王城の宝物庫にも、こんなに立派な杖はないと思いますよ。さ、どうぞ。お手に取ってみてください」
「え、ええ。では、お言葉に甘えて」
 魔導士はおずおずと手を伸ばし、その柄をそっと握る。
 手汗が滲む掌に、冷たい柄が吸い付くようだ。
 そして杖を握った魔導士の身体へ、魔力が稲妻のように迸った。
「あぁ……!」
「おい! 大丈夫か!?」
 半ば恍惚としている魔導士の顔を、髭男が覗き込む。
「だ、大丈夫です。少し驚いただけですから」
 眼鏡の弦を押し上げながら、魔導士はそっと杖のカウンターの上へ戻した。
「私の説明は不要ですね。どうですか? 今なら特別にお譲りしますよ」
 武器屋は満面の笑みを三人へ向けた。
「……おいくらですか」
 剣士が精悍な顔を強張らせながら、武器屋へ尋ねる。
「そうですねぇ、せっかくこんな辺鄙な村までいらしたわけですし、剛力の大槌、眩き剣、魔水晶の杖を一緒にお買い上げいただくのなら、二十八万九千八百アウルムで、勉強させていただきます」
 旅人がおいそれと持ち歩けない金額を、武器屋は事も無げに言い放った。
 しかし、武器屋の提示する金額が理不尽なものではないことは、実際に武器に触れた旅人たちにも理解できた。
「なぁ、もう少し何とかなんねぇかなぁ。俺達遊びで旅してるわけじゃねぇんだ。魔王をぶっ倒すっていう大事な大事な仕事があんだよ、な?」
 髭男は筋骨隆々の身体を丸めるようにして、武器屋へ頼み込んだ。
「すみません、これでもギリギリなんですよ」
 だが、武器屋は申し訳なさそうな苦笑でそれを跳ね返す。
 すると、そこへ若い男の静かな声が割って入ってきた。
「……買います」
「アルバーノ!」
「アルバーノ様!?」
「十万アウルムとこの宝石で、お譲りいただけませんか」
 仰天する仲間をよそに、剣士は腰に括りつけた革包みから、金貨が詰まった袋と、見事な刺繍がされた織物の小袋をそっとカウンターの上へ置いた。
 それを見た魔導士の瞳が潤む。
「それは、お母様の……」
「いいんだ、シラー。魔王を倒すために、惜しむものなど何もない」
 ぐっと口を引き結ぶ若い男を見て、武器屋は柔和な表情を崩さなかった。
「お買い上げありがとうございます。皆さまには雷の加護があるでしょう」


 
 打倒魔王一行が店を出た後、 武器屋は宝石を奥の金庫へと仕舞うと、鼻歌混じりで煙草のパイプを取り出した。
 先代である父親と取引先に教えられた鑑定術で見る限り、手に入れた宝石は相当の値打ちものだ。
 商品への反応や金払いを見るに、先ほどの客は他の冒険者たちとは一線を画していると武器屋は思う。
「今代の魔王さんも、今日明日の命かね」
 大金が手に入ったことで頬が緩みっぱなしの武器屋は、スツールに腰掛けると、カウンターに肘をついて美味そうに煙を吐き出す。
「あー、でも魔獣が少なくなると商売上がったりだな」
 せめて自分が死ぬまでは生きていろ、と自分勝手なことを思う武器屋は、帳簿に今の儲けを記そうとカウンター下の棚に手を伸ばす。
 その瞬間、地底から湧き上がるような低い男の声が、武器でひしめく店内に轟いた。
『随分といい商売だな、ムラト』
「わっ!?」
 椅子から転げ落ちそうになった武器屋─ムラトは、何とか体勢を整え、パイプを口から離す。
『我々への支払いはどうした? まさか滞納する気か?』
「滅相もない! この前のとまとめて支払わせていただこうかと……」
 へへへ、とひきつった愛想笑いをしながら、武器屋のムラトはカウンター下にとりつけた、引き出しのない棚に目をやった。
 そこには正方形のクッションの上に、こぶし大の丸水晶が鎮座している。
 普段は透き通っている水晶だが、今はぎょろりとした単眼が映っていた。
『そうか。なら、明日にでも来い』
「明日っ?」
『嫌なのか』
「まさか! 喜んで行かせていただきますとも!」
 ムラトが声を張り上げると、声の主はくぐもった笑い声を残し、消えていった。
 しんと静まり返った店内で、ムラトは天を仰いで長い溜め息を吐き出した。
 
つづく
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