一つ目巨人鍛冶屋と人間武器屋の日常

青野イワシ

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第二章

武器への執着

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 アルバーノの来訪から数十日後、ムラトは再来したアルバーノと共に森の中を歩いていた。
 よく通った地下世界への道を、まさか二人連れで歩くとは。
 岩陰から獲物を狙う刺々しい気配はしないが、その代わり野盗と野獣が次の脅威だ。
 こんな所を彷徨う馬鹿も居ないだろうが、旅は隊列が基本の今、ムラトにとってアルバーノほど頼りになる人間も居なかった。
 それでもムラトの胸中は不安の煙が充満している。
 会ってどうするんだ。
 ブロンテス様は一体何を考えてるんだろう。
 ムラトの不安をよそに、アルバーノは軽快な足取りでついてくるばかり。
「あの、お城でのお勤めはいいんですか?」
「はい。僕に化けてくれる魔物に留守を預けています。あ、これは内緒ですよ」
「さすが勇者様、魔物も改心させてお味方につけるとは」
 いい性格してんな、こいつ。
 ムラトはいつものごますりをしながら、内心呆れかえっている。
 救世の勇者様は中々強かなようだ。
 ムラトは周りに何者の気配も無いことを確認すると、地下世界へ繋がる入り口の封印を解いた。

 暗黒色を帯びた雲、赤茶けた荒野、遠くには溶岩が漏れ出す大火山、しばらくそんな景色に目を丸くしていたアルバーノだったが、すぐに順応してあれこれムラトへ質問を始めるようになった。
「興味深いです。この世には数多の世界があることを精霊様から教わりましたが、このような場所があるとは知りませんでした。ここは何という地なのでしょう」
「ううん、私にもよく分かりませんが、何というんでしょう、旧い神の、流刑地のような」
 ムラトは頭にある旧い記憶を呼び起こしてみた。
 亡き父が溢したのか、過去にブロンテスから聞いたのだったか、さっぱり忘れてしまっていた。
「旧き神……!」
 アルバーノの瞳が輝く。
 それを見た途端、ムラトはハッキリと‘会わせたくない’と思った。
 何故苦々しい気持ちになるのか、ムラト自身にも分かりかねていた。

「これは……」
 要塞の如く巨大な住居を前に、アルバーノが息を呑む。
 それをよそに、ムラトは違和感に顔をしかめていた。
 いつもは自分が来る頃になると、三兄弟の誰かが門の前にいて、俺の名前を言ってみろと試してくるのだ。
 それが今日は誰も居ない。
 アルバーノを驚かすためか。
 やりそうだ。
 あの兄弟はとことん人間が驚きすくみ上がるのを見るのが好きらしい。
 そのうちに‘入ってこい’と言わんばかりに独りでに開き始めた門にムラトは天を仰ぎたくなった。
  
「よくぞ来た。貴様が噂に聞く救世の勇者か」
 広々とした応接間で、アルバーノとムラトを前に、ブロンテスが長椅子にもたれかかりながら厳かに口を開く。
 まるで魔王じゃないですか。
 相変わらず人間を値踏みするように見下ろす態度の悪い巨人にムラトの愛想笑いも固くなる。
 アルバーノはというと、青灰の肌をしたサイクロプスの巨人に驚いた風もなく、しっかりと大目玉へ視線を向けていた。
「お初にお目にかかります。アルバーノ・ロッシと申します。このたび謁見を賜」
「まどろっこしい挨拶はいい。要件を言え」
 ブロンテスは心底鬱陶しそうに顔をゆがめると、肘掛けに腕を置き、頬杖をつきながらアルバーノを見下ろした。
 げぇ、機嫌が悪くなってきた。
 ムラトが内心冷や冷やしている横でもアルバーノは動じない。
 曇り無き眼で傲岸不遜な巨人を見上げている。
「まず御礼を申し上げたく」
「礼?」
「はい。貴方様の鍛えた剣が無ければ、あの時の僕等では魔王に打ち勝つことも難しかったでしょう。こちらに居られるご主人の勧め無くば、名剣とも出会えず、我々の世界は更に魔の侵食を受けていたに違いありません」
「それで、貴様がニンゲンを代表して礼を言いに来たと?」
 フンと鼻を鳴らすブロンテスの様はいかにも相手を小馬鹿にした仕草で、流石のアルバーノも腹を立てるのではとムラトは横目で伺っている。
 だが若者はめげない。
 ムラトは無性に悔しさと虚しさを覚えた。
「はい。その通りです」
「似ているな」
「僕が、どなたにですか?」
「天精霊にだ。自分が世界の規範だというその口ぶり、うえの奴らそっくりだな」 
「お褒めの言葉と捉えさせて頂きます」
 心臓に毛でも生えてんのか?
 眉一つ動かさないアルバーノにムラトは気味の悪ささえ覚え始めていた。
「そうか。礼は受け取った。俺の鍛えた剣だ。地上の魔物くらい、そいつでも倒せるだろうよ」
「えぇ……無理ですよ……」
 顔を指差してくるブロンテスにムラトは困り笑顔を浮かべるしかない。
 フン、と幾らかブロンテスの口元が緩む。
「アルバーノとやら、つまらん好奇心は満たされたか」
「いいえ。まだお伺いしたいことがございます」
 嘘だろ、もう帰ろうぜ。機嫌損ねると結構面倒くさいことになるんだよ、俺が。
 ムラトはアルバーノを肘で小突きたくなる衝動に駆られた。
 そんなことにも気づかないアルバーノは、抑えきれないと言った様子で中腰になり、熱弁を振るい始める。
「ブロンテス様のお作りになった武器をお見せ頂けないでしょうか! 眩き剣のグリップの握り心地といったら他に類を見ません! 構えたときに分かるポンメルの絶妙なウエイト! 重量がありながら疲れにくく、どんな硬い皮膚を持つ魔獣でも貫ける鋭いポイントから放たれる魔力! 僕が求めていた聖剣そのものですッ!」
 何だこいつは……。
 流石のブロンテスも上擦った早口に引いているようだ。
 ムラトに目線だけで訴えかけてくる。
 知りませんよぉ……!
 ムラトも苦い顔をして少しだけ首を横に振った。
「はぁ……はぁ……失礼しました。武器の話になるとどうしても熱が入ってしまうのです」
 頬の血色が良くなったアルバーノが照れ笑いを見せる。
 いや怖いよお前。
 精悍な若者が見せる興奮状態にムラトは押され気味だ。
「お、お売りしたときは落ち着いてらっしゃいましたよね」
「あの時は仲間が居た手前、ぐっと堪えておりました」
「あー……左様で……」
「下らん。俺の得物はニンゲンが集めて飾るために拵えた訳では無い。貴様には眩き剣一本で十分だろう。それを見ながら夜な夜な自慰でもするんだな」
「ブロンテス様それは流石に」 
「やはり旧き神! 何でもお見通しなのですね……」
「え」
 やばい。
 変態だ。
 客の中には結構な武器マニアがいて、はるばる旅をしてきたという変わり者も稀にいる。
 そしてその頂点が、横に居る救世の勇者なのだろう。
 固まっているムラトとブロンテスを見たアルバーノは、慌てて手を横に振る。
「あっ、剣を汚すような真似はしておりません! 決してかけては」
「聞いてねぇよ」
 ついにムラトは心の声を口から出してしまった。

「とにかく、僕の邪な思いを除いても、ブロンテス様の鍛えられた武器はどんな宝にも代え難い逸品です。ひとつでも多く地上に残していただき、後世に伝え、新たな魔王への抑止力としたいのです!」
「その、勇者様。もしかして国王に武器収集を進言したりは」
「さすがご主人、仰るとおり、僕が提案しました」
 こいつさぁ……公私混同じゃねーか!
 ちょっと筋が通りそうなところが腹立つな。
 あっけらかんとしたアルバーノにムラトは二の句が継げない。
 二人のやりとりをブロンテスは側頭部を掻きながら怠そうに眺めている。
 普段しているバンダナを外した頭部には短く切りそろえた金の髪が生えており、無骨な指が手持ち無沙汰に髪の隙間から頭皮を擦っていた。
「おい」
「はい」
 ブロンテスの呼びかけにムラトはいち早く背筋を伸ばす。
 アルバーノも真面目くさった顔つきでブロンテスを見上げた。
「悪いが、俺は当分武器を作らん」
「えぇっ!?」
 アルバーノが驚嘆のあまり大声を上げる。
「な、な、何故」
「平和になったからな。これからは鍋だの鍬だのを作ることにした。なぁ、ムラト?」
 なんて凶悪な笑顔なんだ。
 まるで俺が悪いみたいじゃないか。
「ありがとうございま……勇者様?」
 ムラトが真横に顔を向けると、アルバーノの顔色がどんどん変わっていくのが見えた。

 つづく
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