一つ目巨人鍛冶屋と人間武器屋の日常

青野イワシ

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第二章

仕置きと特別

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「──で、事もあろうにお前は俺と兄弟の声も聞き分けられ無かったということか」
「申し訳ございません」
 ムラトは今、寝台へ腰掛けるブロンテスの膝の上でうつ伏せになっている。
 丁度悪戯をした子供が叱られるような格好で、ムラトは臀部へ罰を与えられていた。
 素っ裸のまま尻を強調するような格好は恥辱以外の何物でもない。
 ムラトはこの辱めに頬を紅潮させながら、唇を引き結んでいる。
「お前は何度俺と話してきた?」
 ぱしん、と小気味よく乾いた音が寝室に響く。
 ブロンテスは大きな掌でムラトの尻肉を軽く平手打ちした。
 その行為は身体への苦痛を目的としたものではなく、あくまで屈辱を覚えさせ反省を促す、二人だけの歪な遊戯である。
「数え切れない程です」
「それでよく間違えられたな」
「水晶で連絡されるのはブロンテス様しか」
「口答えをするな」
 ブロンテスは腕を挙げ、もう一打撃追加する。
 普段陽の下に晒されていない生白い尻肉の小山がぶるんと震えた。
「……申し訳ありません」
「それで謝っているつもりなのか?」
 ブロンテスは空いている手でムラトの顎を掴み、頬肉を親指と人差し指で押し上げる。
「う……私は、ブロンテス様のお声を聞き分けられないダメ人間です……どうかお許し下さい……」
「二度と間違えるなよ」
「はい」
 ムラトの返事に、今までで一番軽い平手打ちが飛んできた。

「それで、お約束の物なんですが」
 ヤることもヤり、折檻も済み、居住まいを正したムラトは、丸椅子に腰掛けながらいつもの媚びへつらい顔で寝台に座るブロンテスを見上げた。
 この瞬間は只のムラトではなく、商店の主人の皮を一枚厚く被ったムラトとなっている。
 仕事の匂いを振りまき始めたムラトにブロンテスは若干の口惜しさを覚えたが、あくまで生殺与奪を握る立場の顔を崩さなかった。
「ニンゲン共が使うつまらん物か。部屋を出たら兄弟にでも聞け。どこかに転がしてあるだろう」
「ありがとうございます」
 今回ブロンテスが作ったのは鎌、鉈、料理用の小ぶりなナイフである。まだまだ鍋や薬缶を作る気にはなれないらしいが、村での需要とも合致しているのでムラトにとっては大助かりだった。
「全く……この俺が子供の使うようなちまちまとした物を打つ羽目になるとは」
「作って頂けるだけで幸せです」
 半裸で腕組みをするブロンテスは、へらへらしているムラトへ険しい顔つきで言葉を浴びせかけた。
「おい、まさかお前、俺が手を抜いていると思っているのか」
「とんでもない!」
「いいか、勘違いするなよ。俺はニンゲン用だろうが何だろうが、金槌を振るう時に一度も手を抜いたことはない。出来は保証してやる」
「勿論でございます。村の物も喜びます! 良すぎて噂を聞きつけた料理人が買いに来てしまうかも……」
「……」
 二人は互いの顔を見合わせた。
 どうも頭に思い浮かんだ人物がいるらしい。
「あ、あの勇者様がまた買い占めに来たりして。いや、そりゃないか! 武器にしか興味なさそうですもんね」
 以前に武器への異常な愛着を見せたアルバーノの顔がムラトとブロンテスの脳裏に過る。
「どうだかな」
 冗談めかしたムラトとは対照的に、ブロンテスは至って冷ややかに言葉を返す。
「刃物であれば何でも良いのかもしれんぞ」
「ハハハ……まさか……」
 無いとは言い切れない。
 ブロンテスの新作が拝めないのなら、と代用する事もあるかも知れない。
「おい」
「はい?」
「いいか。俺はお前が村人相手に商売しないと食っていけないというから頼みを聞いてやったんだ。あまりあの若造の言いなりになるなよ」
「それは勿論、迷惑なお客様には毅然とした態度をですね」
「フン」
 ブロンテスはムラトの決意を鼻で嗤って一蹴すると、傍に来るよう手招きした。
 ムラトは疑問に思いながらもブロンテスの脇へ腰かける。
 先程までブロンテスの巨体の下でもがき喘いでいたせいか、結構なしわの寄ったシーツの上に尻を預けた。
「あれはどうもおかしな匂いがする」
 勇者をあれ呼ばわりするブロンテスに慄きながらも、ムラトは黙って耳を傾ける。
「無理な注文を付けられたら俺に言え」
 ブロンテスなりに心配してくれているのかと思うと、ムラトは嬉しさと気恥ずかしさで尻の座りが悪くなった。
「私の所へ来る前にこちらに来られそうなものですが」
「これ以上お前以外のニンゲンをここに招く気は無い。俺がニンゲンの頼みを聞いてやることもない」
「私だけ特別に、ということでしょうか」
「あまり調子に乗るなよ。俺の不興を買うような真似をしてみろ。店ごと雷火で焼き尽くしてやる」
「へへ。気をつけます」
 ブロンテスの脅し文句は右から左で、ムラトはそのままブロンテスへ寄りかかり、逞しい身体に腕を回した。

⚔ 

 ムラトが謎の鍛冶屋から鎌だのナイフだのを仕入れてきたという話はすぐに村中に広まった。
 刃物はまるで宝石のように滑らかな光を反射し、研ぎ澄まされた切っ先が眩しい逸品ばかりだった。
 少々値は張るものの、試しに買った村民の一人が草刈りに使うと、軽く振っただけで霧のように雑草が刈り取れた。
 バターへ火で炙ったナイフを差し込むような、楽しさすら覚える感覚が病みつきになるという。
 鉈もナイフも恐ろしく切れ味が良く、そして疲れにくい。
 こうしてムラトは早々にブロンテス製造農具・刃物を売り捌く事が出来た。
 村人が農作業や調理を笑顔で行う様を、木々の隙間から覗く者がいる。
 灰色の羽を持った鋭い目の小鳥は村の上空を一周すると、王都のある方角へと一目散に飛び去っていった。
 
 数週間後、珍しくムラトの店に村外からの客がやってきていた。
「ご主人! 何でもとても切れ味の良いナイフをお売りとか」
 アルバーノである。
 出たな。
 また城勤めを抜け出して、辺鄙な村までやってきたことにムラトは心底引いていたが、営業用の愛想笑いにヒビを入れるような失態は犯さない。
「どこでそれを。こんな世の外れにあるような村のことまでご存じとは」 
「僕に力を貸してくれる者は各地にいまして」
 精霊か、魔法か、手懐けた魔獣か。
 ムラトの背筋が寒くなる。
「そんなことより! 噂のナイフはやはりあのお方がお造りに?」
「ええ、まぁ……」
 カウンターに両手をついて食い気味に尋ねてくるアルバーノにムラトは腰が引けつつあった。
「勇者様、大変申し訳ないのですが、あれは武器では無くあくまで」
「分かっています、勿論! 分かっています。し、城の料理長にお渡ししたら喜ばれるかと思いまして」
 嘘つくな。絶対自分用だろ。
 ムラトは喉元までせり上がった言葉を飲み下し、アルバーノに非情な現実を突きつけた。
「その、申し上げにくいのですが、金物は全て売り切れておりまして、お譲りできるものがございません」
「そんな……」
 ムラトもこの世の終わりと言いたげにしょぼくれるアルバーノを見て良心が痛まない訳では無い。
 だが、村人が生きるために使う農具や刃物を趣味のために買い漁るのはいただけない。
「何とかなりませんか?」
「なりませんね。全てはあのお方次第。私に出来ることなどございません」
 いいか、お前は知らないだろうがな、ブロンテス様と取引するのは、そりゃあ大変なんだぞ!?
 それに、俺以外の言うこと大人しく聞くような性格してないからな!
 嫉妬を自覚していたこともあり、ムラトは胸中で精一杯威嚇した。
 自分の気を強く持つためにも必要な呪文でもあった。
 異形の巨人に身も心も捧げて今があるのだ。
「在庫ですとか、そういう」
「申し訳ありません、ございません」
「……そう、ですか」
 下を向くアルバーノだったが、すぐに何かを閃いたようで顔を上げた。
「ご主人、我が侭を言ってしまい申し訳ありませんでした。村の皆さんとしたいと思います」
「え」
「そんな顔なさらないで下さい。王の威厳を嵩に取り上げるような事はいたしません。きちんと然るべき代金を提示し、ご納得の上お譲り頂こうと思います」
「左様でございますか」
 誰が逆らうことが出来るというのか。
 いや、どうだろう。
 これは分からんぞ。
 顔を輝かせながら店を後にするアルバーノの背中を見送りながら、ムラトは久々にパイプを手に取った。

 つづく
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