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02 最強の剣を入手する

剣術の特訓(後)

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 休息を挟んだ後から、指導の方向性が変わったような気がする。
 今までは俺が攻める隙を探る側だったけど、今度はキサニカが攻撃してくる。

「にゃ、にゃ、にゃ、にゃぁ!」

 キサニカの木剣が分裂して見えるほどの素早さで動く。
 右から左から、交互に打ち込まれる剣。
 俺はそれを必死に防御して、時々混じっている突きを避ける。

 反撃する余裕がない。
 だが、このまま打たれっぱなし、という訓練ではないような気がする。

「このっ!」

 右から剣を弾く時に、力を入れて押し返す。

「んにゃっ?」

 キサニカは、少しバランスを崩した。
 チャンスだと思った俺は、突きを放つ。

 だがキサニカは、それを正面から受け止め、木剣に妙な振動を与えてきた。
 俺はなぜかバランスを崩し、後ろに尻もちをついていた。

「甘いにゃ……」

「くっ……」

 俺が立ちあがるのを待って、キサニカは言う。

「剣を落とす技にはやりかたがあるにゃ。でも、教えるわけにはいかにゃいにゃ」

「どうして?」

「にゃーは師範代じゃにゃいからにゃ。勝手に教えたら破門されちゃうにゃ」

「そっか……」

 俺は、アルスに認められなければいけないようだ。

「本当は、こういうのもよくにゃいにゃ。おまえ、ずっと打ち合ってて、なんか仕組みに気づき始めてるにゃ?」

「……」

 俺でも技を盗めるのだろうか?
 少なくとも、対処法はわかってきたような気がする。

 それは、カルキエ流にとっては不利なのでは?
 俺の練習に付き合えとアルスに言われて、キサニカが驚いていたのは、そういう理由もあるのだろう。

「剣を弾くのって、右から来た時と左から来た時、どっちがいいと思う?」

「どっちも微妙にゃ。相手が左利きなら右がいいにゃ」

「武器を持ってる手も考えないといけないのか……戦ってる間、本当に全部考えてるのか?」

「人によるにゃ。にゃーは、殆ど本能でやってるにゃ。とっさの時でも間違えなくなるまで、練習させられたものにゃ」

「……そういうもんか」

 数日でどうにかなるわけないんだよな。
 これ、いつまでかかるんだろう。
 こんな事やってて大丈夫なんだろうか?

「俺は何のためにこんなことを……」

 思わずつぶやくと、キサニカが顔を覗き込む。

「なんにゃ。もう心が折れたかにゃ?」

「いや、そうじゃないけど……」

 キサニカは、たぶんミロスが好きだから、剣術をやっているのだろう。
 じゃあ俺は?

「……」

「おまえ、自分が勝つためじゃなくて、誰かを守るために剣を振るつもりかにゃ?」

「……」

「あの女かにゃ?」

「ヘレナ」

「守るって言ってもいろいろあるにゃ」

「攻撃をガードするのと、素早く敵を倒すの。どっちがいいと思う?」

「そんなの……その時にならなきゃわからないにゃ。まさか、片方だけ鍛えるつもりかにゃ?」

 一瞬、それもありかと思った。

 俺は、ヘレナが死んだら《死者蘇生》を使うだろうか?
 たぶん使うだろう。
 そうだとすると、攻撃系を鍛えて、敵を片付けることを優先した方が……

 いや、しかし……それは最後の手段だ。
 やはり防御系を鍛えた方がいいのでは……。

 と、建物の方から、何人かがやってくるのが見えた。
 ロメリアと護衛騎士の女を先頭に、ヘレナ、ニック、ミロス、宗主のアルスもいる。

「おまえより偉い人が勢ぞろいにゃ。何かあったっぽいにゃ」

 俺はキサニカに反論しようとしたけれど、よく考えたら何も間違っていなかった。
 中でも一番偉いロメリアが俺の前に立つ。

「悪いけど、鍛錬は明日で終わりにしてね」

「え? なんで?」

「明後日、大会議の招集がかかったの」

「緊急事態って事ですか?」

「ううん。違うと思う」

 ロメリアは、うんざりしたように言う。

「だって、招集したの、シモンだから。たぶん超くだらない話だよ。……ってか、本当に緊急だったら会議なんかしないし」

「はぁ」

 シモン、というのが誰のことかは知らないけれど、たぶん領主一族の誰かだろう。
 仲が悪いのだろうか?

「でも、ややこしいことになると思うから。念のため備えといて」

 俺たちがそんな話をしている横で。
 キサニカは、ミロスに抱き着いていた。

「うわ、キサニカ……どうしたの?」

「どうもしないにゃ。たまに匂いを嗅ぎたくなるにゃ。いけないかにゃ」

「別にいいけど、なんか変な目で見られてるよ」

「にゃーは気にしないにゃ」

 何やってるんだこいつら。
 さっさと結婚しろ。

 ヘレナも俺の方によって来る。

「ソリスさん。しばらくぶりだけど元気にしてました?」

「ああ……」

 ちょっと距離感に迷う。
 そして、ロメリアは、宗主のアルスの方に行く。

「ねえ。あなた、強い剣を持ってるって聞いたけど……それって使ってる?」

「確かに剣はあるが。最近はあまり出番がないな」

 アルスは苦笑する。
 相手が少女とは言え、領主一族の娘を無碍にはできないようだ。

「魔剣ゴライアスって、あなたが持ってたよね? あれ、売ってくれない?」

「えっ?」

 ロメリアの口から思わぬ単語が飛び出して、俺は驚いた。

 魔剣ゴライアスと言えば、100年前の英雄が使っていたとされる伝説の剣だ。
 一振りするだけで相手が武器を落とし、二振りで相手は地に膝をつき、三振りで相手の首が落ちると言う。
 そんな強力な武器が、こんなところにあったとは……。

 キサニカが慌てて言う。

「それはカルキエ流で受け継いできた秘蔵の刀にゃ? 売るような物じゃないにゃ……」

「キサニカ。君が口出しすることじゃないよ」

 ミロスが言うと、キサニカは不満げに黙り込む。

「確かにキサニカの言う通りではある。あれは金でどうにかなる物ではない」

「じゃあ、本気で戦ってみない? 私が勝ったら売ってよ。言い値で払うよ」

「……よかろう。だが、その時になっても話が違うなどと言うなよ」

「うん? それって約束を守る気があるの? ないの?」

「正々堂々と戦って本当に私に勝てるなら、逃げも隠れもせぬ。初代宗主の名に誓おう」

 アルスは、何かへの言及を避けたようにも聞こえた。
 ロメリアは少し不満そうだったが、その条件しかないと納得したらしい。

「《ウエポンコール:黒翡翠の騎兵槍》」

 黒い大きな槍が空中に出現し、ロメリアは右手でそれを掴んだ。
 掴んだとたんに少しよろける。よほど重いようだ。

「じゃあ、これで戦うね」

「……見たところ、あなたは筋力値が高いようには見えないが、扱いきれるのか?」

「《エンプレイスメントコール:ネーロ・アルマトーラ》」

 ロメリアの隣に、黒い鎧騎士が登場する。
 俺の目には、一瞬だけ、ロメリアの左手から伸びる細い糸が、何本も見えたような気がした。
 鎧騎士はロメリアの手から騎兵槍を受け取る。

「私は剣士じゃなくて人形遣い。だからこっちでやらせてもらうね」

「まあ、よかろう。《ウエポンコール:ジルコニア・ブレード》」

 アルスも武器を呼び出した。 
 飾り気のない、刃渡り一メートルほどの片手剣。
 青い刀身がかすかに光を放っている。

「……あ、そっち使うんだ」

 キサニカがぽつりとつぶやく。

「そっちって?」

「似たような剣がもう一本あるんだよ。完全上位互換のやつ」

 俺の質問に、ミロスが教えてくれる。

「へぇ、私の相手なんかそれで十分ってこと? 手を抜くと、後悔するよ」

 ロメリアはにやりと笑う。
 その背後で、護衛騎士が額に手を当ててため息をついていた。
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