下級戦士の使い捨て枠のおっさん、上級戦士エリート枠の少女と入れ替わる

ソエイム・チョーク

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8、魔術の披露

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 困惑する中級戦士たち。
 相対するイザヤは、なぜ彼らが困惑しているのかもわからない。
 ミュルアは言う。

「マルコ・グラハム管理官を呼ぶように言いなさい」

「ここにマルコ・グラハム管理官を呼んでちょうだい。そうすれば、私が本物だと信じてもらえる」

 イザヤはよくわからないまま、そう言う。ミュルアが知っていると言うのだから、そうなのだろう。
 中級戦士たちは顔を見合わせた。リーダーらしき一人が言う。

「そこまで言うなら、呼んでみようか。だが管理官は忙しい方だ。おまえのようなつまらん女のために、時間を割いたりはしないと思うがな……」

 リーダーはそう言うと、通信用の魔道具を取り出してどこかに連絡を取った。

「隊長……いえ、そこまでの事態ではないのですが……今、ここに、上級戦士を名乗る女が来ていまして……はぁ?」

 リーダーは急に驚いたような表情になる。

「いえ、わかりません。顔は似ているような気もしますが……。え? しかし、このような怪しい者を……は? 今、グラハム管理官と言いましたか? 本当に?」

 イザヤも中級戦士たちも、固唾をのんでその通話を見守る。
 ミュルアだけが、不思議そうに首を傾げて何か考え込んでいた。
 通話を終えたリーダーは、ため息交じりに言う。

「グラハム管理官がこちらに来られるそうだ」

 イザヤは、ほっとした。これでミュルアの計画通りになるはずだ。
 中級戦士たちは困惑している。

「どういうことですか? 管理官がこの怪しい女の言葉を信じたんですか?」

「いや、少し違う。俺が名前を出すより前に隊長の方から言い出したんだ」

「……それこそどういうことですか?」

「わからん。今は説明できないそうだ」

 イザヤは小声でミュルアに問う。

「どうなってるんだと思う?」

「さあ? 何かあったのかもね。……例えば、私の死体が行方不明になったとか?」

 確かにそれなら、管理官とやらも慌てて情報収集に出るだろう。
 ……となると、立場が悪くなるのはここにいる中級戦士たちだ。本物のミュルアが来ているのに、それを信じずバカにして大笑いするとは。
 リーダーも、他の中級戦士に忠告するように言う。

「グラハム管理官は急いで来られるので、それまで持て成しておくようにとのことだ。その……本物かも知れないので失礼がないように、と」

 中級戦士たちは気まずそうに顔を見合わせる。

「中級戦士もいろいろ大変なんだな」

 イザヤは呟いた。それは下級戦士の立場からの発言のつもりだったが、周りの人間は上級戦士からの発言だと思ったかもしれない。

 それほど待たされることもなく、一人の男が駆け足でやって来た。

「ミュルア様が来ておられるのはここか?」

 がっしりとした体格、短く刈り込まれた髪、そして顔には無数の傷痕。
 管理官のマルコ・グラハム。
 イザヤは、戦士だな、と感じた。
 管理官などと書類仕事ばかりしていそうな役職についているが、最近まで前線で戦っていた気配が漂っている。
 異常があればすぐ駆けつけるフットワークの軽さも、それ由来だろう。

 マルコはイザヤを一目見て、驚きのあまり目を見開く。

「ミュルア様……いや? うむ?」

 彼の目は、汚れた服とサンダルを身につけたイザヤの姿を捉えながらも、その顔が紛れもないミュルアのものであることを認識していた。
 だが、何か違和感があるのだろう。
 双子のもう片方を見たような、体は同じでも中身が違うような違和感。

「なぜ、そのような格好を……昨日、何かあったのですか?」

 イザヤはどう答えるべきか、困った。
 ミュルアも困っている。

「さあ? ここでは少し説明しづらいわね」

 イザヤはとりあえずごまかす。
 何が正解かはわからないが、正直に話すのだけはやめた方がいいような気がした。
 マルコは完全には納得はしなかったようだが、頷いた。

「……わかりました。しかし、これでは上級戦士の町に入るわけにはいきません」

 マルコはそう言ってイザヤを上から下までじろじろと見つめる。その視線にはまだ疑惑の色が混じっている。

「私が偽物だとでも思っているの?」

 イザヤは少し挑発的に言った。

「いえ、決して。しかしミュルア様がこのような格好でこのような場所にいること自体が異常事態です、何があったのかはわかりませんが。確認のため私と共に演習場に来ていただけますか?」

「演習場?」

「演習場であなたの力を試させていただきます。もしあなたが本物のミュルア様であるなら、すぐ確認できるでしょう」

 マルコの提案にイザヤは戸惑った。たぶん、ミュルアの魔力を使って何かをさせる気だろう。だが、きちんと制御できるかもわからない。

「大丈夫よ、行きましょう」

 ミュルアが言う。
 イザヤは不安だったが、他にどうしようもない。

「わかった。演習場に行けばいいのね? 行きましょう」

 マルコに連れられて、イザヤは上級戦士の町の片隅にある演習場へとやって来た。
 中級戦士の数人が、後をついてくる。
 演習場は上級戦士が魔術の訓練を行うための場所だ。周囲を頑丈な壁に囲まれ、地面は破壊された後の修復をしやすくするためか、土のままになっている。
 敷地の一角は池になっていて、水が溜まっていた。

「ここならば、思う存分力を試していただけます。さあ、どうぞ」

 マルコはそう言ってイザヤから少し離れた場所に立つ。
 ここからどうすればいいのか。
 イザヤはミュルアに視線で問う。

「たぶん、あの池に炎の弾を落として見せれば満足するんじゃないかしら?」

 ミュルアは適当なことを言う。

「池? いいのか?」

 イザヤが小声で訊くとミュルアは頷く。

「みんなよくやってたし、そのために水があるんだと思うけど……」

「それなら……ええと……」

 イザヤはとりあえず池に向かって手を伸ばす。

「一回できたんだから、この前と同じようにやればなんとかなるはずよ」

 イザヤは池を睨みつける。水を吹き飛ばすと強くイメージする。
 魔物との戦いの時にミュルアが落とした巨大な火の玉。
 体の中でエネルギーが渦巻いて、空中に輝く炎の弾が生まれる。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 その炎の球をプールに向かって放つ。炎の弾は一直線に池へと飛んでいく。

 ドオオオオオオオン!

 轟音と共に炎の球は水面に激突した。池の水は一瞬にして沸騰し巨大な水蒸気の柱となって空へと立ち昇った。演習場の壁には、熱によって焦げ付いた痕が残る。見物していた中級戦士たちはその光景を目の当たりにして、呆然とする。

「す、すごい……」

「やっぱり本物だったのか」

「圧倒的な魔力。これが上級戦士……」

 マルコは騒いでいる中級戦士たちをよそに、イザヤに深々と頭を下げた。

「ミュルア様……大変、申し訳ございませんでした。まさか、このような形であなた様をお迎えすることになるとは……」
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