10 / 25
10、上級戦士の館
しおりを挟むマルコとは喫茶店を出た後、上級戦士の館の前で別れた。上級戦士の館は白い大理石で作られた巨大な建物だった。多くの上級戦士たちが共同で暮らす場所。軍事基地の中にあり、厳重に警備されている。
だが、ミュルアが殺されたバスルームもこの建物の中だと思うとイザヤは緊張する。
「早く行きなさいよ」
ミュルアに急かされて、イザヤは建物の中に踏み込む。
「お帰りなさいませ……ミュルア様?」
建物内に入ると玄関ホールになっていた。執事が驚いたように出迎える。ミュルアが蘇生されたとは知らなかったのだろう。
建物の内部も豪華だった。廊下には絵画が飾られ、木の床はつやが出るほど磨かれてある。下級戦士の町とは別世界だ。
ミュルアの先導に従って廊下を歩いて、ミュルアの部屋にたどり着く。
幽体離脱状態で見たのと同じ部屋だ。とりあえず、ここまで戻って来た。
「次はどうする?」
「お風呂に入りましょう」
ミュルアが妙なことを言う。
「急にどうした……いや、事件現場を調べに行くんだな?」
「違うわ。何日も前のことだし、調査は終わっているはず。証拠が残っているとも思えない」
「じゃあどうするんだ」
「だから体を洗うのよ。こんな汚い服、さっさと脱いで着替えるべき。だけど、汚い服のせいで体も髪も汚れているじゃない」
イザヤもそれはわかっていた。
なにしろ昨日の夜、汚れたトイレの床に背中をついた服だ。
「それは、そうだが……この前、殺されたバスルームを使うのか?」
もちろん犯人が再度襲ってくる可能性は低い。が、気分が良くない。
「一人用のバスルームもあるわ。勝手に使うことはできないけど、理由を話せば許可が下りるはず」
ミュルアの指示でタオルとバスローブを持って部屋を出て、館のメイドに事情を話してバスルームを使えるようにしてもらう。
更衣室の鍵を中からかけて、ドアの前に椅子を置いておく。これで不審者は入って来れないだろう。
「……」
風呂に入るなら服を脱ぐのは当然だが、ミュルアが見ている前で、ミュルアの体で服を脱ぐのは少し緊張する。
しかも、今回は上だけでなく下もだ。
イザヤはできるだけ何も考えないようにしながら服を脱いで、カゴに入れた。
バスルームは白いタイルが張られた清潔な空間だった。
共用のバスルームに比べれば狭いが、一人用と考えるとなかなかの広さだ。
少なくともイザヤの住んでいた部屋よりも広い。
とりあえずイザヤはシャワーを浴びる。
熱いお湯を頭からかぶるのは、もしかすると生まれて初めての経験かも知れなかった。
「上級戦士ってのはいい暮らしをしてるんだな」
「急にどうしたの?」
「下級戦士の町では、お湯なんて使えないんだ」
「そう? それなら今のうちに堪能しておくことね」
シャワーを止めて体を洗う。
スポンジを泡立てろ、変な遠慮はいらないから胸も股間もちゃんと洗え、髪の毛はシャンプーを使え、トリートメントも忘れるな……。
ミュルアが細かく指示を出してきて、意外と大変だった。
それが終わると、やっと浴槽に浸かる。
暖かいお湯が体の隅々まで解きほぐしていく。
この体になってから丸一日だが、意外に疲れていたんだな、と思った。
疲労の理由の大半は、下級戦士の町の環境がこの体に合わなかったからだが……。
イザヤはふわふわと宙に浮いているミュルアに目を向ける。
「なあ、ちょっとわからないことがあるんだが……なんでマルコはおまえの蘇生を延期したがってるんだ?」
「違うわ。それを決めたのはマルコさんじゃない。管理官全員で話し合った結果、そうなったんでしょう」
イザヤにとっては似たような物だが、ミュルアにとっては重要な違いなのだろう。
「どっちにしろ、理由は何なんだ?」
「たぶん、犯人が誰かわからないから困っているんでしょうね」
「だからなぜ?」
「犯人がつまらない下層の人物だったら、さっさと捕まえて処刑してしまえばいい。けど、犯人が自分と同じ派閥の貴族だったら?」
「……迂闊に犯人探しができない?」
「だから時間稼ぎのために、私の蘇生をしないつもりだったのね」
「そんなの間違ってるだろ。殺人犯がのさばってるんだぞ? 危険だと思わないのか?」
「何一つ安全じゃないわよ。それは殺人犯を一人や二人捕まえても、変わらないの」
「……」
イザヤは言葉を失う。
「だいたい、私が犯人の名を口にして、それが本当だとどうやって証明するの? 私が誰かに濡れ衣を被せようとしていたら?」
「おまえはそんなことをしないだろ」
「そうね。でも、逆に自称被害者から言いがかりをつけられたことならある」
酷い話だった。
「この町も、見た目がお上品なだけで、下と変わらないな。クズばっかりじゃないか」
「そうね」
ミュルアは疲れたように微笑み、お湯に沈んで首から上だけを出す。
「じゃあ別の話だ。さっき言ってた、値がゼロになったってのは?」
「ペルイツート値の話ね? 簡単に言うと、肉体の魔力に対する反応性の強さを表す数値よ。強い魔術師はこの数字が大きい」
「それがゼロになったってことは?」
「私の死体が、魔術師ではなくなった……つまり上級戦士としての力を失ったって事よ」
「じゃあ、今俺が使える魔術は、ミュルアの力が移動したってことになるのか?」
「たぶんね。それに、あなたの言っていたことも本当だった。その体はイザヤの死体が変形した物で間違いないわ。私の死体は、たぶん持ち出されていない。持ち出したバカがいたなら、マルコさんはそいつを捕まえてるでしょうね」
ミュルアは深いため息をつく。
「ミュルアの死体はどうなっているんだ?」
「今も上級戦士の遺体保管所にあるんじゃないかな? 外見は、私のままだと思う……」
「それなら、上手くやれば、全部元通りにできるはずだ」
イザヤはミュルアに向かって手を伸ばすが、その手はすり抜ける。
「何をするの?」
「犯人を捕まえる。こうなった理由を調べる。おまえを蘇生する。この体にある魔力も必ずおまえに返す」
「私にとってはありがたいけど……そんな事しても、あなたには何の得もないわよ」
「ある。俺の誇りが守られる」
「そう……」
イザヤは胸に手を当てる。とくとくと脈を打つ心臓の鼓動を感じる。これもミュルアの物だが。
「ずっと思っていたんだ。俺が生きるより、ミュルアが生きる方がいいって。だから……」
「やめて。あなたはもっと自分を大切にするべきよ」
ミュルアは微笑む。
「でも、そう言ってくれて嬉しかった。だからその時は、あなた自身も正しい形で蘇生しなきゃダメ。約束だからね?」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
転生したら『塔』の主になった。ポイントでガチャ回してフロア増やしたら、いつの間にか世界最強のダンジョンになってた
季未
ファンタジー
【書き溜めがなくなるまで高頻度更新!♡٩( 'ω' )و】
気がつくとダンジョンコア(石)になっていた。
手持ちの資源はわずか。迫りくる野生の魔物やコアを狙う冒険者たち。 頼れるのは怪しげな「魔物ガチャ」だけ!?
傷ついた少女・リナを保護したことをきっかけにダンジョンは急速に進化を始める。
罠を張り巡らせた塔を建築し、資源を集め、強力な魔物をガチャで召喚!
人間と魔族、どこの勢力にも属さない独立した「最強のダンジョン」が今、産声を上げる!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる