下級戦士の使い捨て枠のおっさん、上級戦士エリート枠の少女と入れ替わる

ソエイム・チョーク

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10、上級戦士の館

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 マルコとは喫茶店を出た後、上級戦士の館の前で別れた。上級戦士の館は白い大理石で作られた巨大な建物だった。多くの上級戦士たちが共同で暮らす場所。軍事基地の中にあり、厳重に警備されている。
 だが、ミュルアが殺されたバスルームもこの建物の中だと思うとイザヤは緊張する。

「早く行きなさいよ」

 ミュルアに急かされて、イザヤは建物の中に踏み込む。

「お帰りなさいませ……ミュルア様?」

 建物内に入ると玄関ホールになっていた。執事が驚いたように出迎える。ミュルアが蘇生されたとは知らなかったのだろう。
 建物の内部も豪華だった。廊下には絵画が飾られ、木の床はつやが出るほど磨かれてある。下級戦士の町とは別世界だ。
 ミュルアの先導に従って廊下を歩いて、ミュルアの部屋にたどり着く。
 幽体離脱状態で見たのと同じ部屋だ。とりあえず、ここまで戻って来た。

「次はどうする?」

「お風呂に入りましょう」

 ミュルアが妙なことを言う。

「急にどうした……いや、事件現場を調べに行くんだな?」

「違うわ。何日も前のことだし、調査は終わっているはず。証拠が残っているとも思えない」

「じゃあどうするんだ」

「だから体を洗うのよ。こんな汚い服、さっさと脱いで着替えるべき。だけど、汚い服のせいで体も髪も汚れているじゃない」

 イザヤもそれはわかっていた。
 なにしろ昨日の夜、汚れたトイレの床に背中をついた服だ。

「それは、そうだが……この前、殺されたバスルームを使うのか?」

 もちろん犯人が再度襲ってくる可能性は低い。が、気分が良くない。

「一人用のバスルームもあるわ。勝手に使うことはできないけど、理由を話せば許可が下りるはず」

 ミュルアの指示でタオルとバスローブを持って部屋を出て、館のメイドに事情を話してバスルームを使えるようにしてもらう。
 更衣室の鍵を中からかけて、ドアの前に椅子を置いておく。これで不審者は入って来れないだろう。

「……」

 風呂に入るなら服を脱ぐのは当然だが、ミュルアが見ている前で、ミュルアの体で服を脱ぐのは少し緊張する。
 しかも、今回は上だけでなく下もだ。
 イザヤはできるだけ何も考えないようにしながら服を脱いで、カゴに入れた。

 バスルームは白いタイルが張られた清潔な空間だった。
 共用のバスルームに比べれば狭いが、一人用と考えるとなかなかの広さだ。
 少なくともイザヤの住んでいた部屋よりも広い。

 とりあえずイザヤはシャワーを浴びる。
 熱いお湯を頭からかぶるのは、もしかすると生まれて初めての経験かも知れなかった。

「上級戦士ってのはいい暮らしをしてるんだな」

「急にどうしたの?」

「下級戦士の町では、お湯なんて使えないんだ」

「そう? それなら今のうちに堪能しておくことね」

 シャワーを止めて体を洗う。
 スポンジを泡立てろ、変な遠慮はいらないから胸も股間もちゃんと洗え、髪の毛はシャンプーを使え、トリートメントも忘れるな……。
 ミュルアが細かく指示を出してきて、意外と大変だった。

 それが終わると、やっと浴槽に浸かる。
 暖かいお湯が体の隅々まで解きほぐしていく。
 この体になってから丸一日だが、意外に疲れていたんだな、と思った。
 疲労の理由の大半は、下級戦士の町の環境がこの体に合わなかったからだが……。

 イザヤはふわふわと宙に浮いているミュルアに目を向ける。

「なあ、ちょっとわからないことがあるんだが……なんでマルコはおまえの蘇生を延期したがってるんだ?」

「違うわ。それを決めたのはマルコさんじゃない。管理官全員で話し合った結果、そうなったんでしょう」

 イザヤにとっては似たような物だが、ミュルアにとっては重要な違いなのだろう。

「どっちにしろ、理由は何なんだ?」

「たぶん、犯人が誰かわからないから困っているんでしょうね」

「だからなぜ?」

「犯人がつまらない下層の人物だったら、さっさと捕まえて処刑してしまえばいい。けど、犯人が自分と同じ派閥の貴族だったら?」

「……迂闊に犯人探しができない?」

「だから時間稼ぎのために、私の蘇生をしないつもりだったのね」

「そんなの間違ってるだろ。殺人犯がのさばってるんだぞ? 危険だと思わないのか?」

「何一つ安全じゃないわよ。それは殺人犯を一人や二人捕まえても、変わらないの」

「……」

 イザヤは言葉を失う。

「だいたい、私が犯人の名を口にして、それが本当だとどうやって証明するの? 私が誰かに濡れ衣を被せようとしていたら?」

「おまえはそんなことをしないだろ」

「そうね。でも、逆に自称被害者から言いがかりをつけられたことならある」

 酷い話だった。

「この町も、見た目がお上品なだけで、下と変わらないな。クズばっかりじゃないか」

「そうね」

 ミュルアは疲れたように微笑み、お湯に沈んで首から上だけを出す。

「じゃあ別の話だ。さっき言ってた、値がゼロになったってのは?」

「ペルイツート値の話ね? 簡単に言うと、肉体の魔力に対する反応性の強さを表す数値よ。強い魔術師はこの数字が大きい」

「それがゼロになったってことは?」

「私の死体が、魔術師ではなくなった……つまり上級戦士としての力を失ったって事よ」

「じゃあ、今俺が使える魔術は、ミュルアの力が移動したってことになるのか?」

「たぶんね。それに、あなたの言っていたことも本当だった。その体はイザヤの死体が変形した物で間違いないわ。私の死体は、たぶん持ち出されていない。持ち出したバカがいたなら、マルコさんはそいつを捕まえてるでしょうね」

 ミュルアは深いため息をつく。

「ミュルアの死体はどうなっているんだ?」

「今も上級戦士の遺体保管所にあるんじゃないかな? 外見は、私のままだと思う……」

「それなら、上手くやれば、全部元通りにできるはずだ」

 イザヤはミュルアに向かって手を伸ばすが、その手はすり抜ける。

「何をするの?」

「犯人を捕まえる。こうなった理由を調べる。おまえを蘇生する。この体にある魔力も必ずおまえに返す」

「私にとってはありがたいけど……そんな事しても、あなたには何の得もないわよ」

「ある。俺の誇りが守られる」

「そう……」

 イザヤは胸に手を当てる。とくとくと脈を打つ心臓の鼓動を感じる。これもミュルアの物だが。

「ずっと思っていたんだ。俺が生きるより、ミュルアが生きる方がいいって。だから……」

「やめて。あなたはもっと自分を大切にするべきよ」

 ミュルアは微笑む。

「でも、そう言ってくれて嬉しかった。だからその時は、あなた自身も正しい形で蘇生しなきゃダメ。約束だからね?」
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