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meishino

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6 二人にしか分からないこと

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 リンがシャワーを浴び終えると、私達は皆でリンが持ってきてくれたケーキと、アルコール入りのジュース……という名の、ただのカクテルを飲んだ。


 キャンドルはケーキ用かと思ったが、マフィンのような形をした、結構デカめのインテリア用のだった。


 二人でいいムードを作って欲しいからとのことだったが、それを見た私はタージュ博士の部屋で灯っていたキャンドルを思い出してしまった。あの時飾られていたのもこんな大きさだった。


 キャンドルはキッチンに置いておくことにして、ケーキとカクテルをご賞味し終えた私達は、リビングでゆったりタイムを迎えていた。


 リンは持ってきた自分のPCをコーヒーテーブルに置いてオンラインゲームをプレイしていて、ジェーンはソファに座って過去世界から持ってきた本をじっくりと読んでいる。私はどうも暇なので先程のハンバーガー対決の動画の続きを見ていた。


 するとリンがレースゲームでもしているのか肩を大袈裟に揺らしてマウスとキーボードを操作しながら、私に話しかけてきた。


「ねえねえキリー、もう気持ちの上でも騎士じゃ無いんでしょ?」


「え?」私は少しムッとした。「そうだけど……。それがどうしたの?」


 ウォッフォンのホログラムの画面には、生クリームを使って豪快に盛り付けをしている女の子と、どういう素材を使っているのか全く不明の、虹色のパティを挟もうとしている主婦が交互に映されている。


「じゃあさ、ちょっとした犯罪とか、出来るんだ?」


「え?」


 私は驚いてリンを見た。リンはゲームに勝ったのか、イエス!と、ガッツポーズをしてから私をニッコリと微笑んで見つめ返してきた。


 何を言っているんだ彼女は……?先の見えない会話に、私は戸惑いながら聞いた。


「どういうこと?騎士の価値観を捨てても捨てなくても、犯罪は出来ないでしょ。」


「えー」リンは口を尖らせた。「だって、今からラブ博士の部屋をハッキングしてもらおうと思ったのに!そこのジェーンに協力を依頼して!」


「ええええ!?」


 私は驚いて、ソファに思いっきりドスンと仰け反った。それが結構揺れたのか、ジェーンが本を読みながら座り直した。


 いやいやジェーンよ今の聞いてた?まあその気にしない様子から、読書に集中してて聞いてなかったっぽいけど。


 私はリンに言った。


「でもよく考えてみなよ?ラブ博士の自宅だよ?あのアクロスブルーの自警システムSシリーズ開発者のスローヴェン博士の自宅だよ!?そんなハッキングなんか、絶対に無理に決まってるよ!絶対にバレる、それか何らかの仕返しを受けて、ジェーンのPCが被害を受けるとか……!と、兎に角、気になるからって覗くのは良くないよ!」


「ええー?」と、リンが頬を膨らまして、自分のPCを閉じた。「ちゃんと博士の仕返しのパターンも考慮してるよ!だから私のPCを持ってきたんだもん。この一件のせいでジェーンのPCが壊れちゃったら心許ないじゃん?だから私のPCでハッキングしてよ!バレたらバレたでさ、私っぽいじゃん?」


「そりゃリンっぽさはあるけど、でもジェーンと私が協力したとなると、ラブ博士だって……きっと我々のこと怖くなるし、信用してくれなくなるでしょ。彼からしたら、ダブル上司にハッキングされることになるんだよ?やっぱりだめだよ、私は賛成しかねる。」


 ちょっとジェーン風に言ってしまった。やばい。彼の真似までし始めるなんて、このままでは本当に恋する乙女に一直線だ……!嫌だそんなの!私は両手で顔を隠した。するとジェーンが言った。


「私は、協力しても構いません。」


「え!?」


 彼の発言を聞いたリンが両手を合わせて、飛び跳ねるように立ち上がった。まじなの?隣のジェーンは本を閉じて、それを胸に抱えてから、リンに言った。


「スローヴェンの自宅ですか、確かに彼の自宅ですから、それなりの対策が施されているとは思いますが、ここにいるのは私です。ハッキング程度の作業でしたら、彼に知らせることなく、実行出来ます。一度対決してみたかった。彼の技術と私の技術、どちらが上なのか。」


「そりゃジェーンのでしょ」私は即答した。「時空間歪曲機だって作ってるんだから、ジェーンの方が上ってことでいいじゃない。それに何もこんな場面で競わなくても、別の機会に何かテーマを決めて競えばいいのに。」


「じゃあキリーは寝てていいよ?」


「え?」


 リンとジェーンが私を見ている。何この流れ。私は戸惑いながら聞いた。


「二人だけで、やるってこと?」


 リンは頷いた。


「うん。だって、キリーは反対なんでしょ?だったら無理に付き合わすのも悪いし、ジェーンが協力してくれるって言ってるから、折角だからやりたいもん!私が全責任を負うってことでいいから、ジェーンには協力してもらって、ラブ博士の自宅を覗く!うおおおおっ!ジェーンは分かる?好きな人の自宅を覗くのってさ、変に興奮するよね?」


「ええ、まあ……私はしたことありませんが。」

 

 確かに彼にはその経験はないけど、タージュ博士の自宅を覗いてきたし、職場の私のPCをハッキングしてたがな。


 何を白々しく……と思っていると、リンがおもむろにPCをジェーンの方へと向けたり、リュックの中から何かの機械を取り出したりして、セッティングを開始した。


 ジェーンも乗り気のようで、リンの取り出した機械を手にしては、「ああ、これも用意してありますか、流石ですね。」と彼女を褒めている。


 リンも「そうでしょ!やっぱりこれあると便利だもんね!」と反応し、彼もまた「ふふ、違いありません。」と答えて、勝手に二人で盛り上がっている。


 ……面白くない。ここは私の家なのに、彼は私のものなのに、二人だけで盛り上がっている。今からこの場にクラースさんでも呼ぼうかな。


 どうせ今も上の階にいるんでしょ?クラースさんを呼んで、新しい近接武器についていちゃいちゃ盛り上がって、ジェーンに見せつけてやりたい……!


 なんて、まただ!キルディアよ、このままだと愛情が暴走して、昼ドラに出てくるサイコな女性のようになってしまう気がする。それは避けたい。


「じゃ、じゃあ」私は寝室へと一歩動いてから言った。「二人の責任で、やってね。私は寝室に行く。おやすみ……。」


「ああ、おやすみキリー!ねえねえジェーン、相手画面は偽造できる?」


 リンがワクワクした表情でジェーンに聞いた。何だか機嫌が良さそうな彼は、微笑みながら答えた。


「私に出来ないとお思いですか?見縊みくびられたものですね。「きゃー!ジェーン流石すぎる!」ふふ、少し準備が必要です。折角ですから、あなたに説明しながら行います。しかし、今後それで悪用はしないで頂きたい。」


「やったー!悪用はしないよしない!ええ、ジェーン優しいんだけどー!もう今夜は先生って呼ぶことにするね!シードロヴァ先生!因みにキリーがおやすみ待ちをしているので、反応してあげた方がいいと思います!先生!」


 ジェーンがリンのピンク色のPCをカタカタと動かしてから、私の方をチラッと見て、さらっと言った。


「キルディアおやすみなさい。私も後でそちらに参ります。」


「おやすみ……ジェーン……。」


 私は彼らに背を向けてから、口を尖らせて寝室へと入り、ついつい力のこもりそうなナイトアームをどうにか制御しながら静かにドアを閉めた。


 そして勢いよくドスンとベッドに座って、腕を組んで頬を膨らませた。


 何だよ、二人で盛り上がっちゃってさ……何この気持ち。ジェーンだって、ついさっきまでは今日は二人の日だからって、時間を大切にしたいって、私のことばかり考えているって言ってたのに。彼の脳内のキルディアブームはもう終焉しゅうえんを迎えてしまったのかな?


 いつだったか、一度体を交えたら女性の方が相手にのめり込むって聞いたことがある。逆に男性はニュートラルなのらしい。


 私とジェーンの場合もこれに当てはまるのかな?ニュートラルか……私もニュートラルでありたい。こんなことで、彼に負担を与えたくない。


 ベッドに横たわった。枕は四つあって、そのうちの二つはジェーンのだ。いつも私が左側で寝る。ドアに近い方だ。急な敵襲があっても彼を守るためだった。あーあ、困ったものだ。こんな気持ちも含めて愛情なのなら、恋のままでも良かったかも。


 ドアの向こうからリンの「あはははは!」という笑い声と、ジェーンの「こらこら、それでは相手にお見通しではありませんか!ふふ」と、上機嫌な声が聞こえた……グヌヌヌヌ!


 私はスッと上半身を起こした。クラースさんを見習おう。クラースさんを見習って、私は見張りをすることにした。


 あのままではカクテルの酔いの勢いもあるし、リンがジェーンに手を出すかもしれない……!なんて思うと、血の気が引いた。


 そう、私には士官学校で培った、潜入技術がある。しかも優秀な士官学生部隊BH(ブルーホライズン)の一員だったんだ……!こうなりゃリビングを覗いてやる。


 ラブ博士を覗く彼らを覗くなんてアホらしい連鎖だが、楽しげな声を聞きながら眠りになんてつけない。私はベッドから降りて、クローゼットを開けた。


 置いてあった私のボストンバッグのファスナーを開けて、黒いシザーケースを取り出して、腰にかけた。これは、騎士の仕事の時でも使っていた、私用道具入れだった。


 そのケースの中から手のひらサイズの子機を取り出すと、寝室の窓に向けてボタンを押して、窓自体に警報がついていないかどうかスキャンした。子機が緑色に光った。どうやらそこまでは彼もしていなかったようだ。私は窓を静かに開けた。


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