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恐怖を乗り越えろ!激流編

89 ヴィノクールの為

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「あれは、一体?」

 と、ジェーンも目を凝らしている。きっと彼らはあの集団に違いない。私は笑顔で手を振った。

「おーい!」

 私の大声が響いた。するとブレイブホースが近づいて来た時に、その先頭の人物が、こちらに手を振っているのが見えた。リンがどこから持ってきたのか、オモチャにも見える、黄色いプラスチックの双眼鏡を覗きながら私に聞いた。

「誰?何?彼らは味方?」

「うん、味方だけど。ねえ、その可愛い双眼鏡は、どうしたの?」

「これ?売店で昨日買ったの。バードウォッチング用なんだって。でも百カペラで買えたんだよ?安いでしょ?ほら、相手陣地を覗き見るのに必要かと思って。だって覗けたら、相手の作戦だって分かるでしょ?キリー持ってないの?士官学校卒なのに?」

 そんな百均で売ってるような双眼鏡を使って、簡単に相手の陣を覗けて、作戦が分かりゃ苦労はしないのだ……しかも私をディスってきた……。

 私のことをじっと見つめてくる、リンの肩をちょっとどついて、私は近づいて来る彼らを、また見つめた。すると、ブレイブホース先頭の男が叫んだ。

「意外と遠いな~!おい!恥ずかしいから、こっちずっと見てんな!」

 我々から笑いが起きた。彼らはそれから数分後に、こちらに到着した。彼らは黒色のベースカラーに、パインとロコベイの花の総柄ライダースーツを着用している。

 ブレイブホースから先頭を走っていた男が降りると、私に近づきながらフルフェイスメットを取った。サウザンドリーフの自警団のリーダーを務めているゲイルだった。額に汗が光っている。

「はぁ~ユークアイランドからここまで、遠かったぜ……。」

 私は笑顔でゲイルと握手をした。ジェーンとも握手をして、ジェーンがゲイルに話しかけた。

「あなたは確か、サウザンドリーフの自警団のリーダーでしたか『そう!そして今、彼らはSTLYとして、生まれ変わったのです!』

 私の付けっ放しのウォッフォンから、ミラー夫人のでかい声が響いた。リンが私の画面を覗いて、夫人に聞いた。

「エストリーってなんですか?」

『Snipers of Thousand Leaves tree and Yug islandの略よ!サウザンドリーフの自警団と、我がユークアイランドの射撃隊が合体した、スナイパー集団の新しい名称よ!どう、興奮するでしょう!?』

 画面のミラー夫人が、紅い唇をウインナーの様に曲げて、ドヤ顔していた。防具のこと以上に、この援軍が貰えるが為に、私はこの変な要らない中継を断ることが出来なかったのだ……。ジェーンが私を呆れた目で見た。

「なるほど、理解しました。しかし納得いかないのはあなたです、キルディア。何故、援軍が来るという大事なことを、勿体ぶって私に話さなかったのですか?その訳を聞かせて頂きたい。」

「……ミラー夫人が、エストリーが現地に到着するまで、皆には黙っててって言うんだもん。それも条件だと言われたから。」

 そうなのだ。私だって言いたいと思っていた。作戦会議をする度に、この援軍もありますよって話したかった。リンはそんな私を見て、ニヤリと変な笑顔を浮かべていた。きっとまた変な想像でもしてるんだろうなと思った。

 だが夫人には、絶対に言わないでくれ。もし約束を破って言ったとしたら、援軍を取り下げるとまで言われたのだ……黙ってるしかなった。

 ジェーンは自分のウォッフォンをオンにして、苛々した様子で、その画面に向かって言った。

「全く、これでまた、作戦を変えなければならない。幾らユークの市長であれど、次回からは私にも全てを報告する様にしてください。」

『はあい!ごめんなさぁい!ジェーンちゃんにもっと怒られたぁい!』

 ジェーンはウォッフォンをすぐに切った。それを見ていた私達は笑ってしまった。一人のエストリーの隊員が近付いて来て、私の前でフルフェイスヘルメットを取った。それはアーネルさんの恋人の、ミゲルだった。

「ミゲル!」

 彼は笑顔で応えた。

「キルディアさん!僕も力になれればと思って、一緒に来ました!村長も、アーネルも宜しくと。」

 私はミゲルの手と、両手を使って握手をした。ミゲルが私の片手がひんやりと冷たいのに気付いたのか、視線を落とした。

「これはツールアームですね……。話はアーネルから聞いています。大変でしたね。」

「ふふ」私は微笑んで応えた。「でもこのツールアームも気に入っています。ジェーンが改造してくれたお陰で、重たいものも持てる様になったし、より器用に動いてくれる様になった。これは私の体の一部、宝物です!」

 ミゲルは笑顔になってくれた。それから彼は、私の隣の方を見ると、更に笑ったのだ。何があったのか、私も横を見たが、ジェーンが手のひらでさっと顔を隠してしまった。もしかして照れてたのかな?移動して、彼の表情を覗こうとしたが、彼は私に背を向けてしまい、見れなかった。そして、流すように言った。

「……それにしても、これで我が方は、エストリーが加わったことにより、戦力差は縮まりました。これは大きいです。」

「う、うおおおぉぉ。」

 ジェーンの報告を聞いて我慢出来なかったのか、フルフェイスのメットを外して、声を上げながら涙を流し始めたのは、ジェームスさんだった。隣でスーツ姿のエミリーさんが背中をさすっている。どうしたんだろう、心配していると、なんと他のヴィノクールの人達もメットを外して涙を流していた。

 ジェームスさんが震える声を出した。

「うう……っ……僕は、嬉しいんです……こんなにたくさんの人達が、たくさんの場所から、僕たちのために集まってくれた。」

 ジェームスさんが私に手を差し出した。私は彼と握手をした。その時に視界の端に、もらい泣きをしたのか、近くのグレン研究員を無理矢理抱きしめているスコピオ博士が見えたが、見なかった事にした。そして涙を流して肩を震わせるジェームスさんに、タールが近付いて来て、彼の背中をポンと叩いた。

「何ってんだよ、ヴィノの魚介類がもう一生食べられないなんて、更にそれを帝都が独占するなんてよぉ、そんな身勝手なことは許さねえ!お前らだって毎日頑張って魚の世話してんだ、それを突然他人に奪われてたまるか!」

 そうだそうだ!と、タマラの皆が声を合わせ始めた。タールは続けた。

「それにあの中には、お前らの家族が居るんだ。こんな形で生き別れなんて、あっちゃならねえよ!困った時はお互い様だ、ヴィノクールの皆は俺たちを火山で助けてくれたんだ!俺たちだって、ヴィノのことを全力で助けるぜ!」

「おおおおおおおお!」

 男女の熱い叫び声が響いた。タールの言葉に、タマラの村人だけでなく、シロープやエストリーの皆も、拳を天に突き上げている。タールは私を見た。

「よっし行くしかねえ!じゃあ御頭、俺たちに指示をくれよ!」

「じゃあ」

 と、私が声を発した次の瞬間に、近くで立っているジェーンが真顔でスッと挙手をしたのが目に入った。私はジェーンを指差した。

「はい、ジェーン。」

「エストリーのことも考慮し、より安全で確実性のある策を練り直しますので、十五分頂きたい。」

 皆は私たちを静観している。

「それは、確実なんだよね?」

「はい、それに安全です。」

 まあ、皆が無事に帰れる事に越したことは無い。ジェーンがそう言うのなら、

「わかりました。お願いします。」

「はい、承知致しました。」

「……じゃあ休憩~!」

 私が叫ぶと、皆は笑い声と共に、研究所と事務所に群がって行った。
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