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ギルバート騎士団長を探せ編

123 戸惑う二人

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 どうしたのだろう、変なこと言ったかな?と考えたが、何も思い当たることは無かった。ジェーンは私のツールアームの手を見つめて、物ありげに、金属で出来た私の指を、優しく撫でていた。

「ジェーン?」

「はい……少し考えていました。いえ、考えずに、気持ちを素直に話すべきです。いいでしょうか?」

「え?ええ、良いです。どうぞ。」

「あなたは威圧的です。」

 え?何その急な感想は。何で急に私を……?訳が分からなくて、目が点になっていると、ジェーンは難しい表情をして、続けた。

「それから……強い。私よりも三十センチ程、身長が低いですが、強い。」

「……え?」

「わ、悪い意味ではございません。ギルドで初めてあなたを見かけた時、これほどまでに精悍で、獣のような目付きの女性が、この世に存在するのかと、驚きました。それは……、なんと称すべきか。それは、」

 急にジェーンが、「考える人」の銅像のポーズで考え始めた。何の話をしているんだろう、初めて会った時の話?だったら前に何度か聞いたことあるけど……私がギルドの本部でオラオラしてたから、目を奪われたって、だからパートナーに選んだってことでしょ。ジェーンは何か思いついたらしく、何度か頷いて、話し始めた。

「そうですね、話していくうちに分かるでしょう。続けます。兎に角、あなたを追ってソーライ研究所に入った私ですが、あなたのことを勘違いしていました。性格的に、もう少し強気な女性だと思っていました。まあ、強気ではありますが、受け入れてくれる器量もあるのだと思いました。あなたが私の事情を知っても協力してくれると言ってくれた時、私はこの世界も、この人生も悪くないと思いました。あなたは、今まで私が出会った人間と明らかに違います……それは、それは……私のことを無条件に信じてくれるからです。」

「そうだっけ……」

「確かに、私が過去へ帰ることにあなたが協力する代わりに、私が研究所のために働く。それは事実です。しかし私の住居を用意してくれたり、夕飯を分けてくれたり、感情に乏しい私と、根気強く話してくれたり……私が疑問に思えば、共に解決方法を考えてくれる。私が迷えば、道を示してくれる。あなたは私に、本来人間が通るべき道を教えてくれました。」

「そう、か、な……自覚ないけど。」

「ふふ」ジェーンが笑った。「あなたと過ごしていくうちに、私は人生というものに対して、充実感を得ることが出来ました。このような経験は初めてで、面白い。朝起きた時、最初に考えることが今日をどう乗り切るか、ということから、研究所のこと、皆のこと、あなたのことを考えることに変わりました。自分でも理解出来るほどに、気持ちが明るくなれました。まさかこの世界でクーデターが起こり、大変な目に巻き込まれるとは思いませんでしたが……しかしそれも、皆と、あなたと乗り越えてきました。」

「ジェーン……」

 嬉しかった。私は彼に何かをしてあげることが出来ていた。それだけでも、嬉しかった。ジェーンは私を真っ直ぐに見た。

「この世界に来て、私が得たものは他にもあります。一番大きくて厄介なものです。」

「え?あ!わかった!」私はニヤリとした。「親友でしょ?」

 しかしジェーンは首をゆっくりと振った。え?何で?

「事情が少し、変わりました……ああ、可笑しいでしょうが、聞いてください。」

 ジェーンが私から目を逸らして、そのまま話し始めた。何で目を逸らすんだろうか?恥ずかしいのかな。

「私の中に、何か大きな感情が生まれています。私はそれの、未だ正体が掴めておりませんでした。感情無しの私が、あなたのせいで、制御不能になります。」

「え?私のせいなの……何かした?」

 申し訳なくなって、彼の手から自分の手を引き抜いたら、また素早く私の手を、まるで蚊を捕まえるかの如き勢いで、ガシッと握ってきたのだ。ちょっとビビった。

「……ケイトが言っていました、何一つ理解出来ない、この我が身の感情に、向き合うべきだと。この見えぬ心を、私は非常に恐れています、未だ、親にさえ抱いたことのない何かを、解明するために、今から話します。どうか、手はそのままに。」

「分かった、分かった……ゆっくりでいいよ、よく分からないけど。」

 ジェーンの頬が段々と赤く染まっていく。何だかこっちまで熱くなる。彼は何処かを見つめたまま、話し始めた。

「あなたが他の人間と挨拶でハグすると、私の中の何かが、私を苦しめます。あなたが他の人間に、私との関わり合いの中で見せない、楽しげな表情をすると、私は……何故か苦しいのです。我々は親友です。しかし、今では、特に最近は、親友だと称されると、胸が痛くなります。」

「え……そうなの?」

 と言うことは、ジェーンは私が誰か別の人と仲良くしていると嫉妬するのだろうか。よく考えてみれば、私だって、ジェーンに対して、やきもちを焼く。それを伝えてみようか。

「そうなんだね、実は私も、それ知ってる。」

「え?」

「私も……ジェーンがタージュ博士と高度な会話をしていると、胸が苦しい。それに、それに、アイリーンさんの写真を見た時、やっぱり嫉妬した。それほど私はジェーンと親しいくなっていたから。それに、特に最近はカタリーナさんを羨ましく感じる。だって……ジェーンは、とても優しいから。」

 次の瞬間、ジェーンが胸を押さえて、激しく呼吸をし始めたのだ。私は慌てて、彼の背中をさすった。何か、悪いことでも言ったかな、確かに、変なことは言ったかも。

「ごめん、ジェーン大丈夫?」

「はい……逃げません、私も向き合います。キルディア、それを聞いて……私は、私は、これは、何でしょう?これは、きっと嬉しい。嬉しいです。」

 何だか不意に、泣きそうになった。ジェーンが自分の気持ちを見つけようと頑張っている。

「しかし、苦しい……海賊船で、チェイスがあなたにキスをしたのを思い出しました。あの時、私は衝動的な行動を取った。それ以外にもこのように、あなたが関わっていると、私は衝動的な行動を取ってしまう。それは、とても厄介な……何かです。」

「うん……。」

「そして」ジェーンは視線を落とした。彼は両手で包むように、私のツールアームの手を握ってくれていた。「あなたが、私の為に、この腕を失った。それも大切な大剣と共に……。私のせいで、私の大切な人を……私は自分の弱さを、責めました。」

「ジェーン、責めないで」私は首を振った。「私の実力が無かったからそうなっただけで、私はジェーンが生きていてくれて、それが一番嬉しいから。」

「ならば」ジェーンが真っ直ぐに私を見た。綺麗な瞳だった。「あなたも自分を責めないでください。私こそ、あなたが私のそばにいてくれる事、それだけで嬉しいのです。この感情を教えてくれたのは、あなた以外におりません。嬉しい?……嬉しい、これは明瞭に、キルディアが私に教えてくれた、気持ちです。あなたが私を誉めてくださる時、私は、とても嬉しい。」

 ジェーンは私との関わり合いの中で、「嬉しい」を理解してくれた。私だって、こんなに純粋な嬉しさを持ったことはない。私は鼻をすすった。もう、ティッシュ持って来れば良かった。

「ですから」まだ続くんかい。私がちょっと笑うと、ジェーンも笑いをこぼした。

「ふふ、私は、ギルバート騎士団長のことを聞いた時、そして彼とあなたの関係を聞いた時、耐え切れないほどに怒り狂いました。」

「その感情は、はっきりと言えるのね……はい、すみませんでした。」

「しかしギルバートはあなたでした。私を欺くとは、一枚取られました。」

「でも、ちょっと気になったけれど、どうして耐えきれないほどに怒ったの?黙ってたのは悪かったけど、ジェーンにだってカタリーナさんがいる。まあ……あんまり仲は良くなかったようだけど。でもそれと一緒では?」

「違いますよ、あなた」呆れた声でジェーンが言った。「私とカタリーナの間では生まれない、私も未だ知らない情愛の猛りが、そこに存在していると思っておりました。あなたが……。」

「すごい表現……ジェーン?」

 今のジェーンの顔は、完熟トマトのように真っ赤だ。それを見た私も、きっと顔が熱いので同じようになっているだろう。ジェーンは遠慮しがちな様子で、言った。

「これは迷惑かもしれませんが、正直に言います。あなたがハグをしていいのは私です。あなたが手を繋いでいいのは、私だけです。あなたの笑顔だって、この温もりだって、これはツールアームですが……兎に角、全て、あなたは私のものです。独り占めしたい、この、腹の底から湧き上がる炎の正体は何なのでしょうか?」

「なんかすごい言ってきた……ジェーンは私を独り占めしたいの?それが友達として普通なのかな?でも、実はそれ、私も持ってる。」

 ジェーンが頬を染めたまま、ぽかんとした顔で私を見た。折角の機会なので、私も遠慮しながら言った。

「ジェーンがそうやって照れてるのを、他の人に見せたくないと思うかもしれない。ジェーンが忠義を誓うのは、私であって欲しいかも。それにもしジェーンが、他の誰かと仲良くなって、二人きりでカラオケぐらいだったいいけど、お泊まりとかしちゃうのは……なんていうか、こう、」私は顔を歪めた。「耐え難い。これって、友情?こんな苦しいの?友情って。」

「わ、分かりません……ですが、クラースにこう言われて、私はカタルシスの涙を流しました。」

 急に真顔でジェーンがさらっと答えたので、私は何のことかと彼の発言を待った。この奇妙な現象の答えを、クラースさんに教えてもらったんだ。一体これは何なんだろう、純粋にジェーンの発言を待った。彼は突然言った。

「クラースにキリーが好きなのかと聞かれ、私は合点がいきました。」

「……?」

 思考が一瞬停止してしまった。ん?ん?

「好き?えっ、えっ、じゃあ、私もジェーンのことが、好きなの?」

「ええ、理論上はそうなるのでは。」

「ぶぶぶぶ……」私はせた。「何を、ねえ、何を……え?じゃあクラースさんにそう聞かれて、ジェーンは泣いたの?嘘でしょ?」

「……クラースに聞けば、その時のことを話すと思いますよ。」

 まじで泣いたの!?感情ありまくりだよジェーン……!でもちょっと待って、落ち着こうよ。私は胸を押さえて、荒く呼吸をした。

「そ、それはいけない。なら、この気持ちを捨てなければ。我々は、友達でしょ?」

「キルディア、どうか私の為に、その感情を捨てないでください。友であっても構いません。私には妻がいますが、私は……。」

 その時、私の心の中でルミネラ皇帝の声がした。それを彼に伝えることにした。

「結婚は、二人の愛の結晶、だからそれを祝福し、守るのが、そなたらルミネラの騎士の務めだと、陛下は仰っていた。私は、ジェーンの結婚を、守るべき存在だ。それがどんな形の結婚であっても……そうなのかな?守るべき、だよね……。」

 ちょっと迷ってしまったが、きっとそうだ、二人を邪魔してはいけない。それにジェーンはいつか必ず帰るんだから、それが正しい道だ。

 我々はちょっと仲良くなりすぎた。たまに、無性に彼とハグをしてみたい気持ちがあることはある。でもそれは我慢すべきだし、そういう家族のような友情だってある。

 私はそう納得して、笑顔で頷いた。
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