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第10話 イオスの想い
しおりを挟む「イオスーー、私なら大丈夫だーー」
優しい声色でイソラがイオスを抱きしめる。
「イソラ!僕が生きている間は、やめてくれーー!死んでからなら、ーー我慢するから……」
あふれた涙をイソラが拭う。彼が自分を膝に導いた。
「イソラーー」
イオスはその膝で声をあげて泣く。
なぜ、自分だけがここまで我慢をしなければならないのかーー。
ラディウスと同じ歳に生まれただけで、世話係を命じられ、小さい頃はいじめ抜かれた。何度言っても向こうは『遊んでるだけだ』、としか言わなかった。
十五のときに、兄達に押し付けられ大将になった。誰からも舐められた。当たり前だ。誰がそんな若く、幼い顔の人間に付いていきたいと思うのかーー。
それでも、何とかやってきた。中将達が支えてくれたからーー。
歳が上がり、ラディウスとはあまり関わらなくなっていく。彼の素行の悪さにも辟易していたし、モンスター討伐も忙しかったからだ。すると次は婚姻潰しだ。王子の暇さに涙がでてくる。
だが、気にしなかった。
彼女達とは縁がなかったのだろうーー。
だけど、だけどイソラは、イソラだけはーー。
「耐えられないーー」
イソラがラディウスとーー、それを考えるだけで嫉妬で死にそうだ。
「イオスーー」
むせび泣くイオスを大切に抱きしめ、イソラが耳元で囁く。
「大丈夫だ。私はイオスとしかしない。イオスしか愛せない」
「イソラ……。でも、でもーー!」
出口がない。
朝日も昇らない。
イオスの心をいろんなものが抑圧する。
だが、立場も親兄弟も、いまはどうでもいい。わずかでも長くイソラといたいーー、そうイオスは願った。
無断で休んでいたイオスのもとにエンシスがやってきた。
「最近、モンスターがよくでる」
「ーーごめん」
「いや、いまのところおまえが大将のままだ。王宮にも変わりはない」
「……」
自分の兄達はラディウスを嫌っている。彼の下に立つより自分の領地の統治をしている方がいいのだろう。
父でさえそうだ。国の中枢から離れ、悠々自適な領地暮らしーー、ラディウスに怯えなければならない王都など、冗談でもいたくないのだろう。
「ラディももっと政務に励めばいいのだがーー」
「ーー仕方がないよ。あいつは尊い身だから……」
「火竜か…。たしかに身のうちに竜を飼っているなど、唯一無二の高尚なる存在だ。誰も火竜を見たことはないがなーー」
ふぅー、とエンシスがため息をつく。
「ーーあの異国人のことは、諦められんか」
望みをかけるように無骨な男がイオスを見る。
「うん。もしものときは、エンシス、軍を頼むよ」
「ーー無責任な奴だ」
変わらない表情のなか、エンシスの目だけが揺れた。
「なぜ火竜はラディに宿ったのだろうーー」
「そりゃ、ラディはイグニスの王子だし……」
「尊いものが宿る宿主もまた尊い存在だとすれば、もっとおまえのような人格者に宿るべきなのにな」
「エンシス……」
風が吹く。
強い風がふたりの間を裂くように抜けていった。
「ではーー。これが最後の言葉にならなければいいが……」
「ーーそうだね」
去っていくエンシスの淋しげな背中を見送りながら、イソラが口を開いた。
「イオス」
「うん?」
「何故、火竜が宿ると尊いのだ?」
「あー、イソラは知らないかな……。イグニスはね、火竜を宿した王によって建国された国なんだ。稀に火竜を宿して生まれてくる人間がいて、そのひとは神の子として尊ばれるんだよ」
「ーー何かしてくれるのか?」
「あー、火竜が?う~ん、僕は聞いたことがないけど、王者の証とかかなーー?いまはこの国にラディひとりだけなんだ」
「ふむ。そうか……」
「ーーいまのうちに、スズハを安全なところに預けるよ」
「イオス、私は何も諦めてはいないぞ」
「うん。そうだねーー」
「イオスとともに生きる。国にはこだわらない」
その言葉にイオスは目を見張る。
「ーーそうだね……。でも、逃げはしないよ」
「何故だ?」
「ーー父上や、兄達に迷惑がかかるから……」
イソラがため息をついた。
「呆れた?」
「いや、優しすぎるとは思うがーー」
「ーーイオス!」
そのとき、空からルチルが絨毯に乗って飛んできた。
「どうしたの?」
「最大級のレジェンドマンモスの群れだよぉ~~~!早く討伐にでて~~~!!!」
「わかった!」
「私も行こう」
身を乗りだしたイソラに、ルチルが舌をだす。
「役立たずはそこにいな~~~!」
ルチルが強引にイオスの腕を掴み、絨毯に乗せる。
「すぐに戻るから!」
イオスは大声で告げる。
「わかった!待っている!」
遠くなるイソラを見つめながら、イオスは涙を拭いた。
「ーールチル」
「な~に?」
「ーー僕は処刑が決まったの?」
「まさかっ!何いってんの~~~!ホントにレジェンドマンモスだって~~~!」
カラカラと笑い飛ばし、ルチルが答える。
「イオスを処刑するなんて、ありえないっ
て~~~!」
ーーイオスはね……。
「フェデス大公、どういうことです?あの、イオスの反抗的な態度ーー」
名ばかりの軍師アモルが嬉しそうに言う。
「はっ、申し訳ありません!」
「まさか、ラディウス王子に歯向かうなんてな」
こちらも名ばかりの護衛兵ウォロが大袈裟に、両手を動かした。
「誠に!息子がとんでもないことを!」
いま、ラディウスの目の前で、自分の叔父が床に頭をつけて息子の不始末を詫びている。
ーー英雄と称えられる叔父が、なんとも情けないことだ。
その様子に、ラディウスの笑いがとまらない。
「おれは傷ついたよ。一緒に遊びたかっただけなのになーー」
「本当に、本当に、申し訳ない次第でーー」
「じゃあ、おまえはおれのやることを止めないな?」
傲慢な態度の甥に意見もしないフェデス大公ウルスは、ぶんぶんと頭を振った。
「もちろんです。ラディウス殿下のなさりたいようになさってください!」
「ああ、おれはしたいようにするよ」
にたり、ラディウスは意地悪く笑う。
誰も自分には逆らえないーー。面白くて仕方ないやーー。
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