4 / 6
第4話 真実を求めて
しおりを挟む
ああ宣言した以上、用もないのに第三書庫に近づくわけにはいかなかった。
けれど気になって仕方がない。
記録上、あの書庫の中にいたのは私だけということになっている。
でも実際には彼がいた。
(──彼は本当に「いた」の?)
そんなわけない、と頭を振る。
白昼夢とか幻覚とか、そういうものではないと思う──見たことがない以上、確信は持てないけれど。
私はいてもたってもいられなくなって、演習室に駆け戻った。
そして借りっぱなしになっていた第三書庫所蔵の資料を引っ掴む。
部屋にいた院生仲間にろくに挨拶もせず、私は演習室を飛び出した。
いつもの手順で入口のロックを解除する。
書庫内の照明はすべて点いていた──ということは。
ドアを閉めると、数メートル先の書架の間から彼が姿を見せた。
どこか、困ったような顔をしているように見える。
まるで私が普段とは異なる理由で来るのをわかっていたかのようだ。
私はその場で深く息を吸い込んだ。そして彼に向き直る。
「──あなたは、いったい誰なんですか」
私の言葉に、彼はふっと目を伏せた。
そして小さく息をつくような動作の後、こちらを見つめる。
その目はどこか遠くを見ているようだった。
「ミズキ──それが僕の名前だよ。君が求めている答えではないかもしれないけどね」
当然、名前を訊いたわけではなかった。
名前を知ったところで、彼の正体を知ることはできない。
それに、「ミズキ」という音だけでは苗字なのか名前なのかもわからない。
おそらく、彼はわざとわからないようにしているのだろう。
私は質問を変えることにする。
「あなた──ミズキさんは、この大学の学生ですか」
しばらく間が開いた。
空調の音がいやに大きく聞こえる。
「それは──イエスであり、ノーかな」
彼の返答に私は面食らう。
イエスであり、ノーとはどういう意味なのだろう。
この大学の学生であって学生でないなんて──あり得ない。
(──いや、もしかしたら)
私は彼をもう一度見つめ直す。
彼には何度も触れてきたし触れられてきた。
だからあり得ないと思うけれど、でも──…。
「ミズキさんは……生きている人間ですか」
聞いてはいけない質問だったのかもしれない。
彼は長い間答えなかった。
けれど急にふっと視線をそらしたかと思うと、彼は少し笑った。
「……きわどいことを聞くね」
私は少し身構えた。
彼は、もしかしたら本当に、生身の人間ではないのかもしれない──…。
「ノーと答えたいところだけど、これもまた、イエスでもあるんだ」
彼はそう言って腕を組み、背中から書架にもたれかかった。
一方で私はもう何が何だかわからなくなっていた。
(一体どういうこと……)
ここの学生であって学生でない。
生きた人間ではないけれど生きた人間でもある。
言っている意味が分からない。
でも不思議と、彼のことを怖いとは思わなかった。
それよりも、私は彼に、ここではないどこかで会ったことがある気がするのだ。
それは一体どこだろう。
「少し……昔話をしようか」
彼はそう言って私を誘った。私の混乱などお構いなしだ。
でも私は真実を知るためにここへやってきたのだ。拒む理由がない。
私はうなずき、一歩ずつ踏みしめるようにして彼のそばへと向かった。
けれど気になって仕方がない。
記録上、あの書庫の中にいたのは私だけということになっている。
でも実際には彼がいた。
(──彼は本当に「いた」の?)
そんなわけない、と頭を振る。
白昼夢とか幻覚とか、そういうものではないと思う──見たことがない以上、確信は持てないけれど。
私はいてもたってもいられなくなって、演習室に駆け戻った。
そして借りっぱなしになっていた第三書庫所蔵の資料を引っ掴む。
部屋にいた院生仲間にろくに挨拶もせず、私は演習室を飛び出した。
いつもの手順で入口のロックを解除する。
書庫内の照明はすべて点いていた──ということは。
ドアを閉めると、数メートル先の書架の間から彼が姿を見せた。
どこか、困ったような顔をしているように見える。
まるで私が普段とは異なる理由で来るのをわかっていたかのようだ。
私はその場で深く息を吸い込んだ。そして彼に向き直る。
「──あなたは、いったい誰なんですか」
私の言葉に、彼はふっと目を伏せた。
そして小さく息をつくような動作の後、こちらを見つめる。
その目はどこか遠くを見ているようだった。
「ミズキ──それが僕の名前だよ。君が求めている答えではないかもしれないけどね」
当然、名前を訊いたわけではなかった。
名前を知ったところで、彼の正体を知ることはできない。
それに、「ミズキ」という音だけでは苗字なのか名前なのかもわからない。
おそらく、彼はわざとわからないようにしているのだろう。
私は質問を変えることにする。
「あなた──ミズキさんは、この大学の学生ですか」
しばらく間が開いた。
空調の音がいやに大きく聞こえる。
「それは──イエスであり、ノーかな」
彼の返答に私は面食らう。
イエスであり、ノーとはどういう意味なのだろう。
この大学の学生であって学生でないなんて──あり得ない。
(──いや、もしかしたら)
私は彼をもう一度見つめ直す。
彼には何度も触れてきたし触れられてきた。
だからあり得ないと思うけれど、でも──…。
「ミズキさんは……生きている人間ですか」
聞いてはいけない質問だったのかもしれない。
彼は長い間答えなかった。
けれど急にふっと視線をそらしたかと思うと、彼は少し笑った。
「……きわどいことを聞くね」
私は少し身構えた。
彼は、もしかしたら本当に、生身の人間ではないのかもしれない──…。
「ノーと答えたいところだけど、これもまた、イエスでもあるんだ」
彼はそう言って腕を組み、背中から書架にもたれかかった。
一方で私はもう何が何だかわからなくなっていた。
(一体どういうこと……)
ここの学生であって学生でない。
生きた人間ではないけれど生きた人間でもある。
言っている意味が分からない。
でも不思議と、彼のことを怖いとは思わなかった。
それよりも、私は彼に、ここではないどこかで会ったことがある気がするのだ。
それは一体どこだろう。
「少し……昔話をしようか」
彼はそう言って私を誘った。私の混乱などお構いなしだ。
でも私は真実を知るためにここへやってきたのだ。拒む理由がない。
私はうなずき、一歩ずつ踏みしめるようにして彼のそばへと向かった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】
繭
恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。
果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる