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掌編 箱の中身は

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「やっぱり、君が最後だったね……」

私は緩衝材で丁寧に包んだ天体模型に向かって呟く。

あの時の箱の中身は、もうほとんど空に近づいていた。
ぬいぐるみも、アクセサリーも、新品に近い状態のものは全て引き取り手が見つかったのだ。

その中で最後まで残ったのがこの、天体模型だった。
当然かもしれない。
他のものに比べて、少し特殊な代物だから。

けれど無事に、ネット上のフリマサイトで買い手がついた。
インテリアとして部屋に飾るのだという。
もちろん、私は昔の恋人にあげたものだなんて言ったりはしない。
ただ、「数カ月間部屋に飾っていましたが、一度も使用してはいません」と説明書きに加えただけだ。
飾られていたのが私ではなく彼の部屋だったというだけで、嘘はついていない。


これで箱の中身はもう、躊躇なく捨てられるものばかりになった。
手紙や写真。
使い古されたストラップ。
私にとって、ゆえにこの世の誰にとっても、もう何の価値もないものたち。
少女マンガみたいに私の手で燃やすまでもなく、可燃ごみとして市の処理場に、焼却炉に行ってもらう。

すべてがもう、なかったことになる。

彼との日々が、完全に無駄なものだったとは思わない。
良くも悪くも、あの日々があったからこそ今の私があるのは確かだから。
あの苦しみを乗り越えて、間違いなく私は強くなった。
月並みだけれど。

(迷って迷って、苦しんで苦しんで、そうして出した「戻らない」という決断は、この上なく正しかったよ)

目を閉じ、過去の自分に語り掛ける。

だから大丈夫。
私はこれからも、ちゃんと選んでいける。
あるいは、自分の選択を最良のものに変えていける。
私はその場で思いっきり伸びをした。

そして天体模型を拾い上げる。
新しい持ち主のもとで、大切にしてもらえますように。
今度こそは、贈られたかと思えば送り返されるような、そんな悲惨な目には遭いませんように。

私は天体模型をそっと箱の中に収めた。
あの箱とは違う、この子の旅路のために用意した真新しい段ボール箱だ。

そしてくるりと振り返る。
目の前にはあの箱があった。
私はその中身を全部、ごみ袋に放り込む。
写真なんか見返さない。
手紙だって読み返さない。
全部一気に捨ててしまう。

「……これで、全部完了!」

努めて明るく声に出したはずなのに、聞こえてきたのは少し悲しげな自分の声だった。


-END-
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