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第7話 去る者

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「──あ、彩音。おはよ」

 翌朝、昇降口で靴を履き替えていると、後ろから声をかけられた。
 誰なのかは──振り返るまでもなく声でわかる。

「輝。おはよう」

 そう、去年私を合唱祭実行委員会に引っ張り込んだ張本人だ。

「昨日来なかったの、用事?」

 何の気なしに尋ねる。と、輝は訝しげに首をかしげた。

「何の話?」
「え?」

 もしかして、昨日新垣くんが流したメッセージが届いていなかったのだろうか。
 アプリや通知のエラーはよくあるし。

「昨日、実委のミーティングやってたんだよ」

 決して、来なかったことを責めたいわけじゃない。
 だからそう聞こえないよう気をつけたつもりだったのだけれど、輝ははっきりと顔をしかめた。

「ああ、あれ。何の間違いだろうと思ってたのに。ほんとにミーティングなんてやってたの?」

 今度は私が固まる番だった。

(間違いって……)

 なんとも形容しがたいいやな感覚が胸に広がる。
 でも言っておかなければならない気がして、私は控えめに口を開いた。

「実行委員会、だから……どうやったら合唱祭を実行できるか話し合ってたの」

 といっても、昨日はミーティングのほとんどが「なぜ中止になったのか」を解明することに費やされたけれど。そのうえ、肝心の原因は全くわからずじまいだ。
 それを今目の前にいる輝に正直に伝える気にはならなかった。どうせ彼女はわかっているだろうし。

 案の定、輝はフンと鼻を鳴らした。

「学校側が中止って決めたのに? 実行委員だからって何やったって無駄でしょ。彩音も暇じゃないんだから考えなよ」

 言葉なく立ち尽くす私を残して、輝は教室棟へと歩き去って行った。

 連絡が届いていなかったわけでもなかった。外せない用事があったわけでもなかった。
 輝は──ただ、「無駄」だから来なかったのだ。

 輝は別に、私や他の実行委員を馬鹿にしているわけじゃない。そんな子じゃないことは中学からの付き合いなのだからわかっている。
 ただ、私と違ってドライというか、切り替えが早いところがあるのだ。

 頭の回転は速いし弁も立つ。だから輝も加わってくれれば、実行委員会だってもっと何か進展するかもしれない。そう思っていたのだけれど。



(──うそ)

 そんな淡い期待は、昼休みにスマホに届いた通知で容赦なく打ち砕かれてしまった。
 新垣くんが、明日の放課後にまたミーティングを開く旨のメッセージを流した直後のことだ。

《牧村輝さんがグループ「合唱祭実行委員会」を退出しました》

 私は半ば呆然と、その無情な一文が表示された画面を見つめる。
 グループを抜けるということは、実行委員を辞めるということだ。もともと有志の集まりなのだから、去る者を引き留めることはできない。
 でも通知はそれで終わらなかった。

《湯浅純さんがグループ「合唱祭実行委員会」を退出しました》

 湯浅くんも、輝と同じく昨日は欠席だった委員だ。
 けれど新垣くんのところには「歯医者の予約があるので」と連絡があったというし、昨日だけのことだと思っていたのに。

 そして極めつけは──。

《山名香苗さんがグループ「合唱祭実行委員会」を退出しました》

(山名さんまで……)

 輝が先陣を切ったことで、他の人も抜けやすかったのは間違いない。
 だけど輝や、彼女に続いた二人を責めてはいけないと思う。実行委員であれ一般生徒であれ、立場は二つしかない──合唱祭の中止に賛成か、反対か。
 だからこれは、ある意味仕方のないことなのだ。

(……だけど)

 もともと九人いた合唱祭実行委員が、一気に六人になってしまった。

(お願い、これ以上は減らないで……!)

 そう祈りながら、でも怖くて一分おきにスマホを確認していたら、あっという間に昼休みは終わってしまった。
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