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第36話 一曲、一曲と
しおりを挟むフォルテのダイナミックな歌声にはっと意識を引き戻される。この曲の一番の見せ場──聴かせどころだ。
他チームの曲ではあるけれど、思わず一緒に歌い出しそうになる。歌い出したくてうずうずする。
(ああ、懐かしい……)
思えば合唱祭は毎年こうだった。これが合唱祭の空気だった。
その空気を今年も感じられたのだと思うと、胸の奥からこみ上げてくるものがある。鼻の奥も少しだけツンとした。
最初の合唱は優しいフェルマータで幕を閉じ、指揮者がそっと腕を下ろす。
彼が指揮台を下りて礼をすると、講堂には拍手が巻き起こった。
その拍手が鳴り止む頃、塚本くんがチームの退場の誘導に移る。反対側では湯浅くんが次のチームを誘導し始めた。
私は頃合いを見計らい、司会用のマイクを掴む。
「続きまして、『旅路』です」
これは中村くんが選んだ曲だ。
そして、一時は合唱には参加しないと表明していた桐山会長が選んだ曲でもある。
あの日、音楽資料室で中村くんが「是非入れたい」と推薦するまでは知らない曲だったので、ちゃんと聴くのは今日が初めてだ。わくわくする。
すうっと染みこむように流れ出したピアノの前奏に、私ははっと息をのんだ。
(……! これって、短調だよね?)
短調独特のほの暗さと迫力、内に秘めたる力を感じる。
一曲目とはがらりと雰囲気が変わり、その落差に聴衆が引き込まれているのがわかった。
「明日へ」を一曲目に据えたのは私だけれど、二曲目にこの「旅路」を持ってきたのは中村くんだった。さすがだと思わずにはいられない。
(ああ、私もこの歌、好きだ……)
後で中村くんに頼んで楽譜をもらわなければ。
♪ああ ぼくのこの目の前に
果てしなく広がる旅路
ぼくの進む道 ぼくの生きる道
女声と男声に分かれてのリフレインに鳥肌が立ちそうになる。
準備期間がたった一カ月でも、面識のない人も少なくない縦割りのチームでも、この完成度に到達できるのだ。
やっぱり、合唱祭は私の一番好きな行事だ。
聞き惚れている間に、「旅路」が終わってしまった。
曲の余韻が消えてしまうのが名残惜しい。けれど今日はいかんせん時間がないのだ。私はマイクを準備する。
あと二曲紹介すれば、司会は後半の輝にバトンタッチだ。そこからは、きっと自分の出番まであっという間だろう。
一曲ずつ、次の曲へと進むたびに、私たちは終わりへと近づいていく。
一番最後に控えている「夢の翼」は、合唱祭の終わりへの始まりだ。
合唱祭を締めくくるのはどんな合唱だろう、と注目されるだろうか。
それとも、連続で九曲も聴いた後ではみんな合唱そのものに飽きてしまっているだろうか。
参加者にしたって、みんなステージを終えプレッシャーや緊張から解放されているのだ。聴衆がどんな状態になっているかはわからない。
それでも私たちは歌うだけだ。
歌声に、歌詞にメッセージを乗せて、ただ歌うだけだ。
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