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Main Story ─ 次の色をさがして
第1話 突然の別れ話
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「──え」
私は正面に座る男──谷元亮介の顔をまじまじと見つめた。
おしゃれな店内にはジャズっぽい音楽が控えめに流れている。
「だから……俺たち、別れようって話」
その顔にほんの一瞬苛立ちが滲んだのを私は見逃さなかった。
「……『別れよう』?」
私はゆっくりと、亮介の言葉を繰り返す。
彼は片眉を上げただけで何も言わない。
「……『別れてください』の間違いじゃなくて?」
私は手にしていたカップをかちゃりと下ろし、にっこりと微笑んだ。
「な……」
私の反応が相当意外だったらしい。
亮介は言葉を失っている。
「あなたのことだから、外堀は全部埋まってるんでしょ? あとは私との関係を清算するだけってとこなんじゃない?」
私に別れを切り出したということは、きっと私よりも「優良な物件」が見つかったということなのだ。
いや、正確にはもうその優良物件を手に入れていると思う。
そのうえで、亮介は「古家」こと私を処分しにかかっているのだ。
「まさか……知ってたのか?」
知ってたって、いったい何をだろう。
私は何も知らない──でも正直にそう言ってやる義理もないと思うので黙っている。
すると亮介は悪びれる様子もなく言ったのだ。
「だったら話は早い。彼女、子どもができたんだ」
え──子ども?
それはさすがに想定外だった。
別れを切り出した時点で他に相手がいるのだろうとは思っていたけれど、まさかそこまで事が進んでいるとは。
「誰に……子どもができたって?」
心の内を悟られないよう慎重に訊く。
すると亮介は「何をわかりきったことを」と言わんばかりの表情で言ったのだ。
「決まってるだろ、茉莉だよ」
「──!」
マリ──私たちの共通の知り合いの中でその名前を持つ人間は一人しかいない。同じ部署の後輩社員、津山茉莉だ。
思わず絶句してしまう。
亮介と私はもともと、同じ会社の同じ部署の上司と部下という関係だった。もともとというか、今もそうだけれど。
うちの会社には「社内恋愛禁止」なんて古臭い規則はないし、私たちが付き合っていることはほとんどみんなが知っている。
それなのに。
どうしてこの男は、そこにわざわざ絵に描いたような三角関係をぶちこんでしまうのか。
私たち二人と同じ部署の、私よりもさらに若い社員に手を出すなんて、そして妊娠までさせてしまうなんて、絶対にどうかしている。
開いた口が塞がらない──この言葉を今使わずしていつ使うのだろう。
私は意識してため息を押し殺した。
男兄弟の中で育ち、幻想を抱きようがなかったせいか、私はあまり男の浮気にうるさくない方だと思う。
私が本命──というか一番の扱いを受けている限り、多少の「付き合い」は気にしない。
ただし、たとえば私とのデートを断って会いにいったり、私にくれたのより高価なプレゼントを贈ったりした時には、それ相応の答えを突きつける。それが私のスタンスだった。
「……それで、私をポイポイッと捨てて津山さんの方に行くわけなのね」
今更どうしようもないことはわかっているので、私は腹癒せにチクリチクリと言葉を突き刺していく。
津山さんが妊娠したというのは、多分本当なのだと思う。そんな嘘をつく必要はどこにもないからだ。
そしてそれはきっと、亮介にとっても不測の事態だったのだろう。
「そういう言い方するなよ。責任取らないわけにはいかないだろ」
責任?
私は心の中で盛大なため息をつく。
浮気相手の妊娠には責任を感じて、私と二年半付き合ったことには何の責任も感じないらしい。
そうじゃなきゃそんな、「心外だ」みたいな顔はできないはずだ。
「……それで? 言い直す気にはなったの?」
私はゆっくりと言った。顔にはまた、静かな微笑みを張り付ける。
「別れたくない」なんて執着するつもりはなかった。
どうせこの男にとっては彼女と結婚すること──すなわち私と別れることは決定事項なのだ。
もがくだけ無駄なのはわかっている。けれど。
「……ったく。わかったよ。頼むから別れてくれ。別れてください」
不承不承ながらも亮介はそう言って頭を下げた。
へえ、と私は表情を変えずに思う。
このプライドの高い男が頭を下げるなんて。それだけ津山さんが大事ってことなのだろうか。
「……いいわ。もうこれで終わりにしましょう」
私はつぶやくように言って、ぬるくなった紅茶をすすった。
私は正面に座る男──谷元亮介の顔をまじまじと見つめた。
おしゃれな店内にはジャズっぽい音楽が控えめに流れている。
「だから……俺たち、別れようって話」
その顔にほんの一瞬苛立ちが滲んだのを私は見逃さなかった。
「……『別れよう』?」
私はゆっくりと、亮介の言葉を繰り返す。
彼は片眉を上げただけで何も言わない。
「……『別れてください』の間違いじゃなくて?」
私は手にしていたカップをかちゃりと下ろし、にっこりと微笑んだ。
「な……」
私の反応が相当意外だったらしい。
亮介は言葉を失っている。
「あなたのことだから、外堀は全部埋まってるんでしょ? あとは私との関係を清算するだけってとこなんじゃない?」
私に別れを切り出したということは、きっと私よりも「優良な物件」が見つかったということなのだ。
いや、正確にはもうその優良物件を手に入れていると思う。
そのうえで、亮介は「古家」こと私を処分しにかかっているのだ。
「まさか……知ってたのか?」
知ってたって、いったい何をだろう。
私は何も知らない──でも正直にそう言ってやる義理もないと思うので黙っている。
すると亮介は悪びれる様子もなく言ったのだ。
「だったら話は早い。彼女、子どもができたんだ」
え──子ども?
それはさすがに想定外だった。
別れを切り出した時点で他に相手がいるのだろうとは思っていたけれど、まさかそこまで事が進んでいるとは。
「誰に……子どもができたって?」
心の内を悟られないよう慎重に訊く。
すると亮介は「何をわかりきったことを」と言わんばかりの表情で言ったのだ。
「決まってるだろ、茉莉だよ」
「──!」
マリ──私たちの共通の知り合いの中でその名前を持つ人間は一人しかいない。同じ部署の後輩社員、津山茉莉だ。
思わず絶句してしまう。
亮介と私はもともと、同じ会社の同じ部署の上司と部下という関係だった。もともとというか、今もそうだけれど。
うちの会社には「社内恋愛禁止」なんて古臭い規則はないし、私たちが付き合っていることはほとんどみんなが知っている。
それなのに。
どうしてこの男は、そこにわざわざ絵に描いたような三角関係をぶちこんでしまうのか。
私たち二人と同じ部署の、私よりもさらに若い社員に手を出すなんて、そして妊娠までさせてしまうなんて、絶対にどうかしている。
開いた口が塞がらない──この言葉を今使わずしていつ使うのだろう。
私は意識してため息を押し殺した。
男兄弟の中で育ち、幻想を抱きようがなかったせいか、私はあまり男の浮気にうるさくない方だと思う。
私が本命──というか一番の扱いを受けている限り、多少の「付き合い」は気にしない。
ただし、たとえば私とのデートを断って会いにいったり、私にくれたのより高価なプレゼントを贈ったりした時には、それ相応の答えを突きつける。それが私のスタンスだった。
「……それで、私をポイポイッと捨てて津山さんの方に行くわけなのね」
今更どうしようもないことはわかっているので、私は腹癒せにチクリチクリと言葉を突き刺していく。
津山さんが妊娠したというのは、多分本当なのだと思う。そんな嘘をつく必要はどこにもないからだ。
そしてそれはきっと、亮介にとっても不測の事態だったのだろう。
「そういう言い方するなよ。責任取らないわけにはいかないだろ」
責任?
私は心の中で盛大なため息をつく。
浮気相手の妊娠には責任を感じて、私と二年半付き合ったことには何の責任も感じないらしい。
そうじゃなきゃそんな、「心外だ」みたいな顔はできないはずだ。
「……それで? 言い直す気にはなったの?」
私はゆっくりと言った。顔にはまた、静かな微笑みを張り付ける。
「別れたくない」なんて執着するつもりはなかった。
どうせこの男にとっては彼女と結婚すること──すなわち私と別れることは決定事項なのだ。
もがくだけ無駄なのはわかっている。けれど。
「……ったく。わかったよ。頼むから別れてくれ。別れてください」
不承不承ながらも亮介はそう言って頭を下げた。
へえ、と私は表情を変えずに思う。
このプライドの高い男が頭を下げるなんて。それだけ津山さんが大事ってことなのだろうか。
「……いいわ。もうこれで終わりにしましょう」
私はつぶやくように言って、ぬるくなった紅茶をすすった。
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