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第6話 フェアリーゴッドマドカ?

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「……ねえ、女子って楽しいよ」

せっせと手を動かしながら、円香がぽつりと言った。

「んー?」

表情筋をできるだけ動かすまいとしたせいで、なんだか間抜けな相槌になってしまう。

「化粧はマナーとか、ヒールはルールとか、女は常に魅力的であれみたいな風潮はね、嫌いなのよ私も。でもそういう空気みたいなのに背を向けることはできても、女であることからは逃げられないじゃない?」

なんとなく、円香の言わんとすることはわかる気がした。
「人間は中身!」なんて謳うその口で、外見を飾らない選択は「女を捨ててる」などと平気で揶揄するのだから人間は勝手な生き物だと思う。

「よく『おしゃれは自分のため』って言うでしょ。あの意味が、おしゃれのために本気で努力して初めてわかったの」

努力──?
なんだか、目の前の完璧美人とはうまく繋がらない言葉だ。
すると、まるでそれが伝わったかのようなタイミングで円香と目が合った。

「……私、今より三十キロぐらい重かったって言ったらびっくりする?」

一瞬、意味がわからなかった。けれどこの文脈で言うなら……。

「重かった、って……もしかして体重の話?」

すると円香はあっさりうなずいた。

「そ。ノロでやられてげっそりしたのを機にね。っていってもノロで減ったのは三キロくらいだったから、結局それから三年かけて」

三年で三十キロのダイエットをやり遂げたということらしい。
内定式で初めて会った時にはすでに今の円香だったから、学生時代の話だろうか。

「すごい……っていうか、想像できない」

想像できないのは三十キロを減らす苦労ではない──今より三十キロ重かった円香の方だ。
どちらに解釈したかはわからないが、少なくとも円香は気を悪くしたふうではない。

「私も自分でびっくりした」

円香はブラシを持ち替えながら笑う。

「信じられないくらい服が似合うんだもん。こんなこと言ったら完全にナルシストだけど、鏡見るのがほんとに楽しかった。街中歩いててガラスに映るシルエット見るだけで気分上がってたし」

そんな円香の姿はやっぱりうまく想像できなくて、私はまた「ほへー」と間の抜けた返事をしてしまった。

「それでそこからね、メイクやヘアセットの研究もするようになって。もはや完全に別人」

円香に言われて目を閉じているので、その表情は見えない。
けれど楽しそうな雰囲気だけは伝わってきた。

「でもそれができるのって、女子ならではだと思うのよ。ファッションにしても髪型にしても、選べる幅が男性よりずっと広い」

CMか何かで聞いた「女の子を、楽しむ♪」というフレーズがふと浮かぶ。
そんなことができるのは、一部の恵まれた女子たちだけだと思っていた。
でも円香は自力でそこにたどり着いたのだ。

「好きな自分っていうか、なりたい自分になる、みたいな。たとえば顔の気に入らないパーツだって、メイクで理想に寄せられる──ほら、こんなふうに」

そう言って、円香は私の前に鏡を持ってきた。
促されてのぞき込む。

「──わあ!」

鏡に映る自分に驚いて、にっこり笑う円香を見上げ、それからまた鏡をのぞき込む──我ながら忙しいやつだ。
でもそうせずにはいられないくらいの感動がそこにあった。
野暮ったかった目元がきりりと涼し気な印象になり、フェイスラインはすっきり、鼻筋もきれいに通って見える。
間違いなく自分の顔なのに、大げさでなく見違えるようだった。

「沢居ちゃんすごい! これ、もはや『なんちゃって美人』名乗れる!」

身を乗り出すようにして言うと、円香は吹き出した。

「なんちゃってじゃなくて……どうせならガチ美人目指そうよ」
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