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「ダイアナ様、お湯加減はいかがですか?」
「ちょうど良いです。」
休む間もなく、あの後アイザックさんと一緒に馬に乗せられ森を出た。
小屋から森の出口まではあっという間で、これなら自力でも森から出られただろう。
もう運が悪いというか、呪われているとしか思えない。
一行が向かった先のお屋敷で、殿下と呼ばれた青年は身支度を整え次第、登城するようにアイザックさんに告げると近衛騎士の方々と去っていった。
私は小屋からずっとアイザックさんに抱えられ、彼が使用人の人達に指示を出している間も降ろしてもらえず、
「この女性は私の妻になる大切なレディだ。
昨日、求婚の了承を貰い喜びのあまり無体を働いてしまった。大至急、湯浴みの用意をしてやってくれ。私はこれから支度して登城するから、戻るまで彼女の世話を頼む。万が一にも無いとは思うが、彼女に無礼を働く者が出たら私が只では済まさない。」
と淡々と告げるのを聞いていた。
何度か降ろして欲しいと言ってみたものの、その度に我慢してくれと辛そうに言われて黙るしか無かった。
しばらくして湯浴みの用意が整ったと老年の男性が告げに来ると彼は私をバスルームまで運び、そっと降ろすと何も言わずに出ていった。
そして、私は数人のメイドさんに手伝ってもらいながら体の汚れを落とし、湯船に身を沈めている。
自分でやると断ったが、主人の命令だと引き下がらなかった。
結局されるがままになった私に一番年配のメイドさんが申し訳なさそうに口を開く、
「急なことでしたから、若いお嬢様方向けの香りのサボンの用意が無く申し訳ございません。」
「いえ、おかまいなく。」
若いお嬢様方向けの香りとは何ぞや?
今使ったサボンだって充分高級な部類に入る良い香りがした。
というか、この人達はこの状況に疑問は無いのだろうか。
私の体は昨夜の悲劇の後が生々しく残っている。
「あの、いきなり私を妻として扱えと言われて皆さんはその、疑問に思われたりしないのでしょうか?」
「旦那様のご命令ですから、私達は従うのみでございます。」
困惑の色を見せずに、節目がちに告げる姿は正に使用人の鑑とも言える姿だ。
それ以上、何も聞く気になれず私は温かな湯船に身を沈めた。
とにかく今は大人しくして脱出の機会を待つことにしよう。
いつ彼らの気が変わるとも分からない、やっぱり口を封じると言われたっておかしくないのだから。
湯浴みが済むと質の良い寝巻きとガウンを着せられて、客室のような部屋に通された。
今日はゆっくりお休みください、と告げてメイドさん達は部屋から出て行った。
テーブルの上には色とりどりのフルーツと果実水だろうか、薄紅色の液体が入ったガラスの水差しが置かれている。
ありがたくフルーツを少し食べ、果実水を飲む。
昨日の昼から食べていなかった体に染み渡っていくのを感じた。
「私の荷物はあるから、、、うーんでも2階かぁ昼間は出れなさそう。」
窓から外を見ると部屋の天井が高いせいか2階とはいえかなりの高さだった。
シーツやカーテンをつなげば降りて行けそうだけど、夜しか逃げられそうにない。
でもいきなり逃げたらやっぱり口を封じろってなるかな?
アイザックさんにどうにかならないか相談した方がいいような気がしてきた。
「えーっと、誰かいますか?」
ドアからそっと顔を覗かせると廊下の端に若いメイドさんが見えた。
「あの、申し訳ないのですが。」
「はい、どうされましたか?」
メイドさんは弾かれたようにこちらを見ると、小走りにこちらへ近付いてくる。
あぁ、そんなに急がなくてもいいのに。。。
「あの、アイザックさんはいつ頃お戻りでしょうか?相談したいことがあるのですが。」
「旦那様のお戻りは明日になると聞いております。」
「そうですか。お仕事の手を止めさせてごめんなさい。」
「いえ、とんでもございません。あの、御用の際はお部屋の呼び鈴がございますのでそちらを鳴らしていただければ、直ぐに誰か伺います。」
おっと、呼び鈴の存在を忘れていた。
「親切に教えてくれてありがとう。」
私がそう言うと、彼女は一礼して去って行った。
とにかく、今日すぐにどうこうされることは無さそうなので一旦寝よう。
そして明日、アイザックさんと一度話をしよう。
そうしてしばらく微睡んでいるとトントンというノックの音に起こされた。
ぼんやりとする頭で窓の外を見ると夕暮れの赤と濃紺の空が見える。
「はい、どうぞ。」
そう答えたが、誰か入ってくる気配は無い。
気のせいだろうか?
ベッドからそっと抜け出してドアを開ける。
「!!」
ドアの外には騎士の制服を来た精悍な顔つきの男性が立っていた。
何のことはない、髭を剃って髪を後ろでまとめたアイザックさんなのだが、とても良い男に見える。
昨日の荒れた姿からは想像できない。
彼は私を見て、固まっている。
「お戻りは明日だと聞いていましたが、早く戻られたんですね。」
私がそう言葉をかけると彼は大きく息を吐いて意を決したように口を開いた。
「貴女が相談があると屋敷の者が伝えてくれたので、最優先事項だと言って戻ってきた。また直ぐに戻らなければいけないが。」
「え!お仕事を抜けて来たんですか?それは申し訳ないことをしました。」
ひとまず、彼を部屋に通す。
ここは彼の家なのにこれでは主人とお客の立場が逆なんじゃなかろうか?
「レディ、体の方は大丈夫だろうか?殿下が必要ならば秘密裏に医者を用意するとおっしゃっている。」
秘密裏って何!?
やだやだ怖いー!
来なくて良いですー!
「私は薬師です。こういう時の傷の薬も持ち合わせておりますからご心配なく。あの、座って話しませんか?」
「すまない、気が付かなくて。」
彼と向かい合わせに座る。
まじまじと見るとやはり良い男で、その彼が昨日野獣のように私を貪ったかと思ったら急に恥ずかしくなってきてしまった。
平常心だ、平常心。
「あの、相談というのはですね。やはり昨日のは事故ということで妻とか責任とか気にされずに、少し休ませていただいたら出て行きたいんです。」
彼は眉間に皺を寄せて怖い顔をしたかと思うと、低い声で「使用人達が何か余計な事を言っただろうか?」と聞いた。
怖いよぉ、すっごく怖いぃ。
「いえ、違います。使用人の皆さんは得体の知れない私に良くしてくださっています。ただ、貴方は将来有望な方なんですよね?私みたいな性奴隷上がりの得体の知れない人間が奥さんになったらご迷惑をかけます。」
私は幼い頃に口減らしで奴隷商人に売られてある貴族の性奴隷になった。
数年後に感染症にかかり打ち捨てられた所を薬師の先生「母さん」に拾われて治療を施されて教育を受けた。
母さんが心臓の病で亡くなったすぐ後に住んでいた国で政変が起きたこともあり、旅の薬師としてここ数年は隣国のこの国の各地を巡って生きている。
特に目標も目的もない流浪の旅だ。
よってしがらみも何も無い。
「ということなので、ここでまた1人になっても何の問題もないわけです。」
どうだろうか?
中々の名演説だったと思うのだけど?
「承服しかねる。」
えぇー、即答ですか。
そして更に怖い顔をしてらっしゃる。
何でー?
「そのような過酷な環境で必死に生き抜いてきた貴女を今ここで放り出すような真似をしたら私は一生自分を許せない。それに貴女がここにいることは殿下の命令でもあるのだ。
もしどうしても出て行くというならば、そう出来ないように処置するしかない。しかし、出来れば無理強いはしたくない。分かって貰えるだろうか?」
処置という言葉に一気に血の気が引く。
鎖で繋ぐとか、足の腱を切るとか、恐ろしい考えがグルグルと頭を巡る。
「分かりました。私は妻としてここに居ます。」
「感謝する。必要なものは何でも使用人達に言えばいい。私はしばらく帰ってこれないだろうから気兼ねなく過ごしてくれ。」
では、失礼すると席を立った彼を咄嗟に呼び止めた。
鞄の中から、胃薬を取り出してそっと差し出す。
「あの、昨日たくさんお酒を召し上がっていらっしゃったので、胃薬を良かったらどうぞ。もし不要なら捨てて下さい。」
「、、、貴女はとても寛大な女性だな。」
彼は薬を受け取ると厳しい顔つきのまま出て行った。
さてこれからどうしたものやら・・・。
「ちょうど良いです。」
休む間もなく、あの後アイザックさんと一緒に馬に乗せられ森を出た。
小屋から森の出口まではあっという間で、これなら自力でも森から出られただろう。
もう運が悪いというか、呪われているとしか思えない。
一行が向かった先のお屋敷で、殿下と呼ばれた青年は身支度を整え次第、登城するようにアイザックさんに告げると近衛騎士の方々と去っていった。
私は小屋からずっとアイザックさんに抱えられ、彼が使用人の人達に指示を出している間も降ろしてもらえず、
「この女性は私の妻になる大切なレディだ。
昨日、求婚の了承を貰い喜びのあまり無体を働いてしまった。大至急、湯浴みの用意をしてやってくれ。私はこれから支度して登城するから、戻るまで彼女の世話を頼む。万が一にも無いとは思うが、彼女に無礼を働く者が出たら私が只では済まさない。」
と淡々と告げるのを聞いていた。
何度か降ろして欲しいと言ってみたものの、その度に我慢してくれと辛そうに言われて黙るしか無かった。
しばらくして湯浴みの用意が整ったと老年の男性が告げに来ると彼は私をバスルームまで運び、そっと降ろすと何も言わずに出ていった。
そして、私は数人のメイドさんに手伝ってもらいながら体の汚れを落とし、湯船に身を沈めている。
自分でやると断ったが、主人の命令だと引き下がらなかった。
結局されるがままになった私に一番年配のメイドさんが申し訳なさそうに口を開く、
「急なことでしたから、若いお嬢様方向けの香りのサボンの用意が無く申し訳ございません。」
「いえ、おかまいなく。」
若いお嬢様方向けの香りとは何ぞや?
今使ったサボンだって充分高級な部類に入る良い香りがした。
というか、この人達はこの状況に疑問は無いのだろうか。
私の体は昨夜の悲劇の後が生々しく残っている。
「あの、いきなり私を妻として扱えと言われて皆さんはその、疑問に思われたりしないのでしょうか?」
「旦那様のご命令ですから、私達は従うのみでございます。」
困惑の色を見せずに、節目がちに告げる姿は正に使用人の鑑とも言える姿だ。
それ以上、何も聞く気になれず私は温かな湯船に身を沈めた。
とにかく今は大人しくして脱出の機会を待つことにしよう。
いつ彼らの気が変わるとも分からない、やっぱり口を封じると言われたっておかしくないのだから。
湯浴みが済むと質の良い寝巻きとガウンを着せられて、客室のような部屋に通された。
今日はゆっくりお休みください、と告げてメイドさん達は部屋から出て行った。
テーブルの上には色とりどりのフルーツと果実水だろうか、薄紅色の液体が入ったガラスの水差しが置かれている。
ありがたくフルーツを少し食べ、果実水を飲む。
昨日の昼から食べていなかった体に染み渡っていくのを感じた。
「私の荷物はあるから、、、うーんでも2階かぁ昼間は出れなさそう。」
窓から外を見ると部屋の天井が高いせいか2階とはいえかなりの高さだった。
シーツやカーテンをつなげば降りて行けそうだけど、夜しか逃げられそうにない。
でもいきなり逃げたらやっぱり口を封じろってなるかな?
アイザックさんにどうにかならないか相談した方がいいような気がしてきた。
「えーっと、誰かいますか?」
ドアからそっと顔を覗かせると廊下の端に若いメイドさんが見えた。
「あの、申し訳ないのですが。」
「はい、どうされましたか?」
メイドさんは弾かれたようにこちらを見ると、小走りにこちらへ近付いてくる。
あぁ、そんなに急がなくてもいいのに。。。
「あの、アイザックさんはいつ頃お戻りでしょうか?相談したいことがあるのですが。」
「旦那様のお戻りは明日になると聞いております。」
「そうですか。お仕事の手を止めさせてごめんなさい。」
「いえ、とんでもございません。あの、御用の際はお部屋の呼び鈴がございますのでそちらを鳴らしていただければ、直ぐに誰か伺います。」
おっと、呼び鈴の存在を忘れていた。
「親切に教えてくれてありがとう。」
私がそう言うと、彼女は一礼して去って行った。
とにかく、今日すぐにどうこうされることは無さそうなので一旦寝よう。
そして明日、アイザックさんと一度話をしよう。
そうしてしばらく微睡んでいるとトントンというノックの音に起こされた。
ぼんやりとする頭で窓の外を見ると夕暮れの赤と濃紺の空が見える。
「はい、どうぞ。」
そう答えたが、誰か入ってくる気配は無い。
気のせいだろうか?
ベッドからそっと抜け出してドアを開ける。
「!!」
ドアの外には騎士の制服を来た精悍な顔つきの男性が立っていた。
何のことはない、髭を剃って髪を後ろでまとめたアイザックさんなのだが、とても良い男に見える。
昨日の荒れた姿からは想像できない。
彼は私を見て、固まっている。
「お戻りは明日だと聞いていましたが、早く戻られたんですね。」
私がそう言葉をかけると彼は大きく息を吐いて意を決したように口を開いた。
「貴女が相談があると屋敷の者が伝えてくれたので、最優先事項だと言って戻ってきた。また直ぐに戻らなければいけないが。」
「え!お仕事を抜けて来たんですか?それは申し訳ないことをしました。」
ひとまず、彼を部屋に通す。
ここは彼の家なのにこれでは主人とお客の立場が逆なんじゃなかろうか?
「レディ、体の方は大丈夫だろうか?殿下が必要ならば秘密裏に医者を用意するとおっしゃっている。」
秘密裏って何!?
やだやだ怖いー!
来なくて良いですー!
「私は薬師です。こういう時の傷の薬も持ち合わせておりますからご心配なく。あの、座って話しませんか?」
「すまない、気が付かなくて。」
彼と向かい合わせに座る。
まじまじと見るとやはり良い男で、その彼が昨日野獣のように私を貪ったかと思ったら急に恥ずかしくなってきてしまった。
平常心だ、平常心。
「あの、相談というのはですね。やはり昨日のは事故ということで妻とか責任とか気にされずに、少し休ませていただいたら出て行きたいんです。」
彼は眉間に皺を寄せて怖い顔をしたかと思うと、低い声で「使用人達が何か余計な事を言っただろうか?」と聞いた。
怖いよぉ、すっごく怖いぃ。
「いえ、違います。使用人の皆さんは得体の知れない私に良くしてくださっています。ただ、貴方は将来有望な方なんですよね?私みたいな性奴隷上がりの得体の知れない人間が奥さんになったらご迷惑をかけます。」
私は幼い頃に口減らしで奴隷商人に売られてある貴族の性奴隷になった。
数年後に感染症にかかり打ち捨てられた所を薬師の先生「母さん」に拾われて治療を施されて教育を受けた。
母さんが心臓の病で亡くなったすぐ後に住んでいた国で政変が起きたこともあり、旅の薬師としてここ数年は隣国のこの国の各地を巡って生きている。
特に目標も目的もない流浪の旅だ。
よってしがらみも何も無い。
「ということなので、ここでまた1人になっても何の問題もないわけです。」
どうだろうか?
中々の名演説だったと思うのだけど?
「承服しかねる。」
えぇー、即答ですか。
そして更に怖い顔をしてらっしゃる。
何でー?
「そのような過酷な環境で必死に生き抜いてきた貴女を今ここで放り出すような真似をしたら私は一生自分を許せない。それに貴女がここにいることは殿下の命令でもあるのだ。
もしどうしても出て行くというならば、そう出来ないように処置するしかない。しかし、出来れば無理強いはしたくない。分かって貰えるだろうか?」
処置という言葉に一気に血の気が引く。
鎖で繋ぐとか、足の腱を切るとか、恐ろしい考えがグルグルと頭を巡る。
「分かりました。私は妻としてここに居ます。」
「感謝する。必要なものは何でも使用人達に言えばいい。私はしばらく帰ってこれないだろうから気兼ねなく過ごしてくれ。」
では、失礼すると席を立った彼を咄嗟に呼び止めた。
鞄の中から、胃薬を取り出してそっと差し出す。
「あの、昨日たくさんお酒を召し上がっていらっしゃったので、胃薬を良かったらどうぞ。もし不要なら捨てて下さい。」
「、、、貴女はとても寛大な女性だな。」
彼は薬を受け取ると厳しい顔つきのまま出て行った。
さてこれからどうしたものやら・・・。
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