創作短編集

小山知里

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会社勤め SENKI

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 ーセイサンコウリツガ、20%サガッテイマス。タダチニベツノギョウムニアタッテクダサイ。
 無機質な声に内心を舌打ちしながらサトウレナはパソコンに向かう。
AIが上司ということが珍しくなくなった時代、的確で論理的な指示が出され、仕事の生産効率が上がったかのように見えたが、彼女にとっては苦痛で仕方なかった。
 常に監視され、仕事に追い立てられる。休憩がてらにお手洗いに行って同僚と雑談しようものなら、あの独特の抑揚と音声で「お手洗いに何分かかりました。平均時間より10分長いです」と言われる。お手洗いに平均時間なんてあるのか、と彼女は内心ふてくされたが、戻って遅れた分の仕事を黙々とするしか手立てはなかった。感情のこもっていない「すみません」という言葉を発しながら、この真意はAIに伝わるのだろうかと取り留めもない思考を巡らせる。

 やっとの思いで午前中の仕事を終えて、お昼休憩に入る。彼女はたまの贅沢に、とお気に入りの店に入る。顔馴染みの店員さんに日替わりランチを頼み、待つ間タブレットを広げる。
 とりとめもない、今日の天気だとかあそこのカフェが美味しいだとか、自分は更新していないけど楽しそうなSNSを眺めてみるだとか、そういったことをした後、彼女は何気なく「会社 上司 しんどい」で検索してみた。同じような思いの人がいればいいな、くらいの軽い気持ちであったが、何万という数がヒットしてしまって思わず苦笑する。スクロールしていくと殊更目を引くページを見つけた。
 
  ”おつぼね戦記”と書かれたページは至ってシンプルで、テキストだけが連なっている。
 そこにはこう始まっていた。
 「かつてお局とは宮中で重要な身分を司る女性であったらしい。しかし、いつしか会社で幅を利かせている社員のことを刺すようになった。男女問わず、厄介でケッタイな人間はごまんといる。我々はそういった理不尽な怒りに断固として闘う。これはその戦いの記録である。」
 レナは仰々しい文体に思わず笑ってしまう。装飾がない分、異彩を放っているそのページに釘付けになった。続いて1990年代半ばごろから始まった掲示板やブログ、SNSのアーカイブが閲覧できるようになっていた。
 
 適当なボタンをタップする。それは随分昔の人が書いたブログのようであった。
”2019年5月20日 今日はかなりしんどかった。お気に入りの社員が休みで不機嫌だった。(絵文字)周りにジャバしかいなくて、初めてする業務を確認しようとしたら「言いましたよね?なんで一回でわからないのかな?」と大声で言われた。”

 どうやらジャバというのは上司が影で呼ばれているあだ名らしい。

 ”2019年6月2日 話を聞いて欲しそうな顔をしているが気が付かないふりをしていて少し気分が晴れた。腰ぎんちゃくの先輩がすかさず何があったのか聞いていた。何となく腹が立ったのでジャバの机は雑に拭いた。”
 ”2019年7月5日 小言が酷くなってきた。何かあれば呼び出されてぶつぶつ言われる。同僚も優しい先輩も心配してくれている。”
 ”2019年7月14日 とうとうやってしまった。何か言われる度に耳を塞ぎながら「あーあーあー」って言った。ジャバは呆然としていた。少しスッキリした。周囲も少し笑っていた。”
 
 ここで思わず吹き出してしまった。いきなり「あーあーあー」と言われたら驚いて一瞬怒りも忘れてしまうだろうな、と笑みが溢れる。その後の去就が気になったがプレートが運ばれてきてしまった。
 
 
 サラダを頬張りながら、自分の上司もといAIのプログラムをいじったらどうなるだろうと考える。一応人型を成しているそれを、物理的に破壊してしまったらスッキリするだろうがとんでもないことになりそうだ。電源プラグを引っこ抜く?充電をし忘れたことにして放置してしまう?なんて無駄なことを考えていると少し元気が出てきた。


 今日も色んなものと戦いながら、仕事をしている。
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