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第03話

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「この花は預からせていただきます。
 準備してから後ほど、お姉様の元に合流しますので、その時にまたお会いしましょう。」
 目を輝かせて話すフランソワに、イヴは少々気負い気味。
 この花屋の店長さん、色んな意味で大丈夫・・・よね?
「はい、分かりました。
 ・・・あのー、ご協力は営業に支障のない範囲でいいですからね。」
「お気遣いありがとうございます。
 もう間もなくスタッフが配達から帰ってきますので、その者と店番を交代しますから大丈夫ですわ。」
 あ、準備というのはそういう事か。
「では、また後で。」
「はい!」
 最初の怒りの形相はどこへやら。
 イヴは満面の笑みで見送られ、園芸店を後にした。
 イヴの気配が消えてから
「話は聞きましたね?」
 フランソワの背から、シュルシュルと金色の蛇が姿を現した。
 魔法使いフランソワとしての使い魔だ。
「この花が元々あった場所を探し当てて下さい。
 違法な場所のようですから、邪魔だてする者は全て処分して結構ですわ。」
 金色の蛇は軽く頷くと、静かに地面へと姿を消していく。
 フランソワは店内に戻り、事務室のロッカーから愛用の鞭を取り出した。
 鮮血の鞭(ブラッド・ウィップ)または薔薇の鞭(ローズ・ウィップ)と呼ばれるこの鞭。
 無数の棘があり、締め付ければ吸血を始め、敵をミイラ化させて殺す凶悪な武器だ。
 普通の者が装備すれば呪われてしまういわくつきの武器なのだが、フランソワは例外で植物に由来する武具に関しては一切呪われる事がない。
 これはフランソワの魔力によるユニークスキルで、彼女以外にこの能力を得ている者は皆無だった。
「もしお姉様に盾突くような輩でしたら、私の茨で絞め殺してあげましょう。」
 フランソワの語る準備とは、ケイトの敵になる者を全て殲滅する為の下準備、という事が正解のようである。

 城下町北西部の端。
 国外から流れてきて、冒険者や事業などに失敗して行く先を失った者たちがたどり着くスラム街がある。
 護衛団でも持て余している箇所で、年々悪化の一途をたどっていた。
 そんなこの場所は、国が認めていない非公認の組織の者たちがスカウトに訪れる場所。
 盗賊ギルドの巡回ルートになっている。
 こういった危険区域は、護衛団とニードルの共同管轄区域として扱われていた。
 言うなればニードル(王国承認暗殺ギルド)とは、サット(特殊急襲部隊)の様な存在に位置付けられているのだろう。
 女王エレナは、就任後この地域を徹底的に活用していた。
 盗賊ギルドに通じている腐敗した貴族どもを始末する為に。
 王宮魔法陣の面々が、アリサの祖母マサリナを除いて圧倒的に若い顔ぶれになっているのは、そういった理由もあった。
 無能だけでなく悪行に手を染める貴族など、国の恥でしかない。
 徹底的に首を落とす。
 それが女王の狙いだった。
 それ故にスラム街の改善に着手の手が伸びにくく、そのままとなってしまっている。
 しかし要因はそれだけでなく、もう一つあった。
 ここスラム街に存在する地下迷宮だ。
 古の世界の遺物である地下の大下水道とも直結しており、下水道に魔物をはびこらせている原因になっているとも言われていた。
 だが、ここの魔物の強さは中級で、初心な冒険者ではパーティーを組んでも全滅するのがオチである。
 そんな迷宮に挑み、満身創痍の状態で地上に戻ってきた冒険者たちの前にケイトは立っていた。
 男3人が前衛、女3人が後衛の典型的な6人パーティーね。
「地下探索、御苦労様。
 スタミナのポーションをあげる代わりに、情報を提供してくれないかしら?」
「高級なポーション6本との見返りって、どれだけヤバい情報を知りたいんだ?」
 ・・・母さんの手作りだから、市販品と違って高級でもないんだけどなー。
 まあいいか、そう思ってるなら。
「ここの地下迷宮、都市伝説みたいな話があるって聞いた事あるんだけど。
 よかったらそれを知ってるだけ全て教えて頂戴。」
「・・・そんな情報でいいのか?
 他の奴らに聞いても良かったんじゃ?」
「経験上、男だけのパーティーとか、女だけのパーティーとかって、ロクな奴に会った事ないのよ。
 その点、あなたたちなら男女混合だし、満身創痍だけど統率はとれてる感じだったからね。」
 ・・・まさか、お祖母ちゃんの占いの結果、だなんて言えないしねー。
「監察官みたいな物言いだな。
 分かった。
 ただ、時間も時間だ。
 できるならゆっくり食事をしながらにしたい。
 キルジョイズの酒場で午後7時に待ち合わせでいいか?」
「いいわよ。」
「即答だな。
 俺はカイル。
 このパーティーのリーダーをやっている。
 俺の名前で個室を予約するから、酒場にきたら俺の名前を出してくれ。」
「分かったわ。
 じゃあ午後7時に会いましょう。」
 そう言葉を交わし、皆この場を離れていった。

 ケイトと離れた後、
「どうする、カイル?
 あの事も話すか?」
 右隣を歩いていたエルフの男が聞いてきた。
「とりあえずは、あの迷宮の都市伝説を話してからだ。
 何が目的で冒険者でもない女性が探りを入れているのか、それが明確になってからの方がいいだろう。」
 すると、左隣を歩いていたドワーフの男がうんうんと頷く。
「だな。
 それが無難だ。
 目的が同じなら嬉しいんだが。」
 それはケイトの祖母ベレッタの占い通り、同じ目的になるのであった。

 ケイトが家に戻り、魔術探偵事務所の玄関から入ると見慣れない靴があった。
 人形娘ドールがやってきて、
「ケイト様。
 イヴ様とフランソワ様がお見えになっております。」
 と言われ硬直する。
「えええ?
 イヴはともかく、なんでフランソワが?」
「ケイト様の仕事のお手伝いをする話になっているのですが。」
 ケイトには、なんでそんな話に発展してるのか理解出来なかった。
 理解出来ないけど・・・会うしかない・・・のね。
「ドール、コーヒーお願い。」
「かしこまりました。」
 とりあえず事務室に入る。
 するとそこには、ニードルのイヴと、恍惚の表情でケイトを見つめるフランソワがいた。
「お久しぶりです、お姉様!
 お会いできて嬉しいですわ!!」
 ケイトはできるだけ遠ざかりたかったが、というか部屋から出たかったが、止む無く向かいのソファーに座る。
 ドールがコーヒーを3人分運んでくると、ケイトはそれを一気飲みしてしまった。
 脂汗が出そうな緊張を、コーヒーで無理矢理押さえつけている。
「イヴ、どうゆう事なの?」
 イヴは、エルと共に西区と病院を回り、花を得てからキャサリンにフランソワの花屋の存在を聞いた事まで、細かく説明した。
 説明・・・というよりは弁明にも聞こえた。
 ヤバい相手に声を掛けてしまったと、イヴ自身も気付いたようである。
 それにしても、キャサリンの馬鹿!
 あのホエホエ、わざとフランソワの花屋を教えたわね!!
「・・・状況は分かったわ。
 フランソワ、花から何か得られそう?」
「今、私の使い魔が花のあった場所を探しています。
 必ずや突き止めてみせますわ。」
「どのくらいで分かりそう?」
「おそらく、今夜中には。」
「ありがと。
 じゃあ二人とも明日の朝9時頃に集合できる?」
「大丈夫よ。」
「もちろん大丈夫ですわ!」
「フランソワの使い魔が特定してくれる場所に行く事になる。
 準備は怠らないでね。」

 とりあえず、これで二人は帰宅してくれた。
 ケイトが大きなため息をつく。
「キャサリンめー、やってくれたわね、もう!」
 吠えていたケイトだったが、ドールは冷静に
「しかし花から場所を特定出来るのは、フランソワ様以外いないのも事実です。」
 と結論を淡々と語っていた。
 ・・・なのよねー。
 妹を無下に怒れない、か。
 そう思っていると、コンコンとノックの音がして廊下側の扉が開く。
 祖母ベレッタが姿を見せた。
「冒険者たちには会えたかい?」
「ええ、お祖母ちゃんの占い通り。
 あとは、地下迷宮の話を今夜してくるわ。」
「見立てでは“同じ道を歩む”と出ている。
 内容は少々異なるかもしれんが、行き着く先は同じなんだろうね。
 どうにかして共同作業にもっていきな。
 その方が、仕事も早く終わるだろう。」
「ニードルのイヴは、エルから今回のターゲットを聞かされたって。
 マーキュリー伯爵夫人と言ってたわ。」
「マーキュリーの領地は城下町から真北に向かった先にある。
 たまに城下町の別荘に来るって話は聞いた事があるが・・・。
 あまり良い話は聞かないとこだよねえ。」
「っていうと?」
「なんだいケイト、知らないのかい?
 あそこは正妻が亡くなって、領主はそれ以来、引き籠りになったって話だ。
 まあ、話と言っても噂話だから、どこまで本当かは分からない。
 ただ今の実権は側室だった女が仕切っているっていうよ。
 それが今のマーキュリー伯爵夫人だ。
 側室だったから、名前までは知らんがね。」
「・・・なんだかキナ臭い話になりそう・・・。」
 そう言いながら部屋の時計を見て、あ、となる。
「じゃ、ちょっとキルジョイズの酒場まで出掛けてくる。」
「気を付けてな。」
「いってらっしゃいませ。」

 夜の時間の酒場は賑やかだ。
 キルジョイズの酒場は大きく、テーブル席、カウンター席、個室(小)、個室(大)と様々設けている。
 常連客などは決まったテーブルやカウンター席があるらしいのだが、それがあっても気になる事はない。
 皆、自然と、いつもの席で食事をする、というスタイルが確立していた。
 冒険者のカイルたち6人は、普段テーブル席で食事している。
 なので、そんなパーティーが個室を頼むと、
「個室を頼むなんて珍しいな、カイル。」
 と、酒場のマスターであるギルにそう言われるのも至極当然。
「今日は1人追加で7人になる。
 7人以上の個室を頼みたい。
 仕事の話があるんだ。」
「6人用より大きい個室は10人用だ。」
「なら、それで頼む。
 料理は“本日のおまかせコース”のやつで。」
「分かった。」
 ギルは受け応えると、カイルに札の付いた鍵を手渡す。
 札にはG7と書かれていた。
「一番奥の個室だ。
 話し合いを兼ねるなら、そこが静かでいい。」
「ありがとう。」
 カイルは鍵を受け取り、一行は一番奥の個室へと入った。
 薪ストーブがある。
 既に火が付いていて部屋全体が暖かい。
「結構、いい部屋じゃない。」
 エルフの女性ラナはそう言いながら部屋を見渡した。
 窓だけでなく、部屋の中からしか開かない非常扉もある。
 防災設備もそれなりに考慮しているらしい。

 その少し後にケイトがやってきた。
 ギルが見つけ、おや?といった表情をする。
「夜に来るなんて珍しいな。
 何かあったのか?」
「カイルって冒険者来なかった?
 仕事の話を兼ねた食事会って感じよ。」
「ああ、カイルが言ってたもう1人って、ケイトの事だったのか。
 個室は一番奥のG7だ。」
「ありがと。」
 そして奥の個室へと入っていく。
「こんばんわ。」
 皆席についていたが、カイルが立ち上がる。」
「好きなところに座ってくれ。」
「ありがと。
 じゃ、ここにするわ。」
 ケイトは薪ストーブから一番近い席、つまり端に座った。
 火の魔力を持つケイトは、この方が居心地が良い。
「じゃあまず自己紹介としよう。
 俺はカイル。
 人間の戦士だ。
 長剣を得意としている。」
「俺はシーマ。
 エルフのレンジャーだ。
 弓を得意としている。」
「俺はゴッセン。
 ドワーフの戦士兼僧侶だ。
 戦斧を得意としている。」
「私はラナ。
 エルフの僧侶兼レンジャーよ。
 シーマと同じで弓が得意。」
「私はミリア。
 人間の精霊使い兼吟遊詩人よ。
 主に水系ね」
「私はミウ。
 人間の魔法使いです。
 まんべんなく習得してる感じで、これが得意ってのは無いかな。」
「ケイト・セント・ウェストブルッグよ。
 城下町では魔術探偵を営んでいるわ。」
「魔術探偵・・・?」
「今受けてる仕事の関係でね。
 迷宮の情報が欲しいのよ。」
「それが何故、迷宮の都市伝説なんだ?」
「ありきたりの話より、その手の話の方が意外と的を射る事があるのよ。」
「分かった。
 俺たちが知ってる限りの情報を話そう。」
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