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【2】

「ずれまくり美女たちのカフェタイム」

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 首都、ノミモンドの外れ――

 限られた者しか立ち入る事を許されていない

いーつき魔女のワイナリー』

 と、呼ばれる森の中、

 青々あおあおと若葉がしげる木々きぎ合間あいまを抜けて行くと、

 森の呼び名から思い描く情景とはかけ離れた、メルヘンティックなお城が見えてくる。

 こぢんまりとしたたたずまいながら華美かびきわめており、

 みつの甘さがあふれんばかりに香り立つ、クーヘンメル城だ。

「ねえ、シフォンネちゃん。もう一度お兄様にお願いしてみたらどうかしらのコクよ?」

「パーティーのこと? それなら昨日もお願いしてみましたわ。だけどやっぱりダメでしたのよ」

「あたくしも一緒にお願いしてみますわのコクよ。どうせ今夜もいらっしゃるのでしょう?」

「もうよくてよ、コラルンジェラちゃん。わたくし、あきらめますわ。参加したかったけれど……」

「ちゃんと言ったのコク? パーティーに男の方は一人も来られないってこと!」

「もちろんですわ。それでもダメなんですもの……」

「ほんっとにおバカなお兄様のコクねっ。

 心配なさるのは分かるけれど……

 まったくもうっっのコクよ!

 あたくし、何とか説得してみますわっっ」

 庭園に咲く多彩たさいな花たちもかすんでしまう程に美しい、華奢きゃしゃな女が二人、

 ガーデンチェアに腰かけ上品にコーヒーを飲みながら、小鳥がさえずるような声で話している。

 一人は、あわいイエローの目に潤沢じゅんたくなエンジェルブルーの長い髪、

 玉のような白い肌をもつ絶世ぜっせいの美女、シフォンネ。

 もう一人は、優しいコーラルレッドの目、毛先のカールが愛らしい、ピンクがかったオレンジ色のミディアムヘア、

 そして、四束よたばに分けた前髪にるした、珊瑚さんごの髪飾りがトレードマークである魔界一の美女、コラルンジェラだ。

 まず、シフォンネは、

 魔王ブルヴァオンレの寵愛ちょうあいを一身に受けている、彼の二番目の妻である。

 実は彼女、魔族ではなく天使族なのだが、

 魔族と恋に落ちた事で天界てんかいから永久追放されてしまったのだ。

 絶世の美女である事に加え、そのような事情もあり、ブルヴァオンレはことほかシフォンネを可愛がり、大事に守っていた。

 コラルンジェラもまた、王家に深く関係している。

 彼女の母親のエネラグドは、先代王モガダリマの実の妹、

 つまり、ブルヴァオンレの叔母おばにあたり、

 コラルンジェラが言っていた「おバカなお兄様」とは、従兄いとこであるブルヴァオンレの事なのだ。

「ところでコラルンジェラちゃん。女性限定のパーティーって何ですの?」

「あら、あたくしったら。まだお話してなかったのコクね?

 このパーティーはね、良きパートナーを見つけるため独身女性が集まって情報交換するのが目的なのですわ。

 もちろん貴族のご令嬢ばかりで安心ですわのコクよ」

主催しゅさいなさっているのは、どなたですのぉ?」

「うふふ。誰だと思いますのコク?」

 コラルンジェラが両肩を上げ、片手で軽く口を押さえてニコニコしている。

「分かりませんわっ。どなたなのぉ?」

「うふっ。あたくしですわのコクよ!」

「まあ、コラルンジェラちゃんが!?」

 シフォンネは肩をすくめ、ギュッとにぎった両手を口に当てて驚く。

 この二人、年齢としも同じだが見せる仕草しぐさも同じで、

 何より共通しているのはトップクラスの天然ボケだという事だ。

「貴族に生まれた女性はね、親が決めた相手と結婚させられるのを不満に思っているものなの。

 でも自分で相手を見つける機会チャンスもなくて、結局は意にそわない方と結婚するしかなかったり、

 未婚のままがけっぷちに立たされる事が多いのコクよ。

 だからあたくし、このままではいけないと思って!」

「すごいですわ、コラルンジェラちゃん!

 コラルンジェラちゃんもこのままいくと、崖っぷちですものねっ」

「まあっ。ひどいのコクよぉ! シフォンネちゃんたらっっ」

 二つのゲンコツを胸の前で作り、コラルンジェラの肌が紅葉もみじ色になる。

「ごめんなさいっ。わたくしったら……!」

 つい失礼な事を言ってしまい、シフォンネは思わずキューッと目をつぶったが……

「でもぉ、ひとつだけ聞いていいかしら?」

 すぐさま目を開き、パチパチと音をたててまばたきしながらコラルンジェラを見た。

「なあにのコク?」

「わたくしをそのパーティーに誘ってくれたのは嬉しいのですけれど、ただ……」

 シフォンネは独身ではない。

 既婚きこん者であり、第三王子として立派に成長した息子までいるのだ。

 それなのになぜ、独身女性のパーティーに自分を誘うのか、

 その理由を聞きたいのだろうと、コラルンジェラは予測した。

 ところが……

「ただ、あの方を説得するなんてホントにできますのっっ?」

「あらっ、そこのコク!?」

 コラルンジェラの予測は、大きく外れていた。

 どうやらシフォンネは、自分が結婚している事実を忘れているようだ。

 パーティーの詳細しょうさいを知っても何ら疑問はいだかず、参加する気満々まんまんらしい。

「説得してみなければ分からないわのコクよ。

 でも今回のパーティーが安全だってこと、あたくしからお兄様にきちんと伝えますわ」

「本当? コラルンジェラちゃんっ。

 わたくし、パーティーなんて久しぶりだからワクワクしますわっ。

 だけど、コラルンジェラちゃんはそれでいいんですの……?」

 シフォンネは意味深長しんちょうな目つきで、

 もう一度パチパチまばたきしながらコラルンジェラを見た。

「なあに? なんだか意味ありげのコクね」

「だって……コラルンジェラちゃんには、ずっと思いを寄せてきた方がいらっしゃるでしょう?」

 シフォンネの言葉に、コラルンジェラの肌が今度はさくら色に染まった。

「そうだけれど……」

 胸元むなもとで両手の人差し指をすり合わせ、恥じらいながらうつむいてみせる。

「思いきって告白なさいよ。コラルンジェラちゃん!」

「あたくしは王家の娘ですもの。そんなはしたない事、できませんわのコクよっ。それに……」

「それに、なんですの?」

「あの方はお兄様のシェードですもの。

 あたくしが思いを打ち明けたりしたら、きっとお困りになるのコクよ……」

 美女二人の間に、日暮れを告げるひんやりとした風が吹き抜けた。

 柑子こうじ色に大きな花柄はながらのある、コラルンジェラのストラップレスドレスが夕風ゆうかぜにそよぐ。


 コラルンジェラは、幼い頃よりゼスタフェを思い続けてきた。

 彼への思いを断ち切れず、両親が何度となく持ってくる縁談に見向きもしなかったのだが――

「シフォンネちゃんの言う通り、

 あたくしもこのままだと、いつか崖っぷちに立たされてしまいますわのコクよ。

 だからこの辺で、真剣に結婚を考えてみようと思いますのっ」

「コラルンジェラちゃん……」

「だけどやっぱり、お父様やお母様がお決めになったお相手はイヤのコクよ。

 どうしても自分で探したいのですわっ」

 再び両肩を上げほほ笑むコラルンジェラのその笑みが、

 シフォンネには痛々いたいたしく感じられてならなかった。

「後悔しませんこと?

 第一王子の美少女シェードに、ゼスタフェさんをとられてしまいますわよ?」

「やだわっ、シフォンネちゃん。彼女はまだほんの子供のコクよ?

 あの方は“ロリコン”ではありませんわのコクよっ」

「でも、同じ洞窟どうくつ内で暮らしているのでしょう?」

「シェードの住処すみかのことね。シフォンネちゃん知らなかったの?

 ゼスタフェさん、今はご自分のお屋敷で暮らされていますわのコクよ。

 だから……あ……!」

 コラルンジェラが突然、手の平で口を押さえて黙りこんだ。

 庭園のアーチ型の門の辺りに、二つの高い人影を見つけたのだ。

 その二つの影は……

「なんだ、コラルンジェラ。お前も来ていたのか」

 ぶっきらぼうな口調で、ひとつの影がこちらに近づいて来る。

「お、お兄様こそ……」

 どんどん距離をちぢめてくる影のぬしは、ブルヴァオンレだった。

 だが、コラルンジェラの視線は、門にとどまりこちらの様子をうかがっている、もうひとつの影の方にきつけられていた。

 その影の主が、ゼスタフェだったからだ。

 コラルンジェラの心臓がトクトクと高なり始め、喜びをおさえきれずモジモジと身体をくねらせる。

 ブルヴァオンレは怪訝けげんそうに、そんなコラルンジェラの前を素通りしてシフォンネの元へ向かうや、とたんに柔和にゅうわな表情に変えた。

「待たせたな、シフォンネ」

「あら。別にお待ちしておりませんでしたわよ」

「遅くなってすまない」

「あら。お早いくらいですわよ」

 ローズピンクがうるわしいオフショルダーのドレスからか細い肩をあらわにし、

 なめらかな白い手を花びらのような唇にそえ、笑みをこぼすシフォンネ。

 何にも勝る第二王妃の愛くるしい美しさに、ブルヴァオンレはもうメロメロだ。

「お前はまこと、天使のようだ」

「あら。わたくし天使ですわよ」

「コラルンジェラと何を語り合っていたのだ?」

「そ、そのことですけれど……」

 シフォンネはコラルンジェラにそっと目配めくばせするが、

 かんじんのコラルンジェラはゼスタフェを意識するあまり、

 海底に巣食すくうタコの腕みたいにユラユラゆれているだけで説得どころではなくなっている。

 シフォンネは仕方なく、自分で説得する事にした。

「昨日、お話しましたでしょ? パーティーの件……

 参加されるのは貴族のお嬢様方ばかりですのよ。

 ですから、わたくし……」

「またその話か。参加は許さぬと言ったはずだ」

 ブルヴァオンレは少々厳しい面持おももちで、予想されるシフォンネの次の言葉をピシャリと切り捨てた。

 いかに愛しいシフォンネの頼みと言えど、いや、愛しいからこそ、こればかりはゆずれない。

「女ばかりの集まりだとしてもだ、

 会場には参加者だけが居るのではないはずだ。

 男が一人もおらんなど有りえぬであろう。

 そもそも、パーティーの趣旨しゅしを聞いてはおらぬぞ。いったい何なのだ」

「わたくしも先ほど知りましたのよっ。

 おひと方々かたがたがね、

 一致団結なさってステキな男性をゲットされるためのパーティーのようですわっ!」

 合わせた両手をあごに当ててにこやかに言った後、

 シフォンネは夫を前にして、この時やっと大事な事実を思い出した。

(きゃっっ。わたくし、独り身ではなかったのですわっっ!)

「ス、ステキな男性をゲットだと……!? やはり女だけのパーティーではなかったのか!!」

 ブルヴァオンレは憤慨ふんがいし、タコの腕と化している従妹いとこをかえりみた。

(そおか、そおであったのか。その意味のない動きには恐るべき理由があったのか!

 コラルンジェラめ。タコのごとく強力な吸盤きゅうばんで男どもをとらえるつもりか……!

 しかもシフォンネにまで話を持ちかけるとは……)

「コラルンジェラ様……後ろを……」

 赤くなりくねくねれるコラルンジェラに、ゼスタフェが歩み寄り静かに声をかけた。

「え? なんのコクですの!?」

 背後から、殺気にも似た怒気どき電波でんぱを受信したコラルンジェラ。

 あまりの恐怖で、振り返る勇気が出ない。

 そんな彼女に追い打ちをかけるべく、

「男をつかまえるパーティーとはどういう事なのか説明しろ! コラルンジェラァ~!!」

 ブルヴァオンレが怒りにうち震え、しゃがれ切った声を上げて接近せっきんしてくる。

「な、なんなの? 男をつかまえるって!

 そんなこと知りませんわのコクよ!!」

「しらを切ってもムダだ! 女の皮をかぶったクラ―ケンめ!!」

「まっっ!! クラ―ケンだなんて……」

 コラルンジェラの顔がゆでダコみたいに真っ赤になっていく。

(いくらお兄様でも許せませんわのコクよ!

 ゼスタフェさんの前で……!

 ゼスタフェさんの前でぇ――っ!)

 忿怒ふんぬしたコラルンジェラは、振り向きざまにピッチリそろえた十本の手の指をブルヴァオンレに向けるや、

 指先から虹色に光る線状せんじょうのシャワーを噴射ふんしゃした。

 見た目にはキレイな光のシャワーだが、とんでもなく強烈きょうれつなパワーである。

 魔界一の美女とうたわれる純真じゅんしん可憐かれんなコラルンジェラ。

 しかし、彼女もれきとしたガフェルズ王家の血筋ちすじなのだ。

 それに見合った強い魔力を持っているのは当然の事。

 ただ、重大な問題点はあるものの……

「チッ。コラルンジェラの奴、しょうこりもなく……」

 ブルヴァオンレに向けられたコラルンジェラの精一杯の魔力。

 ところが、噴射した光のシャワーはブルヴァオンレにかすりもせずに行き過ぎてしまった。

 ブルヴァオンレがよけた訳ではない。

 コラルンジェラは、自分の力をあやつりきれていないのだ。

「ん、ん――っっ!! もう一度のコクよっっ!!」

 コラルンジェラは全ての指に力を込めながらくう扇形せんけいえがき、

 何とか踏んばってエネルギーを転回てんかいさせたのだが……

 だがエネルギーは有ろう事か、勢力いりょく維持いじしたままブルヴァオンレではなくコラルンジェラ本人を目がけて戻ってきた。

「コラルンジェラちゃん! 危ないですわ!!」

「きゃああ――っ! あたくし止められないっっ。

 もうダメですわのコクよ――っっ!!」

 絶体ぜったい絶命ぜつめい――

 まさに絶叫ぜっきょう

 二人の美女はキューッと目を閉じ、両手の指を丸めて口をふさいだ。

 その直後――

 コラルンジェラがつくり出し、コラルンジェラをおそってきたコラルンジェラの魔力が寸秒すんびょうの間に光度こうどを下げていき、

 勢いづいた線状のシャワーは完全に消滅しょうめつした。

 いったい何が起こったのかーー?

 コラルンジェラは、おずおずと目をひらいた。

 目の前には、昔から意地が悪い従兄のあたたかみのない顔があり、

 バカにしたように自分を見下げていた。

「あたくし……助かったの……コク?」

 後方こうほうから、ごくごくわずかに余熱よねつを感じたコラルンジェラが振り向き見ると、

 ゼスタフェの片手の手の平に、湯をそそぎコーヒーをぜた時のような黒い渦紋かもんが出来ていた。

「ま……! ゼスタフェさんたら!!」

 コラルンジェラは、すぐにさとった。

暴走ぼうそうしたあたくしの魔力を手の平に吸収してくださったのコクね! あたくしを助けてくださったのコクねっ!」

 嬉しくてたまらない。

 コラルンジェラは、嬉しくてたまらず鼻をふくらませた。

 これは、感情が高ぶった時に出る彼女のクセである。

「コラルンジェラちゃん、良かったですわ!

 うふっ、お鼻がふくれてるわよっ」

 親友の無事にホッとしつつ、シフォンネはコラルンジェラの恋心を軽くいじった。

「ホント!? 恥ずかしいのコクですわっっ」

 コラルンジェラは、両手で顔をおおう。

「王家の血筋でありながら困ったものよ。

 今もなお、おのれの力もコントロール出来んとはな……

 あのエネラグドの娘とは到底とうてい思えぬ」

「あら、お兄様。
 
 あたくしはエネラグド=ガフェルズの娘に間違いありませんわのコクよ。

 今までなんだと思ってらしたの?」

 ピントのずれた言葉を返し、前髪の珊瑚をみたいにはずませるコラルンジェラ。

「それよりお兄様。安心なさって!

 パーティーは取りやめにいたしますわのコクよ!

 だって、あたくしには必要ないんですもの!」

 ブルヴァオンレの嫌味いやみなど、今のコラルンジェラには何ひとつこたえない。

 鼻をふくらませたまま、ゼスタフェに守られた幸せに酔いしれている。



 シェードを総括そうかつし、仕事のことしか頭にないゼスタフェでも、さすがに気が付いているだろう。

 昔から続く、コラルンジェラの一途いちずな思いに。

 しかし、彼は自身の中で決して消える事のない罪を背負っていた。

 一生いっしょう忘れる事の出来ない、悲しい過去があった。

 そしてその暗い過去は、あるブレンドの兄弟と深く、深く関わっていたのだ。
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