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「いい~い日ぃ~旅~立ちい~」③~アッロマーヌ国編~

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(わしには人望じんぼうがある……

 熱い野望やぼうと厚い人望があったからこそ多くの同志どうし招集しょうしゅうし、ゼーユ陣営じんえいの者ですら一部懐柔かいじゅうする事に成功して、

 わしは当時のあの若さで長年アッロマーヌ国を統治とうちしてきた君主くんしゅ、フィナモン=ゼーユに代わり、

 いち家臣かしんからオイリオルン城のあるじへとのし上がる事が出来たのだ。

 王となる者は、王族の血筋ちすじだけとは限らない。

 わしは世襲せしゅうみ嫌い、虎視こし眈々たんたんとこの玉座ぎょくざをねらい続け、

 絶対的権力を手中しゅちゅうにするという一念いちねんつらぬ見事みごと、実現させたのだ……!)

 
 魔界で第二の大国たいこく、アッロマーヌ国。

 首都ユレブランスに建つ壮麗そうれい雪白せっぱく王城おうじょう、オイリオルン城――

 王のみ着座ちゃくざを許された特別なイスに、大柄おおがらの男が両足を広げ、ドッカリと腰をかけている。

 男はかくったいかつい顔、いかつい体型たいけいで、

 肩まで伸びた髪と口髭くちひげ、あごひげはギザギザの葉っぱみたいな形をしており、

 四角い目を含め、それらは全て鮮明せんめいみどり色をしている。

 おのれの過去の武勇伝ぶゆうでんに酔いしれるこの男の名は、パジュイ=メッセンキャル。

 アッロマーヌ国を支配する現、国王である。

(わしが下剋上げこくじょうげてからというもの、国内のゼーユ支持者はおろか、

 あれ程までにゼーユにびへつらっていた国外の要人ようじん為政いせいしゃどもでさえ手の平を返したようにわしを天下てんか無双むそう風雲児ふううんじともてはやし、

 忠誠ちゅうせいを誓うだの友好関係を求めるだのと申し出てきおった……

 そう、ただ一国いっこくをのぞいては……)

 自慢じまんの髭をなでながら優越ゆうえつ感にひたっていたパジュイだったが、

 ある国の王の顔を思い出すや、その表情はみるみるけわしくなっていった。

(ブルヴァオンレ=ガフェルズ……

 今もなお忘れもせん! 奴はこのわしに対し……このわしに対し……!)

品格ひんかくもクソもない成り上がり者が王とあっては、アッロマーヌの未来は永久えいきゅうに閉ざされたも同じよ』

(などと、愚弄ぐろうしたのだ……!

 だがしかし! そう言う貴様はどうなのだ……! 

 クソなどと、品格ある者が口にする言葉なのか……!

 クソというのはあのクソであるぞ!

 脱糞だっぷんクソであり野糞のぐそクソでありちょっとマシなのが鼻糞はなくそであるのだ!!)

 ドリンガデス国の王にき捨てられたセリフの記憶が何度も脳裏のうりによみがえり、

 パジュイはとても平常心を保てず心の中で怒号どごうを上げ、部屋中を憎悪ぞうおであふれさせた。

(…………)

 数分、時を置き、パジュイは見失った自身の平常心を取り戻すべく、頭の中からブルヴァオンレを排除はいじょし、

 愛する我が子との日々を振り返る事で気持ちを落ち着かせる事にした。

(わしは、自らが血の恩恵おんけいを受ける者に異議いぎとな謀反むほんを起こしたがゆえに、王子には取り分け厳しく接してきた。

『王の息子だから』ではなく、魔界中の誰の目から見ても次期王にふさわしいと認められる逸材いつざいとなってほしかったのだ。

 だがしかし……王子はそれを不服ふふくとし、わしへの反発なのか、わしの期待から逃れたかったのか、日に日に変貌へんぼうしていった……

 そして今や国でいちを争う“美女”となり、世の男どものうすっぺらなハートをわしづかみにしている……

 このわしの息子があろう事か女に……王女になるなど……!)

 気持ちを落ち着かせるはずだったまな息子との思い出が、逆にパジュイの表情に再び険しさを呼び戻そうとしていた時だった。

「父上、どうかされましたか」

 いきなり間近まぢかから、いさましくも美しい、ハリのある声が問いかけてきた。

 パジュイが瞬時に過去との通信を現在いまに返ると、
 
 目の前には、彼が愛してやまない王女、ラベダワが立っていた。

 ラベダワは、魔界女子の標準的な背格好せかっこうだがウェストだけはかなり細く、

 すそに向けてふんわりふくれたロングパンツと太いベルトが、そのくびれを強調させている。

 右胸から身体の後ろ一面をおおう長い紫色のマントが男っぽい印象を与えるものの、

 赤系あかけいでそろえた衣装と優美ゆうびなラベンダー色の目と髪が女性らしさもただよわせており、

 ポニーテールの長い髪を結び目に一部巻きつけオシャレにアレンジしているところには若い娘らしさも感じられる。

「おお、ラベダワ。いつからおったのだ」

「たった今です。私の入室にも気づかれず、怖いお顔で何を考えておられたのですか?」

「別にたいした事では……それより、わしに何か用なのか?」

「お礼に参りました。

 この度、ドリンガデス国を訪問する件におきましては諸種しょしゅ難題なんだいかかえる中、私のためにお取りはからいいただきまことにありがとうございます」

 強弱のない淡々たんたんとした口調で、ラベダワは軽く頭を下げた。

「ラベダワ、その件だが……今一度よく考えてはくれまいか?

 今なら先方せんぽうことわりを入れる手段しゅだんはいくらでもあるのだ」

「私の意志は変わりません。

 だいいち、こちらから訪問の意向いこうを示しておきながら取り止めるなど、例え私の急死と伝えても先方の王が許すとは思えません」

「うう……む……確かに通用する相手ではなかろうが……だからこそ、お前を行かせたくはないのだ」

「父上。のバースデーパーティが終わり次第、私はドリンガデス国へ旅立つ手筈てはずを整える所存しょぞんです」

 頭を上げしゃきっと姿勢を正したラベダワは、父の心配も反対も退しりぞけてキッパリと言い放った。

 才覚さいかくもあり剣術けんじゅつにもけ、

 周囲の者たちから絶大ぜつだいな信頼を得ているラベダワに、実父であるパジュイも一目いちもく置いている。

 勇猛ゆうもう果敢かかんなラベダワがくだした決断を翻意ほんいさせるなど容易よういではない。

「お前がそこまで言うならば……」

「ではこれで失礼します。父上」

 再度、頭を軽く下げると、目的は果たしたとばかりにラベダワは早々そうそうと父の前から立ち去った。


 大理石だいりせき回廊かいろうを早足で進んで行くラベダワだったが、つと、ななめ後ろに何者かの気配けはいを感じた。

「さすがのパジュイ王も、ラベダワ様には太刀打たちうち出来ませんでしたな」

 どこからともなく出現したのは、色あせた黒い外套がいとうを身にまとい、

 凹凸おうとつのある長い木のつえをついた初老しょろうの男だった。

 男は左手にのみ指先のない真っ黒なレザーグローブをはめており、 
 
 髪は控えめな淡黄たんこう色、目の色は透明感のあるグリーンで、鋭角えいかく的なその目の奥にはあなどりがたい冷徹れいてつさを宿やどしていた。

「ジイ、聞いていたのか」

「ラベダワ様のおられるところ、ベッケージュりでございます」

 ラベダワが「ジイ」としたうこの初老の男の名は、オーレル=ベッケージュ。
  
 ラベダワの武術ぶじゅつ指南しなん役で、

 杖とはそぐわない細めながらも頑強がんきょうな身体つきと、悪辣あくらつそうな面構つらがまえをしている。

「父上の協力はもちろんだが、今回ばかりはジイの豊富ほうふ人脈じんみゃくに感謝せねばならんな」

 ラベダワは、歩行の速度をゆるめはしない。

 だが、オーレルは杖に頼りながらも、ラベダワに一歩も遅れをとらずにり付いて行く。

「向かわれるのがパジュイ王であったならば、確実に良い返事はもらえなかったでしょうが……」

「それで? 交渉こうしょう成立のかげなる立役たてやくしゃとジイは、いったいどういった関係なのだ?」

「……それがしの、初恋の相手でございます」

「ほう……それは初耳だな」

 声のトーンも歩幅ほはばも変わらず一定のままだが、ラベダワの引きしまった口元くちもとがかすかにほころんだ。

「ジイがれただけあって、なかなかのやり手のようだな」

「いいえ、普通の女性でございます。いかなる時にも笑顔をやさない、まことうららかな……」

「そのうららかな女性とやらに、私も会ってみたいものだ」

「それは料理上手で、第二王妃にも料理を教えてさし上げているとか……」

「第二王妃? 天使族のか?」

「さようで。彼女は第二王妃が天界てんかいからとついで来られた頃より、

 魔界での暮らしになじめずにいた王妃のそば近くでつかえ、第三王子の乳母うばつとめたのでございます」

「やはりやり手ではないか。

 その者のくちえがあったからこそ、長きに渡り険悪けんあくだった我が国の申し出が容認ようにんされたのであろう?」

「彼女のとりなしにも助けられましたが、ガフェルズ王には非常に優秀なシェードが付いておられます。

 当然、シェードの助言じょげんもあったものかと……それこそ相当そうとうな影響力を持っているでしょうから」

「私にとっての、ジイのような存在か……?」

 ラベダワの足が、急停止した。

 急に立ち止まるなりラベダワは片手を後ろに回すや、矢庭やにわにオーレルの杖をつかみ手前へと強く引き寄せた。

 オーレルを相手に、ラベダワの腕試うでだめしが始まったのだ。

 しかし次の瞬間、オーレルは自らの身体を杖ごとグルグル高速回転させながらちゅうを舞い、

 杖を持つラベダワの身体は容赦ようしゃなくひねられねじ曲がりそうになった。

「お、おのれ……!!」

 何とかみこたえ、ラベダワはたまらず杖から手を離す。
 
 そしてすぐさま魔力で剣を出すと、さやから抜いてむき出しになった剣身けんしんをオーレル目がけて力いっぱい振り上げた。

「ハァ――ッッ!!」

 長い剣をき上げたまま、息も荒く高い天井てんじょうを見上げるラベダワ。

 ところが、ラベダワの視界しかいにオーレルは映らない。

(どこだ……! ジイ、どこに……!)

「ラベダワ様のおられる処、ベッケージュ在りでございます」

「!!」

 自らのななめ後ろに再び気配を感じ、ラベダワは若干じゃっかん、顔を右にかたむけた。

「……ジイにはかなわぬな……」

 ラベダワは剣を下ろし、呼吸の乱れもなく何事もなかったように立つオーレルの方へと振り返った。

「シェードなる者がいかなる猛者もさであろうとも、ジイも決して負けてはおらぬ」

「少しばかり、年を寄せましたがの」

「……なあ、ジイ」

 剣を鞘におさめ、ラベダワは回廊から、雄大ゆうだい景観けいかんの庭園に出た。

「ジイ。父上がよく語られる武勇伝を、どう思う?」 

「……いかがなされましたか、ラベダワ様」

 ラベダワは、庭園を左右に分ける大水路に沿って、ゆっくりと歩いて行く。

「この城は、その昔は我ら一族のものではなかった……」

「……」

「私はいつか父上の後をぎ、オイリオルン城の城主じょうしゅとなるであろう。

 それを思う時、私はどうしても、ゼーユ一族のたどった末路まつろに考えが及ぶのだ」

「……ラベダワ様……」

みなに無理を言いドリンガデス国訪問を熱望ねつぼうしたのも、

 父上の見解けんかいだけでなく、私は私の目でガフェルズ王の人となりを見定め、

 できるものなら敵対してきた両国の関係を修復していきたいと心底しんそこ思ったからなのだ」

「……」

 オーレルは、無言でラベダワの後に付いて歩く。

 聞こえるのはおのがつく杖の音と、水路の中央にある噴水ふんすいから吹き上がる水しぶきの音だけだ。

「黙っているのはジイ、たった一度の謁見えっけんで見定められるわけがない。

 それ以前に、ガフェルズ王にどおりすらかなわぬのがち……

 そう言いたいのであろう?」

「いえ……ラベダワ様もずいぶんたのもしくなられたと、ジイは感慨かんがい深いのでございます」

「何の成果せいかもなく、徒労とろうに終わるやもしれぬがな」

「一国の王の本質をきわめるには、王ご本人に拝謁はいえつするより、その国のたみたちの暮らしを見るのが一番でございます。

 ラベダワ様が足を運ばれる事は、それだけで十二分じゅうにぶんに意義あるものとぞんじます」

「民たちの暮らしか……」

 ラベダワは足を止め、おもむろに振り向いた。

「ジイ……先人せんじんたちが守りぬいて来た祖国の繁栄はんえいと平和のためにも、

 私は今から後世こうせいの魔界の情勢じょうせいを見すえ、私が理想としてきた国づくりを目指しあらたないしずえきずいていくぞ。

 付いて来てくれるな……?」

「ですから、あなた様のおられる処それがし在りと、何度も申し上げているではありませぬか」

「ハハハッ。そうであったな! すまぬ!」

 ラベダワはほがらかに笑った。

 笑うと、どこにでもいる年頃の普通の娘の顔になる。

 そしてオーレルは、この顔こそが正真しょうしん正銘しょうめいのラベダワなのだと知りながら、

 若き王女の国をひきいていく決意表明を、静かに、強く、しかと胸に受け止めた。

 回廊の内側の中庭から、王家のまも、オイリルバウムの濃厚な香りが風にあおられ流れてきた。

 二人は、気品立ちこめるベージュ色の大木たいぼくあおぎ、アッロマーヌ国への忠誠を改めて心に誓うのだった。

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