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【7】
「いい~い日ぃ~旅~立ちい~」③~アッロマーヌ国編~
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(わしには人望がある……
熱い野望と厚い人望があったからこそ多くの同志を招集し、ゼーユ陣営の者ですら一部懐柔する事に成功して、
わしは当時のあの若さで長年アッロマーヌ国を統治してきた君主、フィナモン=ゼーユに代わり、
一家臣からオイリオルン城の主へとのし上がる事が出来たのだ。
王となる者は、王族の血筋だけとは限らない。
わしは世襲を忌み嫌い、虎視眈々とこの玉座をねらい続け、
絶対的権力を手中にするという一念を貫き見事、実現させたのだ……!)
魔界で第二の大国、アッロマーヌ国。
首都ユレブランスに建つ壮麗で雪白の王城、オイリオルン城――
王のみ着座を許された特別なイスに、大柄の男が両足を広げ、ドッカリと腰をかけている。
男は角張ったいかつい顔、いかつい体型で、
肩まで伸びた髪と口髭、あご髭はギザギザの葉っぱみたいな形をしており、
四角い目を含め、それらは全て鮮明な緑色をしている。
己の過去の武勇伝に酔いしれるこの男の名は、パジュイ=メッセンキャル。
アッロマーヌ国を支配する現、国王である。
(わしが下剋上を成し遂げてからというもの、国内のゼーユ支持者はおろか、
あれ程までにゼーユに媚びへつらっていた国外の要人、為政者どもでさえ手の平を返したようにわしを天下無双の風雲児ともてはやし、
忠誠を誓うだの友好関係を求めるだのと申し出てきおった……
そう、ただ一国をのぞいては……)
自慢の髭をなでながら優越感にひたっていたパジュイだったが、
ある国の王の顔を思い出すや、その表情はみるみる険しくなっていった。
(ブルヴァオンレ=ガフェルズ……
今もなお忘れもせん! 奴はこのわしに対し……このわしに対し……!)
『品格もクソもない成り上がり者が王とあっては、アッロマーヌの未来は永久に閉ざされたも同じよ』
(などと、愚弄したのだ……!
だがしかし! そう言う貴様はどうなのだ……!
クソなどと、品格ある者が口にする言葉なのか……!
クソというのはあのクソであるぞ!
脱糞の糞であり野糞の糞でありちょっとマシなのが鼻糞であるのだ!!)
ドリンガデス国の王に吐き捨てられたセリフの記憶が何度も脳裏によみがえり、
パジュイはとても平常心を保てず心の中で怒号を上げ、部屋中を憎悪であふれさせた。
(…………)
数分、時を置き、パジュイは見失った自身の平常心を取り戻すべく、頭の中からブルヴァオンレを排除し、
愛する我が子との日々を振り返る事で気持ちを落ち着かせる事にした。
(わしは、自らが血の恩恵を受ける者に異議を唱え謀反を起こしたがゆえに、王子には取り分け厳しく接してきた。
『王の息子だから』ではなく、魔界中の誰の目から見ても次期王にふさわしいと認められる逸材となってほしかったのだ。
だがしかし……王子はそれを不服とし、わしへの反発なのか、わしの期待から逃れたかったのか、日に日に変貌していった……
そして今や国で一二を争う“美女”となり、世の男どものうすっぺらなハートを鷲づかみにしている……
このわしの息子があろう事か女に……王女になるなど……!)
気持ちを落ち着かせるはずだった愛息子との思い出が、逆にパジュイの表情に再び険しさを呼び戻そうとしていた時だった。
「父上、どうかされましたか」
いきなり間近から、勇ましくも美しい、ハリのある声が問いかけてきた。
パジュイが瞬時に過去との通信を止め現在に返ると、
目の前には、彼が愛してやまない本当の王女、ラベダワが立っていた。
ラベダワは、魔界女子の標準的な背格好だがウェストだけはかなり細く、
裾に向けてふんわりふくれたロングパンツと太いベルトが、そのくびれを強調させている。
右胸から身体の後ろ一面を覆う長い紫色のマントが男っぽい印象を与えるものの、
赤系でそろえた衣装と優美なラベンダー色の目と髪が女性らしさもただよわせており、
ポニーテールの長い髪を結び目に一部巻きつけオシャレにアレンジしているところには若い娘らしさも感じられる。
「おお、ラベダワ。いつからおったのだ」
「たった今です。私の入室にも気づかれず、怖いお顔で何を考えておられたのですか?」
「別にたいした事では……それより、わしに何か用なのか?」
「お礼に参りました。
この度、ドリンガデス国を訪問する件におきましては諸種の難題を抱える中、私のためにお取りはからいいただき誠にありがとうございます」
強弱のない淡々とした口調で、ラベダワは軽く頭を下げた。
「ラベダワ、その件だが……今一度よく考えてはくれまいか?
今なら先方に断りを入れる手段はいくらでもあるのだ」
「私の意志は変わりません。
だいいち、こちらから訪問の意向を示しておきながら取り止めるなど、例え私の急死と伝えても先方の王が許すとは思えません」
「うう……む……確かに通用する相手ではなかろうが……だからこそ、お前を行かせたくはないのだ」
「父上。兄上のバースデーパーティが終わり次第、私はドリンガデス国へ旅立つ手筈を整える所存です」
頭を上げしゃきっと姿勢を正したラベダワは、父の心配も反対も退けてキッパリと言い放った。
才覚もあり剣術にも長け、
周囲の者たちから絶大な信頼を得ているラベダワに、実父であるパジュイも一目置いている。
勇猛果敢なラベダワが下した決断を翻意させるなど容易ではない。
「お前がそこまで言うならば……」
「ではこれで失礼します。父上」
再度、頭を軽く下げると、目的は果たしたとばかりにラベダワは早々と父の前から立ち去った。
大理石の回廊を早足で進んで行くラベダワだったが、つと、ななめ後ろに何者かの気配を感じた。
「さすがのパジュイ王も、ラベダワ様には太刀打ち出来ませんでしたな」
どこからともなく出現したのは、色あせた黒い外套を身にまとい、
凹凸のある長い木の杖をついた初老の男だった。
男は左手にのみ指先のない真っ黒なレザーグローブをはめており、
髪は控えめな淡黄色、目の色は透明感のあるグリーンで、鋭角的なその目の奥には侮りがたい冷徹さを宿していた。
「ジイ、聞いていたのか」
「ラベダワ様のおられる処、ベッケージュ在りでございます」
ラベダワが「ジイ」と慕うこの初老の男の名は、オーレル=ベッケージュ。
ラベダワの武術指南役で、
杖とはそぐわない細めながらも頑強な身体つきと、悪辣そうな面構えをしている。
「父上の協力はもちろんだが、今回ばかりはジイの豊富な人脈に感謝せねばならんな」
ラベダワは、歩行の速度をゆるめはしない。
だが、オーレルは杖に頼りながらも、ラベダワに一歩も遅れをとらずに張り付いて行く。
「向かわれるのがパジュイ王であったならば、確実に良い返事はもらえなかったでしょうが……」
「それで? 交渉成立の陰なる立役者とジイは、いったいどういった関係なのだ?」
「……それがしの、初恋の相手でございます」
「ほう……それは初耳だな」
声のトーンも歩幅も変わらず一定のままだが、ラベダワの引きしまった口元がかすかにほころんだ。
「ジイが惚れただけあって、なかなかのやり手のようだな」
「いいえ、普通の女性でございます。いかなる時にも笑顔を絶やさない、まことうららかな……」
「そのうららかな女性とやらに、私も会ってみたいものだ」
「それは料理上手で、第二王妃にも料理を教えてさし上げているとか……」
「第二王妃? 天使族のか?」
「さようで。彼女は第二王妃が天界から嫁いで来られた頃より、
魔界での暮らしになじめずにいた王妃のそば近くで仕え、第三王子の乳母も務めたのでございます」
「やはりやり手ではないか。
その者の口添えがあったからこそ、長きに渡り険悪だった我が国の申し出が容認されたのであろう?」
「彼女のとりなしにも助けられましたが、ガフェルズ王には非常に優秀なシェードが付いておられます。
当然、シェードの助言もあったものかと……それこそ相当な影響力を持っているでしょうから」
「私にとっての、ジイのような存在か……?」
ラベダワの足が、急停止した。
急に立ち止まるなりラベダワは片手を後ろに回すや、矢庭にオーレルの杖をつかみ手前へと強く引き寄せた。
オーレルを相手に、ラベダワの腕試しが始まったのだ。
しかし次の瞬間、オーレルは自らの身体を杖ごとグルグル高速回転させながら宙を舞い、
杖を持つラベダワの身体は容赦なくひねられねじ曲がりそうになった。
「お、おのれ……!!」
何とか踏みこたえ、ラベダワはたまらず杖から手を離す。
そしてすぐさま魔力で剣を出すと、鞘から抜いてむき出しになった剣身をオーレル目がけて力いっぱい振り上げた。
「ハァ――ッッ!!」
長い剣を突き上げたまま、息も荒く高い天井を見上げるラベダワ。
ところが、ラベダワの視界にオーレルは映らない。
(どこだ……! ジイ、どこに……!)
「ラベダワ様のおられる処、ベッケージュ在りでございます」
「!!」
自らのななめ後ろに再び気配を感じ、ラベダワは若干、顔を右にかたむけた。
「……ジイにはかなわぬな……」
ラベダワは剣を下ろし、呼吸の乱れもなく何事もなかったように立つオーレルの方へと振り返った。
「シェードなる者がいかなる猛者であろうとも、ジイも決して負けてはおらぬ」
「少しばかり、年を寄せましたがの」
「……なあ、ジイ」
剣を鞘におさめ、ラベダワは回廊から、雄大な景観の庭園に出た。
「ジイ。父上がよく語られる武勇伝を、どう思う?」
「……いかがなされましたか、ラベダワ様」
ラベダワは、庭園を左右に分ける大水路に沿って、ゆっくりと歩いて行く。
「この城は、その昔は我ら一族のものではなかった……」
「……」
「私はいつか父上の後を継ぎ、オイリオルン城の城主となるであろう。
それを思う時、私はどうしても、ゼーユ一族のたどった末路に考えが及ぶのだ」
「……ラベダワ様……」
「皆に無理を言いドリンガデス国訪問を熱望したのも、
父上の見解だけでなく、私は私の目でガフェルズ王の人となりを見定め、
できるものなら敵対してきた両国の関係を修復していきたいと心底思ったからなのだ」
「……」
オーレルは、無言でラベダワの後に付いて歩く。
聞こえるのは己がつく杖の音と、水路の中央にある噴水から吹き上がる水しぶきの音だけだ。
「黙っているのはジイ、たった一度の謁見で見定められる訳がない。
それ以前に、ガフェルズ王に目通りすらかなわぬのが落ち……
そう言いたいのであろう?」
「いえ……ラベダワ様もずいぶん頼もしくなられたと、ジイは感慨深いのでございます」
「何の成果もなく、徒労に終わるやもしれぬがな」
「一国の王の本質を見極めるには、王ご本人に拝謁するより、その国の民たちの暮らしを見るのが一番でございます。
ラベダワ様が足を運ばれる事は、それだけで十二分に意義あるものと存じます」
「民たちの暮らしか……」
ラベダワは足を止め、おもむろに振り向いた。
「ジイ……先人たちが守りぬいて来た祖国の繁栄と平和のためにも、
私は今から後世の魔界の情勢を見すえ、私が理想としてきた国づくりを目指し新たな礎を築いていくぞ。
付いて来てくれるな……?」
「ですから、あなた様のおられる処それがし在りと、何度も申し上げているではありませぬか」
「ハハハッ。そうであったな! すまぬ!」
ラベダワは朗らかに笑った。
笑うと、どこにでもいる年頃の普通の娘の顔になる。
そしてオーレルは、この顔こそが正真正銘のラベダワなのだと知りながら、
若き王女の国を率いていく決意表明を、静かに、強く、しかと胸に受け止めた。
回廊の内側の中庭から、王家の護り木、オイリル木の濃厚な香りが風にあおられ流れてきた。
二人は、気品立ちこめるベージュ色の大木を仰ぎ、アッロマーヌ国への忠誠を改めて心に誓うのだった。
熱い野望と厚い人望があったからこそ多くの同志を招集し、ゼーユ陣営の者ですら一部懐柔する事に成功して、
わしは当時のあの若さで長年アッロマーヌ国を統治してきた君主、フィナモン=ゼーユに代わり、
一家臣からオイリオルン城の主へとのし上がる事が出来たのだ。
王となる者は、王族の血筋だけとは限らない。
わしは世襲を忌み嫌い、虎視眈々とこの玉座をねらい続け、
絶対的権力を手中にするという一念を貫き見事、実現させたのだ……!)
魔界で第二の大国、アッロマーヌ国。
首都ユレブランスに建つ壮麗で雪白の王城、オイリオルン城――
王のみ着座を許された特別なイスに、大柄の男が両足を広げ、ドッカリと腰をかけている。
男は角張ったいかつい顔、いかつい体型で、
肩まで伸びた髪と口髭、あご髭はギザギザの葉っぱみたいな形をしており、
四角い目を含め、それらは全て鮮明な緑色をしている。
己の過去の武勇伝に酔いしれるこの男の名は、パジュイ=メッセンキャル。
アッロマーヌ国を支配する現、国王である。
(わしが下剋上を成し遂げてからというもの、国内のゼーユ支持者はおろか、
あれ程までにゼーユに媚びへつらっていた国外の要人、為政者どもでさえ手の平を返したようにわしを天下無双の風雲児ともてはやし、
忠誠を誓うだの友好関係を求めるだのと申し出てきおった……
そう、ただ一国をのぞいては……)
自慢の髭をなでながら優越感にひたっていたパジュイだったが、
ある国の王の顔を思い出すや、その表情はみるみる険しくなっていった。
(ブルヴァオンレ=ガフェルズ……
今もなお忘れもせん! 奴はこのわしに対し……このわしに対し……!)
『品格もクソもない成り上がり者が王とあっては、アッロマーヌの未来は永久に閉ざされたも同じよ』
(などと、愚弄したのだ……!
だがしかし! そう言う貴様はどうなのだ……!
クソなどと、品格ある者が口にする言葉なのか……!
クソというのはあのクソであるぞ!
脱糞の糞であり野糞の糞でありちょっとマシなのが鼻糞であるのだ!!)
ドリンガデス国の王に吐き捨てられたセリフの記憶が何度も脳裏によみがえり、
パジュイはとても平常心を保てず心の中で怒号を上げ、部屋中を憎悪であふれさせた。
(…………)
数分、時を置き、パジュイは見失った自身の平常心を取り戻すべく、頭の中からブルヴァオンレを排除し、
愛する我が子との日々を振り返る事で気持ちを落ち着かせる事にした。
(わしは、自らが血の恩恵を受ける者に異議を唱え謀反を起こしたがゆえに、王子には取り分け厳しく接してきた。
『王の息子だから』ではなく、魔界中の誰の目から見ても次期王にふさわしいと認められる逸材となってほしかったのだ。
だがしかし……王子はそれを不服とし、わしへの反発なのか、わしの期待から逃れたかったのか、日に日に変貌していった……
そして今や国で一二を争う“美女”となり、世の男どものうすっぺらなハートを鷲づかみにしている……
このわしの息子があろう事か女に……王女になるなど……!)
気持ちを落ち着かせるはずだった愛息子との思い出が、逆にパジュイの表情に再び険しさを呼び戻そうとしていた時だった。
「父上、どうかされましたか」
いきなり間近から、勇ましくも美しい、ハリのある声が問いかけてきた。
パジュイが瞬時に過去との通信を止め現在に返ると、
目の前には、彼が愛してやまない本当の王女、ラベダワが立っていた。
ラベダワは、魔界女子の標準的な背格好だがウェストだけはかなり細く、
裾に向けてふんわりふくれたロングパンツと太いベルトが、そのくびれを強調させている。
右胸から身体の後ろ一面を覆う長い紫色のマントが男っぽい印象を与えるものの、
赤系でそろえた衣装と優美なラベンダー色の目と髪が女性らしさもただよわせており、
ポニーテールの長い髪を結び目に一部巻きつけオシャレにアレンジしているところには若い娘らしさも感じられる。
「おお、ラベダワ。いつからおったのだ」
「たった今です。私の入室にも気づかれず、怖いお顔で何を考えておられたのですか?」
「別にたいした事では……それより、わしに何か用なのか?」
「お礼に参りました。
この度、ドリンガデス国を訪問する件におきましては諸種の難題を抱える中、私のためにお取りはからいいただき誠にありがとうございます」
強弱のない淡々とした口調で、ラベダワは軽く頭を下げた。
「ラベダワ、その件だが……今一度よく考えてはくれまいか?
今なら先方に断りを入れる手段はいくらでもあるのだ」
「私の意志は変わりません。
だいいち、こちらから訪問の意向を示しておきながら取り止めるなど、例え私の急死と伝えても先方の王が許すとは思えません」
「うう……む……確かに通用する相手ではなかろうが……だからこそ、お前を行かせたくはないのだ」
「父上。兄上のバースデーパーティが終わり次第、私はドリンガデス国へ旅立つ手筈を整える所存です」
頭を上げしゃきっと姿勢を正したラベダワは、父の心配も反対も退けてキッパリと言い放った。
才覚もあり剣術にも長け、
周囲の者たちから絶大な信頼を得ているラベダワに、実父であるパジュイも一目置いている。
勇猛果敢なラベダワが下した決断を翻意させるなど容易ではない。
「お前がそこまで言うならば……」
「ではこれで失礼します。父上」
再度、頭を軽く下げると、目的は果たしたとばかりにラベダワは早々と父の前から立ち去った。
大理石の回廊を早足で進んで行くラベダワだったが、つと、ななめ後ろに何者かの気配を感じた。
「さすがのパジュイ王も、ラベダワ様には太刀打ち出来ませんでしたな」
どこからともなく出現したのは、色あせた黒い外套を身にまとい、
凹凸のある長い木の杖をついた初老の男だった。
男は左手にのみ指先のない真っ黒なレザーグローブをはめており、
髪は控えめな淡黄色、目の色は透明感のあるグリーンで、鋭角的なその目の奥には侮りがたい冷徹さを宿していた。
「ジイ、聞いていたのか」
「ラベダワ様のおられる処、ベッケージュ在りでございます」
ラベダワが「ジイ」と慕うこの初老の男の名は、オーレル=ベッケージュ。
ラベダワの武術指南役で、
杖とはそぐわない細めながらも頑強な身体つきと、悪辣そうな面構えをしている。
「父上の協力はもちろんだが、今回ばかりはジイの豊富な人脈に感謝せねばならんな」
ラベダワは、歩行の速度をゆるめはしない。
だが、オーレルは杖に頼りながらも、ラベダワに一歩も遅れをとらずに張り付いて行く。
「向かわれるのがパジュイ王であったならば、確実に良い返事はもらえなかったでしょうが……」
「それで? 交渉成立の陰なる立役者とジイは、いったいどういった関係なのだ?」
「……それがしの、初恋の相手でございます」
「ほう……それは初耳だな」
声のトーンも歩幅も変わらず一定のままだが、ラベダワの引きしまった口元がかすかにほころんだ。
「ジイが惚れただけあって、なかなかのやり手のようだな」
「いいえ、普通の女性でございます。いかなる時にも笑顔を絶やさない、まことうららかな……」
「そのうららかな女性とやらに、私も会ってみたいものだ」
「それは料理上手で、第二王妃にも料理を教えてさし上げているとか……」
「第二王妃? 天使族のか?」
「さようで。彼女は第二王妃が天界から嫁いで来られた頃より、
魔界での暮らしになじめずにいた王妃のそば近くで仕え、第三王子の乳母も務めたのでございます」
「やはりやり手ではないか。
その者の口添えがあったからこそ、長きに渡り険悪だった我が国の申し出が容認されたのであろう?」
「彼女のとりなしにも助けられましたが、ガフェルズ王には非常に優秀なシェードが付いておられます。
当然、シェードの助言もあったものかと……それこそ相当な影響力を持っているでしょうから」
「私にとっての、ジイのような存在か……?」
ラベダワの足が、急停止した。
急に立ち止まるなりラベダワは片手を後ろに回すや、矢庭にオーレルの杖をつかみ手前へと強く引き寄せた。
オーレルを相手に、ラベダワの腕試しが始まったのだ。
しかし次の瞬間、オーレルは自らの身体を杖ごとグルグル高速回転させながら宙を舞い、
杖を持つラベダワの身体は容赦なくひねられねじ曲がりそうになった。
「お、おのれ……!!」
何とか踏みこたえ、ラベダワはたまらず杖から手を離す。
そしてすぐさま魔力で剣を出すと、鞘から抜いてむき出しになった剣身をオーレル目がけて力いっぱい振り上げた。
「ハァ――ッッ!!」
長い剣を突き上げたまま、息も荒く高い天井を見上げるラベダワ。
ところが、ラベダワの視界にオーレルは映らない。
(どこだ……! ジイ、どこに……!)
「ラベダワ様のおられる処、ベッケージュ在りでございます」
「!!」
自らのななめ後ろに再び気配を感じ、ラベダワは若干、顔を右にかたむけた。
「……ジイにはかなわぬな……」
ラベダワは剣を下ろし、呼吸の乱れもなく何事もなかったように立つオーレルの方へと振り返った。
「シェードなる者がいかなる猛者であろうとも、ジイも決して負けてはおらぬ」
「少しばかり、年を寄せましたがの」
「……なあ、ジイ」
剣を鞘におさめ、ラベダワは回廊から、雄大な景観の庭園に出た。
「ジイ。父上がよく語られる武勇伝を、どう思う?」
「……いかがなされましたか、ラベダワ様」
ラベダワは、庭園を左右に分ける大水路に沿って、ゆっくりと歩いて行く。
「この城は、その昔は我ら一族のものではなかった……」
「……」
「私はいつか父上の後を継ぎ、オイリオルン城の城主となるであろう。
それを思う時、私はどうしても、ゼーユ一族のたどった末路に考えが及ぶのだ」
「……ラベダワ様……」
「皆に無理を言いドリンガデス国訪問を熱望したのも、
父上の見解だけでなく、私は私の目でガフェルズ王の人となりを見定め、
できるものなら敵対してきた両国の関係を修復していきたいと心底思ったからなのだ」
「……」
オーレルは、無言でラベダワの後に付いて歩く。
聞こえるのは己がつく杖の音と、水路の中央にある噴水から吹き上がる水しぶきの音だけだ。
「黙っているのはジイ、たった一度の謁見で見定められる訳がない。
それ以前に、ガフェルズ王に目通りすらかなわぬのが落ち……
そう言いたいのであろう?」
「いえ……ラベダワ様もずいぶん頼もしくなられたと、ジイは感慨深いのでございます」
「何の成果もなく、徒労に終わるやもしれぬがな」
「一国の王の本質を見極めるには、王ご本人に拝謁するより、その国の民たちの暮らしを見るのが一番でございます。
ラベダワ様が足を運ばれる事は、それだけで十二分に意義あるものと存じます」
「民たちの暮らしか……」
ラベダワは足を止め、おもむろに振り向いた。
「ジイ……先人たちが守りぬいて来た祖国の繁栄と平和のためにも、
私は今から後世の魔界の情勢を見すえ、私が理想としてきた国づくりを目指し新たな礎を築いていくぞ。
付いて来てくれるな……?」
「ですから、あなた様のおられる処それがし在りと、何度も申し上げているではありませぬか」
「ハハハッ。そうであったな! すまぬ!」
ラベダワは朗らかに笑った。
笑うと、どこにでもいる年頃の普通の娘の顔になる。
そしてオーレルは、この顔こそが正真正銘のラベダワなのだと知りながら、
若き王女の国を率いていく決意表明を、静かに、強く、しかと胸に受け止めた。
回廊の内側の中庭から、王家の護り木、オイリル木の濃厚な香りが風にあおられ流れてきた。
二人は、気品立ちこめるベージュ色の大木を仰ぎ、アッロマーヌ国への忠誠を改めて心に誓うのだった。
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