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「寝る前に、夜襲、復讐は必ずしなさい/弐の章」②

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「シェードの魔馬まばは普通の魔馬とは違う……かぁ~。乗ってみたいよなぁ~」

「そのためには私たち、もっと努力しなきゃなんないってことよね」

「ナウ。お前は乗ったことがあるからいいよなぁ。コイツらとは比較ひかくにならねえんだろ?」

 またがっているぐん魔馬まばの頭をなでながら、セカンドシェードの少年は、リーダーのナウントレイに声をかけた。

「ああ……まあ……でももう忘れたよ」

 
 チョセコポアの街――

 ルースを見つけ出すべくセカンドシェード達は三人ひと組となり手分けして、街全体をくまなく探していた。

 ナウントレイは、シェードの少年ニックと、シェードの少女ロッサと共に捜索そうさくにあたっていた。

「しっかしゼスタフェさんはいつ見てもカッコいいよなぁ~」

「当然じゃない。ぞくに言う『絶対的エース』なんだから」

「エースかぁ。だからゼスタフェさんの魔馬は“ゼース”って名前なのか? “ゼーゼー”だの“ゼスゼス”だのじゃないところが憎らしいよなぁ~」

「“ゼーゼー”なんて聞くだけで息苦しくなっちゃうわよっ」

「とにかくゼスタフェさんは外見も中身も男前すぎだぜっ。俺たちセカンドにもファーストと同じように接してくれるしな。

 本来なら、俺たちなんかそばに寄ることすらかなわない身分ある方だってゆうのにさ。

 あ、でも、お前たち二人もそうだったっけなぁ~」

 ナウントレイ=ギアと、ロッサ=ホワイト。

 仲間でありながら自分とは違い上流じょうりゅう階級の血筋ちすじであるこの二人を、ニックは横目で見て言った。

「よせよ、ニック。シェードの間ではそういうのはいっさい関係ないはずだろ? 実力だけが物を言う世界なんだから」

「それでも俺たち一般人からすれば、たとえ仲間でも貴族や資産家の出身者には多少なりとも引け目を感じてるもんなんだぜ?」

「バカげてるわ。王子のシェード達をごらんなさいよ。資産家の出身なのはドゥレンズィだけよ? ナウの言う通り私たちシェードに家柄いえがらなんて関係ないんだから。

 ニック、つまらない事でひがんでぼやいてんじゃないわよっ」

「別にひがんでるワケじゃねえってば。今の今まで忘れてたくらいだしよ」

 ロッサに手厳しくしかられ、ニックはばつが悪そうに口元くちもとをゆがめた。

「私がぼやきたいのはむしろ、ナウだってホントならゼスタフェさんみたくエースになってたはずなのにってところだわ」

 ナウントレイをチラ見しながら、今度はロッサが不満をもらした。

 
 ナウントレイはゼスタフェの弟子の一人であり、予備のシェードの中でもずば抜けて優れているため、セカンドシェードのリーダーをまかされている。

 実はこのナウントレイ、一時いっときは第一王子のシェードに任命され、ギリザンジェロに直接つかえていた過去がある。

 おそらく現、第一王子シェードのマキシリュ達よりも実力がまさっているであろうナウントレイは頭脳ずのうにおいてもトップクラスで、

 ただひとつの欠点をのぞけば、シェードの資質ししつは限りなくパーフェクトに近かった。

 そんな優秀なナウントレイを第一王子のシェードからセカンドシェードに降格こうかくさせた唯一ゆいいつの欠点とは……

 それは、戦いにおいて必要な全ての能力を持ちながら、戦いにおいて何より重要な戦意せんいいちじるしく欠けている点だった。

 ナウントレイは子供の頃からひどく臆病おくびょうで、貴族である彼の父は長男として家督かとく継承けいしょうする息子の弱い精神をきたえたい一心いっしんと、

 王子のシェードになればギア家にとってこの上ない名誉になるという俗念ぞくねん

 その二つの思いから、まだ年端としはのいかない息子をシェード養成所に預けたのだ。

 しかし、シェードの過酷かこくな訓練を受けて育っても、ナウントレイの性格はまるで変わらなかった。

 変わるどころか逆に、数多くの戦いを経験し傷ついた者たちをの当たりにする度に士気しきが下がり、ますます戦いが嫌いになっていったのだ。

 性格が臆病でさえなければ、才能はさる事ながら容姿も申し分のないナウントレイは、ロッサが言ったように第二のゼスタフェになり得る可能性はおおいにあったのだが――


無駄口むだぐちたたいてる場合じゃないだろう? 二人とも、ここからは歩いて行くよ」

 ナウントレイはロッサの視線から逃れるように素早く魔馬から下りると、広場のはしに設置されてあるくいに魔馬をつないで路地裏へと向かった。

「お、おいおいっ」「待ってよ、ナウッッ」

 ニックとロッサ二人もあわてて下馬げばするや、魔馬を杭につなぎナウントレイの後を追う。

「なんだよ、この街は。路地ろじがやたらと多いなぁ……」

 広場の奥で何本も枝分かれしている、迷路のごとく入り組んだ数々の路地。

 たくさんの店がのきつらねている路地裏もあればひっそりしている路地裏もあり、店や家、人通りの多寡たか、広さや長さなどはさまざまだ。

「ルースより先に、ガアス=パラスって奴とはち合わせる可能性もあるよなぁ。気を付けて行こうぜ、ナウ」

「ナウ、怖くない? 大丈夫?」

 ナウントレイの性格を知り尽くしているニックとロッサは、何かと気にかけ声をかける。

「……ありがとう。僕は大丈夫だから……

 とりあえず、店をのきみあたって行こう。特に奥まった裏路地に面した店があやしいな」

「そーとーな数だぜ。ルースの奴、見つけたらぜってえ晩飯ばんめし7日分おごらせてやるよ」

「ホント、軽率けいそつなんだから。気持ちは分からないでもないけどファーストの自覚じかくあんのかしら。」

 ロッサはサファイア、ルースにいで有能な女子シェードだ。

 ルースよりさらに気が強く負けず嫌いでプライドも高いため、ライバルであるサファイアやルースとは決して仲良くなろうとはしない。

 そんなロッサは、自分の顔と髪には少しばかりの劣等れっとう感があった。

(ナウの髪、あんなに急いで出て来たってのにいつも通りサラッサラに輝いててキレイだな……)

 目の前にある、ナウントレイの後ろ姿。

 ロッサは彼のストレートな金髪に見とれていた。

 ナウントレイのたねはサルファーのイメージで、目と髪は噴気ふんきを従える硫黄いおうのように鮮明せんめいなサルファーイエローだ。

 ロッサは、うらやましかった。

 特に直毛の髪はあこがれだった。

 ロッサの髪はフニャフニャしたクセ毛がところどころ浮いてまとまりがなく、湿気しっけびるとますます広がってしまう。

 それが一番の悩みだった。

 おまけに種のイメージはブラウンムーンストーンで、ライトブラウンの髪色には華やかさがなく、同世代の女子、サファイアやルースと比べ見おとりする事が二番目の悩みだった。

「男は暗い色の種でもそれがカッコ良かったりするけどさ。女の子はもっと明るい色の方がもてるのよね、きっと……」

 そしてもうひとつ。三番目の悩みは、鼻にうっすらとあるそばかすだ。

 目はパッチリと大きく長いまつ毛はカールしており、鼻や口も形良く整った可愛らしい顔立ちなのだが、

 そばかすがそれら良い部分を台無しにしている……と、ロッサ本人は思いこんでいた。

「ひと昔前、そばかすなんて気にしないってヒロインが居たようだけど、私はやっぱり気になるのよね」

「なにブツブツ言ってんだよ、ロッサ。こっからどうなるか分からねんだぞ。もっと気を引きめろよなっっ」

 さっきとは反対だ。ほかごとに気をとられ油断しているロッサをニックが叱ると、今度はロッサがばつが悪そうにして口を一文字いちもんじに結んだ。


「……ルース。いったいどこに居るんだ……」

 ナウントレイは、日が落ち、こん色の空がりてきそうな街を見回しながら、もともと泣きそうなおもしをいっそう泣き顔にしてつぶやいた。

 
 追う者、ルースと、追われる者、パラス。

 そして、追いも追われもしないが、巻きぞえとなる者が必ずしも存在する。

 ナウントレイ達三人が曲がった路地とは逆方向にある、裏路地の目立たない店。

 その店で行われようとしている“報復ほうふく”のカウントダウンは、すでに始まっていた。

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