35 / 69
【8】
「寝る前に、夜襲、復讐は必ずしなさい/参の章」①
しおりを挟む
コラルンジェラめがけてパラスが投げたダーツの矢が、床に粉々に散らばっている――
パラスも、コラルンジェラも、パラスの仲間二人も、失神しているミロ以外の四人は、突然現れ矢を粉々にした少女、ルースに目を奪われていた。
「――待たせたね、パラス。あんたに会いたくて会いたくて……
会いたくてたまらなかったよ……!!」
怨念うずまく冷たいまなざしで、ルースはパラスをにらみつける。
「……俺を知っているのか……?
けど悪いな、姉ちゃん。せっかく会いに来てくれたってのに、俺はてめえの事なんざ覚えちゃいねえ」
「それでいいのさ。あんたは覚えもない名前も知らないこのあたしに、これからみじめに殺られちまうんだ」
「……なに……?」
「断末魔にはききたくなるだろうよ。『誰なんだ、なぜなんだ』ってね」
「……意味分かんねえぞ、コラ」
「あんたの魂は永久にさまようのさ。『誰なんだ……なぜなんだ……助けてくれ』と……」
「黙れ……」
パラスが眉間にシワを寄せると、テーブルの上にあった数本の矢がブワッと、浮かび上がった。
ルースはかまわず話を続ける。
「でもあたしは名乗らない。教えもしない。ましてや助けたりなんて絶対に……
あたしはあんたがもがき苦しみ、あんたの汚れきった種が色をなくしていくのを見届けるだけさ」
「黙れっっ! 小娘がぁっっ!!」
激越の情を抑えきれずにパラスは瞳孔を光らせ、浮かべた矢をまとめてルースへと飛ばし、早々に攻撃を仕掛けてきた。
が、ルースは飛んできた数本の矢を難なく自らの顔の前で止め、止めた矢を空中でグルグルと回転させた。
「見てみなよ、パラス。滑稽じゃん? この矢はあんたの狂った頭とおんなじだよ」
「黙れと言ってるんだぁぁ――っっ!!」
怒り狂い、己の種と牙を出したパラスの本気の魔力がテーブルやイス、店内にある全ての物を破壊していき、
石造りの建物までもが壁のあちこちに出来た裂け目からポロポロと石のかけらを落とす。
「ガアスッ! お、落ち着けってばよぉ~!!」
「ヒィッ! やばいぜ、こりゃ! はやいとこ表に脱出するんだっっ」
仲間の男たちは顔面蒼白になり、ミロを投げ捨て一目散に外へ出た。
「ミロさんっっ!!」
コラルンジェラはミロに駆け寄ると、頭を持ち上げ揺さぶった。
「お目覚めになってのコクよっっ!! ミロさん!!」
パラスのパワーは勢力を増していき、ついには天井にまで穴があけられた。
大きな石のかけらがコラルンジェラとミロを襲う――
「キャァァァ――――ッッ!!!!」
コラルンジェラはミロの頭を守るように抱きかかえ、悲鳴を上げた。
だが、ルースは顔色ひとつ変えず二人の上に落ちてくる瓦礫を瞬時に魔力で宙に浮かせ、空中で回転させていた全ての矢と共にパラスに向けて飛ばし返した。
相当なスピードだったが、パラスは刹那に高々とジャンプしてそれらをかわし、天井の穴から屋根の上へと出て行った。
「待ちなっっ!! パラス!!」
ルースの口からも牙が伸び、アメジストのような紫色の種が出現した。
パラスを追いすぐさま高く跳躍して屋根に出るや、ルースとパラス、1対1の戦いの火蓋が切られた。
戦えば戦うほど、見た目はほっそりとした普通の少女であるルースのあまりの強さ、並み外れた瞬発力に、パラスは驚愕する。
しかし、パラスもまた、ヘジタブズ国のスパイだった男だ。
第二王子のシェードをつとめるルースでもなんとか互角に渡り合うのが精一杯で、妹の仇を討つにはまだ力も経験も十分ではなかった。
時に押されながらも、ルースは深い憎悪と執念で、格上のパラスとの死闘を繰り広げる。
「……やるじゃねえか、姉ちゃんよ。そのしぶとさには感心するぜ」
パラスはいったん攻撃の手を止め、ルースを凝視した。
「それにしても、檻暮らしが長かったせいか、俺もだいぶ身体がゆうこときかなくなっちまってるな……」
首や手の関節をボキボキならしながら、パラスはフッと薄ら笑う。
……そうなのだ。
パラスは長年、牢獄の中に居た。ずいぶんと長くの間、実戦から離れていたのだ。
そんな相手に苦戦を強いられている自分が、ルースは悔しくて仕方がなかった。
(クッ、こんな奴に…… うっっ!!)
ルースの一瞬の隙を突き、パラスはすかさず攻めかかる。
エネルギッシュなねじれた気の塊が、地を這うように走ってきた。
(しまった……!!)
かわせるか――!?
ものすごいスピードだ。ルースが飛び上がる前に、気の塊はすでに足元に到達していた。
ところが、ルースの足に触れた瞬間、気の塊は別の力にはじかれてあっけなく消滅したではないか――
「な……っっ!?」「なんだと!!」
ルースとパラスは吃驚し、その力が放たれたであろう方向に目をやった。
――二人の視界に入ってきたのは、スリムな金髪の美少年だった。
ゆったりとした白いズボン、くすんだ浅葱色のシャツにまとった上着には白地にグレーの複雑な柄と、ラインにそって金色の縁があしらわれている。
セカンドシェードのリーダー、ナウントレイだ。
「ナ、ナウ先輩っっ!!」
ルースは思わず声を上げた。
「やめるんだ、ルース……パラスにこれ以上関わってはダメだ!」
ナウントレイは、ゼスタフェから連絡を受けたフライトに聞き、パラスの身柄について明日の夕刻までラベダワ王女に全ての権限がある事を知っていた。
「ナウ先輩、ジャマしないで……あたしはどうなったってかまわない。
だけどコイツだけは……コイツだけは許さ……!!」
またしても、パラスが次なる怒涛の攻撃を仕掛けルースの言葉を遮断した。
荒れ狂う高波のような、パラスの最強クラスの魔力だ。
ルースの力ではとても防ぎきれない。よける事すら困難な状態だ。
だが、ナウントレイにとってはさほど難しい事ではなかった。
ルースの前に立ち彼女をかばうように、ナウントレイは高波のごとく押し寄せる強力なパワーを勢いを保ったまま一気にパラスへと押し返した。
「グオッッッ!!!!」
自分の最も強大な力が、少しも衰えぬまま自身の身体に返ってきたのだ。
パラスはかなりのダメージを受け、その場に座りこんだ。
と、思いきや――
パラスは立ち上がり猛スピードでナウントレイに突進するや、出現させた剣を手に、今度は相手をナウントレイに変え戦闘を再開させた。
(た、戦いたくない……!!)
ナウントレイは心の底からそう思っていた。
本当はパラスの憤怒の形相と迫力に、心臓バクバクもんだった。
でもここで自分が戦わなければ、ルースを救う事ができない――
「ナウッッ!?」
ニックとロッサは店の前の通路から屋根を見上げ、パラスと一騎打ちになっているナウントレイを見て叫んだ。
ニックは店から飛び出し逃げていた二人の男を捕まえており、ロッサはコラルンジェラとミロを保護していたのだ――
ナウントレイはビクビクしながら戦っているにもかかわらず、攻め来るパラスに幾度となく肩すかしを食らわせ、攻撃全部を退けていく。
そして自らも手に剣を出し、目にも留まらぬ速さで剣術の技を繰り出していく。
(な、なんなんだ、このガキは……! 闘争心などみじんも感じられねえのに……
それなのに、べらぼうに強え……!!)
さすがのパラスも、ナウントレイのような若き精鋭の前ではなまっていた体力も限界を越え、ゼィゼィと息をきらして膝をついた。
「ガ、ガアス=パラス……我が王の命により、お前をアッロマーヌ国へ引き渡す……!」
ナウントレイの発言に、パラスの目が血走った。
「ア、アッロマーヌにだと!? バカなっっ。ドリンガデスはアッロマーヌと不仲だからこそ俺はドリンガデス国に……!!」
パラスは分かりやすく血相を変えた。
「クソッッ!! ふざけんじゃねえぞ!! こんなはず……じゃ……」
臍をかみ怒鳴り散らしていたパラスの声が、急速に弱まっていった。
ナウントレイの背後に、自分に向かい全力疾走してくるルースの姿をとらえたのだ。
ルースの手には、魔力で大きく伸ばした剣が握られている――
「あ、あのクソアマ――――ッッ!!」
パラスは逃げようとするが、今はもう、さすがに思うようには身体を動かせない。
ナウントレイが気づきルースを止めようと振り向いた瞬間、ルースは自らの種を高く舞い上げ強烈な輝きを発散させた。
ナウントレイはまぶしさのあまり思わず目を細め、種が発する光に手をかざす。
その間に、ルースは――
「死ね――――っっ!! ガアス=パラス!!!!」
剣の刃先でパラスの心臓に照準を定め、ナウントレイの横を通り過ぎ一直線に突き進んで行く――
「ルース!!!!」
目を細めたままで振り返り、ナウントレイはルースを阻止すべく魔力を放とうとした。
その時――――
金色の長い髪をなびかせ、一人の少女がルースの正面に現れるや、彼女の疾走を全身で受け止め力いっぱいにギュ―ッと抱きしめた。
「あ……」
憎しみで煮えたぎっていたルースの心に、少女のぬくもりが伝わってくる。
「サ、サファ……?」
ルースに抱きつき復讐を食い止めたのは、サファイアだったのだ。
「やっと見つけた……ルース。
ごめんね。あたしそそっかしいから、お門違いなとこばっかり探してて……
こんなに遅くなっちゃった……」
「……サファ……」
サファイアの香りが懐かしい。
パラスを追いチョセコポアに来てからずっと、ルースは孤独で気が張りつめていた。
その時間がどれだけ長く感じられた事か……
ルースの種が通常の輝きに戻ると、ナウントレイは目を開き、パラスが刺されていないと知るやホッと胸をなでおろした。
「良かった……」
だが、ルースの中の復讐の炎は、決して消えてはいなかった。
「は、はなしてよ、サファ! あたしはコイツだけは自分の手で殺すと決めてんだから!!」
ルースはサファイアの腕から抜け出そうと抵抗する。
しかし、サファイアはしっかりとルースを抱きしめたままで、ルースの自由を封じこめていた。
「ルース。今まであたし達、シェードになるために血のにじむような努力をしてきたんだよ?
それをこんなクズのために水の泡にするなんて許さない……!
あんたの妹だってきっと……ここに居たらきっとおんなじこと言うに決まってる!」
ルースは、最愛の妹の笑顔を思い出した。
可愛かった妹の、とても純真な笑顔を……
「サファ……それでも、あたしは……あたしは……」
ルースの涙腺が崩壊し、剣を握る手が小刻みに震動する。
殺しても殺し足りない仇が手の届く場所に居るのに、遺恨を晴らす事がかなわない。
その事実は、ルースにとっても、止めるしかなかったサファイアにとっても、辛く悲しい事だった。
「チッ。クソどもがぁ……」
極悪人パラスは、この上まだ逃亡をはかろうと、残された力をしぼり出そうとしていたのだが……
「動くな」
立ち上がろうとしたパラスの背中に、王のシェード、フライトが剣を突きつけた。
「ぬっ!!」
「ガアス=パラス。貴様を連行する。
アッロマーヌ国において裁きを受けるがいい」
「……クッ……」
パラスはついに観念し、ガックリと肩を落とした。
屋根から見下ろす通路には他のセカンドシェード達も集まり、普段はひっそりしている裏路地がガヤついていた。
ミロも意識が戻り、コラルンジェラと共にシェード達に介抱されている。
(アッロマーヌの裁き……か。
それだけでは到底おさまらないだろうに……)
フライトは、シェード達に守られてもなお恐怖の体験に震え続けているコラルンジェラを俯瞰し、パラスがこの後たどる運命を予想していた。
パラスも、コラルンジェラも、パラスの仲間二人も、失神しているミロ以外の四人は、突然現れ矢を粉々にした少女、ルースに目を奪われていた。
「――待たせたね、パラス。あんたに会いたくて会いたくて……
会いたくてたまらなかったよ……!!」
怨念うずまく冷たいまなざしで、ルースはパラスをにらみつける。
「……俺を知っているのか……?
けど悪いな、姉ちゃん。せっかく会いに来てくれたってのに、俺はてめえの事なんざ覚えちゃいねえ」
「それでいいのさ。あんたは覚えもない名前も知らないこのあたしに、これからみじめに殺られちまうんだ」
「……なに……?」
「断末魔にはききたくなるだろうよ。『誰なんだ、なぜなんだ』ってね」
「……意味分かんねえぞ、コラ」
「あんたの魂は永久にさまようのさ。『誰なんだ……なぜなんだ……助けてくれ』と……」
「黙れ……」
パラスが眉間にシワを寄せると、テーブルの上にあった数本の矢がブワッと、浮かび上がった。
ルースはかまわず話を続ける。
「でもあたしは名乗らない。教えもしない。ましてや助けたりなんて絶対に……
あたしはあんたがもがき苦しみ、あんたの汚れきった種が色をなくしていくのを見届けるだけさ」
「黙れっっ! 小娘がぁっっ!!」
激越の情を抑えきれずにパラスは瞳孔を光らせ、浮かべた矢をまとめてルースへと飛ばし、早々に攻撃を仕掛けてきた。
が、ルースは飛んできた数本の矢を難なく自らの顔の前で止め、止めた矢を空中でグルグルと回転させた。
「見てみなよ、パラス。滑稽じゃん? この矢はあんたの狂った頭とおんなじだよ」
「黙れと言ってるんだぁぁ――っっ!!」
怒り狂い、己の種と牙を出したパラスの本気の魔力がテーブルやイス、店内にある全ての物を破壊していき、
石造りの建物までもが壁のあちこちに出来た裂け目からポロポロと石のかけらを落とす。
「ガアスッ! お、落ち着けってばよぉ~!!」
「ヒィッ! やばいぜ、こりゃ! はやいとこ表に脱出するんだっっ」
仲間の男たちは顔面蒼白になり、ミロを投げ捨て一目散に外へ出た。
「ミロさんっっ!!」
コラルンジェラはミロに駆け寄ると、頭を持ち上げ揺さぶった。
「お目覚めになってのコクよっっ!! ミロさん!!」
パラスのパワーは勢力を増していき、ついには天井にまで穴があけられた。
大きな石のかけらがコラルンジェラとミロを襲う――
「キャァァァ――――ッッ!!!!」
コラルンジェラはミロの頭を守るように抱きかかえ、悲鳴を上げた。
だが、ルースは顔色ひとつ変えず二人の上に落ちてくる瓦礫を瞬時に魔力で宙に浮かせ、空中で回転させていた全ての矢と共にパラスに向けて飛ばし返した。
相当なスピードだったが、パラスは刹那に高々とジャンプしてそれらをかわし、天井の穴から屋根の上へと出て行った。
「待ちなっっ!! パラス!!」
ルースの口からも牙が伸び、アメジストのような紫色の種が出現した。
パラスを追いすぐさま高く跳躍して屋根に出るや、ルースとパラス、1対1の戦いの火蓋が切られた。
戦えば戦うほど、見た目はほっそりとした普通の少女であるルースのあまりの強さ、並み外れた瞬発力に、パラスは驚愕する。
しかし、パラスもまた、ヘジタブズ国のスパイだった男だ。
第二王子のシェードをつとめるルースでもなんとか互角に渡り合うのが精一杯で、妹の仇を討つにはまだ力も経験も十分ではなかった。
時に押されながらも、ルースは深い憎悪と執念で、格上のパラスとの死闘を繰り広げる。
「……やるじゃねえか、姉ちゃんよ。そのしぶとさには感心するぜ」
パラスはいったん攻撃の手を止め、ルースを凝視した。
「それにしても、檻暮らしが長かったせいか、俺もだいぶ身体がゆうこときかなくなっちまってるな……」
首や手の関節をボキボキならしながら、パラスはフッと薄ら笑う。
……そうなのだ。
パラスは長年、牢獄の中に居た。ずいぶんと長くの間、実戦から離れていたのだ。
そんな相手に苦戦を強いられている自分が、ルースは悔しくて仕方がなかった。
(クッ、こんな奴に…… うっっ!!)
ルースの一瞬の隙を突き、パラスはすかさず攻めかかる。
エネルギッシュなねじれた気の塊が、地を這うように走ってきた。
(しまった……!!)
かわせるか――!?
ものすごいスピードだ。ルースが飛び上がる前に、気の塊はすでに足元に到達していた。
ところが、ルースの足に触れた瞬間、気の塊は別の力にはじかれてあっけなく消滅したではないか――
「な……っっ!?」「なんだと!!」
ルースとパラスは吃驚し、その力が放たれたであろう方向に目をやった。
――二人の視界に入ってきたのは、スリムな金髪の美少年だった。
ゆったりとした白いズボン、くすんだ浅葱色のシャツにまとった上着には白地にグレーの複雑な柄と、ラインにそって金色の縁があしらわれている。
セカンドシェードのリーダー、ナウントレイだ。
「ナ、ナウ先輩っっ!!」
ルースは思わず声を上げた。
「やめるんだ、ルース……パラスにこれ以上関わってはダメだ!」
ナウントレイは、ゼスタフェから連絡を受けたフライトに聞き、パラスの身柄について明日の夕刻までラベダワ王女に全ての権限がある事を知っていた。
「ナウ先輩、ジャマしないで……あたしはどうなったってかまわない。
だけどコイツだけは……コイツだけは許さ……!!」
またしても、パラスが次なる怒涛の攻撃を仕掛けルースの言葉を遮断した。
荒れ狂う高波のような、パラスの最強クラスの魔力だ。
ルースの力ではとても防ぎきれない。よける事すら困難な状態だ。
だが、ナウントレイにとってはさほど難しい事ではなかった。
ルースの前に立ち彼女をかばうように、ナウントレイは高波のごとく押し寄せる強力なパワーを勢いを保ったまま一気にパラスへと押し返した。
「グオッッッ!!!!」
自分の最も強大な力が、少しも衰えぬまま自身の身体に返ってきたのだ。
パラスはかなりのダメージを受け、その場に座りこんだ。
と、思いきや――
パラスは立ち上がり猛スピードでナウントレイに突進するや、出現させた剣を手に、今度は相手をナウントレイに変え戦闘を再開させた。
(た、戦いたくない……!!)
ナウントレイは心の底からそう思っていた。
本当はパラスの憤怒の形相と迫力に、心臓バクバクもんだった。
でもここで自分が戦わなければ、ルースを救う事ができない――
「ナウッッ!?」
ニックとロッサは店の前の通路から屋根を見上げ、パラスと一騎打ちになっているナウントレイを見て叫んだ。
ニックは店から飛び出し逃げていた二人の男を捕まえており、ロッサはコラルンジェラとミロを保護していたのだ――
ナウントレイはビクビクしながら戦っているにもかかわらず、攻め来るパラスに幾度となく肩すかしを食らわせ、攻撃全部を退けていく。
そして自らも手に剣を出し、目にも留まらぬ速さで剣術の技を繰り出していく。
(な、なんなんだ、このガキは……! 闘争心などみじんも感じられねえのに……
それなのに、べらぼうに強え……!!)
さすがのパラスも、ナウントレイのような若き精鋭の前ではなまっていた体力も限界を越え、ゼィゼィと息をきらして膝をついた。
「ガ、ガアス=パラス……我が王の命により、お前をアッロマーヌ国へ引き渡す……!」
ナウントレイの発言に、パラスの目が血走った。
「ア、アッロマーヌにだと!? バカなっっ。ドリンガデスはアッロマーヌと不仲だからこそ俺はドリンガデス国に……!!」
パラスは分かりやすく血相を変えた。
「クソッッ!! ふざけんじゃねえぞ!! こんなはず……じゃ……」
臍をかみ怒鳴り散らしていたパラスの声が、急速に弱まっていった。
ナウントレイの背後に、自分に向かい全力疾走してくるルースの姿をとらえたのだ。
ルースの手には、魔力で大きく伸ばした剣が握られている――
「あ、あのクソアマ――――ッッ!!」
パラスは逃げようとするが、今はもう、さすがに思うようには身体を動かせない。
ナウントレイが気づきルースを止めようと振り向いた瞬間、ルースは自らの種を高く舞い上げ強烈な輝きを発散させた。
ナウントレイはまぶしさのあまり思わず目を細め、種が発する光に手をかざす。
その間に、ルースは――
「死ね――――っっ!! ガアス=パラス!!!!」
剣の刃先でパラスの心臓に照準を定め、ナウントレイの横を通り過ぎ一直線に突き進んで行く――
「ルース!!!!」
目を細めたままで振り返り、ナウントレイはルースを阻止すべく魔力を放とうとした。
その時――――
金色の長い髪をなびかせ、一人の少女がルースの正面に現れるや、彼女の疾走を全身で受け止め力いっぱいにギュ―ッと抱きしめた。
「あ……」
憎しみで煮えたぎっていたルースの心に、少女のぬくもりが伝わってくる。
「サ、サファ……?」
ルースに抱きつき復讐を食い止めたのは、サファイアだったのだ。
「やっと見つけた……ルース。
ごめんね。あたしそそっかしいから、お門違いなとこばっかり探してて……
こんなに遅くなっちゃった……」
「……サファ……」
サファイアの香りが懐かしい。
パラスを追いチョセコポアに来てからずっと、ルースは孤独で気が張りつめていた。
その時間がどれだけ長く感じられた事か……
ルースの種が通常の輝きに戻ると、ナウントレイは目を開き、パラスが刺されていないと知るやホッと胸をなでおろした。
「良かった……」
だが、ルースの中の復讐の炎は、決して消えてはいなかった。
「は、はなしてよ、サファ! あたしはコイツだけは自分の手で殺すと決めてんだから!!」
ルースはサファイアの腕から抜け出そうと抵抗する。
しかし、サファイアはしっかりとルースを抱きしめたままで、ルースの自由を封じこめていた。
「ルース。今まであたし達、シェードになるために血のにじむような努力をしてきたんだよ?
それをこんなクズのために水の泡にするなんて許さない……!
あんたの妹だってきっと……ここに居たらきっとおんなじこと言うに決まってる!」
ルースは、最愛の妹の笑顔を思い出した。
可愛かった妹の、とても純真な笑顔を……
「サファ……それでも、あたしは……あたしは……」
ルースの涙腺が崩壊し、剣を握る手が小刻みに震動する。
殺しても殺し足りない仇が手の届く場所に居るのに、遺恨を晴らす事がかなわない。
その事実は、ルースにとっても、止めるしかなかったサファイアにとっても、辛く悲しい事だった。
「チッ。クソどもがぁ……」
極悪人パラスは、この上まだ逃亡をはかろうと、残された力をしぼり出そうとしていたのだが……
「動くな」
立ち上がろうとしたパラスの背中に、王のシェード、フライトが剣を突きつけた。
「ぬっ!!」
「ガアス=パラス。貴様を連行する。
アッロマーヌ国において裁きを受けるがいい」
「……クッ……」
パラスはついに観念し、ガックリと肩を落とした。
屋根から見下ろす通路には他のセカンドシェード達も集まり、普段はひっそりしている裏路地がガヤついていた。
ミロも意識が戻り、コラルンジェラと共にシェード達に介抱されている。
(アッロマーヌの裁き……か。
それだけでは到底おさまらないだろうに……)
フライトは、シェード達に守られてもなお恐怖の体験に震え続けているコラルンジェラを俯瞰し、パラスがこの後たどる運命を予想していた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
3
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる