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【10】
「カバンの中も机の中も見つからないなら踊るしかない」①
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連なる山々からなる王城、ゴービーッシュ城。
ドリップイ連峰の一角、ネルトリブ山の城内。
洞窟の暗がりの中、濁りのない透き通った地底湖が、炭のように黒い一本の超大木を青く神秘的に照らしている。
地下深くに根を張り、強固な岩肌に囲まれ深層部は日の当たらぬ厳しい環境にあっても古来たくましく立ちながらえる、魔界最大の木だ。
その頑丈な主幹は岩をも破壊する勢いで太く、力強く、高く、高く、高く伸び、
左右に大きく広げた枝々と主幹の上部には灰色の葉が重なり合い密集して茂っている。
――王家の護り木、ゴービー木である。
ガフェルズ王家の象徴とも言えるこのゴービー木には、かつての王族たちの「カヒ」と呼ばれる種がまつられている。
彼らの遺種はグラープ木ではなく、ゴービー木によって眩耀を取り戻すのだ。
巨大な幹に埋めこまれたガフェルズ一族の遺種は競い合うようにそれぞれの色、光を見せつけ、
まるで主が今なお生きているかのごとく燦爛と輝き浮かび上がっている。
――だが、そこにあるべきはずの先代王の遺種は、どこにも見当たらない……
「我が父のカヒが戻れば、真に全てがこの俺の意のままになるというものを……」
ゴービー木の樹高、中間辺りから上は地上を越え、神聖なる大魔堂の講堂へと伸びている。
祭壇の向こうからゴービー木が見下ろす講堂は、遠くにある大扉まで幅広いカーペットが長々と敷かれており、両側には会衆のための長イスがズラ――――ッと、並べられている。
王、ブルヴァオンレはその空闊なる講堂から祖先らの遺種を眺めつつ、
亡き父の種がいまだ見つからない事への不満を口にした。
「申し訳ございません、王」
ブルヴァオンレの後ろで、ゼスタフェがわずかに顔をふせる。
「お前の責任ではない、ゼスタフェ。
なにしろ父上のカヒは、当時全土の兵を総動員して捜索にあたっても探し出せなかったのだからな。
父のシェードだったあの男ですら……」
「……」
しばらくの沈黙を経て、ブルヴァオンレはおもむろにゴービー木の後ろ側へと回った。
むろん、ゼスタフェも後に付いて行く。
そこには、裏の扉が存在している。
裏扉の外に出ると、開けた岩窟の道が延々と続く。
ブルヴァオンレとゼスタフェは、暗くひんやりとした岩窟の通路を歩いて行く。
「ゼスタフェ。諸国の近況に変わりはないか」
「少々気になる点が……
このところ、アッロマーヌでやや不穏な動きが見られているようです」
「不穏な? パジュイか。それともゼーユ派の残党か」
「いずれもでございます」
「フッ。良い傾向ではないか。
パジュイは唾棄されてしかるべき外道だ。
この先いつまで国を統治していられるか見物であるぞ」
「王は、少数のゼーユ派に勝算があるとお思いですか」
「愚問だな、ゼスタフェ。お前とて同じ考えであろう。
数などたいして問題にはならぬ。
もっとも、優れた指導者となり得る者が居ればの話だが。それも、老獪のな」
「……ベッケージュ殿の事ですね。
王が一家臣を記憶にとめられるとは……」
「当然だろう。あの者は俺の目の前で叔母上と一戦まじえる寸前だったのだからな。(しかも、この俺をさしおき叔母上と共にやたら目立っていやがった……!)」
「侮りがたいオーラをまとった方でした。王女の信頼をも一身に受けられているようで」
「優れた指導者と言えば、アッロマーヌの前国王、フィナモン=ゼーユは人物、技量ともに卓越した良きリーダーであった。
だが、フィナモン王は己のただひとつの欠点に足をすくわれ身を滅ぼしたのだ。
……優しさという、最大の欠点にな。
それがなければ、今なお国家を支配していたであろうに」
「……」
ブルヴァオンレが唱える見解を、ゼスタフェは黙って聞いていた。
薄暗い岩の道にところどころ置かれてある、キャンドルの灯り。
キャンドルにともされた灯は、二人の足元を照らしてくれている。
もし、この灯が突然牙をむき、燃えさかる炎となり行く手を阻み何もかもを一瞬にしてのみ込んでしまったら……
家臣らに裏切られ、大切なものをことごとく失い絶命したフィナモン=ゼーユの無念は、その心中はいかなるものだったろうか。
ゼスタフェは立ち止まり、離れて行く王の背中をぼんやりと見つめ、柄にもなく一人そんな想像をしてやるせなさを痛感していた。
どうしてこんな気持ちになったのか……
いつもなら、感情に左右されず聞き流すだけだというのに――
ゼスタフェは、最近魔界で起きている小さな異変を感じとり神経過敏になっていた。
(おそらく王も気づかれているだろう。
アッロマーヌだけではない。
何かが……何かが確実に動き始めている……)
言いようのない、空漠とした“何か”――
それが良い予兆か、悪い予兆かすらハッキリとしない。
「……他にもまだ気になる点があるのか?」
急に立ち止まったゼスタフェに、ブルヴァオンレもまた歩みを止め、振り返らぬまま問いかける。
「フン。おおかた、昨今魔界に生じている訳の分からぬ気配を案じているのであろう、ゼスタフェよ」
やはり、魔界に流れる異様な空気をブルヴァオンレも感知していた。
「……王。
この不可解な気の流れにつきましては、私に探索の許可をいただきたく存じます」
なぜか、これは自分が担うべき重責なのだという衝動にかられ、
ゼスタフェは片手を胸に当て王への敬意を示しつつきっぱりと申し出た。
「……では、今度は俺が訊こう。我がシェードよ。
“勝算”はあるのか……?」
行く手を向いたままだったブルヴァオンレの顔が、ほんの少し後方へと傾いた。
この時、ブルヴァオンレも、そしてゼスタフェも、
漠然としながらも確信に似たある心情を抱いていた。
今はまだほとんどの者が感取さえしていない、魔界を漂う不明瞭なその気配が、
先代王、モガダリマの失き遺種とつながっているのかもしれないと――
これまで長きにわたり探し続けてきたが、依然として戻らない先代王のカヒ。
もしそれが本当にからんでいるとなれば、今後の任務はいまだかつてない困難をきわめるだろう……
勝算があるのかないのか、先々の見通しはまるで立たない。そもそも、勝ちを競い合う相手が存在するのかどうかさえ――
「……今一度、鋭意尽力いたす所存です」
ゼスタフェはただそう返すよりほかなく、前髪に隠された己が目に改めてキャンドルの灯を宿すや、眉間にグッと力を込めた。
ドリップイ連峰の一角、ネルトリブ山の城内。
洞窟の暗がりの中、濁りのない透き通った地底湖が、炭のように黒い一本の超大木を青く神秘的に照らしている。
地下深くに根を張り、強固な岩肌に囲まれ深層部は日の当たらぬ厳しい環境にあっても古来たくましく立ちながらえる、魔界最大の木だ。
その頑丈な主幹は岩をも破壊する勢いで太く、力強く、高く、高く、高く伸び、
左右に大きく広げた枝々と主幹の上部には灰色の葉が重なり合い密集して茂っている。
――王家の護り木、ゴービー木である。
ガフェルズ王家の象徴とも言えるこのゴービー木には、かつての王族たちの「カヒ」と呼ばれる種がまつられている。
彼らの遺種はグラープ木ではなく、ゴービー木によって眩耀を取り戻すのだ。
巨大な幹に埋めこまれたガフェルズ一族の遺種は競い合うようにそれぞれの色、光を見せつけ、
まるで主が今なお生きているかのごとく燦爛と輝き浮かび上がっている。
――だが、そこにあるべきはずの先代王の遺種は、どこにも見当たらない……
「我が父のカヒが戻れば、真に全てがこの俺の意のままになるというものを……」
ゴービー木の樹高、中間辺りから上は地上を越え、神聖なる大魔堂の講堂へと伸びている。
祭壇の向こうからゴービー木が見下ろす講堂は、遠くにある大扉まで幅広いカーペットが長々と敷かれており、両側には会衆のための長イスがズラ――――ッと、並べられている。
王、ブルヴァオンレはその空闊なる講堂から祖先らの遺種を眺めつつ、
亡き父の種がいまだ見つからない事への不満を口にした。
「申し訳ございません、王」
ブルヴァオンレの後ろで、ゼスタフェがわずかに顔をふせる。
「お前の責任ではない、ゼスタフェ。
なにしろ父上のカヒは、当時全土の兵を総動員して捜索にあたっても探し出せなかったのだからな。
父のシェードだったあの男ですら……」
「……」
しばらくの沈黙を経て、ブルヴァオンレはおもむろにゴービー木の後ろ側へと回った。
むろん、ゼスタフェも後に付いて行く。
そこには、裏の扉が存在している。
裏扉の外に出ると、開けた岩窟の道が延々と続く。
ブルヴァオンレとゼスタフェは、暗くひんやりとした岩窟の通路を歩いて行く。
「ゼスタフェ。諸国の近況に変わりはないか」
「少々気になる点が……
このところ、アッロマーヌでやや不穏な動きが見られているようです」
「不穏な? パジュイか。それともゼーユ派の残党か」
「いずれもでございます」
「フッ。良い傾向ではないか。
パジュイは唾棄されてしかるべき外道だ。
この先いつまで国を統治していられるか見物であるぞ」
「王は、少数のゼーユ派に勝算があるとお思いですか」
「愚問だな、ゼスタフェ。お前とて同じ考えであろう。
数などたいして問題にはならぬ。
もっとも、優れた指導者となり得る者が居ればの話だが。それも、老獪のな」
「……ベッケージュ殿の事ですね。
王が一家臣を記憶にとめられるとは……」
「当然だろう。あの者は俺の目の前で叔母上と一戦まじえる寸前だったのだからな。(しかも、この俺をさしおき叔母上と共にやたら目立っていやがった……!)」
「侮りがたいオーラをまとった方でした。王女の信頼をも一身に受けられているようで」
「優れた指導者と言えば、アッロマーヌの前国王、フィナモン=ゼーユは人物、技量ともに卓越した良きリーダーであった。
だが、フィナモン王は己のただひとつの欠点に足をすくわれ身を滅ぼしたのだ。
……優しさという、最大の欠点にな。
それがなければ、今なお国家を支配していたであろうに」
「……」
ブルヴァオンレが唱える見解を、ゼスタフェは黙って聞いていた。
薄暗い岩の道にところどころ置かれてある、キャンドルの灯り。
キャンドルにともされた灯は、二人の足元を照らしてくれている。
もし、この灯が突然牙をむき、燃えさかる炎となり行く手を阻み何もかもを一瞬にしてのみ込んでしまったら……
家臣らに裏切られ、大切なものをことごとく失い絶命したフィナモン=ゼーユの無念は、その心中はいかなるものだったろうか。
ゼスタフェは立ち止まり、離れて行く王の背中をぼんやりと見つめ、柄にもなく一人そんな想像をしてやるせなさを痛感していた。
どうしてこんな気持ちになったのか……
いつもなら、感情に左右されず聞き流すだけだというのに――
ゼスタフェは、最近魔界で起きている小さな異変を感じとり神経過敏になっていた。
(おそらく王も気づかれているだろう。
アッロマーヌだけではない。
何かが……何かが確実に動き始めている……)
言いようのない、空漠とした“何か”――
それが良い予兆か、悪い予兆かすらハッキリとしない。
「……他にもまだ気になる点があるのか?」
急に立ち止まったゼスタフェに、ブルヴァオンレもまた歩みを止め、振り返らぬまま問いかける。
「フン。おおかた、昨今魔界に生じている訳の分からぬ気配を案じているのであろう、ゼスタフェよ」
やはり、魔界に流れる異様な空気をブルヴァオンレも感知していた。
「……王。
この不可解な気の流れにつきましては、私に探索の許可をいただきたく存じます」
なぜか、これは自分が担うべき重責なのだという衝動にかられ、
ゼスタフェは片手を胸に当て王への敬意を示しつつきっぱりと申し出た。
「……では、今度は俺が訊こう。我がシェードよ。
“勝算”はあるのか……?」
行く手を向いたままだったブルヴァオンレの顔が、ほんの少し後方へと傾いた。
この時、ブルヴァオンレも、そしてゼスタフェも、
漠然としながらも確信に似たある心情を抱いていた。
今はまだほとんどの者が感取さえしていない、魔界を漂う不明瞭なその気配が、
先代王、モガダリマの失き遺種とつながっているのかもしれないと――
これまで長きにわたり探し続けてきたが、依然として戻らない先代王のカヒ。
もしそれが本当にからんでいるとなれば、今後の任務はいまだかつてない困難をきわめるだろう……
勝算があるのかないのか、先々の見通しはまるで立たない。そもそも、勝ちを競い合う相手が存在するのかどうかさえ――
「……今一度、鋭意尽力いたす所存です」
ゼスタフェはただそう返すよりほかなく、前髪に隠された己が目に改めてキャンドルの灯を宿すや、眉間にグッと力を込めた。
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