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3章
3 もっと知りたい1
しおりを挟む次の日の夜、たまには外のレストランに夕飯に行こうとリアムに誘われて、久しぶりの部屋以外の場所へ行けることに嬉しくなった。
「早めに出て少し散歩をしよう」と言われ、ジーパンにカッターシャツ、スニーカーという、外に出る最低限まともな服装に着替える。2週間ぶりのスウェット、Tシャツ以外の格好に満足して、部屋を出ると、すでに準備していたリアムがまちうけていた。
リアムはブラックデニムに麻のジャケットをさらりと着こなしたスタイルで、大人の男の雰囲気が満載だった。
シロウは着る物に無頓着であった。日本にいる時は会社勤めをしていたため、平日はスーツであったし、休み日も出かける相手も出かける趣味もなかったため、それこそジーパンTシャツ以外の服が必要なかった。
うわーうわー。この人はほんとに何着ても様になるな……。それに引き換え自分は。
おのれの格好との対比に少し恥ずかしくなる。
「行こうか」
特に気にするでもないリアムが出発を促すので、まあいいか、とそのままの格好で出かけることにした。
前回ホテルの外に自分の荷物を取りに行った際にはそのまま地下にある車で出たので気づかなかったが、ホテルのロビーまで出るとありとあらゆるホテルの人がリアムを見つけるたびに挨拶をしてくる。
その度にリアムは丁寧に挨拶を交わしていた。シロウは邪魔にならないように少し離れて歩いていると、リアムに手を握られる。
振り解くのも周りの目が気になり、そのまま手を繋いだまま外へと歩き出した。
アメリカに着いた1週間は身の回りの用意をするのに忙しく、ふらふらと散歩をする時間もなかったので、嬉しく思い、シロウは気分が高揚する。
しばらく歩いて気がついたがすれ違う人すれ違う人がリアムを眺めていた。
誰がどう見ても一部の隙もないゴージャスな男に幼児のように手を引かれて歩く自分が急に恥ずかしくなり、ぱっと手を離す。
リアムが気づき、怪訝な顔をこちらに向けた。
「大丈夫。ちゃんと着いていきます。迷ったりしない。」
──そんなつもりで手を繋いでいたわけではないが。とリアムは思うが、何か言って気分を損ねたくないと思いそのままにした。
そのあと、幾つかのお店を冷やかしながら、レストランに到着する。
シロウはお店佇まいを見て怯む。これは……。この姿の自分は場違いではないかと。
楽しい気分が一気に霧散した。
「あの、俺こんな格好で入ってもいいお店でしょうか?」
思った不安をそのまま口にした。
「大丈夫大丈夫。馴染みの店だし、そんなに堅苦しいお店ではないよ」
そうリアムに微笑まれ、そうか?と思いつつ、萎縮しながら後ろについていくとぐいっと引き寄せられ、腰に手を回されてしまった。
奥から支配人らしき人が現れ、にこやかにリアムに話しかけていたが、シロウはパニックになっており、話の内容などなにも入ってこなかった。
そのまま、フロアを通り過ぎて、あれよあれよと奥の個室に通される。
他の客からの視線を感じずに食事できる環境だという安心感から、シロウは恐慌から少し立ち直った。
このお店に自分の格好で、目の前にこの誰もが振り返るような美丈夫と二人で食事という状態で、衆人の的である。食事なんて喉を通る気がしなかっただろう。シロウはリアムの心遣いに心底感謝した。
それからの3時間はとにかく素晴らしかった。出てくる食べ物のいずれもが今まで食べたことのない極上品であることもさることながら、サーブも何もかもが自分が体験したことのない連続だった。
シロウのテンションは爆上がりである。
いつになく、興奮したシロウを前にリアムも大いに楽しい食事の時間を過ごした。
狼の姿で寄り添ってはいたが、会話なく過ごしていたので、二人は他愛もない会話に大いに花を咲かせた。
シロウはこの数週間の間でもっともまともな会話をしたのであった。
リアムの謎も少し解けた。彼は出会い頭にレナート教授のビジネスパートナーだと言っていたが、リアムとレナートが立ち上げたベンチャーの共同経営者であり、出資者だったのだ。
リアムはレナートと学生時代からの友人で同じ分野の勉強をしていたというのだ。彼自身も工学博士であり、経営学修士でもあるという。
大学で行われている優秀な研究や新しい技術の事業化するアントレプレナーであり、元々持っていた資産をそういったものを支援するベンチャーキャピタリストだった。
シロウ自身は日本で会社勤めをしていたときには研究者であったが、勤め先が開発した技術を元に子会社の事業会社を立ち上げる際に投資家に技術説明などを行なっていたため、親近感が沸く。
ホテルのペントハウスに住まう謎の(怪しい)金持ちから、自分の勉学の先輩であることに尊敬の念を抱かずにいられない。
整った容姿、明晰な頭脳、それに加えて、資産家の出自。妬ましさなど抱くのも烏滸がましいというものだ。
(天は二物も三物も与えるんだな)
シロウは己との違いに卑屈になどなれないほどにただただ感心するしかなかった。
(工学博士だけだって、凄いのにその上MBAも持っているって??嫌味か!)
自分も無能ではないと思っていたが、並び比することも恥ずかしいほどに完璧な人物だったのである。
自分を助けてくれているのも困った人間がいたら助けるのが当たり前、持てる者の義務、いわゆる「ノブレスオブリージュ」なのだろう(アメリカには貴族もいなければ、彼は貴族では無いが……)とシロウは思った。
「日本人はあまり英語が得意な印象はないが、シロウの英語はとても綺麗な発音で、感心していたのだが、お姉さんの影響だったんだね。」
目の前のリアムはそれでも自分の良いところを見つけて褒めてくれる。
コミュ障の研究オタクの社会不適合者だと自認するシロウは素直に褒めてくれるリアムの言葉がくすぐったい。
「レナートの研究室に入ると聞いたけど、シロウは博士号は持っていない?」
日本とアメリカでは学位取得の観点が違うのはわかっていたが、不思議そうにリアムが尋ねる。
「あまり姉の負担になりたくなくて。働きたかったのです。それでも修士まで出してくれた姉には本当に感謝しかありません」
「そうだったんだね」
この数週間の溝を埋めるかのように二人はお互いについて話したのだった。
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